第7章 紫の洞窟に眠る伝説

1.水晶島

「ガクシャ…どれが、俺たちの『目的地』なんだい?」
ガンバは、周囲を見渡しながら言った。
「そ、それは…その…」
ガクシャの返事は、相変わらず歯切れが悪かったが無理もない。見渡す範囲の海上には、大小いくつもの島が点在している。
しかし、ガクシャが進路の頼りにしていた『地図』を見ると、目的地の水晶島以外の島はほとんど描かれていない。
「ずいぶんと自信があったようでやんしたけどねぇ…」
背後からイカサマの言葉が、ガクシャの頭にゴツンと当たる。
「まあ、そう言うなよイカサマ…この地図にゃ、これほど詳しく島の様子が描かれてはいねぇんだぜ。それによ、ガクシャの計算にしちゃ、ここまでは比較的正確で
 順調だったじゃねぇか?」
ヨイショの、助け船とも皮肉ともつかない言葉が、またゴツン。
「ガクシャ…その古文書には、何かヒントになるようなことはないのですか?」
シジンの言葉に、ガクシャの口がへの字に曲がる。
「それなのであるが…」
ガクシャの説明によれば、地図が詳細でないのは明らかであり、古文書にもその島の特徴などは、詳しく書かれていないと言う。
『面倒くせぇから、片っ端から上陸して調べてみようぜ』
いつものガンバならば、こんなセリフを口にするところだが、この間の一件があるので口を開かずにいた。すると
「どうでもいいけどよ、一雨降りそうだ。近くの島にイカダを上げねぇと、海が荒れると面倒だぜ」
ヨイショが、空を見上げて言った。確かに、気がつけば上空は厚い雲に覆われている。
「うーむ…では、あそこの…比較的小さな島にしましょう」
ガクシャの提案で、ガンバ達はさほど離れていない場所にあった小さな島に、イカダを上げた。すると、それを待っていたかのように、ポツポツと雨が降り出した。
「……」
彼らは岩陰で雨宿りしたが、雨は次第に土砂降りになってきた。大粒の雨が、周囲を容赦なく叩き続けた。幸い、雨は砂浜にほとんど吸い込まれて
岩場に流れ込んではこなかったし、干潮時だったのか潮が急に上がることもなかった。
しかし、岩に叩き付ける雨音と、隙間から漏れ吹き込んでくる雨水に濡れてしまい、やっと晴れ間が広がった頃には、全身がずぶ濡れになっていた。
「ーックショイ!全く、ひでぇ目に遭ったぜ」
ガンバ達は、なるべく陽に当たって身体を乾かそうとした。彼らが、濡れた砂浜で思い思いの格好で陽に当たっていると…
「あーっ、あれ!あれ!」
忠太のあげた大声に、ガンバ達は何事かと振り返ると…
「おーっ!」
「ほおお…」
「す、すげぇ…」
「いやあ、きれいな虹ですなー。あれだけ七つの色がはっきり見える虹は、滅多に見ることは出来ませんぞ…」
ガクシャは、見事な虹の弧に見入っている。
「…虹よ、天かける架け橋よ…おお、その美しさ…」
シジンはシジンで、感動のあまり自然と詩を口にし始めた。
「……!」
そのシジンとガクシャの目が、申し合わせたように合った時
「それだ!」
「それです!」
ふたりは、同時に叫んだ。ガンバ達が、ビックリしていると
「水晶島が、分かりましたぞ!」
ガクシャが、嬉しそうに声をあげた。
「何だって?それは、どこだい?」
「古文書の一節にあった、島より虹の橋は天にかかる…それは、水晶島から天に向かい虹が延びているように見える、と言う意味だったんです。つまり…あの島だ!」
ガクシャが指さした島は、確かに虹の橋が島から延びているように見える。
「でもよ、そう都合良く虹が出るものかい?」
イカサマの言葉に、ガクシャはいやいや…と、首を振る。
「いやいや、龍の舌の花が咲く時期にこの一帯に降る強い雨、それが上がった時に出る虹こそが、古文書にあった虹である。つまり、この時期に出来る虹が示す
 あの島こそ水晶島なのである!」


