「最後の晩餐」……言葉だけでも聞いたことがあるかと思います。絵画でもレオナルド・ダ・ヴィンチなど、いろんな画家がこのシーンを採り上げてますね。
MIDIでは判りませんけど、最後の合唱「主よ、私ですか?(Herr, bin ich's?)」では、イエスに対する呼びかけ「Herr」が全パート合わせて11回出てきます。12人の弟子のうち、ユダを除く11人が口を開いた、なんて意味があるそうです。
No.9 MIDI (10.2KB、2分26秒)
酵母なしパンの祭り(過ぎ越しの祭り)の初日、弟子たちがイエスの所に来て言った。
どこに過ぎ越しの食事の用意をしたらいいでしょうか?
イエスは言われた。
町へ行き、ある人のもとを訪ねて言いなさい。「先生の伝言です、私の時が来た、あなたの所で弟子たちと共に過ぎ越しを守りたい」と。
弟子たちはイエスの命じられた通りにし、過ぎ越しの用意をした。
日が暮れてイエスは十二人の弟子たちと共に席に着いた。
一同の食事中、イエスは言われた。
本当にお前たちに言おう。お前たちの中の一人が私を売るだろう。
弟子たちはとても心配し、次々に言い出した。
主よ、私ですか?
「罪のないあなたが縛られようとしている。本当ならそれは罪多き私が受けるべきだ」と、典型的なキリスト信仰の気持ちを表すコラールです。
No.10 MIDI (10.8KB、1分03秒)
私です、私こそ償うべきなのです、
手と足を縛(いまし)められ、地獄に繋がれて。
鞭と縄、そしてあなたが耐えられたもの、
それは私の魂こそが受けるべきなのです。
晩餐シーン後半は、弟子たちの問いかけに対してイエスが答え、自分のパンとぶどう酒を弟子たちに分け与えます。ユダの行動がお見通しだとはいえ、イエスもなかなかキツイ事言ってますね〜。
No.11 MIDI (9.7KB、4分07秒)
イエスは答えて言われた。
私と一緒に鉢に手を入れている者が、私を売ろうとしている。確かに人の子は、(聖書に)記されている通りに去って行く。しかし人の子を売る人間は災いだ! このような人間は、生まれてこない方が自分のためだったのだ。
イエスを売ろうとしているユダが、答えて言った。
ラビ(先生)、私ですか?
イエスは言われた。
お前が言った通りだ。
一同が食事をしている時、イエスはパンを取り、感謝して裂いて弟子たちに与え、言われた。
取って食べなさい、これは私の体だ。
そして杯を取って感謝し、彼らに渡して言われた。
みんなこの杯で飲みなさい。これは私の新しい契約の血で、多くの人の罪の許しのために流すものだ。お前たちに言っておく。私は今後、ぶどうの実から作ったものを飲まない。私の父の国でお前たちと共に新しいものを飲む日までは。
パンとぶどう酒を受け取った弟子たちの感謝と、イエスが別れを告げたことによる悲しみが混じってます。
No.12 MIDI (5.6KB、1分32秒)
私の心が涙を漂い、イエスが私たちに別れを告げようとも、お約束の言葉は私を喜ばせる。
その肉と血、ああ、尊き身を、イエスは私の手に遺して下さった。
この世で従う者たちを慈しんだイエスは、彼らを世の終わりまで愛して下さる。
前曲から一転して明るくなります。より感謝の気持ちが強められてるわけですね。
No.13 MIDI (17.9KB、3分51秒)
私はあなたに心を捧げましょう。
宿って下さい、私の救いよ、その奥へ。
私はあなたの内に身を沈めましょう。
この世があなたにとって小さ過ぎようとも、
ああ、それなら私はあなただけを
世より天より大きなものといたしましょう。