第2章 悪魔の爪

§1.サタンの狙い

恨み重なるネズミを殺せ
親父の敵のネズミを殺せ
全ての憎きネズミを殺せ…

サタンの存在は、ガンバ達にとって脅威となった。何より、奴の“目的”が分からないのが、最大のネックだった。
「ガンバ、おいら怖いよ…町の中を、歩けないじゃないか」
住処で泣き言を言うボーボに、ガンバは呆れたような顔をした。
「だから…昼間なら、少しは安全だぜ。夜は、かなり危ねぇけどさ」
「でも、昼間は人間とか…サタンは襲ってこなくても、他のネコとか野良犬とか…」
「ボーボ…お前、何年この町で暮らしてんだよ。そんな連中、いつものことじゃないか。それにビクビクしていたら、町ん中じゃ暮らせねぇぞ」
「う、うん…」
確かにガンバ達にとって、昼間より夜の方が行動しやすかったことは事実だ。人間もネコも、夜の方が活動が鈍る。
しかし、サタンは昼と夜が逆転した生活で、昼間は公園や建物の片隅などでじっとしてる。近寄り過ぎない限り、安全だった。
そして、夜になると町を徘徊し始める。ネズミの存在を発見するとその姿を追い彼らの行動パターンを把握する。
どんなに尾行をまいたつもりでも、奴の目はネズミの動きを見逃さない。
「またか!?」
アカハナ達に緊張が走った。自分の身はもちろん、仲間同士でもお互いの安全を守るべく気をつけているというのに…
「しかも、今度はその殺害現場を見ちまった奴がいるそうだ」
シャドーが、沈痛な表情で言った。アカハナは、目を閉じて首を数回横に振った。
「で、その者は…?」
「半狂乱だよ。とてもじゃないが、どうしようもない。かえって、彼の方が可哀相なんだが…」
「一体、奴は何を考えているんだ!」
ベアーが、苛立った声を上げた。


「これで、4匹目…」
同じ言葉の後でも、続く言葉はそれぞれ異なっていた。
「…一体、奴の目的は何なんだ?」
悩み、うめくような口調のアカハナと
「…これだけ、派手に殺っていると言うのに、奴は現われる気配がないな。この町に奴がいないとなると…一体、奴は何処へ行った!?」
歯ぎしりの音さえ聞こえてきそうな、黒い影。それぞれの思惑が交錯する中…
「何だって!本当の話か?」
チョッキーがもたらした『情報』は、アカハナを驚愕させた。
「はい。奴の目的は、どうやら特定のネズミへの深い怨恨だと思われます。それは…」
その時、誰かが彼らのいる部屋のドアをノックした。
「誰だ!?」
鋭い誰何の声に、細めに開いたドアからガンバが恐る恐る顔を出した。
「お前か…どうした?」
「あ…その、マジックさんに、聞きたいことが…」
「あいつなら、エリアの見回りに行ったが?」
「そ、そうですか…実は、この間教わった警戒用の仕掛けについて、聞きたかったんですけど…」
「そうか…悪いが、またにしてくれないか」
「はい…」
おとなしく引き下がるガンバの姿を横目で追いながら、チョッキーは『いいんですか?』と言う表情を見せた。
「おまえは…要らん刺激を与えてどうする?今、あいつに事を話したらそれこそ、無謀な事をし出すぞ。時期を見計らって話をすれば良い」
「はあ…」
チョッキーは、それ以上何も言わなかった。そして、その場を出て行くのと入れ替わりにベアーが入ってきた。
「何か、収穫はあったのか?」
チョッキーの姿を認めたベアーは、アカハナに対して性急な問いをした。
「ああ。奴の目的が、分かってきたよ…」

