9.港町は、そりゃもう大騒ぎ
船がしきりに鳴らす低い汽笛が、船底まで響いてくる。
「何か、やかましいなあ…」
ガンバが、ちょっと顔をしかめていると
「港に船が着く前は、こんなものさ」
「船同士の、挨拶代わりってやつだよ」
シャドー達は、涼しい顔をしている。
「やかましい挨拶だぜ…」
少し口をとがらせるガンバに、ベアーが
「くどいようだが…お前とボーボにとっちゃ、見知らぬ街だ。特に、ガンバは分かってるだろうが、港ネズミも船乗りネズミも、ケンカっ早くて気が荒い。
こっから先は時間がねぇんだから、船の出港に遅れたり五体満足に帰ってこなかったら、ここに置いて行くから、そのつもりでな」
「わ…分かってる、よ」
「まあ、一番無難なのは船に残ってることだがな?」
シャドーが、からかうように言う。
「まあまあ…みんなして、かわいそうじゃねぇか。ガンバにボーボ、俺に付いてきな。港町の歩き方を、教えてやるぜ」
リッキーが助け船を出すのを、ベアーは笑って見ていた。
「但し、俺からはぐれたら…そん時は、知らねえぞ」
そう言うと、リッキーはサッサと船を降りるつもりでいる。
「あ…ちょっと、待ってよ!」
慌てるふたりに、リッキーはちょっと振り向くと
「ちゃんとついて来いよ!」
お構いなしに駆けていく。
「チェッ。行くぞ、ボーボ!」
ガンバも、足には自信がある方だったから、リッキーに付いて行こうとするが…
「大丈夫か?ボーボ…」
分かっていたが、ボーボが取り残される。
「……」
しかし、今までのボーボなら待ってくれと泣きごとを言うのに、黙って付いてこようとするのを見て、ガンバはちょっと意外な感じを覚えていた。
「いろいろ、いっぺんに言っても仕方ないが、あまりキョロキョロするなよ。ケンカを売られた格好になっても、相手にするな。
わざと肩をぶつけてくるバカも、いるからな。どんな奴でも、どんな内容でも、声をかけられたからって、返事をするな…」
リッキーにも釘を刺され、ビクビクしながら降りたふたりだったが、賑やかな雰囲気に少しずつ慣れると、言われるほどの無法地帯でもなかった。
「よお、リッキーじゃねえか」
さすがに、リッキーは馴染みもいると見えて、声がかかる。
「何だい、新顔かい?」
声をかけてくる相手は、必ず尋ねてくる。
「ああ。ガンバにボーボってんだ。覚えてやってくれ」
すると、相手も屈託のない笑顔で、ふたりに握手を求めてくる。
「最初は、みんなああして『顔』を作っていくんだよ」
「…そうなんだ」
「しかし、この俺も馴染みばかりとは限らねぇ。下手すると、前に一騒動起こした連中とバッタリ…なんてこともある」
「そ、そんな時は、どうするの?」
ボーボの不安げな言葉に
「その時、さ。もう一回ケンカすることもあるし、相手の様子とかその時の状況から、逃げることもある」
事もなげに言うリッキーだが、目は笑っていなかった。
「さて、このくらいにして帰るか」
「……」
ふたりは、リッキーに従った。そして、船に向かっていると…
「おやあ…どっかで、見たことのある面だな?」
チンピラ風に、囲まれてしまった。
「ほう、そうかい?」
彼らの視線は、リッキーに向いている。リッキーも、見覚えがあるようだが…
「半年前、派手にやってくれたおめぇを、忘れるわけねぇだろうが!」
「はあんとしも前?そんな昔のこと、覚えちゃいないぜ」
わざとらしい口調が、彼らを挑発しているのは、明らかだった。
「野郎!ふざけやがって…今度こそ、生きて帰さねぇ!後ろのガキも一緒に、ズタズタにしてやるぜ!」
あっという間もなく、チンピラ連中が襲いかかってきた。
「いいか、おまえは手を出すなよ!」
リッキーは、背中越しにガンバに声をかけると、襲ってきた相手に一撃を喰らわせた。
「……」
一方のガンバは、ボーボもいるし、この場はどうしたらいいのか躊躇していた。するとリッキーは、相手がひるんだ隙を見ると
「逃げるぞ!全力でついて来い!」
いきなり回れ右をすると、全力で駆け出した。一瞬、唖然としていたふたりだが…
「逃がすか!」
相手の怒鳴り声に弾かれるように、リッキーの後を追った。
「わっ…!?」
必死にリッキーの背中を追っていたふたりは、いきなり何かに飛び込んだように感じると同時に、何かにぶつかった。
「イテッ…!」
「な、な、なに…?」
目の前は真っ暗になり、慌てて手足をバタバタさせると
「静かにしろ!見つかるぞ」
暗闇の中で、リッキーの押し殺した声と共に、彼の手らしきものがガンバの顔の辺りを抑える。
「野郎、どこへ消えた!?」
「どこか、この辺りにいるはずだ。捜せ!」
チンピラ連中の声がする。すると…
「おい、こっちに走ってきた奴らがいるはずだ!どこへ行った!?」
チンピラが、誰かに聞いている。
「さあな。何も見ていないぜ」
“あ、あの声は…?”
