第3章 黄金伝説の国

1.山賊さん、いらっしゃい

どこまでも続く一本道を、一台の荷馬車がのんびりと歩いていた。と、荷台の片隅からガンバがひょいと顔を出した。
「チェッ…」
ガンバは、外の光景が変わり映えしていないことが分かると、つまらなそうな顔をして再び潜り込んだ。
荷台の荷物の隙間では、仲間達が思い思いの恰好…と、言っても荷物にもたれて眼を閉じているか、ボーボのように本格的に寝ているかで
ちっとも面白くない。
「あーあ…」
ガンバは、大きく伸びをして自分も横になることにした。ガクシャの『計算』に従って、荷馬車に揺られること3日、変わり映えのしない光景の中を
荷馬車は進んでいる。
一本道の両側には、人間の腰くらいの高さの紫かがった草が一面に生えている。荷台の上に立って見渡しても、はるか向こうに山が見えるだけ。
草原は、果てしなく続いていた。しかも出発して以来、荷馬車は人間の住むような場所にさえ立ち寄らない。ここ2日ほど夜は野宿をしている。
『ホントに、この道で良いのかよ…』
ガクシャに対する、誰もが腹の奥にしまっている言葉が、ガンバの喉元まで上ってきていた。しかし、この狭い場所でケンカを始めても仕方がない。
ガンバは、そのまま眠ってしまった。ところが…
「……!」
しばらくして、激しい揺れに叩き起こされた。何事かと辺りを見回すと仲間達も緊張した顔で、しかしなす術なく立っている。
「い…一体、こりゃあ…?」
「ああ…馬車に何かあったようだぜ…」
ヨイショがガンバに答えていると、ガタッと大きく揺れて荷馬車が止まった。彼らが、じっと様子をうかがっていると
「あーあー、とうとうやりやがった。次の宿場町まで、あと少しだってのに…何とか、応急処置ですめばいいがなあ…」
御者台にいた男の声がした。どうやら、荷台の車輪の一部が壊れたらしい。ガンバ達が様子を窺うと、夕陽を背に男が作業を始めるところだった。

男の言う『応急処置』は結局、日没と共に中止となった。ガンバ達も、ここで足止めである。
全員がガックリとなって無口になる中で、ガクシャだけは月明かりを頼りに、例の本を読み続けている。
「ガクシャ…眼が疲れるだけだぜ、いい加減にしとけよ」
ヨイショが少し呆れたように声をかけると、ガクシャは本から目を離した。
「…ふう」
ガクシャが、大きく息をついた。そして
「なかなか、面白い」
と、呟くように言った。すると、イカサマがすかさず揶揄する。
「何か、近道のヒントでも書いてあったのかい?」
「ん…いや、そうではないが…この辺りに、昔ネズミの一大王国があったようであるな。ラモジャも、その王様に謁見している」
「へえ…」
ちょっと興味深い言葉に、ガンバ達も集まってきた。
「その王国って…?」
「今から約300年くらい前に栄えていた、シドミ王国と言う国らしい。これによると王は民に慕われ、民も貧富の差なく、豊かで明るい国とある」
「理想郷のような国ですね…」
ジュンの意見に、誰もがうなずく。
「ラモジャとその一行は、歓待されて旅の疲れを癒し、ここに永住したいと願う者まで現れて、慌てて引き戻したともある」
「で?ラモジャが、そこに何か残したとか、お宝にまつわるような話は、書いてあったのかい?」
イカサマの問いに、ガクシャは首を振った。
「いや、何も。まあ、ラモジャほどの男が、何も礼をしないで立ち去ったとは思えんが…この国にやって来た経緯が分からない。たまたま、なのか?
 何か目的があってなのか?それによっては…」
ガクシャが言いかけた時…
「……!」
草むらの奥から、ボーボの悲鳴が聞こえてきた。
「ボーボッ…!」
ガンバが脱兎のごとくに駆けつけると…ボーボは、各々手に刃物を持ったがっちりした身体のネズミ達に、囲まれていた。
「だ…誰だっ、おまえら!?」
ガンバが大声を上げると、ボーボを囲んでいた連中がこちらを向いた。全部で3匹いる。そして、ガンバをジロリと鋭い目で睨み付けた。
「いい度胸だな。俺らにそう言う態度を取るとは…」
だが、これで怯むガンバではない。相手が敵意をむき出しにしたなら、こちらも敵意をあらわにした。そこへ、ヨイショ達も駆けつけてきた。
「ガンバ…!こいつらは…?」
「分からねぇ…だけど、手強そうだぜ」
ヨイショも、相手を睨んだ。
「さ…山賊って、やつですな…」
ガクシャが、緊張に震えながら言った。
「何でもいい、ボーボを放せっ!」
ガンバが、ボーボを押え込んでいたネズミに突進した。それを合図に、ヨイショも猛然と連中のひとりに立ち向かった。
「グッ…!」
ガンバの突進はあっさりかわされてしまい、逆に相手の蹴りが腹に突き刺さった。思わずうずくまって苦しむが、相手が自分の襟首を掴もうとした瞬間
ガンバは、その手に飛びついて前歯を突き立てた。
「ギャッ…!」
今度は、相手が顔を歪めた。なおも食い下がるガンバだったが、突然もうひとりの連中に肩を掴まれると、引き剥がされて真正面に向いたところへ
相手の拳が飛んで来た。
一方、ガッチリ組み合って動かなかったヨイショだが、相手の力にジリジリと押されている。体勢を立て直して攻め直そうとしたが、一瞬の隙を突かれて
相手に投げられ、身体を地面に叩き付けられてしまった。そこへ、相手のパンチを食らって吹っ飛ばされたガンバが飛んできた。
「くそう…」
ダメージを受けたふたりを、仲間達はオロオロして見ているしかなく…と、イカサマがいつの間にか草むらに隠れて、連中を狙っている。
「……!」
だが、彼らはイカサマの動きを察知していたかのように、飛んできたサイコロを簡単に弾き落とした。
「面白い連中だな…気に入ったぜ」
彼らは、ニヤニヤ笑いながらガンバ達を見た。


