第6章 紺碧の大海原を行け

1.やっぱり、海の男だぜ

どこまでも続く蒼い海の中に、ガンバ達の乗るイカダが航海していた。
海の大きさから見たら、ゴマ粒にも満たない存在だろうが『乗組員』にしてみれば、大いなる冒険の途上なのである。
「いやあ…それにしても、こんなにきれいな海だったとはなあ…」
ガンバが、感心したように言った。
「そうだな。例の船ん中じゃ、どんな海かを見る余裕すらなかったからなあ」
ヨイショも、ガンバと同様に海を見ながら言った。
「そう言えばさ、あのダーナとか言う奴、俺達のこと探しているかな?」
「へへ、かもしれねぇなあ…ありゃあ、根に持つタイプだぜ。まあ、今度現われたら女と言えど、叩きのめしてやるがよ」
ちょっと真剣な表情で呟くヨイショを見て、ガンバはその怒りの程度を察した。
「じゃあ、俺は部下達だ。この手で殴り飛ばしてやりたいのが、いっぱいいるぜ」
ガンバもまた、彼らに対する怒りを腹に収めかねていた。
「まあ何にせよ、いい航海にしたいぜ。なあ?」
「そういうこと!シッポを立てて行こうぜ!」
一方、ジュンと忠太はお互いに
「どこに向かっているんでしょう…」
と、ちょっと不安げだった。すると、傍らのイカサマが
「ヘッ、ガクシャ大先生がご存じだろうよ」
と、涼しい顔をしている。そして、当のガクシャは地図と例の古文書を見比べていた。
「ガクシャ先生よぉ、進路はでぇじょうぶなんだろうなあ?」
イカサマの言葉に、ガクシャはメガネの奥で眉間にしわを寄せたが、努めて冷静に
「間違いはないのである。我々は、間違いなく最終目的地である『紫の洞窟』のある島へと、向かっていますぞ」
いつになく、真剣で自信のあるガクシャの言い方に、さすがのイカサマもガクシャの方へ向き直った。
「その顔は、我輩の言葉を疑っていますな?よろしい、確証を見せましょう…」
ガクシャは、自信たっぷりな態度を見せた。
「これが、そうである」
ガクシャが袋から取り出したのは、黒い小さな粒だった。
「何でぇ、こりゃ?」
イカサマの『忌憚のない』意見に、ガクシャはちょっと鼻で笑うように
「まあ、パッと見て分からないのも無理はないであるな。これは、ある植物の種なのである」
「種…ですか?」
忠太も、それを手のひらに2、3粒のせると不思議そうに見ている。
「もっとも、それは長い時間で干からびてしまったのであるがな」
「じゃあ、これは残骸ってわけだ…でも、どうしてこれが種だって、分かるんだ?」
イカサマのもっともな疑問に、ガクシャはますます得意顔になる。
「それにさあ、種だったら芽が出て、花が咲くもんじゃないのか?」
横から、ガンバも割り込んでくる。
「ガンバ、植物の種が芽を出すためには、何が必要だと思うのかね?」
ガクシャの質問に、ガンバは眉を寄せる。
「んなこと…分かるわけ…」
「オホン、必要なのは土と、水と、光だ。あの中は、真っ暗で光は通らないし、雨水が漏れてくることもない。そして、これは岩の上に置かれていたのだから…
 植物が芽を出すのに必要なものが、全くなかったのである」
「で、種だけ干からびちまった、ってことか?」
「さよう。そして、奇跡的に残っていた種がいくつかあって…」
次にガクシャが取り出したのは、手のひらいっぱいの大きさの種だった。
「この、星型の珍しい形の種は間違いなく『竜の舌』の種である!」
「竜の…舌?」
「植物全体が、竜が立ち上った様子に似ていて、紫かがった赤い花は竜が口を開けて、舌を伸ばしているのに似ている花なのである」
「じゃあ、これはずいぶん、珍しい花なんですね…」
忠太の感想に、ガクシャは
「そのとおり!そして、その花が咲いている場所は限られている。どこでも咲いているの花ではない。その範囲と古文書の内容とを、照らし合わせて見ると…」
ガクシャは、地図を指さして
「この島…この地図には水晶島とある…ここが、我々の最終目的地である!」
目的地が分かれば、後はそこへ向かって突き進むだけ…
「よおし、シッポを立てて…でっぱーっ!」
意気上がるガンバ達は、十分な波と風に乗って大海原を進んでいくが…そんな彼らを、じっと付け狙う陰が。