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§2.死を呼ぶ笛の音

それから3日ほどした夜…
「…本当に、行く気か?」
「ああ。俺は、ロックの兄貴には、何かと軽く見られているからなあ。ちったあ度胸の座った奴だって、見せてやらにゃ」
「しかし…」
「ヘッ、サタンだろうが何だろうが、所詮はネコじゃねぇか。人間みてぇに、薬だの罠だのと卑怯なことはしねぇ。自分の力で戦うまでよ。
 それで負けるんなら、俺はそれだけのネズミだったってことじゃねぇか」
「ガス…」
「俺は、行くぜ…」
親友のガスが本気であることが分かったため、アンクは無理に止めようとしなかった。
後から思えば、大変な後悔になることだったのだが…

“チッ…エリアが荒らされてねぇのはいいが、何てまあ静かだい”
いつもなら、仲間の陽気な声や、縄張り争いのケンカの声が耐えない時間帯であり場所であるのに、お通夜のように静まり返っている。
“サタンとやらの、気配もしねぇ…どういうことだ?”
ガスは、エリア内でもっとも食料にありつける飲食店街の裏手に出た。ここも、人間の気配はするものの仲間やネコの気配が感じられない。
ガスは独りで、味気なく食料を口にしていた。
「……!?」
雑踏の中から、妙な音が聞こえてきた。やや甲高い音だが、周囲の雑踏とは違った感じで、耳に入ってくる。
“何の音だ…?” やがて、その音は一定のリズムを刻みだした。
「うっ…」
ガスは、頭の中でその音がぐるぐる回っている感覚を覚えた。それは、彼の感覚を次第に失わせて、まるで夢でも見ているような気分にさせた。
“さ…催眠術…?”
慌てて耳を塞いだ時には、もう遅かった。彼は、じっとしていることができなかった。

そして、身体が勝手に自分の意思に反して動き出した。


ガンバが、いぶかしげな顔でその様子を見ていた。
何しろ、ここはガンバに与えられたエリアの中。縄張り荒らしなら、徹底抗戦するまでだが…
「ロック!おめぇ、何やってんだよ!?」
ガンバが声をかけると、ロックはちょっと複雑な表情を見せた。ガンバが、その表情の意味を理解しかねていると
「ガンバ…おめぇ、ガスを知らねぇか?」
ロックは、ガンバに近づくとまくし立てるように聞いた。
「し、知らねぇよ…」
ガンバが答えると、ロックはプイと振り返るとどこかへ行こうとした。ガンバが、呼び止めようとした時…
「ロック!ガスなら、こっちだ」
ベアーの声が背後からした。ロックは、ちょっとためらったもののすぐにベアーの後を追った。ガンバも、それに追随した。
「ガ…ガス!」
とある建物の裏手、窓の金具に人間が使う細くて丈夫な紐を結びつけて、その紐で首を括ってぶら下がっていたのは、紛れもなくガスだった。
「バッ…バッカ野郎!お、俺は…おまえを、後継者だと決めて…だから厳しく接してきたけど、おまえを憎んでいたんじゃ…馬鹿野郎ぉぉ!」
冷たくなったガスを抱きしめて、ロックは大声を上げて泣いた。
ガンバの他ベアーやアカハナら、リーダー格のネズミもいたというのに、周囲をはばかることなく泣き続けた。
「ロック、ガスのことについては後で詳しく話を聞こう」
そういい残してアカハナ達は、その場を立ち去った。
ガンバは、ロックに何か声をかけようとしたが、言葉が見つからなかったしアカハナ達に促されて、一緒にその場を去った。
“それにしても、妙だ…あの不自然な自殺。あのような死に方…前にも見たことが…”
帰る途中、アカハナは終始無言だったが心の中である疑問を呟き続けていた。