ガンバ達は、地面に掘った穴の中に連れ込まれた。思ったより広いが、薄暗くてジメッとした内部だった。でも、変に息苦しくないのは空気穴が
どこかにあるからだろう。
「親分、ちょっと…」
奥に座っていたネズミ…背はジュンと同じくらいだが、はだけた胸からたくましい筋肉がのぞいている…は、部下の報告を聞くとゆっくり座り直した。
「お前達、名前は?」
彼は、ひとりひとりの名前を確認した。そして
「まあ、座りな。手下の無礼は、俺の顔に免じてくれ。ところで…どうだい、お宝探しを手伝う気はないかい?」
右の頬に大きな傷痕があり、それは口の周りにたくわえた髭に半分隠れている。
太めの眉の下には、鋭いが決して乱暴さを感じさせない眼がこちらを見ている。
「話はともかく、俺達に名前を聞いておいて、自分が名乗らねぇってのは…」
イカサマの態度と口調には、相手に卑下する雰囲気がなかった。ガクシャとシジンが、相手の逆鱗に触れかねないと慌てたが…
「ハーッハハ!こいつは参った。一本取られたぜ!おう、イカサマとか言ったな。お前の言う通りだぜ。俺様は、代々この辺りで山賊をしているガフってんだ。
 ま、俺の爺さんの頃から、いろいろとお宝を探し続けている」
『お宝』と言う言葉に、彼らは反応した。
「ん…?もしかして、お前らもロサリー王女の宝を?」
「ロサリー…王女?」
ガンバのやや拍子抜けした口調に、ガフもちょっと調子が狂ったらしい。
「何だい、ロサリーのお宝を知らないのかい?」
「ああ。俺達、海賊ラモジャのお宝を探しているんだ」
「かいぞく…?まあ、山賊と似たようなものか。海の底にでも、潜ろうってのかい?」
ヨイショは、ちょっと苦い顔をした。
「王女と言うのは…シドミ王国の?」
ガクシャが、横から問いかけると
「何だい、知ってるんじゃねぇか」
「いや、我々が知っているのは…今から約300年ほど前に、ラモジャがシドミ王国に来たということだけだ」
「300年前…?それじゃ、関係ねぇな。王国が、栄華の絶頂にあった頃じゃないか?ロサリー王女は、今から220年くらい前の王女だ…
 何しろ、欲と財宝に目が眩み、王国を破滅させた世紀の悪女、と言われているんだからなあ…」
「その、世紀の悪女のお宝なんて…どうして探しているんです?」
ジュンの問いに、ガフはニヤッと笑って
「それよ。今となっちゃ、王国は跡形もない。誰はばかることなく、見つけたもの勝ちじゃないか。栄華を極めた王国を滅亡させたほどの王女の財宝だぜ
 これは探す価値があるじゃねぇか」
「…なるほどね」
「ところで…どうだい、冒険心がうずく話だろう?ちょっとはお宝探しに、興味が出たかい?」
ガンバ達は、思わず顔を見合わせたが…
「断れる状況でも、なさそうだもんなあ…」
薄暗い中彼らの背後には、ガフの手下が出口を塞ぐように立っていた。
「決まりだ。まあ、安心しな。俺は山賊のボスとして、お前達をタダ働きさせないぜ。ちゃんと報酬は出す。お前達が裏切らないなら、命も保証する。
 こき使うようなこともしないから、安心していいぜ」
ガフは、ひとりご機嫌に笑っていた。

