裁判日記

労災のこと 1



お正月気分も少し抜け、新学期の準備をしなくちゃなー・・と思っていたある日の午後。


1つの封書がポストに入っていました。


封書の中身は 夫の裁判についてのものでした。


5年前、夫が亡くなってまもなく、私は裁判を起こすことにしていました。


いいえ、躍起になって「裁判だ」「労災だ」と言っていたのは 
しっかり者の親戚のじーちゃんでした。


私は、ただただ、自分の身の上に降って沸いたような不幸に 

呆然としていただけのよう

な記憶があります。

実際は、「かなりしゃきっとしていたよ」とも、言ってくれる人もいましたから、

やることだけはしていたんでしょうねぇ。


でも、当時の自分のことは 体の動きに頭と心がついていかない・・こんな感じ。


とにかく、じーちゃんに引っ張ってもらいながら走り回っていました。


最初に始めたことは、夫が亡くなるまでの1.2ヶ月間の様子の書き起こしでした。


心も落ち着かないまま、葬儀の5日後位から 取り掛かった作業です。


何が起因で、こんな結果になったのか。

亡くなる前1ヶ月間の 食事の量、、睡眠時間、業務時間、会話、様子・・・・


とにかく、思い出せる限りのことを書き留めました。


当時 私は家計簿をつけていました。

走り書き程度の家計簿でしたが、1日の終わりにその日の様子を簡単に書いてました。


その中に ほんの1.2行ですが彼の様子も書き留めていました。


それを見ながら、思い出して書き起こすのです。


「確かこの日は、こんな様子で、こんな会話をしたな・・・」


「この日は、家族でここへ行って、こんな事を話していたよね・・・・」


・・・彼が亡くなって1週間も経っていません。


そんな中で、彼が亡くなるまでの様子を思い出して、

書き留めるという作業がどれほど過酷で、精神的にきついものか、

想像できるでしょうか?



「絶対出来ないよ・・・・!」と泣き続ける私に じーちゃんが



「それでも書くんだよ。

今しかそれは書けないよ。

時間が経てば経つほど

記憶はあいまいになっていくものだからね。」


というのです。



よくまあ、倒れもせず 最後まで書き上げたものだと思います。


でも、じーちゃんの言う通り、記憶はびっくりするほど早く消えていくものです。


印象的な出来事や、会話はいつまでも記憶に留まりますが、

日常生活の細やかな事をずーっと覚えておくなんて、

普通の人間には

出来ません。



そして、じーちゃんの言うとおり、

このレポートが後々まで大きな役目を背負っていくことになります。