第7章 紫の洞窟に眠る伝説 …の続き

5.お宝の「意味」

「おまえって、ホント情けねぇやつだよな」
「よくそれでラモジャの子孫だなんて、言えるよな。感心するぜ」
自分を取り囲む連中に、次々と罵声を投げつけられていたジュンは、いきなりそのなかのひとりに食ってかかった。
「何だよ、この手は…え?」
しかし、相手の胸ぐらを掴んだその手は逆に相手に握られて、力任せに剥ぎ取られ締め上げられてしまう。
「痛てて…く、くそう…」
「まだ、抵抗する元気が残っているようだな」
たちまち、ジュンは連中に袋叩きにされてしまった。その場にうずくまったジュンは、無残に顔が腫れ血まみれになっていた。
「う、うう…」
自分自身、要領は良くないし手先が器用でもない。腕っ節も…ケンカは殴られるのも、殴るのも嫌いだ。かと言って、特に頭が良いわけでもない。
だから、いつも仲間に馬鹿にされる。
「……」
こんな顔を、親に見せたら嘆き悲しむのは分かっている。しかし、自分にとってはそんな親の顔よりも
『おまえは、伝説の海賊・ラモジャの末裔なんだぞ』
この一言の方が…すなわち、自分に駄目な奴という烙印を押されることの方が、より辛かった。
そんな自分を、フォローしてくれたのは母親だった。
『あなたは優しいし、誰よりも思いやりの心を持っている。思いやりの心を大切にすれば、いずれ良い意味で返ってきますよ』
怪我の手当てをしながら、母親はいつもこの言葉を繰り返した。
『……』
しかし、自分にはそんな母親の言葉は気休めにもならなかった。自分に欲しいのは、奴らをひれ伏せさせる『何か』だった。
腕でも知識でもない。端的に、見せるだけで威張れる“何か”…そんな自分にとっては『ご先祖の遺したお宝』こそ、絶好の存在だった。
絶対にそれを探し出してやる…そんな『意地』が、彼の原動力であり母親の制止を振り切らせたのだ。しかし、今その心がぐらついている。
遠くに、母親が寂しげな表情でこちらを見ていたからだ。


「チッ…あいつら、派手にやりやがったぜ…」
住処に戻ってきたイカサマは、全身傷だらけだった。と言うのも、前に賭場で巻き上げたチンピラ連中に取り囲まれ、立ち回りを演じてきたからだ。
イカサマは、こんな事態には慣れているとばかり、独りで傷の手当てを始めた。と、住処の入口に遠慮がちに立つ影が…
「…何でぇ、おめぇか」
イカサマの素っ気無い挨拶にも関わらず、その影…イカサマと同じ歳くらいの女性だった…は、住処に入ってきた。
「イカサマ…また、やったのね?」
「ヘッ、大したことねぇよ」
「でも…あなた、この町に来てからずっとそうじゃない。博打とケンカの日々よ。どうして?どうして、もっと真面目に…」
すると、イカサマはその言葉が癇にさわったのか、塗っていた薬が傷にしみたのか、ちょっと険しい顔をした。それを見た彼女は、言葉が出てこなくなり
そのまま住処を後にした。
数日後、例のチンピラ連中はイカサマをおびき出す手段として、件の女性を強引に連れて行った。
要は『彼女を助けたければ、独りで来い』と、言うわけだ。これには、イカサマも激怒した。そして、指定の場所に行くと待ち構えていた十数匹のチンピラを相手に
それまで以上の大立ち回りを演じた。自分もひどい怪我を負ったものの、連中をことごとく叩きのめした。
「…大丈夫かい?俺のせいで、ひどい目に遭わせちまったなあ…」
彼女は、首を振った。
「わたしはいいのよ。それより、イカサマこそわたしのために…ひどい怪我…」
「へへ、勘違いするない。俺はよ、ああいう女をさらっておびき寄せる罠にしようっていう、あいつらの…シッポがねじ曲がった根性が、でぇっきれぇなのさ。
 前から奴らとはシッポが合わねぇし、これを機会に叩きのめしたまでよ」
今思えば、あいつは俺に対して損得だとか打算抜きで、俺に接してきたっけ…俺は身寄りのない風来坊で、あの町もすぐに出て行くつもりだったから
冷たくしたまま別れも言わずに…
“だけど、こりゃどういうことなんだ…?”
そう、イカサマはこれら過去のシーンを客観的に見ていたのだ。あたかも、映画に出ている自分を見ているかのように。
果たして、それが何を意味するのか?お宝との関係は…?