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2.お宝の前では、みな兄弟

翌朝、別の穴から表に出たガンバ達は、荷馬車が立ち往生した場所から意外と近い場所に低い木が茂っていて、藪になっていることを知った。
「この藪を抜けたとこに、野ネズミの集落がある。そこが、昔シドミ王国だったところさ。今じゃ、人間の目には付きにくいし、藪を切り開くほどのことも
 しないから、彼らには楽園さ」
ガフの部下に案内されて、ガンバ達はその集落へと出た。
「へぇ…」
そこには、思ったより整然とした集落が広がっていた。そして、そこで暮らす野ネズミ達は純朴そうな顔をしている。
「実際、彼らは他所からの侵略とか略奪の歴史が少ないから、あまりヨソ者を疑うことをしないさ。こっちが、荒々しい振舞いをしなけりゃ好意的な態度を
 見せてくれるぜ」
ガフの部下は、ちょっと『彼ら』を小馬鹿にしたような口調で言った。
「こっちだ…」
ガンバ達は、言われるがままに後についた。
「ここが、宮殿跡への入口さ」
そこには、古井戸と思われる石を積み上げた跡と、朽ちかけた木の枠組みが苔と蔓草に覆われていた。
「ふうん…」
中を覗き込んだガンバは、中の様子が良く分からないので、より深く首を突っ込もうとしたが
「おっと、親分の許可なしじゃ俺らといえども、中に入ることは厳禁だ。今日は、この辺りを案内するだけに止めておくように、言われてるしな」
と、襟首をつかまれてしまった。ガンバは、少々不満そうな顔を見せたがそれに従った。

それから、集落を案内されているうちにシジンがあることに気づいた。
「あの、腕輪をしているのは、何の印です?」
「ああ、あれかい。あれは結婚しているって印さ。男は右、女は左の手首に、揃いのを付けるんだ。王国があったころの風習の名残りだと言われている」
「なるほど…」
シジンが感心したように呟くと
「人間で言う、結婚指輪みたいなものですな」
ガクシャも、ちょっと興味をそそられたかのように言った。


「ところで、そのロサリー王女のお宝ってのについて、詳しく聞かせてくれないか?」
その夜、ヨイショはガフに切り出した。
「いいとも。どうせお前たちにも、話さにゃならないことだ」

今から、220年ほど前の王国…貧富の差はできていたが、そこそこ平和な国だった。
その頃、例の腕輪は金属製で幅があり、装飾や細工が美しいほど良いとされていて、結婚に関するステータスってやつだった。
金持ちはもちろん、貧しいやつらもできるだけの見栄を張っていたそうだ。
その頃、王国の片隅に若いカップルがいた。お互い決して裕福ではなくむしろ、日々の食料をやっと手に入れるくらいの生活をしていた。
しかし、ふたりは悲観していなかった。お互いの将来を信じ、約束し、それが唯一の、ささやかな幸せだったと言える。
ある日のこと、男は結婚の申し出として腕輪を渡した。
『僕には、こんな程度のものしか渡せないけど…』
男は、自分で彫った木の腕輪…要するに、腕輪としては最も安っぽいものだ…を、女に渡した。そして女は、それでも喜んで受け取った。
ふたりには、明るい将来が約束されたように見えた。ところが…
その頃、何代目かの国王の座についたのは、美しい女を求めそいつらに着飾らせて悦に入るような、趣味の悪い奴だったそうだ。
そして、美しい女の噂を聞くと、すぐに自分からそこへ行って『品定め』し、気に入ると有無を言わさないで宮殿に連れ帰ったという。
そしてある時、例のカップルを見つけてしまった。その女は、国王のお眼鏡に適い早速、使いの者がやってきた。
だが当然、女はそれを拒絶した。それならばと、国王は部下の兵士を動員して、半ば誘拐同然に女を宮殿に連れてきたんだ…
嫌がり泣き叫ぶ女を無理やり馬車に押し込み、何とかそれを阻止しようとする男を、力づくで引き剥がし叩きのめして、ふたりを引き離したんだ。

