第3章§潮風に乗って、荒波を越えて

11.平穏無事は、似合わない?

ガンバ達を乗せた船は、港を離れて航海を続けていた。
「……」
ガンバは、相変わらず甲板に出て海を見ていた。
「ガンバ…」
ボーボが、後ろから声をかけてきた。
「何だい?」
ガンバは、身体を斜めにして返事をする。
「よく、飽きないね。海ばっか見てて」
「まあな…」
ガンバの返事から、決して面白がってばかりではないと、ボーボは感じ取った。
「あとふたつ、だってよ」
「何が?」
「目的地に一番近い港には、次の次に着くんだってさ」
「いつ、そこに着くの?」
「さあ…ベアーは、先のことは分からないってよ」
ボーボは、何となくガンバの心境を理解した。
「でも、いずれ着くんだから…」
ボーボにすれば、ガンバの気持ちを和ませるつもりだったが
「チェッ、呑気でいいよな。ボーボは…」
ガンバは、ボーボに背を向けて横になってしまった。
「……」
ボーボは、居たたまれなくなってその場を離れた。
「…シャドー?」
そんなボーボを待っていたように、シャドーが立っていた。
「ボーボ、気にするな。あれも、船乗りへの道だから」
「どういうこと?」
「海に出て、船酔いを克服し、海に感激し、嵐を経験し、人間の怖さを覚え…そして、船と言う限られた空間で、時間と上手く付き合うか…に向き合ってるのさ」
シャドーは、笑って答えた。

「そんなこと、言われたってなあ」
夜、ボーボから話を聞いたガンバは、口をとがらせた。
「そう言えば、ベアー達って…」
ガンバは、彼らの行動を把握していなかった。
「みんな、船底にいることが多いよ」
ボーボは、何だかんだで彼らと一緒だった。
「でもって、時々どこかへ行く」
「トイレ、じゃねぇのか?」
「…たぶん」
ガンバは、チェッと言う顔をした。
「時々、表に出てくることもあるさ。すぐ、行っちまうけど」
「食料集めに行くことも、あるよ」
ガンバは、ボーボの言葉に思い出したように
「ボーボ、あれから注意してんだろうな?」
「う、うん…」


それは、数日前。ボーボは船の厨房から、チーズを失敬してきた。と言うより、無造作に調理台に置いてあったのだ。
そして、それを頂こうとした時…
『やめろ、ボーボ!死にたいのかっ!』
心臓を押し上げる勢いで、リッキーが背後から怒鳴った。
『……!?』
『食ってねえな?いいか、こいつにはな、俺たちネズミを一発であの世に送ってくれる、クスリが仕込んであるんだよ』
リッキーの言葉に、半信半疑のボーボ。
仕方がない…と言った顔で、リッキーはチーズをほんの一欠け、ボーボの手に載せた。
『これも経験だ。このくらいなら、何とかなるから、食ってみろ』
リッキーに言われて、ボーボがそれを口にすると…
『……!』
それは、匂いも味もチーズそのものだったが、胃袋に収まったとたん、猛烈な吐き気がした。
『分かったか?そのくらいの量だから、吐き気で済むが…もっと食っちまったら、苦しいと思った次の瞬間、あの世行きだぜ』
ボーボの嘔吐が治まったのを見て
『いいか、人間はこういう手段を使ってくる。ま、これも船乗りへの勉強ってやつだ。むやみに食い物を、口にしないようにしろよ』


「それにしても、よく分かったね?」
ガンバは、リッキーに尋ねた。
「そりゃ…ボーボがよ、一抱えもある大きさのチーズを、人間の眼を盗んで持ってくるとは、到底思えねぇ。人間がチーズをうっかり置き忘れているのも不自然だ。
 ってことは、わざと人間が置いていたことになる」
「そうか…罠だったんだ」
リッキーは、その通りと言う顔でうなずいた。
「昔は、見え見えの檻だとかバネ仕掛けの道具を置いていたんだが、最近は手口も巧妙になってる。あれだって、食べている間はチーズの味がするからおっかねぇ」
ガンバは、ベアーが踏みつぶした『あれ』を思い出し、身震いした。
「ガンバにリッキー、ここにいたか」
その時、シャドーがやってきた。
「どうした?何かあったか?」
リッキーの問いかけに
「いや…ただ、また嵐が来そうだ。雲が怪しい」
最早、嵐で驚くことはなくなったが、ガンバはあまりいい顔をしなかった。