「やれやれ、何が何だか…嫌な世の中だぜ」
ヨイショは、仏頂面で座っていた。それも、軟禁状態と言った感じで。
「まあ、無関係の奴らにいつもの調子でやっちまったのは、確かだけどよ…」
『何て常識知らずなの!』
『有無を言わさず、暴力に訴えるとは…』
『唾棄すべき野蛮行為ですな。恥を知りなさい』
「うるせぇっ!」
ヨイショは、周囲から自分に向かって刺さってくる声を振り払うかのように、大声をあげた。
『…てめぇら、いい加減にしやがれ!』
ヨイショが怒ったのは、目の前の連中の行為があまりに腹立たしかったからだ。
『ったく、これだけのネズミが歩いている中を傍若無人に突っ走るわ、すれ違う時譲り合うこともしねぇで、肩をぶつけて平気な顔をしているわ
 平然とゴミやら煙草やら捨て散らかすわ、こっちが道譲っても会釈のひとつもしねぇわ…
 一体、どういう躾をされたんだか…相手のことを気遣う、お互い様の気持ちは、海の上じゃとても大切なものなんだ!それは、陸の上でも変りはしねぇだろうか!
 ったく、相手への気遣い一つ理解出来ねぇなんて…てめぇらにゃ、常識ってもんがねぇのかっ!』
しかし、彼らはキョトンとしている。何で自分達が怒鳴られているのか、理解していない様子だった。その様子に、ヨイショはヒートアップ…
『口で言って分からねぇのなら…!』
たちまち、ヨイショの右手が連中の頬を張った。最早、見境が付かなくなっていただけに、容赦ないビンタに彼らはあっさり『KO』されてしまった。
たちまち、周囲に悲鳴が響く。
『おいっ、君っ!』
ヨイショは、たちまち男達に押さえられてしまった。
「ヘッ、あいつらときたら…俺のことを、常識知らずの暴漢扱いしやがって…どっちが常識なしだか」
怒りが簡単に収まりそうにないヨイショだったが…
「でもまあ、俺もやりすぎちまったなあ…お互い様の気持ちは、海の上でも陸の上でも同じだなんて言っておいてよ、見ず知らずの奴にビンタを
 食らわせちまったらなあ…相手への気配りを言う資格無しだな…俺には死ぬほど歯がゆいが、これがあいつらの『常識』ってやつなんだろう…」
ヨイショは、ゴロンと横になると眼を閉じた。


「…こ、これは…?」
忠太は、目の前の光景が信じられなかった。故郷の島は、すっかり荒れ果てていたからだった。
「まさか…また、イタチが?」
嫌な予感が頭をよぎったが、冷静に見てみると力ずくで荒らされたのでなく、放置されたままのようだ。
「でも、一体どうして…?」
忠太は、急いで住処へと戻ったが…
「し…潮路姉ちゃん!?」
とても誰かが棲んでいるとは思えないほど荒れた住処の片隅で、じっと横たわっていたのは、紛れもなく姉の潮路だった。
「ち…忠太…なの?」
ゆっくりこちらを向いた姉の姿は、見る影なくやつれている。
「ど、どういうことなの?一体、これは…」
あまりのことに、言葉を失って駆け寄る忠太に潮路は辛そうな顔をした。
「…仲間は、もうバラバラなの。誰も、まとめる者がいないのよ…グループが形成されて、お互いに縄張り争い。私や一部の仲間が、みんなをまとめようと
 したけれど…結局、ダメだったわ」
「姉ちゃん、こんな身体になるまで…?」
忠太には、姉が自分の身を削っても仲間をまとめようと奔走していたことが、容易に想像できた。
「私はいいのよ…でもね、あのノロイの脅威から島をここまで立て直した仲間が…こんなことでバラバラになるなんて…」
姉の頬をつたう涙を見て、忠太も涙をこぼした。
「でもね、僕やっとのことでラモジャのお宝を発見したんだよ。これさえあれば、きっと仲間達を元に戻すことができる…」
忠太は、自慢げにその『お宝』を姉に見せた。しかし、潮路は喜ぶ顔は見せないでかえって表情が曇った。
「ま、待って…忠太!あなた、それの使い方は…良く分かっているの?」
姉の心配そうな声に、忠太は笑って
「大丈夫だよ。もう僕は、姉ちゃんが思っているほど子供じゃないよ!」
潮路には、表へ駈け出していく忠太を引きとめる力はなく、弟の無事を念じることしかできなかった。