「かわいそうなお話ですね…」
忠太は、思わずもらい泣きしていた。
「まあ、話としては結構ありがちな悲恋話だが…肝心なのは、ここからさ。その女は、名をロサリーって言うんだぜ?」
忠太はもちろん、話を聞いていたガンバ達は一斉に驚いた表情を見せた。
「えっ…世紀の悪女と、それと、どういう関係があるんだい?」
「そこよ、このお宝にまつわる話の、重要な部分はよ」
ガフは、酒をグイッと飲むとニヤリと笑った。


数年後、国王はこの世を去った。国王には跡継ぎがおらず(ロサリーは事実上王妃の立場だったが、子供はいなかった)
また、遺言によりロサリーが王位を継承することになった。
「その辺りから、いろいろと出てくるのよ」
王女となったロサリーは、性格が変わったかのように贅沢と浪費を始める。自分自身はもちろん、それまで比較的質素だった王宮をも飾り立て
食生活も豪華になった。そんな王妃に、少しでも否定的意見を出した者は誰であろうと処刑された。
そのツケは、当然のように王国の民に及んだ。極度な率の課税と厳しい取立て、宮殿改装などへの強制労働、不平不満の密告…たちまち、国は荒れ果てた。
「…ひでぇ話だ」
「そして、それらは全てロサリーの企みだった…と、したら?」
「……!?」
国王は、特に持病があったわけではない。むしろ、健康体だった。それが、ロサリーが王宮に入ってから、目に見えて弱っていった。
毎日の食事を供したのはロサリーだ。毒でも盛ったのではないか?また、跡継ぎを生むことを頑なに拒否している。
これは、無理に婚約者から引き剥がされた恨みとか、その後も例の悪趣味は続いていたというから、その辺りから拒否していたとも考えられるが…真意は不明だ。
それから、王女の浪費は国王が存命中は、全くと言っていいほどなかった。それどころか、事実上の王妃であるのにもかかわらず、地味な服装をしていたという。
まあ、女を派手に着飾らせるのが好きな国王へ、当て付けたのかどうかは知らないが。
「じゃあ…国王への、復讐?」
「まあ、そういう見方もあるわな」
「しかし…全てを計画的犯行と見るのは、ちょっと悪意が過ぎますぞ」
「だがよ、王女がシドミ王国を破滅に導いたのは、紛れもない事実だぜ?」
「ん、まあ…それはそうであるが」
重税をはじめとする理不尽な圧政に、民は一斉に反旗を翻した。いわゆる、クーデターだな。それを制圧しようとする兵士と、民の怒りのパワーは
血で血を洗う内乱を招いた。そしてついに、追い詰められた女王は自ら命を絶った。
後に残ったのは、荒れ果てた土地と治世者の不在だった。王家は亡き国王の従兄弟に当る者が王位継承を宣言し、了承を得た。
彼は、荒れ果てた土地を復興させ、国の再興に努めて成功した…
「問題は、ロサリーが所有していたと思われる財宝だ。内乱の前後から調査されているが、めぼしいものは見つかっていない。さらに、王女が最も大切にしていた
 というお宝については、手がかりすらなかった」


