かじって別れた七つのイカダ【3】

一方、海の中に沈んだガンバは息ができなくなってもがくが、身体の自由が利かない。と、砂地からエイが現れてガンバの身体を弾いた。
やがて、夕陽が海を染め始めたが手がかりは何もない。彼らの焦りは深まる一方…
「ガンバーッ!チキショーッ、天狗岩は目の前だってのによ」
「ガンバよーっ、ガンバーッ!聞こえたら返事しろーい!」
大声を上げるイカサマに、シジンが声をかける。
「大丈夫、ガンバは生きとる。どこかでこの夕陽を、必ず見ているはずです」
そして、夕焼け空に飛行機雲が筋を引いていく…
「みんな、どうしてっかなあ…」
海面に横たわるガンバは、飛行機雲の消えかけに仲間の姿をダブらせる。しかし、事態は進展しないまま…
「とうとう、夜になっちまった…」
そんな重い空気を振り払おうと、シジンが立ち上がる。
「大丈夫、ガンバは必ずどこかで南十字星を見ている!見て…見ていますとも!あ、ほら流れ星!サーッ、サーッ…大丈夫、ガンバは必ず…」
言えば言うほど、白々しくなると分かっていても言わざるを得なくなったシジン。そんな彼に、イカサマは足で水をかける。
「ヘッ、いい加減にしろい!南十字星も流れ星も、どこにも見えねぇじゃねえかよっ!」
「いや…その、見えたつもりで…」
さすがにシジンも沈黙し、やりきれない空気が彼らを支配する。と、突然
「こら!ガクシャ…待てっ!こんな真っ暗な海に出てったら、今度はおめぇが迷子だぜっ!」
居たたまれなくなって、ガンバを捜しに行こうとするガクシャをヨイショが止める。
「しかしだね…このまま放っておいたらどうなるの!?」
「どうもなんねぇ。でもよ、これ以上迷子が増えたらどうなる!?それこそおめぇ、俺達はよ…バラバラになっちまうじゃねぇか…」
ヨイショの言葉に、イカサマが食って掛かる。
「てやんでぇ、今でもバラバラだぜ。カッコいいこと言うない」
再び沈黙した彼らの空気を、ボーボが破った。
「あの…そろそろご飯の時間だよ」
そう言って、ボーボは積んであった食料を仲間に投げ渡す。しかし…
「はい、ガンバーッ」
一つだけ、受け取り手のいない木の実が…
「ガンバ…」
空しく海に浮く、その木の実を見て
「ガンバ、きっとお腹空かせているよ!」
と、忠太が泣き出してしまう。それを見て、イカサマは木の実を口にすると口の中でサイコロに加工して吹き出してみた。出た目は「五・五」
「…グウゾロの丁か。ケッ、グウグウと出やがったぜ…」
と、その時雲が取れて月明かりが差してきた。
「しめた、月明かりだ!よおし、もう一度ガンバを捜せーっ!」
彼らは、再び明るくなった海へと漕ぎ出した。