「本当だな?もし、奴らをかくまっていたら…」
「…いたら、どうだって言うんだ。ん?」
すると、少しの間沈黙が続いた。
「まあいい、行くぞ!」
チンピラ連中が去る足音が聞こえると、目の前がパアッと明るくなった。
「サンキュー、助かったぜ」
「こうなるんじゃねぇかと、思ってたぜ」
唖然とするガンバとボーボの前に、シャドーが現われた。
「危機一髪、だったな?」
「何、リッキーはちょいちょい港町で、騒ぎを起こしているからな。こんなことが起きるんじゃないかって、予想してたわけだよ」
船に戻る途中、シャドーはガンバ達に説明する。
「そしてこの辺りにゃ、ああして追われている奴らが隠れるところが、至る所にある。ちょいと、その一つを拝借したのさ」
それは、人間が捨てた麻の袋を加工したもので、緊急避難用にカムフラージュしてあるものだった。
「それにしてもさ、よくあいつらおとなしく引き下がったな…」
ガンバの素直な言葉に
「そりゃ…シャドーが、本気で睨みを利かせたら…なあ?」
「何、言ってやがる!たまたま、相手が情けなかっただけよ」
ガンバは何か言いかけたが、それを遮るように
「さて、このまま船に戻ろう」
リッキーが、彼らを促した。
「戻ったか。大したことも、なかったようだな?」
船に残っていたベアーは、彼らの様子を一瞥すると笑って言った。
「まあ、火種はあったようだが」
シャドーの言葉に、ベアーも分かったような顔でニヤニヤしている。
「ガンバ達にゃ、いい経験だったろう?」
ちょっと複雑な顔で、うなずくガンバ。
「どうやら、この船は2日後の夕方に出るようだ。くどいようだが、出港までに戻って来ない奴は、それっきりだからな。全ては、自己責任だぞ」
ガンバは、とりあえず船底に向かった。
「……」
すると、急に疲れが出てきてグッタリとしてしまった。
「ガンバ、おいら疲れたよ…」
ボーボの声に誘われるように、ガンバはいつしかその場で寝てしまった。
「どうやら、それなりに疲れたようだな?」
「ああ。ま、これも船乗りになる経験の一つだ」
シャドーとリッキーは、彼らの傍らに座った。
「それにしても…シャドーの眼は、未だ衰えていないようだな?」
「ヘッ、相手がチンピラ連中で、良かったがな」
「何をまた。蛇さえ怯むシャドーの眼、じゃねえか」
翌日、ガンバは独りで港町に行くことにした。
「ん、分かった。行ってこい」
いろいろと釘を刺されると思いきや、ベアー達はあっさり送り出した。
「何か、拍子抜けだな…」
ガンバは、彼らの態度をいぶかるよりも、好奇心に動かされていた。
「何が出てくるのか、楽しみだぜ…」
昨日は、リッキーの背中に付いて行くだけだったので、今日は気の向くまま歩いてみることにした。
『…どこでもそうだが、ヨソ者には敏感だ。見かけない顔がキョロキョロしていると、やられるために歩いているようなもんだ』
ガンバは、シャドーの言葉を胸に、なるべくキョロキョロしないように歩いた。それがかえって不自然に見えていても。
「……?」
何やら、賑やかなネズミが集まっている場所があった。
近寄ってみると、ネズミだかりの中に、お世辞にも立派とは言えないリングが設えてあった。その上では、ベアー並みの体格のネズミが闘っている。
いわゆる『草拳闘』とでも言おうか…
「へぇ…」
ガンバは、好奇心がそそられてフラフラ近づいた。すると