「うわぁ、ほら…あそこに鳥がたくさん!」
忠太の、やや無邪気な一言が発端だった。
「すげぇ…何かいるのかな?」
「魚の群れでもいるんだろうぜ」
ヨイショの言葉に
「魚が!?」
ボーボが、ちょっと見当違いの歓声を上げる。
「ボーボ…魚と言っても、我々の手に余る大きさの魚も集まっている。単なるごちそうの集まりでは、ないのだよ」
ガクシャが、ちょっと苦笑しながらボーボに言うが、ボーボにすれば気になって仕方のない存在らしい。何となく、諦めきらない様子でそれを見ていた。
「……!?」
ジュンが、ふと不安げな表情になって周囲を見渡し始めた。しかし、ガンバ達はジュンの様子に気付いていなかった。
“…来なけりゃ、いいんだが”
ジュンは、なおも注意深く周囲を窺った。そして、今度は頭を海面に突っ込んだ。
「……?」
さすがに、この行為に仲間達も怪訝そうな顔をした。
「お、おい…どうしたんだい?ジュン…」
ヨイショの問いかけに、ジュンは
「い、いえ…別に…」
歯切れの悪い返答に、ヨイショが戸惑っていると…
「……!」
ジュンは、再び頭を潜らせた。そして、少しして顔を上げると
「まずいですよ…サメだ!サメの群れが…!」
「何だって!?」
サメと聞いて、真っ先に顔色を変えたのはヨイショとガクシャだった。
「まずいな…みんな、ジッとしていろ。そうでなくても、襲われる危険性がでけぇぞ。こんなとこで、サメの餌食になりたかねぇからな…」
ヨイショの緊張した声に、忠太は少し蒼い顔で
「だ…大丈夫でしょうか?」
すると、ジュンが緊張した声で
「サメから見たら、僕たちは海面に浮かぶ餌か何かと思うでしょう。襲われたらイカダは、ひとたまりもありません。それで…もし、襲われてイカダを壊されても
 絶対に海に投げ出されないように、どこでもいいからしがみついて…そのままジッとしていて、単に流木か何かと思わせるんです。海に落ちて手足をバタバタ
 させたら、それこそサメに『食べて下さい』と、言っているようなものです…」
説得力のある声に、ガンバ達が一様にうなずいていると…
「い、いかん!こっちを狙っているようだ!」
ガクシャの、半ば悲鳴に似た声がした。見ると、サメの背ビレが波間から見え隠れしている。
「みんな、落ち着いて!イカダをバラバラにされても、しっかりどこかにしがみついて動かないで…」
ジュンの言葉が終わらないうちに、イカダの近くの海面がグッと盛り上がった。
そして、その中から現われたのはズラリ並んだ大きく鋭い歯と、大きく開いたどす黒い穴…サメがその口を目いっぱい広げて、襲いかかってきたのだ。
たちまち、ベキベキッと嫌な音が響いてイカダがバラバラになった。
「うああああっ…!」
ガンバ達は、ジュンの言葉に従い必死にバラバラになったイカダにしがみつくと、その場をやり過ごそうとした。
サメは、それでも襲ってきたが口に割れた木が鋭く刺さると、目の前にいるものが餌ではないことが分かったようで、何事もなかったかのように海中に消えた。
「……」
ガンバ達は、流木と化したイカダの残骸にしがみつきながら、呆然とした顔で去っていくサメの様子を見ていた。
「サ…サ…サメ…だよな…」
ガンバが必死に口を開いたが、出てきたのは意味にならない言葉だった。しかし、誰もそれを笑う者はいなかった。誰もが、サメの恐怖に震えていたのだ。
「で、でも…まだ、動かないで…サ、サメは、あの魚の群れを…襲って餌にありつくとどこかへ行くけど…」
ジュンの言葉に、彼らは空腹も忘れてただジッとしていた。やがて、水平線の向こうに夕日が沈もうと言う頃になって、遠くに見えていた海鳥達も見えなくなった。
「…もう、大丈夫でしょう」
彼らは、力が抜けたように流木に横たわった。
「それにしても…危機一髪だったな」
さすがのヨイショも、硬い表情のままだった。
「でも、ジュンさんの指示がなかったら…助かりました」
忠太の言葉に、ガクシャも
「いやあ…本当に。海の男の知恵ってやつですな」
「ホント、そうだったぜ。ジュンは立派な海の男じゃないか。なあ、みんなもそう思うだろう?」
ガンバは、いつもの元気を取り戻しつつあった。
「いえ、そんな…ただ、先祖代々サメには、ひどい目に遭わされたんです。僕の祖父や伯父も…だから、サメだけは恐怖と警戒の対象なんです」
「まあ、何にしてもジュンのアドバイスでみんな無事だったんだ。良かったぜ」
ヨイショが、いつもの磊落さで笑いかけたが…
「でもさあ、イカダはどうするの?」
ボーボのもっともな言葉に、水を注されてしまった。
「どうするったって…おめぇ…」
ヨイショが言葉に窮していると
「でぇじょうぶさ。こんなこたぁ、初めてじゃねぇだろう?何とかなるさ」
イカサマだけは、鷹揚と言うか泰然自若と言うか…そんな彼の態度に、その場の空気も少し和んだ。
「仕方がないな、今夜はこのまま休もうや。明日のことは、それからだぜ」
辺りは、既に暗くなり始めていた。ヨイショの言葉通り、彼らは潮に流されないように残ったツタでイカダを結び合うと、そこで休むことにした。