ガンバは、目の前で繰り広げられている宴をただぼんやり眺めていた。踊りの輪に加わるわけでもなく、並べられたご馳走を口にするわけでもなく
その場に固まったままでいた。
ふと気付くと、肝心の『主役』がいない。ガンバがそのことを、そばにいたネズミに聞こうとした時…
「……!?」
座が、ワッと盛り上がった。見ると、向こうから誰かがやってくる。
「潮路…さん…?」
潮路は、真っ白な布で全身を覆っていた。そして、うつむき加減の顔をこれもまた白い布でかぶせていた。
不思議なのは、傍らの新郎がどんな奴なのか…顔が見えないのだ。ただ、自分より背が高く華奢な感じの男である。
ふたりは、並んで歩きながら周囲の仲間達に、挨拶をして回り始めた。
ある者からは心からの、またある者からはからかい半分に、祝福の言葉を受けるふたり…やがて、ふたりはガンバの前に立った。
「あ…」
ガンバは、喉まで出ている言葉を口から押し出せずにいた。そうこうしているうちふたりはガンバに背中を向けてしまった。
“だ、駄目だよ…俺は…俺は…”
ガンバは、必死に言葉を押し出そうとした。しかし、ふたりの背中はあっという間に小さくなっていく。
「だ…駄目だ…行っちゃ駄目だよ!お、俺…君のことが、君のことが!」
ガンバは、思わず目に涙を浮かべて叫んだ。すると…
「……!?」
あれほど賑やかだった宴が、ピタッと静まり返った。そして、集まっていたネズミ達から笑顔が消えた。
「なっ…?」
ガンバが、ビックリして周囲を見渡していると、ひとりまたひとりと集まっていた彼らの姿が、煙のように消えていく。
そして、潮路も…
「あ、あああ…?」
そして、突然眩しいくらいの光が目の前に広がって…


「あ…ここは…?」
いつの間にか、洞窟の中の例の場所にいた。見ると、ヨイショ達仲間も全員戻っている。
その様子に、ガンバがちょっとホッとしていると
“さて…私の遺し宝の意味、分かったのかな?”
ロキンの身体を借りたラモジャが、問いかけてきた。すると、シジンが静かな声で答えた。
「それは、他の者を思いやる気持ち…すなわち『情』ですね」
それを聞いたラモジャは、深くうなずいた。
“その通りだ。友を思う友情、大切な者を思う愛情…見ず知らずの者でさえ情を以って接することが大切だ。私は、かつて海を舞台に冒険を続けた。
 そこで、身を以って感じたのはこのことだ。そして、情を持って接すればきっと情で返してくれる…
 しかし、現在はどうだ?私が遺した宝の意味は歪曲され、争いを生み、血が流れる始末だ。誰もが、他の者を思いやる、ほんの些細な気持ちを失い
 躾の意味を理解していない…情と言うものは簡単に失われるが、育てるのは難しいと言うのに…嘆かわしいことだ”