「…てえことは、ここが水晶島ってわけだな?」
ヨイショが、周囲を見渡しながら言った。その『彼らの旅の目的地』は、ごくありふれた島の光景だった。
「まあ、この島のどこかに…ラモジャのお宝が…」
ガクシャの言葉は、歯切れ悪く『ある』とも『あるはずだ』とも、言い切らなかった。そんな様子を、ガンバはちょっと不満そうな顔で見ていたが
「ともかく、捜しに行こうぜ。お宝をよ…」
必死に自分を抑えて、仲間を促すだけに止めていた。
「そうだな…でもよ、ラモジャのお宝がおいそれと見つかるはずはねぇし、罠や敵にも気をつけないとな…」
ヨイショが、慎重な意見を出していると…
“そうかな?意外と、ありふれたところにあるかも知れんぞ?”
ヨイショは、その声にビックリして辺りを見回した。
「……?ヨイショ、どうしたんだい?」
ガンバに声をかけられて、ヨイショは今の声が自分にしか聞こえていなかったのだと、気付いた。
「な、何でもねぇ…よ」
考えてみれば、あの『声』は耳に聞こえたと言うより、頭の中に直接聞こえてきたように思える。でも、誰が…?
「と、とにかく…そうだな、あっちを目指そうじゃないか」
ヨイショが指さしたのは、海岸線に沿った向こうに見える断崖のような場所だった。
「イカサマのサイコロは、どう出てる?」
ガンバが、からかい半分に声をかけると
「いや…サイの目はあっちの森を抜けろと出ているぜ」
「どうする、手分けするか?」
ガンバが、仲間の顔を見渡しながら言う。
「いや、多少時間がかかってもいい、ここは俺たちがバラバラになりにくい方法で進むことにしようぜ」
「何だいヨイショ、やけに慎重だなあ…」
ガンバが、ヨイショの腹を軽く手で叩きながら声をかけたが、ヨイショの目は真剣な色をしていた。
「ここは、他の島と違う…ラモジャの本拠地だ。何が起きるか、何があるのか…予想がつかねぇからな」
ガンバ達は、ヨイショを先頭に森へと足を踏み入れた。
「……」
しばらく歩いてみると、特にヘビだのイタチだのが出てくる様子もなく、鳥の鳴き声が辺りにして、木漏れ日が気持ちいい。
“チェッ…ヨイショの奴、考え過ぎだぜ…”
腹の中で、文句を押し殺しながらガンバは歩いていた。それから更に奥に進むと…
「おい…」
ヨイショは、歩調を緩めて周囲を窺い出した。


「な…何か、あったのか?」
ガンバ達が駆け寄ってくると
「シッ…誰か、棲んでいる形跡があるぜ…」
「ふむ、この木の実はこの辺りの木から落ちたものでは、ないであるな…」
ガクシャは足元の木の実を拾い上げ、周囲の木々を見渡して言った。
「ボーボ、何か匂うかい?」
ヨイショに聞かれて、ボーボは鼻を動かしていたが
「うん…おいら達以外の、ネズミの匂いが…それと、食べ物の匂いも」
「…何だって!?」
思わず大声を上げたガンバの口を、ヨイショの手が塞ぐ。
「静かにしろい!」
ガンバは、ついに不満を爆発させた。自分の口を塞ぐヨイショの手に、前歯を突き立てたのだ。
「イッ…!」
ヨイショは、声をあげそうになるのを必死に堪えていたが、収まらない感情はガンバの横っ面を張ってしまった。
「痛てぇっ!何、するんだヨイショ!」
「てめぇこそ、くだらねぇことしやがって!」
とうとう、睨み合いを始めてしまった二人を仲間達が取り囲むが、あるいは呆れた顔であるいはオロオロとした表情で、成り行きを見守っていた。
そんな彼らの背後に、いつの間にか見慣れないネズミが立っていた。
「お取り込み中に、悪いけど…」
その声に、ビックリした彼らが振り向くと、そこには小柄ながらもがっちりとした身体付きのネズミが立っていた。
「あなたたち、この島のネズミじゃないね?」
「…それが、どうしたい?」
ヨイショの口調には、喧嘩腰が残っていた。すると、ガクシャがそんなヨイショを制し
「さよう、我々はラモジャのお宝を探して、ここまで旅を続けてきている」
見ず知らずの相手に、はっきりとした口調で言うガクシャに、ガンバ達は驚いた表情を見せた。すると相手は
「なるほど。それでは、道案内はいらないかな?」
さすがのガクシャも、返す言葉を失った。
「君が…?」
「そう。少なくとも、この島の地理や事情は私の方が詳しいからね」
彼らは、思わず顔を見合わせた。突然のことに戸惑う顔の中、イカサマは胡散臭そうな顔で彼を見ていた。
「…確かに、君の言う通り我々は、この島の地理も事情も良く知らない。しかし…唐突に道案内を申し出られても…」
「私を、疑ってらっしゃいますか?」
相手は静かな口調でしかし、ズバリと聞いてくる。
確かに、こんなふうに近づいてきた相手が結局スパイだったり、裏切り行為に出たりすることは、よくある話だし彼らも経験している。
「ご心配なく、何も企んではいませんよ。それに、報酬を要求するつもりもありませんから」
「…では、なぜガイド役を買って出たのかね?」
ガクシャが驚いて訊ねると、相手はちょっと笑みを浮かべて
「当然のことですから」