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2.骸骨島の悪夢

夜が明けると、彼らはある島の近くを漂流していた。
「ここは…どこだい?」
お互いに顔を見合わせていると、ガクシャは太陽の位置や角度を計算して
「ふむ…どうやら、我々は目的地の方へ近づいてはいるようであるな」
「じゃあ、あれが水晶島ってやつかい?」
ガンバの問いに、ガクシャは首を横に振った。
「いや、そうではなさそうだ。この地図によると、この島のようであるが…」
「ガクシャ…『この島』じゃ、分からねぇぜ?」
ヨイショが、眉間にしわを寄せた。
「実は、この地図には名前が載っていない…」
「名無しの島にしちゃ、結構大きいぜ?」
イカサマが、口をはさんだ。
「まあ…この地図に名前の載っていない島は、これだけではないのであるが…」
ガクシャの言葉は、ますます歯切れが悪くなる。
「とにかく、行ってみようぜ」
例によって見切り発車したがるガンバの襟首を、ヨイショが捕まえる。
「ったく、おめぇは…どんな危険が待ち構えているかも、分からねぇんだぞ!」
「そん時はそん時だって!」
ガンバは、口をとがらせる。
「ガンバよ、ちっとは様子を見てからでも、遅くはねぇんじゃないのかい?」
イカサマが、サイコロをもてあそびながらガンバに言った。
「そう、イカサマの言う通りよ。とりあえず、こっから島の様子を見ようじゃないか」
「ちぇっ、意気地なしめ…」
ガンバは半ばヨイショにケンカを売る気でいたのだが、ヨイショはそんなガンバの態度を、ただ苦笑して見ているだけだった。
だから、矛先を失ったガンバは拍子抜けした顔で、流木に横になってしまった。
「……」
一方、ガンバ達は気付く訳もなかったが、島から沖にいる『怪しげな影』をじっと見ている目があった。
「こいつは…へへ、思いがけない収穫だぜ。早速、報告だ…」
海賊風のネズミは、海岸の林から島の奥へと消えていった。


その日は遠くから島の様子を見ていたガンバ達だったが、特にイタチなどの姿も見えないし、妙な雰囲気もなさそうだと言うことで、翌朝に上陸することにした。
しかし…
「ガ、ガンバが…ガンバがいないよ!」
翌朝、ボーボの声で彼らは叩き起こされた。
「ガンバの奴、抜け駆けしやがったぜ…」
「あんの馬鹿が!しょうのねぇ野郎だ」
「どうしますか?ガンバさん独りでは…」
「まあ、何かあっても自業自得さ。とは言え、俺達も島に上陸しようぜ」
ヨイショの号令で、彼らは島へと向かった。一方…
「へへへ…冒険を前に、指くわえてられっかっての!」
ガンバは、明け方にこっそり仲間のもとを離れて独り、島に上陸していた。
「後で、ヨイショ達をビックリさせてやんでぇ…」
ガンバは、イタズラを思い付いた子供のように、ニヤニヤ笑いながら坂道を駆け上っていた。と、その時…
「……!?」
目の前に、何かが飛んできた。それは、勢い良く地面に突き刺さった。木の枝のようだが、明らかに誰かか『加工』したものだった。
「だ…誰だっ!?」
ガンバが、思わず大声で誰何すると…
「おやおや…嵐の海に身を投げて、死んじまったかと思ったら…足があるところを見ると、幽霊ではなさそうだねぇ」
現われた相手の顔と態度に、ガンバの表情が見る見る険しくなる。
「て…てめぇは…!」
部下を引き連れたダーナは、思わず拳を構えるガンバを見てニヤニヤ笑っている。
「まあいい。我々の根城にわざわざやって来てくれたんだ…歓迎するよ」
「な…何だって!?」
その時背後から狙っていた影が、ガンバに向かって吹き矢を放った。
「ウッ…!な、何…しやがっ…」
ガンバは後ろを振り向こうとしたが、その場に崩れ落ちた。
“か…身体が…動かない…?”
「この毒矢の効き目は、さすがだねぇ…フフ、だが殺しはしないよ。歓迎してやるんだからね…」
ガンバは、身体と感覚が麻痺してそれからの記憶が途切れていた。