ラモジャの言葉に、ヨイショやガクシャもうなずいて聞いている。
“しかし、お前達は違ったようだ。真の冒険者の心を持っている…だが、冒険とは危険を冒すだけではない。たとえ、どんなに困難な冒険をしても
 生きて帰ってきてこそ初めて、それが冒険として認められると思う。冒険者は、流浪者ではない。生きて帰った自分を、迎えてくれる者がいてこそだ…”

その言葉に、ガンバは何かに気付いたようにハッとした。
“そして、これが私の遺した宝だ…”
彼らの目の前に、木箱が現われた。そして、その蓋が静かに開くと…
「これは…!」
その中には、弓矢をかたどった飾りが入っていた。
「これこそ、ラモジャの胸に輝いていたと言う『紅き矢』ですな…」
ガクシャが、ため息をつくように言った。
「でも、かなりの年代物だな…」
ヨイショの言葉通り、それはかなりくすんだ色をしていた。
「ジュン、手にしてみろよ」
ガンバに促されて、ジュンは恐る恐るそれを手にした。すると…
「……!」
それは、真っ赤に色に変り鮮やかな光を放ったのだ。彼らは、驚いて交互にそれを手にしたが、ジュンが手にした時ほど鮮やかな光は放たない。
「うん、やはりこれはジュン君が持つべき物だよ」
最後にシジンが、そう言ってジュンにそれを手渡した。
「こ、こんな僕でも…」
ジュンは、自分の手のひらで鮮やかに光るご先祖のお宝を見て、思わず涙ぐんだ。

トップへ

6.旅の終わり

船の霧笛が、腹に響くような音を立てた。
「…到着するようだな」
ヨイショの言葉が、この旅が事実上の終わりであると告げていた。
「…思えば、今回の旅はここが出発点だったんだなあ」
ガンバが、呟くように言った。
「そうであるな。忠太君が、この港町でラモジャのお宝についての、例の古文書を手に入れなかったら、我々の旅はなかったであろうな」
ガクシャも、この旅を振り返るように言う。
「ま、何にせよ今回も、なかなか面白い旅だったじゃねぇか。なあ?」
イカサマの言葉に、みんながうなずく。
「この手で二、三発殴っておきたいのもいたけどな?」
ヨイショが、ちょっと意味ありげに口元に笑いを浮かべて、ガンバに言った。
「ヘッ、殴る前に二度と会いたかねぇや…」
ガンバは『チェッ』と言う顔をして、吐き捨てるように言った。それを見て、仲間達が思わず苦笑する。
「さて、降りるとするか?」
やがて、船は港に接岸した。彼らは、人間達が積荷の上げ下ろしに忙しくしている横をすり抜けて、港へと降りた。
そしてヨイショとガクシャが港を駆け回って、船の情報を手に入れてきた。
「俺らの方角に向かう船は、明後日の早朝にここを出るようだ」
「そして、ジュン君の方角への船は明日の夕方、ここを出る船がある」
「それじゃ、今夜は旅の締めくくりのパーティーといこうぜ!」
ガンバが無邪気に声を上げると、ボーボがたちまち張り切り出した。彼らはその後めいめいに港町に散った。
そして、夕方に再び集合すると港ネズミを巻き込んでの、大パーティーを始めた。彼らの冒険話に、座は大いに盛り上がり深夜までその騒ぎは続いていた。
「そうなんだ…この古文書を忠太君に手渡したあの老ネズミは、見つからなかったのか…」
「ちょっと、心残りなんですけどね…」
「僕もさ。冒険の報告をしたかったけどなあ…」
ジュンと忠太は、お互いにこんな会話を交わしていた。