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2.不思議なガイド

「申し遅れましたが、私はロキンと言います。この島のネズミです」
ガンバ達も、このロキンと名乗るネズミに各々、自己紹介をした。
「ところで、あなた達の目的地は『紫の洞窟』ですね?」
「そ、そうだが…?」
「ここから、紫の洞窟まではかなり距離があります。危険な箇所もありますから、注意して下さいね」
『危険な箇所』という言葉に、ボーボの顔が少し曇る。
「それから、この島ではラモジャの存在は絶対です。くれぐれも、ラモジャの悪口とか非難を口にしないで下さいね」
「な、何か…起きるのかい?」
ガンバの質問に、ロキンはちょっと笑って
「いいえ、いくら何でもラモジャは神様ではないのですから、天罰が下るなんてことはありません。でも、そんな心の持ち主には、ラモジャのお宝は…
 その存在も価値も、理解できないでしょう」
と、ちょっと謎めいた言葉を返した。
「それでは早速…と、言いたいのですが、今から出発しても夜のうちに適当な場所には辿り着けません。明日の朝、発つことにしましょう。私の住処にご案内します」
「と、言うと…この先には、何か危険が?」
ガクシャが、ちょっとメガネを持ち上げて訊ねた。
「ええ…岩場が続きますから、こんな大勢では休む場所が…」
ロキンの言葉に、ボーボの眉がますます八の字になる。
「何、半日もあれば通り抜けられますが…夜はさすがに、私でも怖いです」
そう言って、ロキンは自分の住処にガンバ達を案内した。
「狭いところですが…」
と言う彼の言葉は、あながち謙遜でもなかった。彼独りなら十分なスペースも、全員が入るとあっという間に、スシ詰め状態になった。
そして、ロキンは貯蔵していた食糧をガンバ達がかえって悪いと恐縮するほど、気前良く惜しげもなく彼らに提供した。
初めは目を輝かせていたボーボも、ガンバ達の態度に気まずくなって手を出さなくなった。だが当のロキンは
「どうぞ、ご遠慮なく。ここでは、当然のことですから」
と、気さくに笑って見せていた。


「本当に…歩きにくいや…」
足元に岩がゴロゴロしていて、周囲も岩だらけの殺風景なところを、ガンバ達は進んでいた。
「でも、これなら夜でも何とか、歩けたんじゃないか?」
ガンバがロキンに言うと
「そうでもないんですよ…」
と、ロキンは自分の拳ほどの石を拾い上げると、それをひょいと投げた。
「……!?」
すると、石が当たった部分の岩が音を立てて崩れた。
「この岩場は、もろくて崩れやすいんです。足元の岩も崩れやすくて、下手に足を踏み外してしまうと、崩れた岩に飲み込まれてしまうんですよ。
 昼間で、仲間がいれば慎重に助けることが出来ますけど、夜だと被害が拡大してしまいます。まして、独りで歩くのはとても危険です」
「あの岩の崩れたのに巻き込まれたら、かすり傷では済みませんね…」
ジュンが、ちょっと緊張した顔で言った。
「ね、ねぇ…立ち止まってないで、先に進もうよ…」
ボーボの半べそに近い声に促されて、彼らは再び歩き出したが、少し行ったところで…
「……!」
シジンの耳が、動いた!そして、上を見上げると…
「危ない!みんな、伏せてっ!」
シジンとロキンが、ほぼ同時に叫んだ。その声に、ガンバ達はその場で頭を押さえるとうずくまった。すると、その傍らに上から崩落してきた岩が
ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「……」
周囲が収まってから、彼らは恐る恐る顔を上げた。目の前の大量の崩れた岩に、彼らの表情が凍り付く。
「み…みんな…怪我、ないか?」
ガンバが、震える声で訊ねるが返事はなかった。いや、誰もすぐに返事が出来なかったのだ。結局、細かい破片がぶつかったものの、大怪我をした者はいなかった。
「ボーボじゃねぇが、こんなところは早ぇえとこ、抜け出すに限るな…」
ヨイショの言葉に、彼らは一斉にうなずいた。そして、ロキンも
「でも、駈け出したりしないで下さい。私も、こんな崩落は始めてですが…慎重に歩を進めるのが、一番の近道です…」
ガンバ達は、それから慎重に歩を進め岩場を抜け出した時には、夕陽が西の空に傾いていた。
「どうも私が、余計なことをしてしまったようで…」
ロキンは、あの場所の危険性を示そうと、石を投げた行為があの崩落の引き金になったのだと、しきりに恐縮する。
「何、偶然だよ…気にしなくていいよ」
ガンバが笑って見せるが、ロキンの表情は冴えなかった。
「とにかく、今夜のねぐらを探そうぜ」
「そうであるな…慣れない森では、警戒に越したことはない」
彼らは、適当な場所を見つけて休むことにした。そんな中、イカサマは横になりながらじっと周囲の様子を窺っていた。
「……」
しかし、影が動く様子はなかった。誰かが近づいてくる様子も、なかった。
“…考え過ぎか?”
さすがに睡魔には勝てず、イカサマは眼を閉じることにした。
結局、その夜は何か事件がおきることなく、誰かの姿が消えるわけでもなく、いつものように朝日が昇った。