一方、島に上陸したヨイショ達はガンバの手がかりを探し始めた。
「どうする?手分けして探した方が、効率的だと思うが?」
ガクシャがヨイショに訊ねるが
「いや…何か危険を感じるぜ。ここは、固まっていた方がいい」
ヨイショは、周囲を見渡しながら言った。その態度と口調に、仲間達の顔にも緊張の色が走った。
「いいか、みんな離れるなよ…」
ヨイショを先頭に、彼らは海岸沿いの林を抜けて奥へと入っていった。
「…どうやら、ガンバのらしいな」
やがて、ガンバが襲われた坂道に向かう道に出ると、ヨイショはふと立ち止まって道に残っていた足跡を見た。
「だいぶ、勢いよく駈けていったようであるな…」
「ガンバらしいぜ。独りではしゃいでいたんだろうぜ」
ガクシャとイカサマが、足跡を見てそれぞれ意見を出す。
「どうして、そう分かるんですか?」
忠太が、イカサマに質問すると
「見ろよ忠太、この足跡の周囲には追いかけたり、邪魔しようとしたりする足跡がねぇだろう?つまり、ガンバが独りでここを駈けて行った…ってことよ」
「…なるほど」
「そして、その後を慎重につけている者がいるようであるな」
ガクシャは、周囲を観察して言った。
「よし、後を追ってみようか」
彼らは足跡を追って進み始めたが、そんな彼らもまた周囲の木の陰から何者かにそっと見張られていた。
「おい…!」
彼らはやがて、ガンバが襲われた場所にたどり着いた。
「明らかに、誰かが倒れた跡だぞ」
「それに、見たまえこれを…!」
ガクシャが拾い上げたのは、ガンバを倒した毒矢だった。
「明らかに、何か仕込んである…」
「まさか、ガンバさん…?」
言いかけて、ジュンは慌てて口を閉じた。
「縁起でもねぇ!それより見ろよ、足跡が続いているぜ…」