「おい、ニイちゃん」
いきなり後ろから、肩を叩かれた。ビクッとして振り向くと…
「おめぇ、次の試合に賭けんのか?」
胡散臭いネズミが立っていて、ヤニ臭い息と共に声をかけてきた。
「賭け…?」
「何だ、見物ならこっちじゃねえ。邪魔だから。ん…」
相手は、左手の親指を後ろに向けて指し示した。ガンバが、黙ってその場を離れようとした時、周囲がドッと沸いた。
「よっしゃ!やれ!いいぞ…よしっ!決まった!ヘヘ、オッズ3倍か…もらったぜ」
大歓声に混じって、ゴングを打ち鳴らす鈍い音が響いているところから、勝敗が決したようだが、ガンバにはその様子が見えなかった。
もっとも、賭けボクシングと知ったから、深入りすることを避けた。
『いいか、賭けごとやケンカの場に出っくわしたら、他人の顔して通り過ぎろ。もし、関わりそうになったら、全力で逃げろ』
ベアー達に、きつく言われていたことだったのだ。
「……!?」
その場を離れて再び歩いていたガンバに、建物の陰から何かが勢いよくぶつかってきた。
「おっと…悪りぃな。急いでるんでね…」
それは、自分と同じくらいの歳と思われるネズミだった。そして、ガンバが面喰らっている間に、サッサと行ってしまった。
「何だよ、あいつ…?」
ガンバは、口を尖らせてその後ろ姿を見送った。すると、足下に何か落ちている。
「何だこりゃ?」
拾い上げると、それは黒いサイコロだった。それを、掌に置いて眺めていると…
「おい、今ここに逃げてきた奴は、どこへ行った!?」
いつの間にか、目の前に数匹のネズミが立っていた。
「し、知らない…よ」
「何だと?じゃあ、これは何だ!?」
そのうちのひとりが、サイコロを持っていたガンバの右手首を、ギュッとつかんだ。
「イテッ!」
引っ張られて、前のめりになったガンバの足元に、サイコロが転げ落ちた。
「これは…!てめぇ、仲間だな?」
「し、知らない…」
「うるせぇ!」
言うが早いが、相手の拳がガンバの顎に飛んできた。
「……!」
見事にアッパー・カットを喰らって、ガンバの身体は後ろに吹っ飛んだ。
「う…ああ…」
仰向けに倒れたガンバは、しばらく虚ろな目をしていたが、やがて意識を失った。
10.イカサマ野郎に、ご用心?
「う…」
意識を回復したガンバは、やけに薄暗い感じを覚えた。
「あ、ててて…」
起き上がりかけて、ガンバは目の前がまだクラクラして、脳天に響く痛みを感じた。
「ちっくしょう…」
わけも分からないまま、有無を言わさないで、渾身の一撃を喰らわせたあの野郎に腹が立つ。そう言えば、不意打ちはあのロックのお家芸だった…
「だけどよ…」
見知らぬ相手から、いきなり喰らったのは初めてだった。
“ここは…どこだ?”
そこは薄暗くて、埃っぽい場所だった。
「くそう…」
ガンバは、少しずつ思い出していた。
“あそこで、俺にぶつかったあいつ…急いでるとか言って、去ってった。追われていたみたいだけど…?”
どうせ、ロクな奴じゃあるまい…ガンバは、こうなった元凶となった『あいつ』を思い出して、怒りを覚えていた。
「…そうだ!」
ガンバは気付いた。
「まさか、気を失っている間に?」
船が出て行っていたら、ここに取り残される羽目に陥るのだ。
“くそう…どのくらい経っているんだ?”
どこからか、陽が漏れてきているところから、昼間のようだ。
“でも、2日も3日も経っていたら!?”
