1.漂 着
…水平線から、太陽が顔を出した。空にはまだ雲が垂れ込めていて、風もやや強かったが、雨は上がっていた。
「……」
砂浜の上で仰向けに倒れていたガンバは、自分の顔に差し込んできた陽の光に、眩しそうな顔をして眼を開けた。
“ここは…?”
空が明るいので、夜が明けたことは分かった。ただ、頭はもちろん身体中の感覚が麻痺していて、自分がどこにいるのか全く分からない。
“生きてんのか…俺?”
ガンバは、ゆっくり身体を起こした。と、たちまち身体中を激痛が走った。
「……!」
ガンバは全身に打撲の跡があるのを、その時になって気付いた。実は、この辺りの海岸線には、岩場が点在していた。
ガンバは、荒波に翻弄されて、意識を失った後で岩場に身体をぶつけていたのだ。
“くそっ…し…シッポを、立て…”
必死に気合いを入れるガンバだが、思うように身体に力が入らない。立ち上がり切れず再び、ドサリと仰向けに倒れた。
「ハァ、ハァ…くそう…」
ガンバが苦しがっていると、いつの間にかこちらを見ているネズミが2匹いた。
“だ、誰だ…?”
2匹はお互いに顔を見合わせ、頷き合うとガンバに近づいてきた。
そして、黙ったままガンバの両腕と両足を持つと、そのままガンバの身体を持ち上げて運び出した。
「お…おおい、お前達…何なんだ…よ?」
ちょっとでも身体を曲げると激痛が走る身体では、ガンバも思うように抵抗できずただ運ばれて行った。行先も、目的も、事情は何も分からないまま。
“……?”
だが、彼らには敵意はなさそうに感じた。と言うのも、彼らの運び方は丁寧で何となく早く運ぼうと、必死になっているように思えたのだ。
…遠くで、自分を呼ぶ声がする。
『忠太…忠太…』
その声は、紛れもなく姉の声…
「し、潮路姉ちゃん…?」
倒れ伏していた忠太は、顔を持ち上げたがそこには誰もいない。辺りは乳白色の霧のようなものが立ち込めて、何もない。しかし、姉の声は聞こえる。
『忠太、約束したわよね…忠太…』
“そうだ、僕は約束したんだ。必ず、無事に島に…姉ちゃんのもとに帰るって”
ハッとして、目を覚ますと岩場にうつ伏せに倒れていた。
“ここは…?”
辺りを見て、忠太はとりあえず助かったと思った。しかし、周囲には誰も…いや、少し離れた場所に誰か、倒れている。
「…痛っ!」
忠太は、足を痛めていた。骨は無事のようだが、無残に腫れている。忠太は、足を引きずるように歩いて近づいた。
「あっ、ジュ…ジュンさん!」
ぐったりと倒れていたのは、ジュンだった。どうやら、水を飲んでいるらしい。
「しっかりして…ジュンさん…!」
忠太はジュンの身体を仰向けにすると、必死に胸や腹を押した。やがてジュンは、口から水をゴボッと吐き出すと、意識を取り戻した。
「あ…ち、忠太君…」
ジュンはぼんやりした目で、忠太の姿を認めた。
「良かった。気が付いたんですね」
忠太は、目に涙を浮かべて言った。
「ああ…助かったの…か」
「ええ。ともかく、どこかに流れ着いたみたいですよ」
忠太は笑顔を作って、ジュンを慰めるように言った。ジュンは、ふうと息をすると少し安堵の表情を見せたが
「……?み、みんなは?」
当然の問いに、忠太は泣き出しそうな顔になった。
「それが…分からないんです…」
「だ、大丈夫だよ。きっと、どこかに着いているよ…」
今度は、ジュンが忠太を慰めるように言ったがその言葉に力はなかった。
「さて、助かったのはいいが…これから、どうする?」
「どうするも、こうするも…こんなとこにジッとしてたって、話は前に進まねぇぜ」
「しかしねぇ、ここがどこだかも分からないのでは…」
「ガクシャよぉ、そんなこと言ってるから…」
「では聞くが、イカサマ…君はどうするつもりなのだね?」
「ヘッ、運を天に任せるしかねぇだろう」
「何を呑気な…」
ここは海岸線に面した、小さな洞窟の中。どうやら、この奥まで潮が満ちてくることはなさそうだが、周囲には逃げ道も食料もない。
「大体、ガンバ達の行方も分からないのだよ!無事かどうか…」
「縁起でもねぇこと、言うない。あいつらなら、大丈夫だぜ…ほらよ」
イカサマが、足元に転がしたサイの目は『一・一の丁』…もっとも、その出目は偶然か故意かは、ガクシャにも判じかねたが。