「う…」
意識が回復したガンバは、ぼんやりとした目で周囲を見渡した。何が自分の身に起きてどうなったのか…記憶も意識もまだ十分に回復していなかった。
“ここは、どこだ…?俺は、一体…?”
次第に、記憶の糸がつながってきた。独りで島に上陸して、奴らに囲まれて、いきなり背中から襲われて…
“ダメだ…頭も、身体も痺れちまってる…”
ガンバは、ぼんやりと天井を見つめた。周囲は薄暗くて、良く分からなかったが岩肌のような感じである。
“あれ…?”
この時、ガンバは自分が身動きが取れないことに気付いた。ガンバは、平たいテーブル状の岩の上に、横たわっていた。
しかも、ただ横たわっていたのではない、両手両足を大きく広げ仰向けに寝かされていた。そして、両方の手首と足首は蔓のようなもので縛られていた。
“……”
ガンバは首を持ち上げて状況を確認すると手足を動かそうとしたが、手足を縛っている蔓は、びくともしなかった。
“うう…”
いつもの自分なら、放せ解けとわめき散らすところだが…その時は、身体も頭も痺れて思うように動かなかった。
だが、自分をこんな目にしているのが誰かは、分かっていた。
『だが殺しはしないよ。歓迎してやるんだからね…』
あの時の、ダーナの言葉が何を意味するのか?少なくとも、自分に対する皮肉であることだけは分かっていたが…
“……!”
その時、複数の足音が近づいてきた。
「おや、どうやらお目覚めのようだねぇ」
自分の顔を上から覗き込むふてぶてしい顔に、ガンバは精一杯の抵抗として顔をこわばらせて敵意をむき出しにした。
「おやおや、恐い顔だこと…」
ダーナはニヤニヤ笑いながら、ガンバを見下すように腰に両手をあててこちらを見た。
「お、俺を…どう…する気だ?」
「言っただろう?歓迎してやるって。但し…」
ダーナは、意味ありげに言葉を切ると少し真顔になって
「お前の仲間の居場所と、旅の目的を教えてもらおうか?」
「ヘッ…」
ガンバは、馬鹿馬鹿しいという顔でダーナに顔をそむけたまま
「誰が言うかよ…」
すると、ダーナは冷ややかな目をして
「だろうね…だが、素直になった方が身のためだよ。もう一度聞くけど、お前の仲間はどこにいる?旅の目的は?」
ガンバは、黙ったままだった。
「それが、お前の答えのようだね…おい」
ダーナは、傍らの部下に合図を送った。すると、何か仕掛けが動くような音がして…
「……!」
ガンバの両手両足を縛っていた蔓が、じりじり動き出して手足を引っ張り始めたのだ。
「うわっ…てっ…!」
なおも蔓は、ガンバの手足を引っ張り続ける。このままでは、手足を引きちぎられる。
「や…や…めろ…めてく…れ…」
ガンバの悲鳴に似た声に、ダーナは冷たい目で
「だから言ったろう?素直になった方が、身のためだって。どうだい?ちょっとは話す気になったかい?」
だが、ガンバは口を閉ざすと奥歯を音を立てて噛み締める。
「やれやれ、強情だねぇ…おい、止めな。殺しちまっては、意味がない」
やっと動きが止まって、ガンバはホッとした様子だったが、ダーナに対して敵意を更に強調した。
ダーナは、それに対して勝ち誇ったように冷たい目で見下していたが…
「ダーナ様、ご報告が…」
ガンバからは姿が見えなかったが、別の部下が入ってきた。
「何だい?ふん…そうかい。で?ふん…ふん…そう、良くやった」
ちょっと満足そうな笑みを浮かべると、ダーナはガンバの方に向き直り
「どうやら、一つはお前に聞かなくても良くなったよ」
ガンバが、少し怪訝そうな顔をすると
「お前の仲間の居場所が、分かったのさ」
「な…何だ…って!?」
「フフフ、お前がここにこうしていると知ったら、どんな顔をするかね?助けたくても助けられないことに、悔しがってのた打ち回るだろうよ」
「て…てめぇ…!」
ガンバは、フラフラの身体で空しい抵抗を見せていた。


「へへへ…素直でけっこうだぜ。そのまま、指示に従って歩け!」
いつの間にか、ヨイショ達は手に槍のような武器を持った連中に囲まれていた。その数と、気配を感じさせずに自分達を取り囲んだことから、
ヨイショ達は黙って両手を挙げて抵抗しない意志を示した。
「……」
もちろん、彼らは完全に服従したつもりはない。ヨイショやイカサマは、スキあらばと、様子を窺っていたが…周りを取り囲むこの連中に、油断やスキはなさそうだ。
彼らは口をへの字に曲げながらも、従うしかなかった。
「ここに、入ってな!」
連中は、海岸近くの洞穴を改造した牢獄のような場所に連行してきた。そして、彼らを突き飛ばすようにして、その中に押し込めた。
“一体、奴らは何者なんだ?”
当然のようにわいてくる疑問だが、ヨイショ達はそれを表情や態度には出さずにいた。しかし、彼らの会話の端から驚くべき事実を知ることになる。
「…やはり、奴らは?」
「そのようだぜ。思った通りだ、捕まった仲間の救出に…」
「まあ、飛んで火に入る何とやら、だな」
「まったくだ。この島が、俺らの根城とも知らずに…」
「そういうこと。ともかく、ダーナ様に報告だ…」