「さあ、今日こそは紫の洞窟に辿り着くんだぃ!」
いつもの調子で独り張り切るガンバを、ヨイショ達は苦笑と共に見ていた。
「まだ、相当距離はあるんですけどね…」
ロキンは、ガンバに聞こえていないのを承知で呟くように言った。彼らは、めいめいに朝飯を済ませると、ロキンの先導で森の中を歩き出したが、しばらくすると
ふと足を止めた。
「ど、どうしたんだい?」
ガンバの問いかけに、ロキンは『静かに』と言う仕種をした。
「パギがいます…」
「パギ?」
「山猫の一種です。山猫としては、比較的小柄ですが…敏捷で爪がとても鋭いですから気を付けて」
「気を付けるったって…」
ヨイショが、思わず眉をしかめたが
「意外と耳や鼻は鈍感ですから、よほど騒ぎ立てたり派手に走ったりしなければ…」
「…そういうことであるか」
ガンバ達はそろりそろりと歩を進め、パギには気付かれずに通り抜けた。

森を抜けると、広々とした場所に出た。短い草が一面を覆い、花畑とまでは行かないがいくつかの花が咲いている。
「おお、これだこれだ!」
ガクシャが、突然はしゃぐような声をあげた。
「これが、例の『龍の舌』である!」
ガクシャが指し示した植物は、確かに立ち昇る龍が舌を伸ばしているように見える。
「……」
ガンバ達が、それを見ているとロキンが
「龍の舌をご存知ですか…この辺りの者以外、ほとんど知らないと思っていましたが」
ガクシャは、それまでの経緯をロキンに話した。
「なるほど…それにしても、種からこの植物を推察するとは、さすがですね」
「いや…何、偶然ですよ。たまたま、名前を知っていただけで…ハハハ」
本人は謙遜しているつもりだろうけど、傍から見れば自尊心をくすぐられて悦に入っている図である。
「だけど…この辺りの植物には、注意して下さいね」
ロキンの言葉に、ガンバ達の顔色が変わる。
「花粉に、毒でもあるのですか?」
シジンが、真剣な顔で訊ねると
「あ、いえ…花粉を吸っても、別に何ともないですよ。ただ、植物の球根や茎なんかを口にしないで下さいね。特に、複数の植物を口にすると場合によっては
 死ぬこともありますから」
「…だってよ、ボーボ!美味そうだからって、むやみに食べんじゃねぇぞ」
ガンバが、ボーボの腹を肘で突付きながらからかうように言うと
「う、うん…」
ボーボは、ちょっと顔を赤らめてうなずいた。
「それじゃ、腹減ってここいらの植物を食べたくなる前に、さっさと行こうぜ」
ガンバが、拳を突き上げて言った。それから、彼らは花の咲いていた場所を抜けて再び森に入った。ロキンと並んで、ガンバは先頭を歩いていたが
ふと振り返って見ると、独りボーボが遅れている。
「ボーボ!もう腹が減って動けないか?」
ガンバが、からかい半分に声をかけたが…当のボーボはふらふらとした足取りで、様子がおかしい。そして、崩れるように倒れてしまった。
「あ…ボーボ!」
慌ててボーボのもとに、全員が駆け寄って見ると…
「ボーボ、しっかりしろっ!」
ボーボは、赤い顔をして苦しそうに息をしている。
「い…一体、どうしたんだよっ!?」
ガンバの苛立つ声が空しく響く中、ロキンは顔色を変えた。
「ち…ちょっと失礼!」
ロキンは、ボーボの身体をあちこち調べ始めた。そして…
「ま、まずい!これは…」
「な、何がどうしたんだ!?」
「毒虫に、刺されている…」
見るとボーボのしっぽの一部が、紫色に変色していた。ガンバ達の顔に、さっと緊張の色が走った。

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3.危機一髪には、慣れている?

