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(4)工業とくらし(わが国の公害問題)

 近年、産業の発展に伴って、公害の問題が深刻になっている。
 わが国の公害の歴史は、明治の足尾銅山鉱毒事件にまでさかのぼることができる。この事件で、衆議院議員であった田中正造は天皇に直訴するなど解決に努力した。
 しかし、公害が大きな社会問題になったのは、1960年代になってからである。いわゆる高度経済成長期には、産業の発展のみに力が注がれ、公害問題は顧みられないことが多かったのである。その結果、四日市ぜんそく・イタイイタイ病・水俣病のように死ぬ人や健康をひどく損なう人がたくさんでて、公害訴訟がおこされるようになった。
 国は1967(昭42)年に公害対策基本法を、71年には環境庁をつくり、公害対策にのりだした。
 1993(平成5)年には環境基本法ができあがり、公害対策基本法は廃止となった。

1.四大公害病
水俣病 熊本県水俣湾で起きた水銀中毒。
阿賀野川水銀中毒事件(第二水俣病) 新潟県阿賀野川流域で起きた水銀中毒。
イタイイタイ病 富山県神通川流域で起きた。工場の廃液に含まれていたカドミウムが原因。
四日市ぜんそく 1960年ごろから、三重県四日市でぜんそくが次々と発生。原因は、石油化学工場から出される亜硫酸ガス

2.国の公害対策
 1967(昭42)年 公害対策基本法
 1993(平成5)年 環境基本法