第15話 鷹にさらわれたガンバ【3】

雨の中、ガンバは必死に這うように進む。
「い、行かなきゃ…カラス岳に行かなくちゃ。あいつを越えなくちゃ、ノロイへ行けねぇんだ…くそう、シッポを立てろ…」
必死にシッポに力を入れて這い進むガンバだが、やがてバッタリと倒れてしまう。そんなガンバの横を、一人の人間が重い足取りで歩いていた。
もちろん、彼にはガンバの存在など気付きもしなかった。人間は…若い男のようだった。
そこから程近い山小屋にたどり着くと、入口に装備を降ろして中に入ると、トランジスタラジオのスイッチを入れ、帽子を脱いで一息ついた。
「はあ…」
そして、ベッドに座って流れる音楽を聴いていた。

一方、一匹のてんとう虫がガンバに止まった刺激でガンバは我に返った。
「い、行かなきゃ…」
そして再びフラフラ歩き出すが、さっきの人間が歩いた時に出来た靴跡が、ガンバにはちょっとしたくぼみになっていて、ガンバはそこに足を
取られてしまった。ガンバにはそれが人間の足跡だと分かり、それが向かっている方を見ると…そこには山小屋があった。
「……」
ガンバは、必死にその山小屋まで辿り着いた。ここまで来れば、雨に打たれる心配もない。ガンバは扉を開けようとしたが失敗、その場に倒れた。
すると、それまでリズムを取って音楽を聴いていた男が、思い出したように立ち上がると、入口の横に立てかけてあったしょいこを中に入れるため
扉を開けた。
ガンバは、それを見て自分も慌てて山小屋の中に入った。人間には警戒していたが、どうやら見つからずに済んだようだ。壁にもたれてホッとして
いると、男は靴を脱いでベッドに横になった。ガンバも、安堵から眠ってしまった。
「…ただいま、午前3時をお知らせいたしました。これで、本日の放送は全て終了いたします」
点けっ放しのトランジスタラジオから、番組終了のアナウンスが流れた。それを合図にしたように、ガンバはふと目を覚ます。空腹を覚えたガンバは、
ソロソロと小屋の中を歩き回ると…人間は眠っている。
「ちきしょう…腹が減って死にそうだい…」
小屋の中を、フラフラ歩き回るガンバ。
「あるある。い…よっと…」
やがて食料を見つけたガンバは、シッポをばねにして積んである食料に飛びつくが、いつものようにはいかなかった。積んである食料を崩して、
大音響を立ててしまった。
「……!」
男は、ベッドから跳ね起きて散らかった食料を見ている。ガンバは、慌てて物陰に隠れて様子を窺っていたが、やがてその場を去った。
「危なかった…」
すると男は、ランプに明かりを灯すと机に置いてあった日記をしたため始めた。
「夜になって晴れ。星がきれいだ。カラス岳の山頂が、手に取るようにはっきり見える。でも母さん…この山のガイドになってから半年、たまに登山客
 が来るくらいで、たいてい一人っきり。寂しくて、死にそうです…特に風の音も何にもないこんな夜は、いろいろと考えてしまいます。幼馴染の友達は
 どうしているかとか、喧嘩別れした親友は元気でいるかとか…」

そして、ウトウトしていたガンバも夢の中で仲間達と再会していた。
『ハハハハハハ…いやー、どうもどうも。へへ、俺さあ腹減っちゃって…』
だが、陽気に振舞うガンバを仲間達は冷めた目で見ている。
『やいっ、何か食わせろよっ!』
思わずガンバが怒鳴ると、ヨイショがガクシャが、イカサマが…仲間達がスーッと遠くに行ってしまう。
『何でぇ…みんな、どうしたい?みんな、こっち来いよーっ!』
必死に仲間に声をかけるが、仲間は遠くのまま。そして…
『あーっ!』
背後に、ノロイの白い影が!仲間達は逃げるものの、たちまちノロイの爪は仲間の身体を引き裂き、身体に突き刺さり、大きな口と歯は仲間を
次々と噛み砕き…
『あ…み、みんな…みんな死んじゃった…』
ガンバが涙を流していると、ノロイはガンバだけ無視して立ち去る。
『待て、ノロイ!まだ俺がいるぞ!仲間がやられて、引っ込んでいられるか…待て、ノロイーッ!』
ガンバはノロイを追うが、行く手を冷たく強い風が阻む。
『みんな、俺…寒いよ…独りぼっちじゃ、寒いよ…ヨイショ、ボーボ…忠太、イカサマ…シジン…ガクシャ…』