「ど、毒虫って…!?」
「小さなハエ程の大きさの虫です。刺されるとその部分が紫色に腫れ、全身の力が抜けてしまうんです」
「ど、どうして…そのことを黙ってたんだ!?」
ヨイショが、ロキンに怒鳴りつけるように言った。
「それが…この時期に毒虫が現われるなんて…あれは、もう少し涼しくなってくると、この辺りに出没するはずなんです…」
「そんなこた、どうでもいいよ!ボーボは…どうなっちまうんだよ!?」
ガンバは、既に半狂乱気味にロキンに食ってかかる。
「さ、最悪…死に…」
「それで!薬はねぇのかい!?」
ヨイショも、今にもロキンに殴りかからんばかりの勢いで訊ねる。
「薬草があるにはありますが、この時期ではこの辺りにはまだ、生えていないんです」
この言葉に、ガンバ達は愕然とする。
「そ、それじゃ…ボーボは…?」
「しかし、山の上ならこの時期でも、あるいは…」
それを耳にしたガンバは、脱兎の如く駈け出そうとする。
「…ま、待てっ!ガンバ、気持ちは分かるが、具体的な場所も知らずに飛び出してってどうする?」
ヨイショに襟首をつかまれて、じたばた暴れるガンバは
「放せ!ボーボが…ボーボが、死んじまう!」
ヨイショは、グイとガンバを引き寄せると暴れるガンバの頬に、平手を食らわせた。
「……!」
「バカ野郎!まだ、ボーボが死ぬと決まったわけじゃねぇ!それよりも、ボーボを救う手立てを考えて、行動することが大切じゃねぇのか!?」
「ヨイショの言う通りです。ここは、応急処置を施しておきましょう」
彼らの背後から、シジンが出てくると、ボーボのしっぽの『患部』に口を当てて、その周囲から血を吸い出しては吐き、吸い出しては吐きを繰り返した。
仲間達は、ただ呆然とそれを見ていたが
「…これで、少しは毒の回りが遅くなるでしょう。完全ではないですが…」
「そ、それよりシジンは大丈夫かい?」
「ええ。こう見えても、私はしぶといんですよ」
と、笑ってみせた。このシジンの行為に、周囲の空気が少し和んだ。
「さて…その薬草とやらを、誰が取りに行くかだが…」
ヨイショが、腕組みをして言った。
「やはり、島の地理や植物に詳しい、ロキンが…」
ガクシャが言いかけた言葉を、横から遮ったのはイカサマだった。
「ちょっと待った、俺は、反対だな」
ガクシャはもちろん、ヨイショ達もビックリした顔でイカサマを見た。
「な、何でぇイカサマ…」
イカサマは、ちょっと真剣な目でこちらを見ていた。
「俺にはよ、ちっと出来すぎているように思うんだがな…まあ、言い出したらキリねえのは承知だがよ、ロキンが案内を買って出た時からだ。
 単なる親切心にしちゃ、あまりに丁寧すぎる。そして、いざ進み始めたら落石だの、毒虫だのと…タイミングが良すぎねぇかと思ってさ。
 その上よ、俺らをここに置いたままで薬草取りに行くとか言って、トンズラでもされちゃ…」
「イカサマ!そりゃ、言い過ぎだぜ」
慌ててヨイショがたしなめるが、イカサマの斜に構えた態度は変らない。
「まあな…結局、誰が行こうといいけどよ。ただ、これだけは言っておくぜ…ボーボの身に、万一のことがあったら…俺は、おめぇのことを赦さねぇからな!」
イカサマは、横目でロキンを睨み付けるとプイと後ろを向いた。
「わ、悪いな…ちょっと、口の悪い奴でよ…まあ、腹ん中は口ほどでもねぇからよ」
ヨイショが、ロキンに対してフォローする。それに対してロキンは
「いいえ…彼にああ言われても、仕方が無いですよ。ガイド役を買って出ておきながらボーボさんをこんな目に…とにかく、ここは急ぎましょう。
 私は、ここに残ります。どなたか、薬草を」
「俺が行くぜ!ボーボを見殺しになんか、死んでもできるかい!」
当然のように、ガンバが立ち上がった。
「僕も、行きましょう!」
突然、ジュンが立ち上がった。ガンバとジュンがお互いに目を合わせてうなずき合うと、ロキンの方を向いた。
「では、二人に薬草をお願いしましょう」
二人は、薬草の特徴や生えていそうな場所をロキンから聞くと、山頂の近くを目指して猛スピードで駈け出していった。