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3.死ぬ時ゃ、いっしょ

翌日、ヨイショ達の前にふてぶてしい態度で現われたダーナは、彼らを一列に並べると見下したような目で
「わざわざ、この島にやって来るとはねぇ…まあ、見知らぬ島を見たらあんた達の『冒険心』とやらが騒いだんだろう?やっぱり子供だねぇ」
そして、ヨイショの前に立つと
「おまえがその気なら、部下として使ってあげても、いいんだよ…」
口元にちょっと嫌味な笑いを浮かべながら、訊ねた。
「ヘッ…てめぇの足元にひれ伏すくらいなら、ノロイの爪にやられていた方が、はるかに男らしいってもんだ」
ヨイショは、冷淡な目で答えた。すると、たちまちダーナの表情が険しくなり
「自分の立場を考えな!口のきき方に気をつけるんだね!」
言うが早いが、ヨイショに往復ビンタを食らわせた。ヨイショは…他の仲間もそうだが、後ろ手に縛られていて、それをダーナの部下達に握られていたのでは
思うように身動きが取れずにいたのだ。
「……」
興奮して、ヨイショを睨むダーナに対して、ヨイショは不敵な笑いを浮かべた。そして、ダーナに向かって少し血の混じったつばを吐きかけた。
「……!よくもやったね!」
ダーナは腰の刀をすらりと抜くと、ヨイショの顔にそれを押し当てた。
「言っただろう?自分の立場を考えなって!」
しかし、ヨイショは動じた様子を見せなかった。
「どうしたい?刺してみろ、斬ってみろ。そんな、なまくら刃で傷つくほど俺の身体はヤワじゃねぇぞ…」
ヨイショは、低い声でダーナを睨み付けながら言った。するとダーナは
「フン、お前の血で汚したんじゃこの刀が泣くよ…」
そう言って、刀を収めるとその場を去っていった。
「ふう…ヨイショ、あまり無茶は良くないですぞ」
事態が収集してから、ガクシャがヨイショに苦言を呈した。
「あんな奴にナメられたんじゃ、海の男が廃るってもんだぜ…まあ、つまらねぇ勲章を増やしちまったけどな…」
ヨイショは、顔に付けられた傷口を横目で見ながら苦笑した。


「う…は、放せ…ちくしょ…う」
あれから三日、ガンバは縛り付けられたままろくな食糧も与えられず、すっかり弱っていた。
「くそ…あ、あいつ…ら…」
しかも、傍らには木の実が積まれているのだ。手が身体が自由になるなら、すぐにでも掴める位置だ。それは、ただガンバに見せびらかすために置かれていたのだ。
『どうだい、美味しそうだろう?』
ダーナは、空腹に苦しみ出した自分の鼻先に木の実を突きつけた。ガンバは、ダーナと木の実を交互に睨み付けて
『それが、どうしたっ!?』
と、虚勢を張ったが…木の実の甘い匂いに、腹の虫は勝手に騒ぎ出した。それを見て、ダーナは高笑いし
『おやおや、腹の虫は正直だねぇ…おまえも、もう少し素直になったらどうだい?』
『ヘン、ガンバ様を見損なうなんじゃねぇや!』
そっぽを向いたガンバに、ダーナは冷笑を浮かべて
『どこまで意地を張れるか、見物だねぇ…』
そう言って、木の実をガンバの傍らに置くと立ち去った。
『うっ…』
正直言って、それこそ喉から手を出してでも、その木の実をかぶりつきたかった。少しの間はダーナに対する怒りで空腹を忘れていたが、すぐ手の届くところにあって
手が届かない苛立ちが、腹の虫を刺激する。
“ちくしょう…”
ガンバの脳裏に、仲間達のことが浮かぶ。
“ヨイショ達…俺のこと、怒ってるんだろうなあ…勝手なことしちまったし”
『ガンバ、今度ばかりは自業自得ってやつだぜ』
『さよう、抜け駆けの罰ってやつですな』
『ま、ちっと頭を冷やすんだな。そのうち、何とかなるだろうぜ』
ヨイショにガクシャにイカサマも、腕組したまま冷たいことを言う。ボーボ達も、その後ろでヨイショ達に反論できず当惑と同情の混じった顔で見ているけど
何も言えず手も出せずにいる。
『ま、待ってくれよ…俺が悪かったよぉ…そんな、冷たい目しないでくれよぉ…なあ、こっから助けてくれよ…』
ガンバの言葉を無視するかのように、ヨイショ達は知らん顔をしたままだった。