「なあイカサマ、お前どう思う?」
「何が?」
「あの、ガフの話さ…あいつの言うお宝って、本当にあるのかね?」
「ヘッ…ガンバ、疑い始めたらキリないぜ」
「そりゃ…ま、そうだけどよ」
「ま、いいじゃねぇか。俺が見る限り、あいつは欲に目がくらんでる様子じゃねぇし、嘘ついてるとも思えねぇ。いざとなったら、そん時はそん時よ」
ガフのような、ちょっと怪しげな奴の『素性』を詮索するのには、イカサマが適任だと思って話しかけたガンバは、相手の気のない返事に、少々落胆していた。
「ははは、見事に肩透かしを食ったね」
「シジン…」
「私も、イカサマの意見に賛成だよ。あのガフという男は、悪人には見えない。むしろ、宝探しを楽しんでいるようだ。ただ…」
言いかけて、シジンは口を閉じた。ガンバが怪訝そうな顔をしていると、ふたりの傍をガフの手下の一人が通って行った。
「……?」
ガンバは、シジンが突然黙ったことを理解できずにいたが、シジンはそのままその場を去ってしまった。
「変なシジン…」
ちょっと口をとがらせながらも、ガンバも休むことにした。だから…
『…あいつらは、眠ったか?』
『ああ。しかし、油断できん奴らだぞ。俺らのことを勘繰り始めている』
『何、いざとなったら始末するだけさ。それよりも、例のお宝については調べる範囲が狭まってきた。分かっているだろうが、お宝は俺たちだけで山分けだぜ』
『ああ。抜け駆け・裏切り無しってのは、血判状を交わした以上死んでも守るぜ。それが、山賊の掟だ』
『しかし、ガフもおめでたい野郎だ。お宝の価値よりも、探し当てることに意欲を燃やすなんてよ。お宝は、その価値が一番大切なんじゃねぇか。
 へへへ…国を滅ぼした王女の隠し財産、並みの価値ではないぜ』
『そういう顔するなって。親分の前では『お宝の前では、みな兄弟』って顔しているんだよ…』
ガンバは部下達のこんな会話はもちろん、部下達のそばで音を立てないようにサイコロを弄びながら、それを盗み聞きしている影がいたことを知らずに寝ていた。


翌日は、雨だった。
「今日は、でかけねぇのかい?」
ガンバの問いに、部下たちはちょっと面白くなさそうな顔で答える。
「ああ。こんな日は、じっとしているのさ」
「雨の日は、何か都合が悪いのかい?」
「まあな。藪の中から『大将』が出てくる」
「何だい、その『たいしょう』って?」
「蛇のような長い胴体の、トカゲさ。俺らなんか、ひと呑みにされてしまうよ」
「何でぇ、トカゲの一匹や二匹…」
すると、相手はニヤリと笑って
「ならば、表に出てご対面してくればいいさ。音もなく背後から近づき、気配を感じた時には、大きく真っ赤な口が…」
さすがにガンバも、ちょっとビビったらしい。
「ま、トカゲに食われるために冒険してんじゃ、ないものな。へへへ」
頭の後ろで手を組んで、わざとらしい笑いを浮かべながら立ち去った。
「もう…冗談にも程があるぜ」
仲間達のもとに戻ると、イカサマがちょっと真剣な表情で
「…みんな、集まったな」
何事かと、ちょっと怪訝そうな顔のガンバをよそに、イカサマは切り出した。
「…これは、まだ確証を得た話じゃねぇ。だが、かなりの確率で事実だと思っていい。みんなも、黙っててくれ」
声を落として話すイカサマに、誰もが緊張を隠せない。
「俺は、昨夜ガフの部下達の話を立ち聞きしたんだ。それによると、あいつらはガフを裏切り、お宝を山分けするらしい」
「何だっ…て…?」
思わず声を上げかかったガンバを、ヨイショがねじ伏せる。
「静かに聴けよ!」
ガンバは、自分の頭を潰さんばかりに押し付けるヨイショの右手を、思い切り齧りたい衝動を抑えていた。
「それで…彼らはどういう企みを?」
ガクシャの質問に、イカサマは軽く首を振る。
「そこまでは…話さなかったぜ。だが、いざとなったらガフや俺達をを殺してでも、って考えでいるらしいぜ」
「何だって…!?」
ガンバが、ヨイショの腕の中でジタバタしながら抗議する。
「何が『お宝の前では、みな兄弟』だ。あいつら、欲の皮が突っ張った連中だぜ。まあ、お宝を発見するまでは、本性は見せねぇだろうけどよ…」
「お宝を前に、態度を豹変させそうですね」
シジンが、納得したように呟く。ガンバにも、やっと昨夜のシジンの態度が理解できた。
“シジンは、あいつらの態度がおかしいことを言いたかったのか…”
「でも、ガフはどうなんでしょう?部下の腹の内を読めていないとも、思えませんが」
ジュンの意見に、ガクシャも同意する。
「それは、俺にも腹の内は読めねぇ。だが単なる冒険バカとは、思えねぇけどな…」
イカサマが、腕組しながら呟くように言った。
「とにかくだ、俺達だけは信用できる。部下の連中はもちろん、ガフにも注意を払うのに、越したことはなさそうだぜ」
ヨイショの意見が、その場を締めくくった。

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3.これが世紀のお宝だ!?