寒さに凍えるガンバ。と、小屋の扉が風でわずかに開いて隙間風がガンバを直撃していた。扉がガタガタいっているのに気付いた男は、立って扉を
閉めに行った。
「……!」
その時、物陰に隠れていたつもりだったガンバは、男に見つかってしまった。
「しまった…!」
慌ててガンバは逃げるが、男の手がガンバを捕まえようと迫ってくる!
「……?」
だが間一髪、ガンバは男の手をすり抜けて梁の上に逃げた。
「へへ…どんな怪我していていようが、人間に捕まるほど落ちぶれちゃいないぜ!」
ところが、男はジャンプして梁にしがみつくとジリジリ迫ってくる。
「う、うあああ…」
ガンバはなおも逃げるが、男の手はガンバを押さえつけようとした。
「にゃろーっ!」
すかさず、ガンバはその手に齧りついた。
「あいたっ…!」
男は、ガンバを振り払った。その隙にガンバは、ベッドの奥に隠れるが、なおも男の顔が下の隙間から、こちらを見ている。
「チキショウ…何てしつこい人間だい。俺がまともだったら鼻の頭を食いちぎってやるところだぞ…」
今度は、男は隙間から手を差し込んで、ガンバを捕まえようとする。
「チキショウ、いい加減にしろ…イテテテ…」
慌ててシッポを引っ込めてガンバは必死に逃げるが、人間は今度は、ベッドを少しずらして上から覗き込んで来た。
「もう、俺…いやっ!」
さすがのガンバも、根を上げ始めた。そして、フラフラになったところを、とうとう男の手に捕まってしまった。
「あっ!うわあ、しまった…こ、このヤロー、このヤロー!は、放せ!こんちきしょー、ちきしょー!ヨイショ、助けてくれーっ!ボーボ、忠太
 イカサマ、助けてくれーっ…」
ガンバの必死の抵抗と絶叫も空しく、男の力の前になす術がなかった。次第に意識が遠のいて…
すると、男は傷薬のチューブから少し薬を出し、ガンバの左腕にそっと塗った。そして、絆創膏を縦に半分に切ると傷口をいたわるように
巻いてやった。その時、ガンバは気がついて思わず逃げようとするが、腕に巻かれた絆創膏を見て、呆然とする。
更に、男はスプーンにまだ湯気の立っている食べ物を載せると、それをガンバの鼻先に出した。
「ほら…」
男が微笑んで見せたのを見て、ガンバは安心した。そして、目の前の食べ物を始めは遠慮がちにそれでも、空腹には勝てずに貪り食った。
やがて、窓の外が白々と明るくなってきた。

「今日も素晴らしい天気だ。夜中に登山客“一匹”あり。腹を空かせて、怪我をしていたが、手当ての甲斐あって、夜明けと共に元気に小屋を
 出て行った。行先はどうやら、カラス岳山頂らしい。とってもチビで、そして闘志満々の奴だった。ガンバレ、たった一匹の登山者よ。
 ガンバレ、勇気あるネズミよ…ああ、うまい。こんなうまい山の空気は、久しぶりだ…」
山小屋を出たガンバは、元気を取り戻して勢い良く駆けて行った。
「待ってろよ、みんな…頂上で逢おうぜ!」
遅れを取り戻そうと、必死に駆けるガンバ。山頂で、仲間達が待っていると信じて。

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