「…ガンバの奴、無事だといいんだがな」
「さようであるなあ…」
ヨイショとガクシャの心配そうな声に
「まあ、簡単にくたばる奴じゃねぇさ」
イカサマが、自分に言い聞かせるように言う。
「だけど…あいつらに捕まっているのは、確かなようなんだし…どんな目に遭わされているか…」
忠太の声は、涙声になっている。それを聞いて、ボーボの表情が崩れそうになった。
「…忠太、気持ちは分かるが…信じるんだよ。ガンバのことを」
シジンの忠太に対する言葉は、仲間に対する言葉でもあった。
その中で、ジュンだけは独り黙っていたが、彼の心の中にかつて経験したことのない、単なる怒りとは違う『感情』が、こみ上げてきていた。
「とにかく、みんなで力を合わせて、ここから脱出しましょう…」
ジュンの言葉が、彼らを結束させた。

しばらく、彼らはおとなしくしていた。周囲には、ダーナの部下が常に見張っている。屈強な連中である上に、手にした武器は脅威だ。と、突然
「あ…痛たたた…痛い、痛いよー」
ボーボが、悲鳴を上げて転げまわり始めた。
「ボーボ!大丈夫?しっかりして!」
忠太が、慌てて大声を出す。仲間達も、慌てて寄ってきた。
「ちょっと…!来て下さい、ボーボが…ボーボの様子が!」
忠太の声に、何事かと胡散臭そうな顔で部下がやってきた。
「何だ、何があったんだ?」
「ボーボが…いきなり苦しみ出して!」
「ちっ、世話の焼ける…」
部下が、彼らのいた牢の中に入った瞬間!
「……!」
ジュンが、部下に体当たりして彼をひっくり返らせた。
「てめえっ…!」
ジュンに襲い掛かろうとした部下に、風を切ってサイコロが飛んできた。
「ギャッ!」
見事に目をやられて彼がのた打ち回る隙に、彼らの脱獄劇が始まった。ヨイショ達が脱獄したことは、すぐダーナの耳に届いた。
「フン、とうとうやったね。まあいい、切り札を握っているのはこっちだしね」
ダーナは不敵に笑うと、部下達に命じた。
「いいかい、やつらの行方はどうでもいい。そのうち、いやでもやってくることになるからね…余計なことをするな」
そして、部下のひとりに
「おい、ガンバの方はどうだ?」
「かなり弱っています。まあ、ここ三日ほど絶食状態ですから…」
「分かった。では、例の計画を実行に移すんだ」
「了解しました」


「……」
ガンバは周囲の気配は感じたものの、声を出す気力もなくなっていた。
そして、こんな格好で縛り付けられていることに、何の抵抗も痛みも感じなくなっていた。すると…
“あれ…?”
今まで、自分の体の自由を奪っていた力が、急に緩んだように感じたのだ。痺れる手足を、そっと動かしてみると…
“ああ…”
自分を縛りつけていた蔓が、ズルズルとほどけたのだ。
ガンバは、しばらくして手や足が何とか動くようになると脱出を試み始めたが、腹が減っては戦さは出来ない。そして、目の前にはお誂え向きに件の木の実が…
罠の危険性を感じることもなく、ガンバは夢中で口にした。
「う…?」
しかし、女海賊は素直でも親切でもなかった。その木の実に仕込まれていた毒が、次第にガンバの身体から力を奪い気を失わせた。
「予定通りだね…あとは、こいつを餌にヨイショ達をおびき寄せるだけ…」
ぐったりと横たわるガンバを見て、ダーナは満足そうに笑って言った。
「こいつを、例の場所につけて行きな。それから、ヨイショ達に伝えるんだ。ガンバの命を助けたければ、指定した場所に来いとね」
やがて、ダーナ達から逃れ森の中に身を隠していたヨイショ達のところへ、ダーナからの『伝言』が届いた。
「みんな、行くぜ…罠だと承知だが、ガンバの命にゃ代えられねぇ!」
ヨイショは、拳を握り締めて叫んだ。