二日後、雨は上がった。
「さて、始めるか…」
一行はガフを先頭に、宮殿跡の『入口』から中に入った。
「……」
ガンバ達には初めての光景だが、あまりキョロキョロしているひまはなかった。
ガフ達が勝手知ったるとばかり、さっさと歩を進めるからだった。特に、ボーボは一番最後から仲間たちを追っていたが、恐怖心からたださえ鈍い歩調が
ますます鈍くなる。いつもなら、泣き言を言い出すところだったが、仲間達の雰囲気がそれを許しそうになかったので、渋面をつくって歩いていた。
「ここだ…」
やがて、かなり奥に入ったところでガフは足を止めた。
「…いろいろ調べた結果、ここが最も怪しいと思う。みんなで手分けして、この辺りを徹底的に探そうぜ」
「探す、って…?」
いぶかしげな顔を見せるガンバに、部下の一人が道具を手渡して
「これを使え。ただ、乱暴にやるなよ。もしも落盤でも引き起こしたら、誰も助けには来てくれないぞ」
そう言って、自分たちも作業を始める。ガンバ達は、見よう見まねで道具を使って穴を掘ったり、壁の周りを探ったりと『作業』を続けた。
しかし、何か出てくるわけでもなく、何か目に見える変化が現れるわけでもなかった。
「…少し、休むか」
しばらくして、ガフが休憩を宣言した。
「ホントに、ここでいいのかい?」
ガンバが思わず本音を漏らすと、ガフはちょっと自嘲気味に笑った。
「もし、ここから何も出てこなかったら、始めっからやり直しだぜ…」

…そんな彼らの様子を、水晶玉を通してじっと見ている者がいた。
「ホッホッ…また、愚か者どもが。王女のお宝に惹かれて、やって来おったのか。まあ、欲の亡者にお宝の『価値』を理解できるわけがなかろうが…
 どれ、ひとつ彼らを試してみるとするかのう…」

皺だらけの口元に笑いを浮かべると、両手を水晶玉の上にかざした。


一方のガンバ達は、しばらくして作業を再開したが進捗は、はかばかしくなかった。
「あーあ、お腹すいた…おいら疲れたよ」
とうとう、ボーボが道具を投げ出してしまった。
「おいボーボ…しっかりしろよぉ」
ガンバが眉をしかめたが、ボーボの仏頂面は変わらない。
「だってぇ…」
座り込んでしまったボーボは、容易に腰を上げそうになかった。頭の後ろに手を組んだまま、壁に寄りかかった。
「……!?」
その瞬間、ガンバの目の前でボーボの姿が消えた…!
「アッ…!」
ガンバの素頓狂な声に、彼らはびっくりして集まってきた。
「何だ、何かあったのか?」
「ボ…ボ、ボーボが…消え、た…?」
「お前、何を寝ぼけたこと…」
ヨイショがそう言って辺りを見渡すと、確かにボーボがいない。
「おいっ、ガンバ…こりゃあ、一体…?」
「わ、分かんねぇよ…!突然、フッと…」
ガンバはボーボが座っていた辺りに近づくと、こわごわと手探りをしてみたが…
「何もない…?」
「いや、この壁に何か仕掛けがあるかも、知れませんぞ…」
ガクシャの言葉に、彼らは壁の周りを手探りで様子を見た。
「ガクシャ、何も無さそう…」
ところが、壁を押し続けていたヨイショの身体が、またフッと消えた!
「……!」
忠太は泣き出しそうな顔になり、ガンバ達は呆然と立ちつくしていた。
「ともかく、この辺りだ!」
ガンバが、壁に体当たりするが変化がない。
「もしかして、体重を乗せると…?」
ガクシャの言葉に、彼らはうなずいた。
「よしガンバ、俺と組んでみようぜ」
イカサマとガンバが、同時に壁に寄りかかると…ふたりの姿が見事に消えた。その様子を見ていた仲間達も、同じようにすると壁の中へ消えていった。


