通奏低音に続いて、音楽素人による楽譜解読、第2弾です。
ドビュッシーの夜想曲より第3曲「シレーヌ」を打ち込んだのですが、ラスト3小節でヴィオラとチェロがこう記譜されていました。
……どの高さの音を入れればいいのだろう?
音符の上に書かれている”harm.”がハーモニクス奏法の指定である事と、どのように演奏するのかは知っています。でも、実音(実際に出る音)がBなのかF♯なのか、はたまた全く別の高さなのかが分かりません。
楽器奏者なら感覚で分かる事なのでしょう。MIDIを打ち込む者としては音符と実音の関係と、何故そうなるのかを理解したかったのです。
通常の音符の上にひし形の音符がある場合、通常音符の音が出る弦の位置(b)を指で押さえたまま、ひし形音符の音が出る位置(c)を指で軽く触れた状態で弾きます。
人工ハーモニクスと呼ばれる演奏法です。
(a)が指板側、(d)があご当て(Vn、Va)または下(Vc、Cb)側。
b-d間の長さがb-c間の整数倍の時、例えば2倍なら2倍音、3倍なら3倍音……等と呼ばれ、b-c間の長さで弾いた時と同じ高さの音が出ます。
通常演奏よりも金属的な堅い音になるのが特徴です。
……と、ここまでは理屈で分かっていても、弦の長さと音程の関係が分からないと意味がありません。知っているのは、せいぜい「長さが半分(=2倍音)でオクターヴ上がる」ことだけです。
そこで、頭に浮かんだのが純正律の音程です。
現代の音楽で広く使われている平均律(十二平均律)に対し、純正律(純正音律)という調律法があります。詳しい事は省きますが、各音の振動数比を単純な整数比にすることで、「うなり」のない和音の響きが得られる調律です。
※ 特定の和音以外は平均律以上に濁った響きになるため、転調する曲には向かない等の欠点があります。
純正律の音程と弦の振動数の関係は、C(ド)を基準にすると次表のようになります。
音名 | C | D | E | F | G | A | B | C' |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
振動数比 | 1/1 | 9/8 | 5/4 | 4/3 | 3/2 | 5/3 | 15/8 | 2/1 |
Cとの音程 | 完全一度 | 長二度 | 長三度 | 完全四度 | 完全五度 | 長六度 | 長七度 | 完全八度 |
弦の太さが同じ場合、振動数と弦の長さは反比例するので、このように書き換えることが出来ます。
音名 | C | D | E | F | G | A | B | C' |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
弦の長さ | 1/1 | 8/9 | 4/5 | 3/4 | 2/3 | 3/5 | 8/15 | 1/2 |
Cとの音程 | 完全一度 | 長二度 | 長三度 | 完全四度 | 完全五度 | 長六度 | 長七度 | 完全八度 |
つまり、Cの音が出る弦の3/4の位置を指で押さえて弾くとF音になり、半分の位置ならオクターヴ上のC音になる……というわけですね。
この関係は、例えば半音下げたB(シ)を基準にしても成り立ちます。
音名 | B | C♯ | D♯ | E | F♯ | G♯ | A♯ | B' |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
弦の長さ | 1/1 | 8/9 | 4/5 | 3/4 | 2/3 | 3/5 | 8/15 | 1/2 |
Bとの音程 | 完全一度 | 長二度 | 長三度 | 完全四度 | 完全五度 | 長六度 | 長七度 | 完全八度 |
※ ただし、あくまでも特定の1音を基準にしているため、例えばC基準で調律したE音とB基準で調律したE音では、ピッチが異なります。
これらを踏まえて、再び最初のスコアを見てみましょう。
長さと音程の対応表を、ヴィオラの下の音符F♯を基準にして簡略化すると……
音名 | F♯ | B | C♯ |
---|---|---|---|
弦の長さ | 1/1 | 3/4 | 2/3 |
F♯との音程 | 完全一度 | 完全四度 | 完全五度 |
押さえる位置(b)がF♯、触れる位置(c)がBなので、c-d間(B音)の長さはb-d間(F♯音)の3/4。b-c間はb-d間(F♯音)の1/4(=1/2×1/2)で、2オクターヴ上のF♯になることが分かりました。
次はチェロです。1小節目は四度音程なので、(通常音符の)2オクターヴ上のC♯です。
2小節目以降ですが、触れる位置(c)はF♯で変わらず、押さえる位置(b)がBに移動して五度音程になっています。c-d間(F♯音)の長さはb-d間(B音)の2/3です。
b-c間の長さはb-d間(B音)の1/3。では、音の高さは?
完全五度上(F♯)が長さ2/3なのですから、1/3はその半分です。つまり、完全五度上から、さらにオクターヴ上がったF♯となります。
まとめると、通常音符とひし形音符の音程が、
かくして実音(=入力すべき音)は、こうなる事が判明しました。
入力する音は平均律に基づいたものであり、純正律とはピッチで”ずれ”が生じます。しかし、純正律の完全四度と完全五度は共に平均律との”ずれ”はほんのわずかなので、平均律で入れても差し支えありません。
「音楽は感性の数学である」という言葉を聞いたことがあります。ハーモニクスや調律を調べていくと、それを強く実感します。
無事入力出来たところで、いざ再生してみると……全然目立たない。(笑) 音が正しかったからこそ、なんでしょうね。