一方、ガンバは月を見上げて鼻歌を歌っているしか、することがなかった。
「お腹が空いた、ハラ減った。ハーラ減った、ハラ減った…」
と、突然ガンバの身体が持ち上がった。何かに乗っかったようだが、ガンバには事情が分からない。それは、一度海に潜ると再びガンバを
持ち上げた。よく見ると、イルカだ。
「ハハハ…よせよせ、くすぐったいよ…ハハハ…」
口の先端で弄ばれたガンバは、イルカの鼻先の部分に降りていって相手を見た。ガンバはイルカと言うものを知らない。
「誰だ?おまえ…え?」
しかし、相手は「キューキュー」としか言わない。
「何?キューキューってのか。俺、ガンバ。お魚になったボク〜なんちゃってさ。俺もヒマだねー、ニャハハハ…」
それに返答するかのように、イルカも楽しげに声を出す。ふたりは、意気投合してイルカは、ガンバを背中に乗せて夜の海を跳ねて泳いで…
ガンバもノッてきて、イルカをまねて声を出し、ふたりは海を駆け回った。
その頃、ガンバを捜していたシジンは赤褌を振り回しての絶叫を続けていたが、返事はない。思わず涙がこぼれて…
「ガンバーッ!」
と、その声に反応して聞き覚えのある、威勢のいい声が…
「キュッキューッ!」
振り向くと、イルカに乗ったガンバの姿があった。
「ガンバ!ガンバ、ガンバ、ガンバ…」
涙ながらに、ガンバを抱き上げるシジン。
「心配したよ、心配した。うん、心配した…あれ?どうした…身体が動かないの?」
シジンは、ガンバの身体の異常を察知した。
「何?船にぶつかった時に…?そうか…」
そして、即座に診断を下した。
「うん、分かった!これはシッポの捻挫だ!」
「シッポ…?」
「そう、シッポはネズミのシッポなり。一番大切な部分を捻挫したら、動かなくなるのも無理はない。よおし今、治してやるぞ!」
と、シジンはガンバのシッポをグイグイ曲げる荒療治。やがて、ポキッと音がして…
「あ…動く動く!治ったんだ、バンザーイ!」
自由になった身体で、海を泳ぎまわるガンバ。それを見て、イルカとシジンも続いた。
そして、凪いでいた海に風と波が戻ってきた!
「魔女の…魔女の呪いが解けたぜ!」
そして、仲間のもとに威勢のいい声が飛んで来た。
「ヤッホーッ!ガクシャーッ、元気だったかーい!」
イルカに乗って飛び跳ねる、ガンバとシジンの姿だった。
「皆さーん、大変ご心配をおかけしましたーっ。ガンバリ屋のガンバ、只今無事に元気に帰ってまいりましたーっ!」
仲間達にとって、うれしくもビックリの再会だ。
「よーし、みんなガンバに負けるな!天狗岩まで、競争だーっ!」
ヨイショの号令で、彼らも天狗岩へと向かった。やがて、夜が明けてイルカとも天狗岩のところでお別れだ。

「さいならー、キュキュキュー!さいならーっ!」
水平線の向こうに消えていくイルカを見送るガンバ。その背中から
「あんなあ、ガンバ。あれはキュキュではなくてイルカと言うんであるよ」
ガクシャが訂正するが、ガンバはムキになって
「キュッキュでいいのっ!」
この剣幕に、ガクシャは沈黙。ガンバは、天狗岩のより高い部分に上ってなおもイルカを見送っていた。
「キュッキューッ、元気でキューッ、キュキュキュのキュー!」
別れを惜しむガンバの背中で、忠太が嬉しそうな声を上げた。
「あ、見える!見えます!」
「何、本当か?どれどれ…」
「ほら、あの雪をかぶっている山…あれが、あれがカラス岳です。あの山を越えれば、ノロイ島は目と鼻の先なんです」
「そうか…いよいよか…ガンバよ、やったな。ついにここまで来たんだなあ」
ガンバの肩を叩くヨイショ。ガンバはそれに答えようとしたが…
「キュッ、キュッ」
としか、口から出てこない。
「えっ…?」
「キュッ、キュッ…キュ…?」
慌てて言い直そうとしても、やはり「キュッキュッ」としか…ガンバは、胸を出してシジンに診てもらうことに。
「ん…ん…?何、大したことはない。軽あるい『イルカと仲良くしすぎ病』だよ。しかしまあ、初めて見ますな。こんな大きなデベソ…」
言われたくないところを突かれ、仲間に笑われてガンバの顔は真っ赤になった。
「キュンなで、キュらす岳へキュッぱーつ!」
「みんなで、カラス岳へ出発…って言う、意味でやんして…」
イカサマの「通訳」が入ったところで、彼らはカラス岳を目指して天狗岩を後にした。

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