「…揺れてきたな」
夜半から、船が波に揉まれてきたのが感じて取れるようになった。
「大丈夫かな…」
ボーボの心細い声に、ベアーは苦笑して
「何、嵐そのものは大したことはねぇ。こないだと、かわらねぇよ」
すると、ジャックが横から
「それにしては、人間どもは落ち着かない様子だぜ?」
たちまち、ボーボの顔が曇る。
「大丈夫だ。心配するなって、ボーボ。本当に危なくなったら、ベアーがこんなに落ち着いてるかよ」
ガンバが、ボーボの背中を軽く叩いて言った。
「…てやんでぇ」
ベアーは、ちょっとガンバを睨むような顔で言った。その時…
「……?」
船の低い汽笛が、断続的に鳴り出した。
「ん…?何かありそうだな」
ベアーが、ちょっと緊張した声をあげたその時、船底がガタガタ揺れ出した。
「わ、わ…じ、地震!?」
ガンバが、思わず声を上げると
「馬鹿!海の上で、地震もねぇだろう」
ベアーが、ちょっと呆れた顔で言った。
「……!」
すると、船がガタガタと大きく揺れたかと思うと、船底の積荷の一部が崩れた。
「な…何が…?」
ガンバが、周囲を見渡していると…
「どうやら、座礁しちまったようだな…」
シャドーが、落ち着いた声で言った。
「ざ…ざしょー?」
意味が分からないガンバは、状況を把握できないでいた。
「座礁ってのは、船が暗礁にぶつかって、動けなくなっちまうことだ」
「な、何かに、ぶつかったの?」
「…そうだな、嵐が落ち着いたら、教えてやるよ」
やがて、嵐が納まると、シャドーはガンバを連れて甲板に出た。その途中、船内は人間達が慌ただしく動いていた。
「良く、見てみろ。海面の下に、何か見えるだろう?」
言われて下を覗くと、確かに海面の下に何かが見える。
「あれは、岩だぜ」
「岩?何で、あんな所に?」
「んー、俺もうまく言えねえが、海の奥は岩みてぇなゴツゴツした地面が、広がってるんだ。そして、どこまで潜っても地面が見えねぇ場所がほとんどだが
 たまにああいう風に浅い場所に出てくることもある」
「ふーん…」
ガンバは、分かったような分からないような顔で、話を聞いていた。
「船は、そう言う浅いとこに岩がある個所を、避けて通らにゃならないんだが、この船はそれに気づかなかったのか、避けそこなったのか、ぶつかっちまったのさ」
「そうなんだ」
「ああ、遭難だ」
ガンバは、ちょっと怒ったような顔をしてシャドーを見た。
「で、船はどうなるんだよ?」
「さあ…人間次第だが、当分は動けないだろうな」
たちまち、ガンバの顔色が変わった。
「じょ、冗談言うなよ!それじゃ、こんなとこで足止めかよ!?」
大声を上げるガンバに、シャドーは仕方がないさ、と言わんばかりの顔をした。
「おい、どうやら事態は深刻そうだぞ」
そこへ、リッキーがやってきた。
「やっちまったのか?」
「ああ」
ふたりの会話について行けないガンバは、ちょっと面白くない。
「付いてきな。こっちだ」
リッキーは、船の別の側に出た。
「あっ…!」
ガンバが大声をあげたのは、そこから見えた海の色が、何とも言えない色に変色して、ギラギラと光っていたからだ。
「油が漏れたな…」
「油って、あの燃える水みたいな…」
「ああ。油は、船を動かすのに必要だ。どうやら、この船はもう動けねぇな」
「そんな…」
不安そうな顔になるガンバに、シャドーは
「まあ、これも船に乗ってりゃ、珍しくないことだ。ま、俺たち海の男に、平穏無事は似合わねぇ、ってことよ」