「…あ、痛ててて…くそう、二日酔いとは…俺も、歳か?」
翌朝、宴の後は少々悲惨な事態になっていた。
「少々、無理しすぎたようであるな。ヨイショも、自制せねば」
ヨイショは、ちょっと苦い顔でガクシャを見たが…
「てやんでぇ…おめぇこそ」
当のガクシャも、蒼い顔をしている。
「ふたりとも、飲み過ぎと騒ぎすぎだよ」
シジンは、笑いながらふたりに言った。そのシジンはと言うと、いつもより酒臭いが顔色はしっかりしている。
「ふたり、だけかい?」
ヨイショが、ちょっと皮肉な口調で言った。
「あれは、重症患者だな…」
シジンは、後ろを振り向いていった。そこには、だらしなく横たわるガンバが。
「あ…あ…目が…陸の上なの…に、船酔い…?地球が回ってる…」
「ガンバ…大丈夫かなあ?」
「へへ、ふだん酒なんか飲まねぇのに、調子に乗るからだぜ。それよりもボーボ、今度はどっちだい?」
「ん…今度こそ『半』!」
「よし、勝負!…ピンゾロの『丁』!」
やがてジュンが乗る船が出港する頃には、ガンバもだいぶ回復していた。
「それじゃ…皆さん、お元気で」
「ああ。元気でな」
「さ、さようなら…」
「また、どこかで逢えるでしょう」
「楽しかったぜ、あばよ…」
「また、一緒に冒険しようぜ!」
「ご先祖のお宝は、大切にね…君には勇者の血が、流れているのですぞ」
「さようなら、お元気で…」
互いに、別れの挨拶を交わしているうちに、船がアンカーを引き上げる音が聞こえてきた。
「それじゃ、皆さん…本当にありがとう!また、どこかで…きっと逢いましょう」
「おめぇも、立派な『冒険者』だ。どこかで、きっと逢えるだろうぜ!」
ガンバ達は、ジュンの乗る船が小さくなるまで見送った。


翌朝、ガンバ達は夢見が島方面に向かう船に乗った…はずだった。
「…ったく、最後の最後で!」
腕組みしたヨイショは、見下ろすようにガクシャを睨んだ。
「…面目ない…」
小柄なガクシャが更に小さくなって、うつむいている。
「まあ、そう怒るなよ。ヨイショらしくねぇ…」
さすがに、ガンバもちょっと苦笑しながら仲裁に入った。
「そう言うこと。旅にちょっと遠回りは、つきもんだぜ」
珍しく(?)イカサマが、ガクシャを擁護するような発言をしたので、ヨイショもちょっと毒気を抜かれた様子で
「…しょうがねぇなあ」
両手を挙げて、ちょっと肩をすくめるような格好をして去っていった。
「でもさ、こんど立ち寄った港町でまた、何か宝捜しのきっかけになるようなことが起きたりしてな」
ガンバは冗談半分に言った言葉だったが、仲間の反応は冷たかった。
「ガンバ…おめぇ、ラモジャのお宝の意味がまだ分かってねぇみてぇだな…」
イカサマが、ちょっと馬鹿にしたような口調で言う。
「…んだよぉ、その言い方!」
ガンバは、鋭く反応するが…
「じゃあ、その意味が分かってんのかい?」
「そりゃ…その…」
ガンバにとって、それは『分からない』のではなく『ここでは言いたくない』ことだと言うことは、当人もイカサマも分かっていた。
「はっきり言っちまえ、ってことだろう?」
だんだん、イカサマの言い方がストレートになってくる。
「な…何を、だよっ!」
ムキになったように大声を上げたガンバの耳元で、イカサマは何事か囁いた。
「バッ…バッカ野郎!」
たちまち顔を赤くしたガンバは、イカサマを叩くように手を出したが、イカサマはそれを軽くかわすと、片目をつぶって舌を出した。
「あ、あいつ…」
後には、事情を分かっているシジンと、うすうすそれが分かってきた忠太と、何も分かっていないボーボが、それぞれガンバを見ていた。

結局、ガンバ達が夢見が島に着いたのは、予定より半月ほど遅れてだった。
「これも、ガクシャが船を間違えるわ、イカサマがつまらねぇイザコザに巻きこまれるわで、遅くなったんだぞ!」
ヨイショは、そのために相当ご機嫌がナナメであった。それでも、潮路さん達の前で仏頂面は見せられねぇと、必死に感情を押し殺している。
「さあ、行こうぜ」
ヨイショを先頭にして、彼らは島ネズミ達の住処へと向かった。やがて、森の中に見覚えのある光景が…
「さあ、忠太…姉ちゃんに挨拶してきな」
ヨイショに促されて、まずは忠太が住処へと入った。それから少しすると、住処の中から、忠太と潮路が出てきた。
「まあ…皆さん、ご無事で…お帰りなさい」
潮路の笑顔に、彼らはホッとした笑顔を見せた。

トップへ

7.ガンバ、一世一代!