彼らは、重厚な扉の前に転がり出た。
「ここは…一体?」
よく見ると、ボーボやヨイショをはじめ顔ぶれが全員揃っている。
「何かの、入口だな」
さすがのヨイショも、扉の前で腕組したまま立っていた。
「は、入って…見ようぜ…」
ガンバが、震えるのを抑えた声で言った。扉は、思ったより簡単にそして、スムースに開いた。
「……!」
中は壁一面に鮮やかな模様が描かれ、床はフカフカした敷物で埋められていた。彼らが、ドアのところで頭だけ突っ込んで、辺りを見渡していると
「入るのか?入らぬのか?いつまでも、扉を開けたままにしておくものではない」
彼らが驚いていると、部屋の奥にぼんやりと何かが現れて…
「……!?」
「何を驚いておる。お前達は、ロサリー王女のお宝を探しておるのだろう?」
両手で水晶玉を…持っているのではなく、両手の間にそれを浮かせている。よく見ると、そいつも床から浮いている。
「あ…あ…?」
思うように声が出ないガンバは、右手の人差し指を相手に向けるのが精一杯だった。
「何かな?儂は、王女のお宝の番人じゃ。何十年ぶりかのう…ここまで辿り着くことができた奴は…」
相手の態度に、ガンバ達はどう接していいのか分からないでいた。すると
「王女のお宝は…ほれ、そっちの部屋にある。確かめるが良い」
お宝の番人を名乗るわりには、お宝はそっちにあると教えている。そっとイカサマが、サイコロを振ろうとしたが…
「ワッワッ…?」
サイコロは宙に、ふわふわ浮いてしまった。
「これこれ、小細工は止せ。どうも素直な連中でないのう…」
皺だらけの顔はそれなりの歳を意味しているようだが、声の張りは不相応なくらいだ。
「…行ってみようぜ」
ガンバとガフが、ほぼ同時に同じ事を言った。しかし、この偶然を笑う者は誰もおらず誰もが緊張した表情で、相手が指さした部屋の入口の前まで来た。
そして、ガフが小さくうなずくと、扉に手をかけてそっと中に押した。
「……」
中は、さほど広くない部屋だった。明かりは全くなく、彼らが扉を開けると部屋の中にサッと光が差した。
その部屋の真ん中に小さな台があって、その上にいかにもお宝がありそうな、装飾の施された箱が置いてあった。
「…うん」
彼らは、お互いにうなずき合うとそっと部屋に入った。全員入ると、部屋は多少窮屈になってしまう。
そして、いよいよガフが箱に手をかけた。緊張した面持ちで箱を開けたが…その表情が、みるみるうちに変わった。
「な…な、何だ?これが…?」
ガフが絶句したのも、無理はなかった。慌てて駆け寄ったガンバ達も、箱の中を見ると思わず言葉を失った。