「ともかく、だ。我々もここからの脱出を考えねば!」
焦った口調のガクシャに対して、イカサマはどちらかと言うと鷹揚に構えている。
「…我輩は、表をもう一度見てくる」
ガクシャはイカサマの態度が我慢ならないと言った顔をして、洞窟の入口に向かった。そして、周囲の岩壁や遠くの様子をいろいろ探っていたが…
「……」
やがて、これと言った収穫がなかったと言う顔で戻ってきた。
「…ガクシャよぉ、そっちばかりが脱出のルートとは限らねぇんじゃ、ないのかい?」
ちょっと意味ありげなイカサマの言葉に、ガクシャが反応した。
「…どういう、ことであるかな?」
「つまりよ、この奥にも…俺にはよ、後ろから細く風が吹いてくるように、感じるんだけどなあ…」
「……!」
ガクシャが駆け寄ると、洞窟の奥の岩の隙間からわずかだが風が吹き込んできている。
「これは…人間が岩を動かして、塞いだ跡だ!」
言うが早いが、周囲の石や泥を除け始めた。イカサマも、ちょっとニヤリと笑うと一緒に手伝い始めた。やがて、小さな岩がグラグラと動いて…
「危ない!下がって!」
大音響と共に、周囲の岩が崩れ落ちた。そして、その向こうには奥へと続く抜け穴が。
「よし、行こうか」
「…ボーボ、君らしくないな。食べ物にほとんど手を付けないなんて」
「だって…ガンバ達は…生きてんのか…」
「大丈夫だよ。今までだって…ノロイやイタチと戦った時も、カワウソ達と冒険した時も、何度も危ない目に…それこそ、命の危険にさらされたことは
何度もあった。しかし、みんなはそれを乗り切ってきたじゃないか」
「だけど…だけど…」
大粒の涙をこぼすボーボの背中に、シジンが優しく手をかけた。
「仲間を信じるんだ…あのガンバが、ヨイショが、他の仲間だってきっと、どこかでみんなが集まるのを待っているよ。イカサマが良く言っていたじゃないか…
『ボーボが無事なら、みんな無事だ』って」
ボーボは、涙を拭いた。
「幸い、裏の林で食料は何とかなりそうだ。後は、ここがどんなところか分からないししばらくジッとしていよう。目印も、設けたことだし…」
その『目印』とは、シジンのふんどしを蔓に結んで風になびかせたものだった。
「あれなら、遠目にも分かるだろうしね」
とは言え、あれから二回目の夜を迎えようとしていた。それまで、シジンの耳は怪しい物音を捕らえることはなかった。
だが、その『レーダー』は常に周囲を窺っていた。
「……!」
真夜中、シジンが緊張した表情で起き上がった。そして、傍らで熟睡しているボーボを起した。
「な…なあに…?」
「シッ!妙な物音がする…」
確かに、裏手の林からゴソゴソ音がしている。
「……!」
たちまち蒼ざめるボーボをかばうように、シジンは物音のする方を向いた。
「…蛇のようだ。ボーボ、例の岩に隠れて」
それは、避難場所としておいた岩の陰だった。そこには、予めボーボが穴を掘ってあり身を隠す場所にしていた。
「……」
蛇はその岩の周囲で獲物の気配を感じたようだが、姿が見えず諦めたように去った。
「もう大丈夫だ。ボーボ…」
シジンが、穴の奥に頭を突っ込んだボーボに声をかけたが、当のボーボは緊張のあまり半ば失神状態だった。
“一体、どういうつもりなんだ?”
ヨイショは、憮然とした表情で座っていた。
“俺を、こんなところに監禁しやがってよ…”
確かにそこは、四方を壁に囲まれた牢屋のような場所だった。天井が高くかなり上の方に、大きな明かり取りの窓があるためかジメッと暗い感じではないが。
“……”
しかし、ヨイショには事情が呑み込めずにいた。気が付いた時から、ここに入れられていたのだが、その時には全身が包帯で覆われていた。
誰かが、手当てをしてくれたのだ。そして…
“…時間のようだな”
今でもそうだが、一日に2回食事が運ばれてくる。運んでくるのは、顔の下半分を布か何かで覆っている男で、決して何も喋らない。
唯一の出入口である小さなドアの、下にある扉を慎重に開いて食べ物を差し入れる。
別に、毒が盛られている様子もないし、量もまあまあだ。それを口にすると、ヨイショはゴロンと横になった。
“ガンバ達、無事だといいが…”
目を閉じると、壁の向こうからガンバの威勢のいい声が聞こえてくるような気がした。しかし、現実には別の足音が…
“……!”