ガンバは、ともかくここから脱出しようと周囲を確かめ始めた。
「……」
片隅に、ネズミサイズの板が、何かを塞いでいる部分がある。
「あそこか?」
ガンバは、その板をどけようとしたが、何かに引っ掛かっているのか、わずかしか動く様子がない。しかも、わずかな隙間から覗いてみると、その後ろには
穴とか空間が見つからない。
「くそう…」
その時だった。
「……!?」
何か、乾いた小さな音がした。ガンバは、斜め後ろを向くとその方向を凝視した。特に気配は、感じられない。
「だ…誰だ!?何かいるのか!」
思わず大声をあげたが、反応はない。
“何なんだ?”
ガンバが、向き直って歩き始めた時
『その様子なら、大丈夫だな』
低く、小さな声がした。
“そ、その声は!?”
ぶつかって逃げて行った、あいつの声だった。
「ど…どこだ!?出てこいっ!」
『バカ、大声を上げるな…奴らが来るぞ』
ガンバは、声がしたと思う方を睨んだ。
『関係のねぇ奴を、巻き添えにした責任は、取るからよ。しばらく、おとなしくしててくれねぇか…』
しばらく、と言う言葉がガンバを刺激した。
「お、おい…もう何日も過ぎたのかよっ!?」
『はあ?バカ言え。まだ陽も暮れていねえよ』
「チェッ、バカバカって言うない…」
面白くないと言った顔をしたガンバは、腕組みして憮然とした。
『とにかく、もう少ししたら、助けてやるから…おとなしくしてなって』
「あ…おい!?」
声が遠ざかっていくのが分かって、ガンバは思わず慌てたが…
“チェッ、行っちまったようだな”
その時…
「おい、確認してみろ。声がしたぞ!」
別の声が聞こえてきた。
“ま、まずい…!”
ガンバは、仰向けになるとまだ気を失っているふりをした。
どこから見られているのかは分からなかったが、さっきの声が『大丈夫だ。中には誰もいないし、奴の方はまだ気絶してるぜ』と言ったことから
覗かれたのは確かなようだった。
ガンバは声が遠ざかった後も、仰向けになったままでいた。
“一体、何がどうなってんだい…”
大声をあげたい気持ちをジッとこらえていると、わずかに射していた陽が弱くなって、周囲が暗くなってきた。
“夜になるようだな”
辺りがすっかり暗くなると、赤や緑の光が規則的に漏れてきた。ガンバは、それが夜の街で輝く明かりだと、確信した。
すると…
「……!?」
誰かが近づいてくる物音が、はっきり聞こえた。ガンバは、とりあえずジッと横になり周囲の様子を窺った。
「そこにいたのか」
暗闇の中から、例の声がした。ガンバは、ガバッと飛び起きた。
「おめぇ…」
「話は後だ。ひとまず、ここからずらかろうぜ」
小声で話しかける相手の雰囲気に従って、ガンバは黙って相手について行った。どこをどう歩いたのか、不安定な足下に閉口しながら、薄暗い中を歩き続けた。
「ここまで来りゃ、もう大丈夫だぜ」
連れてこられたのは、誰かの住処のようだった。
「さっきは、悪いことをしたな。つまらねぇことに、巻き込んじまって」
相手は、右手を頭の後ろに持って行きながら、ガンバに謝意を示した。
「……」
ガンバは、どこから話を切り出そうかと、相手の出方を見ていた。
「おめぇ、名前は?」
相手の態度に、ガンバはちょっとムッとした。
「俺を、散々な目に遭わせておいて…第一、自分から名乗るのが…」
すると、相手は苦笑いを浮かべた。
「俺は、生まれついての名無しでね。周りの連中は、俺のことを『黒ダイスのイカサマ野郎』なんて言うけどよ」
ガンバは、奴らしい名前だと腹の中で笑った。
「…俺は、ガンバってんだ」
相手は、この辺じゃ見ない顔だと腹の中で呟いた。
「ガンバ、か。どこの港ネズミだい?」
「いや、船乗り見習いさ。ところで、イカサマ野郎は何をしてるんだい?」
ガンバが聞くと
「野暮な質問だな…」
口元に笑いを浮かべている。
「何だよ…」
事情が分かっていないガンバは、あからさまにムッとする。
「俺は『イカサマ野郎』って呼ばれてんだぜ?」
「……」
「鈍いな、もう。こういうことさ!」
そう言うと、足下に黒いサイコロを二つ転がすと、赤い『一』の目が、二つ上を向いた。