“…毒虫の毒は、神経毒です。つまり、神経の働きを弱らせて身体の動きを奪っていくのです。そして、最後はそれが心臓や肺の動きにまで及び
 呼吸困難や心臓麻痺を起こすのです。
 幸い…と、言っては何ですがボーボさんが刺されたのはシッポだったのと、先程シジンさんが少し吸い出してくれたので、全身に毒が回ってしまうまでの時間は
 かなり稼げたと思いますが…”
山道を駈けるガンバの頭の中では、ロキンの説明が繰り返されていた。
“薬草は、山頂付近ならほぼ一年中手に入ります。こんな感じの…ギザギザとした葉が特徴で、濃い緑色をしています。そして、それらしい葉を見つけたら
 端を少し齧って見て下さい。吐き出したくなるような苦みがあったら、それがそうです”
ふたりは、一言もしゃべらずに黙々と言われた山道を駆け上り続けた。
“……!”
やがて、ふたりは目印の一つである大クスノキに出た。
「…ち、ちょっと、休もうか…」
ガンバが、息を切らしながらジュンに言った。
「か…かまいま…せんけど、時間は…?」
ジュンもまた、息を切らしながら言った。
「あ、ああ…でもよ、俺たちまでくたばっちまったら…それによ、俺は信じてんだ」
「ロキンさんの言葉を、ですか?」
「まあ、な…俺は、イカサマと違ってバカだからよ。だけどそれ以上に、俺はボーボが簡単にくたばらねぇって、信じてるんだ」
「……」
「いっつも、腹減ったくたびれたって、泣き言ばかり言ってるけどさ…行動が鈍くて、心配ばかりかけるけどさ、俺には大切な友達なんだ。だから…」
ガンバは、目にあふれてきた涙をグイッと拭った。そして
「よし、ともかく急ごうぜ。早いのに、こしたことはねぇ!」
ふたりは、再び指示された道を走り始めた。
“……”
そんなふたりの背中を、じっと見つめる『気配』があったが、当然ふたりは気付かずに走り去っていく。
“ふむ…これは、面白いことになりそうだな”


やがて、ガンバ達は山頂近くの草原に出た。
「…この辺りだな」
「早速、探しましょう!」
ふたりは、手分けして周囲の草を探した。しかし、時期外れと言うこともあるのか簡単に見つからない。それらしい草を見つけても、口にして見ると
ただ青臭いだけで、肝心の薬草とは程遠い感じだった。
“どこだ…?どこにあるんだよ…”
次第に焦りを深めていくガンバ達を嘲笑うかのように、薬草は一向に見つからない。
「場所を間違えたんですかね?」
ジュンも、焦りの色を隠せない。
「いや…そんなことは、ねぇはずだ…」
なおも、半ば自棄気味に周囲を探していたガンバだったが…
「こ、これ…か?」
やがてそれらしき植物を見つけたガンバは、何の気なしにその葉を少し齧ってみた。
「ウッ…エッ!ペッ、ペッ…こ、こりゃ本物だ…」
顔中をクシャクシャにしてしかめたガンバは、薬草を吐き出しながら言った。
「…そ、そのようですね…」
傍らのジュンも、その葉を口にした後で顔をしかめて言った。
「でも…こんだけ、か?」
ガンバは、その薬草がもっと群生している様を想像していた。しかし、実際には足元にちょろちょろ生えているだけ。
しかも、ここでガンバ達は肝心なことを、ロキンから聞いて来るのを忘れていたことに気付いた。すなわち『どのくらいの量が必要なのか』と、いうことを。
「と、とにかく摘んで帰ろうぜ」
ガンバが、かがんでの草を摘もうとした時
“それでいいのか?まだ探し足りていないのでは、ないのか?”
ガンバの頭の中に、声が響いた。
「……!?」
ガンバはビックリしてジュンの方を見たが、ジュンは黙々と薬草を摘んでいる。それにあの声や口調は、ジュンではない。
「……」
試しにガンバは、目の前の薮を掻き分けて奥に入ってみた。すると、それらしい植物が…さっきのよりも、大きな葉のやつが群生している。
「ウゲッ…!ベーッ、ペッペッ…お、おおい…ジュン!こっち…こっち…」
さっきのとは比較にならないくらい、強い刺激と苦みにガンバは思いきり苦い顔をしてジュンを呼んだ。


「こ、これは…これだけあれば、全員が毒虫に刺されても十分助かりますよ」
ガンバとジュンが抱えてきた薬草を見て、ロキンは笑って言った。
「さあ、ボーボ君にこれを飲ませないと」
「お手伝いしましょう」
ロキンとシジンが、手際良く薬草からエキスを絞り出し、それを濾して薬を作った。
「ちょっと刺激が強いが…我慢して下さいね」
ロキンが、ボーボの口に薬を流し込むと、それまで揺すっても声をかけても反応が鈍くぐったりしていたボーボの顔が急に険しくなり、身体がバタバタと動いた。
「大丈夫、大丈夫…」
ロキンは、ボーボに言い聞かせるように残りの薬も全て口に流し込んだ。
「……」
しばらくボーボは身体をバタバタさせていたが、やがて静かになった。そして、顔色にはっきり変化が現われて、血の気が戻ったように見えた。
「もう、これで大丈夫でしょう…」
ロキンの言葉に、全員ホッとした。特に、ガンバとジュンは緊張と疲れからか、その場に座り込みそのまま眠ってしまった。
「よっぽど、疲れてたんだな…」
ヨイショは、ふたりの寝顔を見て呟くように言った。
「ま、何にせよボーボが回復して、ふたりが目覚めたら出発だな」