初めて、目の前の扉が開いた。そこには、手に鋭い槍のようなものを持ったネズミが、2匹立っていた。
「出たまえ」
相手の口調は、丁寧だった。ヨイショは、ゆっくりと腰を上げて彼らの方へ近づいた。そして、そばまで来るといきなり拳を構えて見せた。
「……!」
相手は、とっさに反応して槍を構えた。そこには、隙が感じられなかった。
「ヘヘヘ、冗談だよ。そんなんで、串刺しにされちゃたまらねぇ…」
ヨイショは、苦笑して見せると頭の後ろで手を組んだ。彼らは、ヨイショを間に挟んで縦列になると、通路を歩いてある部屋に入った。
「怪我は、どうじゃな?」
そこには、白髪の老ネズミが座っていた。ヨイショは、その姿恰好にかつての夢見が島の長老を彷彿とさせた。
「あ…あんたは、一体…?」
「儂は、この一族の長でフロと言う者じゃ」
「一体、俺のことをどうするつもりだったんです?」
ヨイショは、率直に聞いた。
「お主には、悪いと思っている。だが、この辺りはろくでもない連中がうろつく海域、変な奴らの手下かどうか観察させてもらった」
ヨイショは、自分の姿恰好が海賊を連想させ、それがダーナのような連中との関わりを疑われたのだと、解釈した。
「だが、そのようなこともなさそうだ。疑って、すまなかった」
「いえ、どうってことないっすよ。ところで、俺の仲間達は…?」
だが、相手の反応は芳しくない。
「お仲間…?いや、我々がお主を発見した時には、他には誰も…」
「……」
「そうと分かれば、手分けして捜させますぞ。だが…」
「何ですか?」
「いや…別の一族と関わっておらねば、良いのだが」
「別の一族?」
「左様、我々は5つの族に分かれており、儂以外にフラ・フリ・フル・フレという長がおる。恥ずかしい話、族同士は決して仲が良くない…」
フロの表情が曇った。
「元はと言えば、同じ島の族同士だったと言うのに…」
ヨイショは、ある言葉に反応した。
「島…って、ここは島なのかい?」
「ああ、そうじゃよ」
「で、島の名前は…?」
「緑が島、じゃ」
ヨイショは、一瞬ビックリした表情を見せた。
「じゃあ、ここにラモジャの…」
思わず口走ってしまったヨイショは、慌てて口を閉じた。
「ラモジャを…知っておるのか?」
こうなったら仕方がない。ヨイショは、覚悟を決めて黙って小さくうなずいた。場合によっては、敵とみなされることもあり得ないわけではない。
「で、お主はその子孫なのか?」
「いや…俺は、ラモジャの末裔だと言う奴と、旅をしていただけさ」
ヨイショは、少し低い声で答えた。
「なあ…前から言ってるじゃないか。俺はさ、仲間とはぐれちまって。怪我を手当してくれたのは、感謝してるさ…」
しかし目の前の老ネズミは、頑として首を縦に振らない。ガンバは、何度も繰り返している説明に、うんざりしていた。
「おまえに、その謎を解くことが出来れば、おまえの目的である、ラモジャのお宝を、発見する手がかりに、なるのだと言っておろうが」
「……」
ガンバは、ガックリと肩を落とした。目の前には古びた紙があり、古風な字で謎めいた文字が、書かれていた。
これが、何を意味しているのか…ガクシャが見ても分からないだろう。まして、ガンバに分かるはずがない。
「本当に、これだけなのかい?まだ、何かあるんじゃないの?」
「何度も言ったはずじゃ。我々、フレ族に伝わるのは、それだけだ」
「んなこと、言ったってなぁ…」
ガンバは、口を尖らせて見せたが、相手の態度は変わらない。実は、もう三日三晩これをいろいろ並べ替えたり、逆から読んだり…と、やってみたものの
まともな言葉にすらならないのだ。
“まいったよなぁ…適当なこと言っても、説明して納得しないと許してくれないしさ…こんなの、分かるわけないよ…”
腹の中でブツブツ言うガンバだが、その呟きはあからさまに表情に出ている。
「不満か?」
「い、いえ…別に…」
すると、老ネズミの側にいたネズミが、何事か耳打ちした。
「ふむ…あり得ん話ではない。だが、それは出来んな。他の族の手を借りることは、我々の誇りが許さん」
「他の族って…?」
「おまえには、関係のないことじゃ」
切り捨てられて、ガンバはますます仏頂面になる。
「ともかくじゃ、それの謎が解けぬ限りうかつにここから出せぬ。うかつに彼らと接触させるわけには、いかぬからな」
そして…
その頃ガクシャとイカサマ・忠太とジュン・シジンとボーボの三組も、島のネズミ達と接触していた。
そう、彼らはこの島の5つの族に、それぞれ関わっていたのだ。彼らは、いずれも手荒いまねはされなかったものの、各々の拠点から出ることを禁じられていた。
「他の族と、うかつに接触されては困るのでね」
そして、ラモジャと関わっていると知ると、彼らは謎の文字が書かれた紙を見せた。
しかし、誰ひとりこの謎を解ける者はいなかった。
2.女神の湖
「…これは、どうやら一種の暗号のようであるな」
ガクシャの見解に、イカサマはちょっと納得いかないと言った顔をした。
「暗号ったってよ…」
イカサマは、その紙を透かしてみたり裏から眺めたりしている。
「暗号にも、いろいろある。これは、一枚の紙に五文字しか書かれていない。つまり、これ一枚では何の意味も成さない…と、思うのだよ」
「なるほど。組み合わせて見て、一つの文章になる?」
「そうであろうな」
「しかしよ、残りの紙は誰が?」
「我輩が考えるに、彼らの残りの『族』とやらが一枚づつ…」