ガンバは、紫の洞窟を出た時からある決意を胸にしまっていた。
“…今度は、伝えるんだ。大切な相手に、この想いを”
しかし、その決意はちょっとしたことでグラつくのも、事実だった。
“まさか…もう、約束した相手がいたりして…?ダメダメ、そんな弱気でどうする!シッポを立てて、ドーンと当たりゃ…”
すると、ガンバの心にイカサマの声が割り込んでくる。
“でもよお…当たって砕けちまったら、元も子もねぇぜ?”
「うるせぇっ!」
ガンバは、思わず大声を上げた。そして、ハッと気付くと仲間達が怪訝そうな顔で自分を見ていた。現実に戻ると、そこは船の中だった。
「な、何でも…ないよっ!」
ガンバは、逆にムッとした顔を仲間達に見せた。
「何でぇ、変なガンバだぜ…」
ヨイショが、少し呆れた顔でガンバに背中を向けると、仲間達も元通りに思い思いの姿勢になった。
「……」
ガンバは、頭の後ろで手を組んで仰向けの姿勢になると、天井を見上げながら再び物思いにふけり始めた。
“だけど俺、今まで経験ないものなあ…まして、俺にとっても一世一代ってやつだし…それでダメだと、ショック大きいよな…”
ガンバは慌てて眼を閉じると、弱気な気持ちを振り払うかのように首を振った。
“あーっ、もう!いっそのこと…”
半ば自棄に似た気持ちになったガンバは、その『いっそのこと』の次の行為を想像して、独りで顔を赤くした。
“じょ、冗談…じゃ…だよ”
ガンバは気付いていなかったが、いろいろ想いを巡らせるたびにその表情は様々な変化を見せていた。
笑ったり、眉間にしわを寄せたり、目尻が下がったかと思えば、澄ました顔になったり…
“やっぱり、相談してみようかな…ヨイショやイカサマと違って、口は堅いから…それに、いろいろ経験もしているようだし”
ガンバは、身体を起こすとお目当てを捜した。


「何だい、ガンバ…話というのは?」
シジンはいつもの口調で、ガンバに問いかけた。
「あの…さ、シジンは、いろいろと…その…経験しているだろうから…」
シジンは、ガンバにちょっと笑って見せた。
「ずいぶんと、肩に力が入っているようだね…」
「えっ…?」
「それでは、相手も息が詰まってしまうよ」
「で、でも…俺…」
「もっとリラックスして、気さくに話を始めないと…」
シジンのアドバイスに、ちょっと考えていたガンバは
「いやあ、どもども。今日は、またいい天気ですねー、アハハハ…」
本人は、気さくに明るく振る舞っているつもりなのだろうが…シジンは、眼を閉じ首を軽く横に振った。
「ダメ…かい?」
ガンバの声が、思わず細くなる。
「ガンバ…たとえ、相手の返事がどうであれ、まずは君の気持ちを…相手に対するガンバの素直な気持ちを、ありのまま伝えるんだ。遠回しな言い方や態度は
 相手に失礼なだけだと思うよ」
ガンバは、シジンの言葉を一つ一つ受け止めていた。
「…好きなんだろう?いや、もう好きとか嫌いではなく、生涯大切にしたいと思う相手なんだろう?それに気付いたのなら自分の想いを包み隠さず
 相手に渡してみてごらん。私だってね、ナギサに自分の気持ちをどう伝えたものか、いろいろ考えた。でもね、どんなに素晴らしい詩が浮かんでも
 それを口にするとわざとらしい言葉の羅列に過ぎないと、分かったから…何の飾りも付けずに、自分の気持ちを伝えたよ」
ガンバは、シジンの『アドバイス』に、小さくうなずいた。シジンは、それを見てちょっと満足そうに笑って見せると、その場を後にしようとした。
「あ、それから…これは、僕の勝手な想像だけどね…きっとその相手は、ガンバの素直な想いを、待っていると思うよ…」
背中越しにシジンは、ガンバにエールを送った。そして、元の場所に戻ろうとすると、物陰に気配を感じた。
シジンは、軽く咳払いをすると
「あなた方も、誰かに想いを送ってみてはどうですか?その前に、物陰に隠れての立ち聞きは、趣味が良くないですね…」
物陰からはメガネと大小三つの目が、シジンの方を向いていた。