「へへ、ピンゾロの丁。ってね」
「お、おまえ…」
やっと事情が呑み込めたガンバは、ちょっとそわそわし始めた。
『いいか、賭けごとやケンカの場に出っくわしたら、他人の顔して通り過ぎろ。もし、関わりそうになったら、全力で逃げろ』
ベアー達の言葉を、思い出したからだ。
「お、俺…」
「どうしたい?逃げるつもりなら、自由だけどよ。まあ、表は夜だし、お前をノックアウトした連中が、いないとも限らねぇぜ。船が出るまで時間があるなら
あまりウロウロしねぇ方が、身のためじゃねぇか」
全てを見透かされたような気がして、ガンバは沈黙した。
「とは言っても、ここでジッとしてても面白くねぇだろう?ついて来るかい?」
そう言われて、ガンバは黙ってうなずいた。
「そうと決まれば…」
相手は、ガンバに古びた布で頬かむりをさせ、自分は鳥打帽を頭に被ると、出かけようとする。
「お、おい、イカサマ…」
ガンバが、思わずそう呼び止めると
「何だい?」
そう呼ばれ慣れているように、相手は足を止める。
「いや…行こうか?」
ふたりは、狭い通路を通って奥へと進んで行った。やがて、明かりが漏れてきて賑やかな声が聞こえてきた。
「ここが、賭場だぜ」
そこは暗い通路から見ると、明るい場所に思えたが、中は思ったより明るくない。
“何だ?この連中…?”
全員、ガンバのように頬かむりをしていたり、帽子を目深に被っていたり、うつむいているので、顔が見えず陰気な感じだった。
イカサマは、そんな場の雰囲気にお構いなしに、賭場の真ん中に進み出た。
「さて、こっからはあっしがやらせて、いただきます…」
すると、一匹のネズミがイカサマの前に出た。
「受けて立つぜ」
イカサマは、場の中心に座ると右手に空き缶、左手にサイコロを2つ持つと
「よござんすね…入ります!」
サッと、サイコロを空き缶に入れると、目の前に伏せた。
「さあ、張った!」
「半、だな」
「では勝負…三・四で半!」
負けたのに、イカサマは落ち着いていた。そして、何回かの勝負を行った後…
「十番勝負の最後!これで決着でい!」
「半!」
そして、出目は…
「ピンゾロの丁!」
すると、相手はいきなりサイコロをつかんだ。イカサマが、慌てて阻止しようとしたが、間に合わなかった。たちまち、イカサマは周りを取り囲まれた。
相手がサイコロを無造作に転がすと、出目はピンゾロ…
「……!」
いきなり、サイコロを床に叩き付けると、サイコロが割れた。
「そういうことか…」
サイコロは、六の面が剥がれていた。
「こりゃ、鉛か?常に六が下に来るように細工がしてありゃ、誰でもピンゾロが出せるってもんだよな…?」
追い詰められらイカサマが、逃げだそうとするのを合図に、乱闘が始まった。
それまで、顔が良く分からなかったが、ガンバが会いたくない見覚えのある顔が次々と現われた。おまけに…
「リ、リッキー!?」
「ガンバじゃねぇか?こりゃあ…逃げるか?」
ふたりは、どさくさ紛れにその場を去った。
「言ったはずだな?賭けごとの場に関わるな、と!」
腕組みして立ちはだかるベアーは、険しい顔をしていた。
「……」
いろいろな意味で、言葉のないガンバはうつむいたままだった。
「今回は、この程度で済んだが、自分からつまらないイザコザに関わってどうする!」
「ごめんなさい…」
「まあいい。俺の言葉を守らなかった以上、覚悟はできているな。気を付けっ!」
ガンバは、反射的に直立不動の姿勢を取った。
次の瞬間、ガンバの目の前に今まで見たことがないくらい、でっかい火花が飛んだ。
“くう…ありゃ、ロックのパンチより強烈だぜ…”
左の頬にはっきり手の跡が残る腫れた顔を、ガンバは潮風に当てていた。
「よお、いい面になったな?」
背中から声をかけられ、ガンバはちょっと面白からぬ顔で振り向いたが…
「リッキー…!?」
「ヘヘヘ、俺は『前科』があるからな…」
両方の頬に、手の跡がはっきり付いて腫れ上がった顔で、リッキーが立っていた。
「ヘ、ヘヘ…」
ふたりは、お互いの顔を見ておかしそうに笑った。
第2章・完