「でもよ、それを説明したところで、ハイそうですかとは…」
「ああ…難しいのは、そこだよ」
「ともかく、話だけでもしてみよう…」
彼らは、族長の住む場所から離れた場所にいた。表では、たくさんのネズミ達がいる。結構、賑やかな場所だ。
「……!」
別のネズミが、ふたりの行く手を阻むように歩いている。イカサマは、すかさず身体を斜めにしたが、そのネズミは道を譲り合うこともせず
少々怪訝そうな顔をして斜めに向きを変えると、イカサマの肩に自分の肩をぶつけて立ち去った。
ふたりは、決して物見遊山でキョロキョロしていたのではないし、周囲にケンカを売るように歩いていたわけでもなかった。
「何でぇ、あいつ…」
イカサマが、少し面白くない顔をした。だが、周囲の状況を省みずに傍若無人な歩き方をしているのは、他にもいた。そして、他のネズミに肩をぶつけても
通行の邪魔になっても平然としているのが多い。
「やれやれ、躾のなってねぇ連中だぜ…」
「左様…ああいう時にどういう態度を取れば良いのか、分かっていないのであろうな。ヨイショがあんな連中を見たら、両手を腫れ上がらせてしまうぞ」
「……?」
「ああいう連中に、片っ端からビンタを食らわせるであろうからな」
ガクシャは、ちょっとニヤリと笑って見せた。
シジンは、謎を解くための手がかりとして、何か『資料』のようなものがないかと彼ら…フリ族に言った。すると、彼らはテーブルに古びた文書を山積みにした。
「……」
傍らで、これがごちそうの山積みならどんなに良いか…と言う表情で、ボーボがあくびしているのもかまわず、シジンはそれを熱心に読んでいた。
“やはり…”
やがて古文書の中から、彼らとラモジャの接点が見えてきた。
「間違いない。ラモジャは、この島に立ち寄りお宝にまつわる『何か』を残している。そして、それを島のネズミ達に託している。問題は、それが何か…?」
シジンは、こんな時にガクシャの知恵を借りたいと思った。だが、それは無理なことであった。
「……?」
ふと、ある古文書にあった一文に目を止めた。
『湖に眠る、女神の青い涙…』
残念ながら、後が読めない。わざと文章を消したような感じで、汚くされていた。
「どうやら、この湖に何かありそうですね」
すると、ウトウトしていたボーボが
「ガ…ガンバ!ガンバ…あ、あれ?」
突然、起き上がると姿なき相手を抱きかかえようとしたが…
「あれぇ…?」
再び、寝ぼけた顔で横になった。シジンは、その様子を微笑と共に見ていた。
一方で、シジンと同じように書物に埋もれていたガクシャも
「ふむ…この湖に何か、ヒントと言うか手がかりがありそうですぞ」
「湖、があるのかい?」
「イカサマも、あの火山を見たであろう?この島は、忠太君の故郷の夢見が島のような、火山を中心にした島に違いないのである。と、なればだ。
火山には、噴火によってできた湖が付き物だ」
「そんなもんかねぇ…」
イカサマの一言に、ガクシャはムッとする。
「そういうものなのである!」
「だけどよ、そういう場所って神様がいるとか何とかで、うるせぇんじゃねぇの?」
「あり得る話であるな。この…女神と言うのも気になるところであるし」
ガクシャは、腕組みしながら呟いた。
忠太とジュンも、同じように資料を借りて『解読』をしていた。
「ガクシャさんや、シジンさんがいてくれると、助かったんですけどね…」
「そうですね…ガクシャさんなんか、これを見たらきっと目の色を変えそうだもの」
さすがに、読み疲れてフウフウ言っているふたりは、休憩することにした。
「でも、この紙は…暗号でしょうか?」
忠太の疑問に、ジュンもうなずく。
「どうやって解くのかは、分からないけどね」
「僕もですよ」
忠太が、笑って答えた。
「ともかく、この資料の中に何かあるはずだから…探そうよ」
やがて、ふたりはその資料の中から『湖』と『女神』のキーワードを探し当てるのは、時間の問題だろう。
…問題は、このふたりだった。
「チェッ、ガクシャじゃあるまいし、俺がこんなのを読んだって分かるわけねえだろうがっ!」
ヨイショは、文書の一部をパラパラめくって放り投げるし、ガンバに至っては大の字になって、触ろうともしない。
そして…
“何とか、腕ずくでもいいから、ここから逃げ出さなくちゃ…”
ふたりは、同じことを考えていた。そして、様子を窺っていたが相手にはあまりスキがない。下手なことをして、とっ捕まったらそれこそ厄介だろう。
「仕方がない…」
ふたりはやる気なくページをめくり、それらしき言葉を発掘した。
「なあ、この女神って…何だい?」
「なあ、この湖に何かありそうだけどよぉ…」
ふたりは、それぞれにカマをかけた言葉から、他の仲間達と同じように『キーワード』を導きだした。
「んじゃ、その湖ってとこに、出かけようぜ!」
張り切るガンバに、族長が水をさす。
「あそこは、神聖なる場所。余所者を、おいそれと入れるわけにはいかぬ」
「んなこと言ったってぇ…」
ガンバの抗議も、簡単に受け入れてもらえそうになかった。
手がかりらしきものが分かっていながら、その先に進めないのは誰だってイライラするものだ。まして、このふたりなら…
“こうなりゃ、強行突破だっ!”
ガンバとヨイショは、ほぼ同時に事を起こしていた。1対複数だから、叩きのめされるのも覚悟でいたが、ふたりとも意外とあっさり突破できた。
“罠じゃないだろうな…?”