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4.紫の洞窟

「……」
ガンバ達は、目の前に口を開けている洞窟を見つめていた。
ここが、旅の終着点なんだと思うと、自然と彼らの表情が引き締まってくる。
「まさに、ここは『紫の洞窟』であるな…」
ガクシャが、メガネを持ち上げて周囲を改めて見渡しながら言った。
確かに、洞窟の奥は不気味に暗い穴だが、入口の周囲の岩は太陽の光に反射して濃い紫色に光っている。
「あれは、岩に付いた苔が光っているのです」
ロキンの説明に、ガクシャは興味深そうに岩を見るが…
「ガクシャ…」
ヨイショが、ガクシャの肩に手をかけた。
「分かっているである…」
ガクシャはちょっと面白くない顔をしたが、ヨイショの制止に従った。
「で…ラモジャのお宝は、この奥にあるんだな」
ガンバが、洞窟の奥を見つめながらロキンに確認するように言った。
「ええ。しかし…」
歯切れ悪いロキンの言葉に、ガンバはちょっと渋面で振り向く。
「な、何だよ…ここまで来て」
「いえ、私は今まで大勢ここまで案内してきましたが…今まで誰も、肝心のお宝を発見できていないのです」
「何だって!?」
「ど、どういうことだい?」
ガンバとヨイショが、思わず大声を上げてロキンに食ってかかる。
「つ…つまりですね、今まで誰も、あの謎を解いた者がいないのです…」
ロキンが指し示した岩には、何か文字が刻まれていた。

宝を求めし者たちへ

それは、ふだんは目に見えぬものなり

それは、一つでも十分に価値あるものなれど、たくさんあってもなお良いものなり

それは、なくし易くも得難きものなり

ガンバ達は、思わず顔を見合わせた。
「ふだん、目に見えなくて…」
「一つでも、たくさんでも価値があり」
「なくしやすくて、手に入れにくいもの…?」
ガンバ達は、首をひねっていたが
「ま、まあ…ひとつ、中に入ってみましょう。案外、答えが見つかるかも知れません」
ジュンの言葉に、彼らは気を取り直した。
「さて…松明でもあれば良いのであるが…」
ガクシャは、洞窟の周囲を見渡したがそこには適当な植物がない。
「仕方ないな…俺が先頭に立つぜ。あとのみんなは、お互い身体の一部を掴んで…一列になって進むことにしようぜ」
ガンバの提案で、彼らは縦列をつくった。
「それじゃ、でっぱつといこうか!」
ガンバは、意気揚々と仲間を促した。中は、思ったより狭くもなく頭がつかえることもなかった。そのため、ヨイショやボーボも身体をかがめたりすることなく
歩けたが一方で、中は思ったより暗かった。
彼らは、お互いにシッポや手を取って歩いていたが、ひとりがつまづくと全員が転びそうになり、四苦八苦しながら進んでいった。
「おい…明るい場所だ」
ガンバは、先の方から明かりが漏れているのに気付いた。
「……」
そこは、やたらと広い空間だった。そして、天井部分がはるかに上にありそこから陽の光が射し込んでいた。決して眩しいほどの明るさではないが
暗闇に慣れた目には、そこは昼間のように明るく見えた。
「…行き止まり、みてぇだな」
ヨイショが、周囲を慎重に窺いながら呟いた。確かに、周囲は岩壁に囲まれた殺風景な空間だった。そこには『何か』あるわけでもなかったし
また『誰か』がいる気配も全くなかった。
「な…何でぇ、ここは?」
ガンバが、やや拍子抜けした声で率直な感想を口にした。仲間達も、ちょっと困惑気味に周囲を見渡していた。すると、ガクシャが足元に気付いた。
「これは…何かの模様のようですな」
そして、何かを発見したように
「こ、これは…ラモジャの紋章のダイヤ型!床一面に、びっしりだ」
確かに、床一面にダイヤ型の模様がびっしりと並んでいた。
「本当だ…こりゃ、すげぇや」
ガクシャは、早速四つん這いになって模様の一つ一つを調べ始めた。ガンバ達も、それにつられるようにしゃがみこんで、模様を眺め始めた。
しかし、イカサマはそんな彼らの様子を、馬鹿馬鹿しいと言った顔で見ていたし、ボーボもそこから食べ物が出てくるわけでもなく、手持ちぶさたな顔をしていた。
すると…
“良くここまで辿り着いたな…『冒険者たち』よ”
突然、周囲に声が響いた。その声に、全員がビックリした顔を上げた。
“こ、この声は…?”
そう、彼らはこの島に着いてから何かの折りに、この声を聞いていたのだった。
「ああっ…!」
忠太が悲鳴に似た声あげて指差した方には、光る目で無表情にこちらを見ているロキンの姿があった。
「ロ…ロキン…!?」
“私の名は、ラモジャ…勇気ある者たちよ、よくぞここまで辿り着いたな”
「あ…あ…!?」
事情が呑み込めずに、唖然としているガンバ達に目の前のロキンは言葉を続ける。
“私は、既に魂のみの存在だ。お前達と話をするのに、ロキンの身体を借りたまで。さて…私が後世に遺し宝についてだが…”
ラモジャに乗っ取られた格好のロキンは、ガンバを指さして
“おまえ…ガンバと言ったな。どうだ、私の宝の意味が分かったかな?”
「い、いや…その…あ、あのう…」
急展開の上、突然の指名にガンバは冷や汗が吹き出し、しどろもどろの返事しかできずにいた。
“どうやら、まだ十分に理解できていない様子だな。他の者は、どうだ?”
ロキンは、彼らを一様に見渡した。
「……」
彼らは、誰もが指名を避けるように視線を逸らしている。
“よろしい。では、今一度私の遺し宝の意味、考えてくるがいい”
ロキンが、スッと右手を上げると…
「ワッ…!?」
ガンバの足元の模様が、大きなダイヤの形になって光ったかと思うと、ガンバはその中に音もなく吸い込まれていった。
そして、他の仲間達も声を上げる間もなく足元がダイヤ型に光ったかと思うと、次々と吸い込まれていった…!