「…って、言うわけなんだけどさ」
夢見が島に戻った日の翌日、ガンバはボーボとふたりだけになると意を決して話し始めた。
「ボーボは…どうなんだい?」
ガンバは、ややうつむき加減に言った。しかし、ボーボの口からすぐに返事は出てこない。しばらく間を置いて、ガンバはそっとボーボの顔を覗き込むように見た。
「お、おいらは…ガンバと一緒だよ…いつでも…」
ボーボは、改まって訊ねてきたガンバの真意が分からないと言った顔でいた。
「ありがとう…ボーボ…」
だから、ちょっと涙ぐんでしまったガンバのことを、ボーボはキョトンとした顔で見ていた。一方ガンバは、これで肩の荷が一つ下りたから、いつも以上に
快活な笑顔を見せた。
“良かった…ボーボが納得してくれて”
自分達には、既に帰る場所がない。かつて棲んでいた街は、あまりに変りすぎた。仲間の所在は分からなかった。これまで、いくつもの冒険を重ねてきたが
自分達が町ネズミであると言うことは、彼らの根底にあった。まあ、自分はいざとなったらば流浪の生活も悪くないと思っている。
いつか老いたら、どこかの土地で落ち着けば…と思っていたが、そんな考えの根底には『いざとなれば、帰る場所がある』と、言う気持ちがあったのは事実だ。
“……”
それが崩れてしまった現実から逃げ出すように旅立ったものの、その旅も終わりに近づいている。自分はいいが、しかし…
「…おいらね、紫の洞窟で分かったんだよ。おいらには、やっぱりガンバが必要だって…おいらには、大切な友達だもの…だから、そばにいて欲しい。
 おいらもそばにいたいよ…」
ボーボは、ちょっと思いつめたように言った。そして、自分の顔をまじまじと見るボーボの顔を見て、ガンバは『あの時』ボーボがどんな状況だったのか理解した。
そして、ボーボにとって『かけがえのない存在』を認識したのだろう。
「ありがとうボーボ…俺も、ボーボと一緒さ。いつまでもさ!」
ボーボは、ちょっと照れくさそうに笑った。しかし、心からの笑顔だった。
“あとは…自分の気持ちを伝えるだけだ!”
ガンバは、自然とシッポに力が入った。

ガンバはその日の夕方近くになって、潮路と共に出かけた。潮路を連れ出す口実をガンバはいろいろ考えた末、シジンのアドバイスに従った。
『ふたりだけで、話したいことがあるんだ…』
しかし、それをどの場所でするかまでは考えていなかった。ガンバは、フラフラと歩くうちに長老らの墓碑がある、例の岩穴のところまでやってきた。
「……」
水平線に夕陽が沈もうとしていた。それを見た潮路は
「…きれいな、夕陽ね」
「う、うん…」
ガンバは、夕陽に染まる潮路の顔を見つめながら言った。
「で、でさあ…」
ガンバは、一呼吸置くと慌てて切り出した。ガンバには、潮路が今にも『ところでお話って?』と切り出しそうに思ったのだ。
「なあに?」
「あ…あの夜のこと、お、覚えてる…かな?」
「えっ…?」
「ほ、ほら…ノロイとさ、最後の戦いをおっぱじめようって、あの夜…」
ふたりの脳裏に、記憶が鮮やかに蘇えってくる。
「お、俺…い、い、今ごろに…なっちゃったけど…その…俺…君と一緒に、ずっと一緒に暮らしたいんだ!俺、潮路さんが…」
眼をつぶって大声を上げたガンバは、ふと潮路の顔を見て押し黙った。潮路は自分のことを潤んだ瞳で見ていたからだった。
「…好きだよ、愛しているんだ…」
ガンバは、急に失速してブツブツ呟くように言った。もしかして…と言う気持ちがガンバの心を支配する。
「…ありがとう、ガンバ…」
「えっ…?」
「私も、ガンバなら…いいえ、こんな私で良いのなら…」
ややうつむき加減に、呟くように言う潮路にガンバは
「と、と…んでもないよ!俺…やっと分かったんだ。俺にとって、一番大切なのは誰か、って…ゴメン、今頃になって気付いたんだ…だから、その…」
「いいの。気付いてくれただけでも、嬉しいの」
見つめ合うふたりの顔は、夕陽に照らされてますます赤く染まっていた。