しかし、その時のふたりにとっては疑うよりも、目的地へ急ぐことの方が先決だった。彼らの集落を抜けると、辺りは藪から森へと変わった。
ふたりは、時々立ち止まって後ろからの追っ手の気配を探り、また木々の間から垣間見える『火山』の位置を確認しながら進んでいた。
一方、ガクシャ達もそれぞれの族長を説得し、あるいは半ば脅迫めいたことまでして…何とか、湖のそばまで来た。
しかし…
「…ここから先は、おまえ達だけで行ってくれ。何も知らない余所者が、勝手に入ったということにすれば、我々としても…」
途中の道で、島ネズミ達は歯切れの悪い言葉で、彼らを見送った。
「なーんか、ありそうだな…」
イカサマの呟きを待たずして、彼らの間に緊張と不安が広がっていた。しかし、ここで引き返すわけには行かない。やがて、彼らは『湖』に出た。
「フーム、湖としては小さい方ですな」
ガクシャが、メガネを持ち上げながら言った。確かに、彼らの目線で対岸がぼんやりと確認できる。
「それにしても。きれいな水面だ…」
一方、シジンは鏡のごとく小波一つない水面を見て、思わず詩を口にしそうになった。ボーボはボーボで
「おいら、のど渇いたよ…」
と、湖の水を一口。
「ん…美味しい」
その頃、忠太とジュンは湖畔の薮に踏み入れてしまい、進むのに悪戦苦闘していた。
「大丈夫かい、忠太君…」
「ええ、僕は何とか。ジュンさんも、無理しないで…」
その時、二人の耳が危険を察知した。薮の中に、何かがいる!
「……!」
「ご…ごめんね、痛かった?」
忠太は、頭をさすっているヨイショに、すまなそうに声をかけた。
「なあに、大丈夫さ。へへ、それにしてもよ…まさか、忠太にぶん殴られるとはなあ」
「僕…夢中で…」
藪の中にいた『何か』に向って、忠太は足元の太い木の棒を握り締めると、有無を言わさずに襲いかかった。
そして、相手の頭に力いっぱいの打撃を加えてから、目の前の相手がヨイショであることに気付いたのだ。
「ところで、ガンバ達とは…?」
忠太もジュンも、首を横に振った。
「そうかあ…ま、あいつらのことだから、無事だろうけどなあ…変な奴らに、捕まっていなけりゃいいんだが」
「ヨイショは、捕まっていたの?」
「ああ。怪我してたんでな、治療を口実に軟禁状態よ」
「僕達も…島のネズミに…」
彼らは互いに話をして、フロ族とフラ族に関わっていたこと、お互いに例の謎めいた文字の書かれた紙を持っていたこと、伝説の手がかりとして火山の湖を
目指していること…を、確認した。
「僕は、これは暗号の一種でないかと、思っているんですが…」
ジュンの言葉に、ヨイショもうなずいた。
「なるほど。俺の持っていた、や・せ・め・か・と・い…では、どうも意味が通じねぇと思っていたんだ」
「でも、これだけでは不完全のようですね…」
「島ネズミ達は、五つの族ってのに分かれているってたな…きっと、これは五枚を組み合わせるんじゃねぇか?」
「その通りでしょう!でも…」
「僕たちだけで、それを集めるのは…」
「そうだな…それに、集めたところで暗号じゃ…ガクシャやシジンがいれば、知恵を出してくれるだろうけどな」
「島ネズミ達、族同士の仲は良くないようですよ…」
「ともかくだ、俺達も湖を目指そうぜ。ガンバ達の手がかりが、つかめるかも知れねぇしなあ」
「んん…?あれは!?」
しばらく湖畔をウロウロしていたガクシャが、何かを発見した。
「どうしたい?何か、あったのかい?」
その傍らで、頭の後ろで手を組んだまま横になっていたイカサマが、半ばからかうような口調で聞いた。
「いや…見覚えのある…姿がある」
メガネを良く拭いて、改めてそれを凝視したガクシャは、嬉しそうな声をあげた。
「いってぇ、何が…?」
身体を起こしたイカサマは、湖の対岸にぼんやりとだが見覚えのある、派手な色の縞を発見した。
「あ、ありゃあ…?」
「うむ、ヨイショに間違いないであろうな」
「そばに、誰かいるぜ…忠太と…もうひとりは、ジュンかな?」
「何はともあれ、仲間の無事が確認できて何よりであるな」
一方…
「おい、あっちにいるのは?」
ヨイショの言葉に、忠太とジュンが駆け寄った。
「あ…ガクシャさんでは?それと、イカサマさんも!」
忠太は、思わず大きな声をあげると、手を振ってみせた。
「あとは、ガンバとシジンとボーボだな…」
「逢えますよ。きっと、みんなここを目指しているんだと…思いますから」
ジュンも、感動したような口調で言った。と、その時
「あーっ!あれ、あれ!」
忠太は、別の方角を指さした。そこには、木々の間から赤いものがチラチラ見えていた。
「あれは、シジンの…?」
「間違いねえぜ。シジンの、シンボルだ!」
ガクシャとイカサマも『それ』を、発見した。そして…
「あれは、ボーボだな」
「これで、あとはガンバさんだけですね」
「ともかく、合流しましょう。あの、目印を目指して」
