「おお、麗しの我が家よ…へへへ、お袋に逢ったら開口一番、何て言おうかなあ。おふくろ、お久しぶりです。トラゴローが帰えってめぇりやした…
いや待てよ、何かおかしいなあ。お母上、只今帰りました…うーん、これもおかしいなあ。ま、いいか。その時はその時よ…トラですよー、
トラが帰ってきましたよーっ!」
住処に飛び込んでみたものの、そこには誰もいなかった。
「おかしいな…いねぇ。どこ行ったんだ?」
トラゴローは、慌てて周囲を捜してみるが…
「いねぇ。人間もいねぇ…どうなってんだ?」
やがて、トラゴローは現実に気付いた。
「この町にゃ、もう誰もいねぇんだ。もぬけの殻だ…!」
愕然とするトラゴロー。
「みんなーっ、どこいっちまったんだよーっ!」
だが、空しく風が吹いて砂埃を巻き上げるだけ…トラゴローは町外れで独りしょんぼりと座り込んだ。
「くそう、こんなもんもう用なしだい!」
大切なベロベロ飴を地面に叩き付けて、悔しがるトラゴロー…そこへ、やっとの思いでここまでたどり着いたガンバ達が。
「あっ、トラだ!野郎…」
ガンバ達は、トラゴローを囲んだ。
「やいトラ!とうとう捕まえたぞ!」
「調子のいい口が、二度と利けねぇようにしてやる!」
「もう、そのいじけたシッポを噛み切ってやりますからな」
そして、彼らは怒りに任せて無抵抗のトラゴローを袋叩きにする。それを見ていた忠太が見かねて割り込んできた。
「止めて下さい!そんなに殴ったら、可哀想ですよ!」
「忠太止めるな!こいつのせいで、みんなが迷惑したんだ!」
「そうよ、もう少しで山猫にやられるところだったんだぜ!」
怒りが収まらないヨイショやイカサマが、忠太に食ってかかる。
「でも…もういいじゃないですか」
それでも自分をかばう忠太を、なぜかトラゴローは突き飛ばす。
「余計なこと、するない!」
この態度に、ガンバ達はますます怒り呆れる。
「どこまでも根性のひねくれた野郎だ…!」
今にも乱闘が始まりそうな雰囲気の彼らに、シジンの怒鳴り声が
「もう、止めなさい!」
ビックリしたガンバ達が振り向くと、シジンは
「…これを、これを見なさい」
さっき、トラゴローが捨てた飴を差し出した。
「何でぇ、汚れたベロベロ飴じゃねぇか…」
「そう、トラゴローの命の次に大切な、お袋さんへの土産のベロベロ飴…」
突然、トラゴローは涙を流しながら突進してくると、シジンの手からそれをはたき落とした。
「ええい、こんなもの、もうどうだっていいんだ!」
涙を流しながら、自棄になったようにトラゴローはそれを足蹴にして、粉々に割ってしまう。そして、その場に大の字になって
「さあ、思う存分やってくれ!殺したってかまわねぇ、やってくれ!」
「トラゴロー、一体どうしたというのですか?」
シジンの問いかけに、トラゴローは涙を流しながら
「もう、この町には誰もいねぇんだよ!あっしのお袋も、仲間も、誰もいねぇんだよぉ!」
そう言われて周囲を見渡すと、確かに誰かがいる気配がしない…
「折角、お袋と一緒に暮らそうと帰ってみればこのザマよ。粋がってよぉ、お袋が引き止めるのを振り切って旅に出て十年、あっしはおふくろの
夢を見ねぇ日はなかった…だがよ、だが結局こうやって帰ってみりゃ、お袋はいねぇ仲間もいねぇ。あっしは、あっしは、どうしたらいいんだよぉ…」
「トラゴローの気持ち、よく分かります。故郷に帰って来た時、暖かく迎えてくれる者がいないのが、どんなに悲しいことか…」
シジンが、トラゴローに同情した言葉にイカサマがかみつく。
「ヘッ、冗談じゃねぇや。そんな甘ったれた気持ちよぉ」
「何ですと!?」
珍しく、シジンが強い調子でイカサマの言葉に反応した。
「そうじゃねぇか、俺たちにはノロイと言う強敵がいるんだぜ。無事、故郷に帰ぇれるかどうかも分からねぇんだぜ…」
そして、手にしていたサイを投げて見せる。
「見ろ、サイコロも四・二(死に目)と出やがった…」
これには、シジンも言葉を失い重い空気が支配した。
「な、何だよみんな!戦わない前から負けたつもりなんて、おかしいぜ!さあ、元気だせよっ!」
その空気を破ろうと、ガンバが大声を出す。
「しょ…しょげてなんか、いねぇぜ」
ヨイショの言葉に、ガンバは一安心。何も知らず石炭の塊に寄りかかった。しかし、トラゴローはまだ泣いている。
「トラ!いつまでメソメソしてんだ。おふくろさんがいなければ、捜しに行けよ!どこまでも…また旅に出て捜しに行けっ!」
ガンバに尻を叩かれたトラゴローは
「じゃあ、俺を許してくれるのか?」
「ああ、許してやるよ。だから、もう泣くな!」
と、ガンバが振り返ると背中一面が真っ黒…それを見てトラゴローは思わず吹き出した。
「ハハハ…背中、背中」
「ああっ…真っ黒?そうか、さっきの石炭でだなチキショウ」
今度は、石炭で汚れた手で鼻の下をこすったから、髭がはえたような顔になった。それを見て、トラゴローはますます笑い転げる。
「ちぇっ、そんなに可笑しかねぇや!」
ガンバは、石炭のかけらを手にするとトラゴローの顔にこすりつけた。
「この野郎、やりやがったな!」
トラゴローはガンバの手から石炭を奪い取ると、お返しに顔をゴシゴシ。今度はそれのお返しにガンバがゴシゴシ…ふたりのじゃれ合いになって
いくのを見て、忠太やボーボが面白がって参戦、ついにはヨイショやガクシャを巻き込んでの騒ぎとなった。こうして、吹っ切れたトラゴローは
旅を続けることになり、ガンバ達ともお別れだ。
「がんばれよー、ネズミの鑑!あっしは信じてるよ、あんた達なら必ずノロイに勝てるってね」
「やっと、あいつらしくなったぜ」
「あの調子で、きっと捜すさ」
「その外れに、トロッコがあるからそれに乗りゃ、山を降りるのは簡単だぜ!がんばれよ、男の中の男!色男!ニクイぜ、このーっ!」
そして、ガンバ達はトロッコに乗って麓の町へと向かった。
「近道、寄り道、旅の道…か」
そして…
「町だ、町の明かりだ!」
いよいよ、目指すはカラス岳。そして、それを越えたらノロイ島だ。
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