その夜、潮路は忠太に事の次第を話した。
「姉ちゃんがそれでいいなら、僕には反対する理由なんかないよ…」
「そう…ありがとう、忠太」
「おめでとう、姉ちゃん。父さんも母さんも、きっと喜ぶよ…」
「ええ」
「でも、何か変な感じだな」
「何が?」
「だってさ、これからはガンバを『お義兄さん』って呼ばなくちゃ…」
「そうね。でも、ガンバはそういう言い方を好まないと思うけど」
「そうだね。ガンバはガンバだもの」
そこへ、島ネズミ達がやってきた。
「さあ、準備は整ったよ。今夜は、盛大にお祝いしなくちゃ」
「そうそう、主役がいなくちゃ宴は始まらない。さあ、みんな待ってるよ!」
彼らに引っ張られるように潮路は宴会の場所へと向かい、忠太も仲間達と共にそこへ向かった。
会場は既に大いに盛り上がっていて、熱気が伝わって来ていた。そして、潮路を連れた一行が中に入ると、一気にボルテージが上がった。
それからの様子は、いちいち描写することもあるまい。
そして、ヨイショ達もそろそろ島を離れることになっていたから、その送別の意味も込めて宴は明け方まで続いていた。


2日後、ヨイショ達は夢見が島を離れることになった。
前に旅立った時と同様に、島ネズミ達の見送りは森のところで終わらせてもらった。
「それじゃ、元気でな!」
ヨイショ達は、港へと駆け下りていった。そして、人間の目を盗んで港からはしけに乗りこんだ。
「…今回の旅も、これで本当に最後だな」
「ガンバと潮路さんには、幸せになってもらいたいものです」
「へへ…でもよぉ、あいつがいなくなるだけで雰囲気が、風船がしぼんだみてぇになっちまうぜ」
「全くですな…」
「案外、どこかであいつにバッタリ出くわすかも、知れねぇけどよ…」
イカサマの、皮肉がこもった言葉に
「まさか、そこまでバカではないであろう」
ガクシャが、笑って否定する。
「もし、潮路さんを捨ててノコノコ出てきたら…俺がブッ飛ばして、海の底に沈めてやる」
ヨイショが、半分真顔で言った。
「ほう…では、ヨイショをブッ飛ばして、海に沈めてやるのは、我輩であるかな?」
ガクシャがニヤリと笑って言った。
「…てやんでぇ」
ヨイショは、本気で苦い顔をするとプイとその場を去った。その後ろ姿を、ニヤニヤ笑って見送るガクシャとイカサマ。
すると…
「ふたりとも…冒険の旅が終わったら、今度は伴侶を得て人生の長い旅に出たらどうですか?」
背中から、シジンの言葉が二人に突き刺さる。ちょっと跋の悪そうな顔をしたふたりは、それぞれの方角へ立ち去った。
やがて、彼らを乗せた船は夢見が島を離れていった。

…冒険者たちのその後は、誰も知らない。

第7章・完(完結)
前篇へ目次へ戻るあとがき