ジュンの言葉にヨイショ達が動き、それを見たガクシャとイカサマも、同じ場所に移動を始めた。仲間達は、再会を喜び今までのお互いのことを話した。
そして、例の紙をそれぞれ取り出した。
「我輩が思うに、これは全部で五枚あるはず。と言うことは、ガンバがあと一枚を持っているに違いない」
「そして、これは何かの暗号でしょう。五枚の紙が揃えば、何らかの文章になると思うのですよ」
「そうなれば、ラモジャのお宝への手がかりになる…ってか?」
「左様。まずは、ガンバと合流せねば…」
「あんの野郎、こんな時に限ってグズグズしやがって…」
「ヨイショ、ガンバは我々がこうして集まったことを、知らないのだよ。気持ちは良く分かるが、ここはガンバを待とうじゃないか」
ガクシャに言われて、ヨイショは沈黙した。
「そうですね…下手にまたバラバラになるわけには、いかないですよね」
彼らは、そこを拠点としてガンバを待つことにした。間もなく、陽が落ちて辺りは暗闇に閉ざされた。彼らは、ガンバの無事を祈りつつ思い思いに寝ることにした。
3.湖に眠る伝説
翌朝、辺りは霧に包まれていた。
「こりゃあ、下手に動かない方が良いな…」
ヨイショの言葉を待つまでもなく、彼らは空きっ腹を抱えてジッとしていた。
「あーあ、お腹空い…ガンバ…」
ボーボが、か細いぼやき声をあげていると、彼らの耳にはガンバの威勢のいい声が、遠くからしてくるように感じていた。
「……?」
と、シジンの耳が気配を捉えた。
「どうしました?」
ガクシャの問いかけに、シジンは『静かに』と言う仕草をした。そして、耳を澄ませている。
“足音…ガンバの?でも、様子が変だ。らしくない…うん、元気がない…まさか?”
シジンは、音のする方へ走りだした。突然のことに、彼らが唖然としているとシジンは霧の中に姿を消した。どうしたものかと、彼らが戸惑っていると…
「ガ…ガンバ!」
霧の向こうから、シジンの驚いたような声がした。彼らは、すぐに駆けつけようとしたが、かえって迷子を出すといけないのでジッと様子を窺っていた。
「…あれ!」
霧の中から、二つの影がぼんやり現われた。そして、こちらに近づいてくる。
「ガ…ガンバ!」
ガンバは、シジンの肩にもたれかかってぐったりした様子だった。
「お…おい!大丈夫かっ!?」
思わず駆け寄ったヨイショ達に、シジンはちょっと真剣な表情で
「誰か…水を、湖の水を汲んできてくれないか。それから、急いでガンバを寝かせる準備をしてほしい」
仲間達に指示を与えると、彼らは一斉に散った。
「……」
シジンは、ガンバに水を一口与えると横に寝かせて診察し始めた。ガンバは、赤い顔をして苦しそうに息をしている。
“外傷は、なさそうだ…熱も高くない。と、言うことは何かの病気というより…”
思わず表情が曇るシジンを見て、仲間達の不安がつのった。
「ど、どうだい?ガンバは…」
ヨイショが、シジンの顔色を窺うように訊ねた。
「うん…病気と言うよりは、何かの中毒のようだね」
「中毒…?」
シジンは、黙ってうなずいた。
「だが、毒を飲まされたりした様子はないし…ちょっと理由が見当たらないな」
「で、治るのかい?」
「少し、安定してきた。どういう中毒か分からないから、下手なことは出来ないし…少し様子を見よう」
シジンも、もどかしそうな表情でヨイショに言った。
「…と、言うことだ」
ヨイショの話を、仲間達は安心して良いのか、心配すべきなのか、複雑な表情で聞いていた。
「ところで、ガンバは例の紙を持っていたのですかな?」
ガクシャの問いに、シジンは
「さっき、ガンバを診た時にこれが…」
と、皺になった紙を差し出した。
ガクシャには、ガンバの容態もさることながら、例の『暗号』を解読することも、重要なことらしい。
イカサマの、ちょっと呆れたような表情をヨソに、五枚の紙をいろいろ組み合わせてはブツブツ言っている。
「ガンバ…寝ちゃったようだよ」
ボーボが、シジンに報告に来た。シジンは、早速ガンバの様子を診たが
「脈も安定している。呼吸も…落ち着いたようだ。目を覚ましたら、元気になるよ」
その言葉に、ボーボをはじめ仲間たちに安堵の表情が戻った。同時に、ボーボの腹の虫が思い出したように鳴りはじめた。
「どうやら、霧も晴れてきそうだぜ。手分けして、食料集めだ」
ヨイショの号令で、シジンとガクシャを除く仲間達がそれぞれ湖畔の森に入った。その中でも、ボーボは両手いっぱいの木の実を抱えてきた。
「おいおい、これ…独りで食うのかい?」
ヨイショが唖然とした顔で訊ねると、ボーボはちょっとムッとして
「ちがうよ、ガンバに食べてもらうの!食べて、元気になってもらうの」
これには、仲間達の顔も思わずほころんだ。と、その時
「そうか!解けたぞ!」
ガクシャが、突然大声を上げた。
「どうした?ガクシャ…」
「どうしたもこうしたも、例の暗号が読めましたぞ!」
「で、どんな内容だい?」
「ウホン、この五枚の紙は…こう並べるんです」