ダーナが指定した場所は、島の西側にある岩場だった。ゴツゴツした殺風景な光景の中で、彼らの目に入ったのは…
「ガ…ガンバ!?」
木を『X』の字の形に組んだものに、両手両足を広げたままそれに沿って縛り付けられていたガンバは、だらしなく首が前に折れていていた。
ダランと垂れたしっぽにも、力が入っていないのが良く分かる。
「いかんな…目立った傷はなさそうだが、かなり衰弱しているようだ…」
シジンが、遠目で見ながら心配そうに言う。しかし…
「ちくしょう…ここで、おとなしく見ていろってか?」
彼らは、部下達に囲まれていた。そして、ガンバのいる場所の間にも、手に槍状の武器を持った部下達が並んでいる。
「やっと来たね…仲間を見殺しには、出来ないだろうからね」
ダーナは、ヨイショ達を前に勝ち誇ったような態度を見せた。
「さて…お前達が、この辺りをうろついていると言うことは…旅の目的は、恐らくラモジャの遺したお宝でも、探しているんじゃないのかい?」
ヨイショ達は顔色を変えなかった。
「おめぇ達には、関係ないことさ」
「そうかい…だが、こっちには関係があるんだよ!ラモジャのお宝を狙っているのだとしたら、そうだね…お前達には存分に冒険とやらをさせてやろうじゃないか。
 ラモジャのお宝を見つけるまでね…」
「そして、最後にお宝を横取りして、吾輩達を始末する…で、あるかな?」
「察しがいいねぇ。その通りさ」
「ケッ、おめぇらしいぜ…」
ヨイショが、吐き捨てるように言ったのと同時に、目でイカサマに合図を送った。合図を受けて、イカサマは計画通りの行動に出た。
「そりゃっ…!」
イカサマは、周りを囲んでいる部下のひとりに向かいサイコロを投げた。そして相手が怯んだスキに、ヨイショが突破口を開く…手筈だった。
「……!」
しかし、サイコロはあっさり弾き飛ばされて失敗に終わり、ヨイショは勇み足になってしまった。結局、イカサマとヨイショは仲間達と離されて取り囲まれてしまい
身動きが取りにくくなってしまった。
“くそう…”

八方ふさがりになったと思っていたその時、ダーナ達はもちろん、ヨイショ達から見ても、意表を衝いた行動に出たのが、忠太だった。
“今まで、ガンバにはいろいろ助けてもらった…だから、今度はボクがガンバを助ける番だ…!”
たちまち部下達が忠太を取り押さえようとしたが、意表を衝かれたこともあったのか、意外と忠太は相手の動きをかいくぐって走った。
「……!」
しかし、それも最後までは続かなかった。
忠太は、ついに部下のひとりに襟首を掴まれ、抵抗したところを殴り飛ばされてぐったりと倒れた。
「ち…忠太!」
忠太は失神寸前のグロッキー状態だったが、部下達は武器を手にして油断なく忠太を取り囲む。ヨイショが、思わず歯ぎしりをして悔しがっていると…
「…な、何…だ?」
突然、それまでに感じたことのない…雰囲気、気配…言いようのない空気が、すぐ近くで沸き上がってきた。
「ジ…ジュン…!?」
それは、ジュンが発揮している『気』だった。別人のような雰囲気になったジュンは、スッと姿を消した。
「……!?」
正しくは姿を消したのではなく、風の如く走り始めたのだ。部下達は慌ててジュンを取り押さえようとしたが、ジュンは彼らに近づくと、武器を奪い弾き飛ばし
奪った武器で彼らを次々と打ちのめした。
その様子を、呆然と見ていたガクシャの脳裏に、古文書の一節がよみがえった。

黒い翼に戦い挑む、胸に輝く紅き矢は、正義を貫く勇者の印…

ガクシャの目には、今まさにジュンがその『紅き矢』になって、悪を蹴散らそうとしているように映った。ジュンはダーナの振り下ろした刀を足で蹴って弾き落とし
それを拾うとダーナに向けた。
「クッ…こ、殺せっ!」
ダーナは、ガックリと膝を落として怒鳴った。ジュンはゆっくりと刀を振り上げたが、ダーナのことを激しく打ちのめしただけで、斬ったり刺したりはしなかった。
「ジュン…?」
そして、そこまで終わるとジュンは力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
本人の話では、全くこの間の記憶がないと言う。


「気が付いたか、ガンバ!?」
ガンバは、意識を取り戻すと仲間達に囲まれていた。
「み…みんな…?」
「良かったぜ、おめぇが無事でよ」
ヨイショの笑顔を見て、ガンバの目に涙があふれてきた。
「ん…ど、どうしたい?」
ビックリして声をかけたヨイショに
「お、俺…勝手なこと…したのに。俺…冷たくされても…でも…」
ガンバの涙声に、思わずヨイショも手で鼻をこすった。
「てやんでぇ、結んだシッポがそんくらいのことでで解けるかよ…」
その後、シジンはガンバに応急処置を施し、ヨイショ達はダーナと部下を縛り上げた。そして、ガクシャの読み通り海岸線に出ると、彼らの使っていた船やイカダが
あったので、その中から適当なイカダを失敬して島を離れた。

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第6章・完
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