「…ここは、どこだ?」
ガンバは、気がついた時に草原の真ん中で仰向けになっていた。雲が空を流れていって、心地良い風が吹いている。
「……!」
ふと、ガンバは起き上がって辺りを見回した。しかし、辺りには仲間はもちろん誰も…虫一匹いる様子がなかった。
「おーい!みんなーっ!」
ガンバは大声を上げてみたが、その声は風に乗って消えていった。
「ちぇっ…」
こんなことは初めてではないが、ガンバはちょっと寂しさと苛立ちを覚えていた。
「せめて、ボーボだけでも…」
ガンバはちょっとふてくされたように座り込むと、憮然としていた。すると、ラモジャが言った言葉が脳裏に浮かんだ。
『今一度私の遺し宝の意味、考えてくるがいい』
「ま、まさか…その意味が分からねぇと、帰れねぇのかよ…?」
ガンバは、慌てて頭を巡らせ始めた。
“ええと…ふだんは見えなくて、ひとつでもたくさんあっても良くて…ええと、なくしやすくて、手に入れにくい…?”
眼を閉じ、腕を組み、前歯をギュッと噛み締めて、ガンバは必死に考えたが…
「ワーッ!分かんねーっ!」
大声を上げると、その場に大の字になって横たわった。
「大体、ガクシャも分かってないってのに…俺になんか…」
と、そうだそうだと言わんばかりに、腹の虫が合唱した。そして、計ったようにどこからかいい匂いが漂ってきた。
「……」
ガンバが、ふらふらとその匂いにつられて歩いていくと、いつの間にかネズミ達が宴会を開いているところへ出っくわした。
「おお…どうぞ、どうぞ。あなたもこちらへ!今日は、めでたい日ですから」
そのうちのひとりに招じ入れられたガンバは、遠慮がちに座に加わった。
「で、これって何のお祝い…なんですか?」
ガンバの問いかけに、相手は酒に酔った赤い顔をして
「何って…この島一番の美人、潮路さんの結婚披露宴じゃないですか」
「な…何だって!?」


一方、洞窟の中ではロキンの身体からスーッと何かが抜け出た。
いつもの姿に戻ったロキンは、目の前にガンバ達がいなくなっていることに、少しも驚かないし不思議な顔もしなかった。
“…ロキンよ”
背後でラモジャの声がすると、ロキンはゆっくり振り返った。
「はい、ご先祖様」
“おまえは、どう思う?彼らは、宝の意味を理解し得るであろうか?”
「私は、そうだと思います。少なくとも、今までの欲に目が眩んだ連中に比べて、はるかに可能性があると…」
“…そうだな。あのジュンと言う若者も、私の血を引く末裔であるとのことだが、なかなかいい目をしているではないか”
「それにもうひとり、忠太と言う若者もではないですか?」
“うむ…”
洞窟の中では『ふたり』の、奇妙な会話が続いていた。

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第7章・完(?)

第6章へ目次へ戻るまだまだ続く