「で、左上から下に…次に右隣の上から下に…この繰り返しで読むと…」
『たけきやま ならぶせの きのしめす かげあかき やのごとは なによいて…猛き山 並ぶ背の木の 示す影 赤き矢の如(き) 花に酔いて』
「どういう意味だい?」
「つまり、猛き山…は、あの火山のこと。並ぶ背の木の示す影…あの山と並ぶくらいに背の高い木の影が示す場所が、目的地。赤き矢の如花に酔いて…
赤い矢のような形をした花が、咲く頃を意味するのであろうな」
ガクシャは、軽く咳払いをして
「つまりだ、この赤き花の咲く頃に、火山と並ぶ高さに見える木の影が示す場所…それが、目的の場所だということだ」
「花に酔う…?もしかして!」
シジンが大声を出した。
「今度はシジンかい?」
ヨイショが、怪訝そうな顔をする。
「いえ…ガンバは、もしかして本当にその花に酔ったのでは?」
「…てぇと、どういうことで?」
「つまり、その花の花粉や蜜の匂いは我々を痺れさせるのでは?それならば、あの症状の説明も付く」
「じゃあ、ガンバさんは目的の場所の近くにいたのかも、知れませんね」
ジュンの言葉に、彼らは色めき立ったが…
「肝心のガンバが、なあ…」
ガンバは、疲れもあってかスヤスヤと寝息を立てていた。
「まあいい、寝かせてやろうぜ。ガンバが起きたら、事情を聞こうじゃねぇか。それからでも遅くあるまい?」
ヨイショが、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「……?」
ぼんやりした視界に、こちらを覗き込む顔が一つ、二つ…
「なは…夢かぁ。みんなの顔が、揃ってるぜ…」
ガンバは、ちょっと可笑しそうな笑みを浮かべると、独り言のように呟いた。
「夢じゃねえぞ、ガンバしっかりしろい!」
ヨイショの右手が、ガンバの頬を軽く叩く。ガンバは、少し眉間にしわを寄せて、嫌がるような顔をしたが…
「…ん?」
と、ガンバの目がパッと見開かれ、同時にばね仕掛けで動く人形のようにガバッと起き上がった。
そのため、心配そうに覗き込んでいたヨイショの鼻っ柱に、おでこを思い切りぶつけてしまった。
「イテッ…!」
「ば…馬鹿野郎、急に起き上がって…」
お互いに、思わず額と鼻を押さえて声をあげたふたりだったが…
「へ…へへへ…」
お互いの目が合うと、どちらからともなく笑い出した。ついには堪えきれないように、大声で笑い始めた。
それを見て、成り行きを見守っていた仲間達も、一緒になって笑い出した。
「こんの野郎は…散々、心配かけておいてよ、いきなり頭突きで来るとはなあ。とんだご挨拶だぜ!」
ヨイショは、ガンバの肩を組むと言うよりは、頭を抱え込むような格好をした。
「へへ、悪かった。でもよ、ヨイショだと分かってたら、もっとキツいのお見舞いしてやったのによ!」
ガンバも、いたずらっぽく笑いながら、ヨイショの腕の中でやり返す。
「てやんでぇ…ハハハ」
それから、ガンバはこの島に漂着してからのことを、仲間に話した。
「でもって…あれ?」
「…ああ、悪いねガンバ。君の持っていた紙は、私が預かったよ。そして、ガクシャがあれを解読した」
シジンの言葉に、ガンバは安心した顔を見せた。
「それで?あれは、一体何なんだったの?」
「ウホン…あれは、こういうことだったのである」
ガクシャは、自慢げに『暗号』を披露した。
「確か…この辺なんだけどなあ」
ガンバは、来た道を引き返して仲間達を案内した。
「ガンバ…その花は、我々に悪い影響を与えるのであるからして、無闇に突き進まないで欲しいであるな」
ガクシャが慎重と言うより、やや臆病な口調でガンバを制する。
「思い出した!この辺だ…」
彼らの顔に、サッと緊張が走る。
「ガンバ…確認したいんだが、鮮やかな赤い花をただ見とれていたんだね?その後で、記憶がないんだね?」
シジンに訊ねられて、ガンバはちょっと自信なさげにうなずいた。
「あった!あれだ…」
口と鼻を押さえた恰好で、ガクシャが声をあげた。彼らが駆け寄ると、背の高い木からこぼれ落ちんばかりに咲き誇る、真っ赤な花…それは一つ一つが
矢の先端のような形をしている。
「うむ…まさに『赤き矢の如き花』だ」
「で、ガクシャよ…この花が手がかりなのか?」
「いや、手がかりは『火山と背を並べる背の高い木』だ…この近くであると思われるが…長居は無用だ」
「そうだな、引き上げようぜ…」
彼らは花の咲いていた場所を離れ、手がかりの木を捜した。そして、しばらくして
「おおい、あの木はどうだい?」
イカサマの声に、仲間達が集まった。
「ほお…」
それは、人間が見てもそれなりに背の高い木だった。ガンバ達の視線から見上げると、確かに向こうに見える火山と背を並べているように見える。
「この木の示す影…は?」
ガクシャは、早速調査を始めた。
「あの花の咲く時期の、太陽の角度…それと、この木の影には深い関係があるはず…」