…箱の中には、ボロボロの木片しかなかったのだ。

「こ…こりゃ、一体?」
誰もが呆然としていると、背後から声がした。
「それが正真正銘、ロサリー王女の一番のお宝じゃよ」
番人を名乗るさっきの怪しげな男が、入口のところに浮いていた。ガンバ達は思わずその男の顔と、箱の中身を見比べたが…
「ふ…ふざけるな!あ、あれのどこが、どこがお宝だっ!?」
突然、ガフの部下の一人が顔を真っ赤にして、男に詰め寄った。ほかの部下達も、男の前で怒った顔をしている。
「自分の贅沢のために、王国を破滅させたほどの王女が遺した一番のお宝が…それが…それが、あれか!あのボロボロの木屑がお宝だと?
 ふざけるのも、いい加減にしろっ!」
すると、男の目が急に険しくなった。
「ほう…おまえは、あれを屑だと言うのか?」
「何を、バカなことを!あれのどこに、お宝としての価値があるというのだ!」
「そうか…どうやら、お前たちに王女のお宝の価値は、分からぬらしいな!」
男の目が真っ赤に光ったと思うと、見る見るその姿を変えた。そして隣の部屋いっぱいの大きさのトカゲに姿を変えると、呆然と立ちすくむ彼らに
長い舌を巻きつけて、アッと言う間に呑み込んでしまった。
「さて…お前たちは?そのお宝の価値を分からぬ者は、同じ運命を辿るが良い!」
トカゲは、鋭い目でガンバたちを睨んだ。詰め寄られたガンバ達は、後ずさりするしかなかった。さすがのガフも、蒼い顔をしたままだった。
「そ、そんなこと…言ったって、あれは…」
「バカッ!ガンバ、それを言うなっ!」
ガンバの口を、ヨイショが慌ててふさぐ。その様子をジロリと見た、トカゲと化した男は今にも壁を突き破ってくる感じで、こちらに迫ってくる。
「わわわ…」
ガンバ達は、じりじりと後ずさりするしかなかった。と、その時…
「ま、待って下さい」
彼らの後ろから、シジンが掻き分けるように出てきた。
「シ、シジン…?」
びっくりする仲間たちをよそに、シジンは前に進み出ると
「もしかして『あれ』は、王女にとってどんな宝石財宝にも代えられない、生涯無二の宝物だったのでは?」
すると、それまでの殺気立った気配が嘘のように消えて、男は元の姿に戻った。
「……」
そして、次の答えを待つかのように黙ってシジンを見ている。
「あれは、かつて婚約者から送られた腕輪…ではないのですか?」
「その通りじゃ。あれこそ、王女にとって唯一無二の『お宝』なのじゃ」
「そうか…そういうことだったのか…」
事情を理解したヨイショは、思わず涙ぐんだ。それを、ガンバはちょっと怪訝そうな顔で見ている。
「…つまりよ、王女は引き離された恋人のことを、ずっと思い続けていたってことじゃねぇか」
シジンも、その言葉にうなずいた。
「それじゃあ…王様が死んだ後に、その婚約者と一緒になれば良かったじゃないか?」
「ガンバ…恐らく王女にとって、それが叶わぬ話になっていたのだよ…」
シジンの言葉に、男は深くうなずいた。
「そう。王女は国王の死後、手を尽くしてかつての婚約者の消息を追われた。しかし、その婚約者は王女と引き離された後、失意のうちに病死しておった。
 看取る者もいないままに…それを知った王女の悲観と絶望は、お側に仕えていた儂にはそのお気持ちが、悲痛な心の叫びが痛いほど分かった。
 しかし、こればかりは誰にもどうすることもできなかったのじゃ…」


翌日、ガンバ達は集落を後にして再び荷馬車に揺られていた。
「それにしても…何だか、やりきれない話だったなあ」
ガンバの感想に、シジンが答える。
「そうだね、悲しい恋物語だ。もっとも、ロサリー王女を単に悪女と決め付けるのは、どうかな?彼女の暴走を止めることができなかった側近にも
 責任はあると思うよ」
「…複雑な話ですよね」
ジュンの感想は、どことなく他人事のような感じだった。どことなく重い空気になりかかったので、ガンバは話題を変えた。
「それにしてもさ、あのガフって…」

別れ際、ガフはこう言っていた。
『部下達のこと…?知ってたさ。伊達に代々、山賊してるんじゃねぇぜ。まあ、分け前なんてどうでもいいのよ。本当のところ、俺の命以外、奴らにくれてやる
 つもりだったのさ。俺はな、財宝を手に入れることじゃなくて、それを見つけるまでの冒険を楽しんでいるのよ。何、まだ世の中には秘宝や未知のお宝が
 ゴマンとあるんだぜ。次のお宝探しに、出発でい』
そう言って、大声で笑っていた。

「あいつなら、一緒に来れば楽しかっただろうけどなあ…」
ガンバが、遠くを見ながら呟いた。
『俺か?まあ、興味のある話だがよ。俺は、その…泳げねぇんだ。ハハハ…』
ガンバの背中から、ヨイショが声をかける。
「まあ、終わったことだ。ちょっと寄り道だったが、なかなか面白かったじゃねぇか?」
「そうだな…世の中、いろいろなお宝があって、いろいろな奴がそれを探しているんだよなあ…」
「そう。俺らは、ラモジャのお宝探しに行こうぜ!」
彼らを乗せた荷馬車は、真っ直ぐな道を進んで行った。

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