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§3.ガミーと言う名のネズミ

記憶の奥底にあった過去の話が、急に浮かび上がってきたのはチョッキーからの報告を整理している時だった。
「そうか…やはり、そういうことなのか!」
アカハナは、ガスの遺体を見たときに不自然な感じがしたのだ。仮に『自殺』ならば、覚悟を決めて臨むはず。
それにしては、ガスは穏やかな…むしろ、楽しげな表情をしていた。アカハナは、そんな“遺体”を過去に見た記憶があった。
「まさかと思ったが、奴は…サタンは…!」
「間違いなさそうだな。奴は、あいつの子供あるいは、血のつながったネコだ!」
「と、言うことは…サタンが捜しているというネズミって…?」
「間違いなく、ガミーのことだ」
「し、しかし…」
「ああ、ガミーは死んだ。我々が昔いた町で、脅威の対象だったゼロの爪にやられて。当初、サタンがゼロと関係しているとは思えなかった。
 身体の模様が異なっていたし、まさかと言う気もあった。しかし、母親次第でネコの毛並みなんて変わるものだし、奴はあの笛を持っている。
 あの…悪魔の笛を!」
「ガスは、その笛の音で…?」
「間違いない。一種の催眠術にかけられ、楽しいことをしている気になったまま首を…吊らされたのだ!そう考えれば、ガスの表情の説明も付く」
「恐らく、奴の復讐はガミーをその爪にかけるまで、終わらないだろうな…」
「そして、ガミーがすでに死んだことを話しても…素直に聞き入れはしまい」
「マジックの言うとおりだ。かえって、俺たちがガミーと関わりのあったネズミであることが分かったら、俺たちはもちろん町の連中も危ない」
「特に、あいつが…な」
「そうだな…サタンが、自分の父親の命を奪う元となったネコに関係していると知れば、立ち向かいかねん」
「…やはり、あいつに話をした方がいいかも知れんな」
アカハナの言葉に、残りのリーダー達は揃って異を唱えた。
「言っただろう?無鉄砲なことをやりかねんぞ、あいつは!」
「…分かっている。だがな、黙っていてもいずれあいつとサタンは出逢ってしまう気がする。そうなったら…俺は、過去を知っている者として、
 ガンバを第二のガミーにしたくはないんだ。あの時の『息子同士』が、再び戦うなんて…!」


翌日、ガンバはアカハナに呼ばれた。
「…ガンバ、私の話をよく聞くんだ。サタンの目的は、あるネズミに復讐することだ。そのネズミの名をガミーと言う」
「ガミー…?」
「おまえは知らないだろうが、おまえの父親が若い頃名乗っていた名前だ。ちょうど、あいつの生命を奪うことになったあの傷を、ゼロと言うネコに
 負わされた頃だ」
「それじゃ、サタンは…?」
「恐らく、ゼロの子供か血のつながったネコ…」
ガンバが肩を震わせ、拳を握ったのを見てアカハナは静かな口調で続けた。
「ガンバ、間違ってもサタンに立ち向かおうなどと考えるなよ。仮にサタンを退治しても、父親の復讐にはならんぞ。いや、復讐と言う考えは捨てるんだ」
「だ、だけど…だけど、俺…!」
「ガンバ、よく覚えておけ。復讐からは何も生まれない。憎しみと、更なる復讐だけだ。ガミーが過去に残した火種は、我々が責任を持って始末せねばならない。
 それはガンバ、おまえを含めて後々に恨みの種を残さないためだ」
「……」
それでも、納得しかねる表情のガンバにアカハナは続ける。
「それにこれは、最早おまえだけの問題ではなくなっている。サタンはガミーに関係している私達や、この町のネズミ達を皆殺しにしかねない。
 そうなったら、おまえ独りの憎しみとか復讐などと言う問題ではなくなる。おまえが本当に、サタンを倒す気でいるのならば、我々の指示に従い
 共に戦うのだ。単独行動で立ち向かったら、たとえ結果がどうであれ我々は、おまえのことを認めないぞ。いいな!」
そこまで言われて、ガンバは不承不承アカハナの言葉を受け入れた。だがその場を去るガンバの後姿を見て、アカハナは複雑な気持ちでいた。
“まさか、若い頃のことが今頃になってこんな形で現われるとはな…”

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第2章・完
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