そして、ついにその木の影が示すと思われる『場所』を発見した。
「これですぞ…これこそが…」
ガクシャが、興奮した表情と口調で指さしたのは、蔦や苔で被われた大きな岩のような塊だった。
一見それらしい雰囲気もなく、知らない者が見たら見逃すだろう。
「よし…行ってみようぜ」
ガンバ達は早速、周囲の蔦や草を取り除き始めた。やがて、その下から苔に覆われた岩が現われた。
「ちょっと、待って…」
ガクシャは、岩の表面を何度も見た。そして、岩の表面の苔や汚れを手で拭いた。
「こ、これは…?」
彫りは浅く、細かい模様までは分からないが、明らかにラモジャの紋章だった。
「じゃ、ここが…?」
「左様…暗号が示す『場所』であろう」
「ようし…」
早速、ヨイショは岩を動かし始めるが、彼が顔を真っ赤にして踏ん張っても、岩は目に見えて動く様子がない。
「手伝うぜ、ヨイショ!」
ガンバが、一緒になって力を込める。それを見て、イカサマが、ボーボが、忠太が…と次々と加わった。
すると、岩は少しづつ動き始めてその下から穴が口を開けた。
「……」
彼らは、お互い顔を見合わせると中に入った。ところが、穴は途中で塞がっている。
「おいらに、任せてよ」
ボーボが、ここぞとばかりに胸を張った。そして、勢い良く土を飛ばして掘り進んだが、やがて穴の奥から
「オッケーだよー」
穴の奥から、ボーボの声が響いて来たのを合図に、ガンバ達も穴の中に続いた。
「こ…こりゃあ…」
中は、広い空間になっていた。
「うーむ、これは誰かが掘って作ったのですな…」
薄暗い内部に、やっと目が慣れるとガクシャが感心したように言った。
「お、おい…あれは?」
その奥に、何かある。よく見ると、何かの像のようだ。
「こ、これが…伝説の、女神では?」
ガクシャの言葉に、シジンもうなずいた。
「よし、火が点いたぜ…」
イカサマは、片隅で火をおこしていた。そして、それを松明にした。
「……」
白い石を彫った女神像は、目から青い涙を流していた。
「…どうやら、あなた方はラモジャの遺したメッセージを、理解されなかったようですな」
島ネズミの族長達を前に、ガクシャは切り出した。
「あなた方は、昔から仲が悪かったようであるが…それを憂いたラモジャは、あの湖に奉られていた女神像を『封印』した。そしてそれを解くヒントとして
五枚で一つになる暗号を、それぞれの『族』のご先祖に与えたのです。あなた方が、協力してそれを解くことを期待して…」
ガクシャは、ここで言葉を切った。
「これは、女神像が封印されていた場所に、残されていたのであるが…ラモジャは海賊ドランと戦って傷つきこの島に漂着している。そして、こうある…
島ネズミ達は、親身なれど族同士は至って険悪である。私は、それを残念に思う…」
ガクシャが手にしていたのは、ラモジャの日記と思われるものだった。
「私は、彼らが一致協力してこの拙い暗号を解き、いずれこれを発見することを願う。女神の頬が、青き涙で濡れぬうちに…しかし、あなた方は五枚の暗号を
それぞれの『族』がしまいこんでしまった。ラモジャはその時の族同士は無理でも、いずれ一致団結する時が来ると、願っていたに違いないのですぞ」
ガクシャは、軽く咳払いをすると
「まあ、我々が結局見つけたわけであるが、本来はあなた方のものだ。それをどうするかは、あなた方にお任せすることにしよう」
そう言い残すと、この場を後にした。そして、成り行きを見守っていた仲間達に
「さて、我々はラモジャのお宝探しを、続けようか?」
その日の夕方には、ガンバ達はイカダを完成させていた。明日の朝には、出発だ。
「ところで、あの女神像が青い涙を流していたのは…?」
ヨイショが解せない顔で、ガクシャに訊ねる。
「あれは、女神像の目に青い鉱石を入れてあることに気付いたラモジャが、雨水を像に引き込んで鉱石の成分が流れ出すように細工したのであろうな。
長い間に、鉱石は雨水に全て成分が流れ出したようだ」
「凝ったこと、するもんだぜ…」
イカサマが、ちょっと呆れたように言った。
「これで、彼らが打ち解けるでしょうか…?」
ジュンの言葉に、ガクシャはもちろんシジンやヨイショも、難しい顔をした。
「一朝一夕には…と、思うよ」
シジンの言葉に、場の雰囲気が沈みかかった。すると
「何でぇ、何でぇ…もう!終わったことじゃねえか。そうやって、いつまでもウダウダ考えるの、悪い癖だぜ!」
ガンバが、背中から仲間をどやしつける。
「そ、そうだな…ガンバの、言う通り…だな」
「そうだよ!ヨイショまで、難しい顔しやがって。明日の朝にはでっぱつでい!ラモジャのお宝が、待ってるぜ!」
張り切るガンバの姿を見て、ヨイショの顔にも笑顔がこぼれた。
「ハハハ…やっぱり、俺達はこうでなくちゃな!」
「そういうこと!イカサマ、サイの目はどっちに出てる?」
「ヘッ、サイの目はピンゾロ…思う方へ進めってよ」
「ようし!みんな、シッポを立ててでっぱつでい!」
第5章・完