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12.すったもんだの再出発

船が座礁して3日が経った。
「やっと、人間達はいなくなったようだぜ」
船の中を見に行ったジャックが、戻って来ると仲間にそう言った。
「ってことは、漏れた油の始末も終わった、ってことだな」
ベアーが、ゆっくり身体を持ち上げながら言うと、ジャックはうなずいて
「ああ、かなりきれいになったぜ」
「それにしても、すげぇ騒ぎだったな…」
ガンバが、周囲を見渡して言った。その船底は航海していた時と比べて、ガランとして殺風景になっていた。
「まあ、荷物だけでも早く運び出したかったんだろうな」
シャドーは他人事のように言うが、あれからと言うもの、天井が大きく口を開けたかと思うと、何やら巨大な物体(クレーンのフックだった)が
大音響と共に降りて…と言うより落ちてきた。
そして、人間がバタバタ行き来して、荷物が次々と無くなっていって…ものすごい騒ぎだったのだ。人間があれだけ騒いでいたのだから、ガンバ達には
天変地異にも等しい騒ぎだった。
「まだ、耳がガンガン鳴ってるよ」
ガンバがぼやくのも無理はない。彼らは行き場を失い、船底の片隅でジッと隠れていたのである。
「ねえ、人間がいなくなって、この船はどうなるの?」
ボーボの言葉に
「そうだな。このまま、ってわけにもいかないだろうから、この船を沖まで引っ張って行って、どこか近くの港まで持っていくさ」
シャドーが、相変わらず他人事のように言った。すると
「何、呑気な事を言ってんだい。あらかた荷物を出したら、こんな船は用無しさ。いつまで経っても、ここから動かさないぜ」
ベアーが、ちょっとムッとした口調で言った。
“どっちなんだろう?”
その時は、ふたりともそれ以上は言わなかったし、ジャックもリッキーも黙っていたし、ガンバ達にはもとより意見は出ない。
しかし、後から思えばこの会話が、すったもんだの始まりだったのだ。

しばらく後、ガランとした空間になった船底で、ガンバ達が車座になっていた。
「まあ、結論から言やぁ…いつまでもこうしていたって、仕方ないってことさ」
ベアーが、腕組みをしながら言った。みんな、それに異論はない。
「で、問題はどうするか…だろう?」
シャドーの口調に、ベアーがちょっと険しい眼になった。
「ともかく、ここでジッとしていたって、埒は開かねぇ。こんな座礁した船、さっさと出て行くに限る」
ベアーは、半ば命令口調で話を進めようとする。
「出ていくのは賛成だがよ、その後はどうするんだい?延々、泳いで行くのか?」
シャドーの口調も、真剣味を帯びていた。
「この辺りは、岩礁だらけ。せめてイカダくらいなくっちゃなあ」
ベアーの眼に『うるせぇなあ』と言う色が、出てきた。
「でもよ、見ての通りきれいさっぱり…人間ども、こういう時は必要最低限を運び出したら、後は乱雑にしていくもんだが…それもほとんど残っていねぇ」
シャドーは、仲間の顔を見渡すように言った。
「……」
リッキーもジャックも、黙っていた。ガンバとボーボに、意見があるわけがない。ただ黙って、成り行きを見守っていた。
「結局、イカダを作る材料すら見当たらねぇんじゃ、俺らにはお手上げさ」
「だけど…!」
シャドーの言葉を遮るように、ベアーが声をあげた。
「……」
その声の勢いと、何を言うのかと言う思いから、彼らの視線がベアーに集まった。
だが、ベアーにはその後の言葉が続かなかった。
「まあ、食料も乏しいからな…悠長なこと、言ってられねぇのも確かだ」
シャドーの言葉に、一同…特にボーボの顔が曇る。
「そこで、あと2日…それまでに、何の進展がなければ、その時は覚悟を決めて、材料かき集めてここを脱出、ってことでどうだい?」
シャドーの提案に、ベアーは黙っていたが
「…それが最大公約数、じゃねぇのかな」
リッキーの言葉に、小さくうなずいた。
「よし、いざと言う時のための材料集めを、しとこうじゃねぇか」
これで、まずは落ち着いた空気になった。


翌日の昼…
「あれ…おおい、ベアー!船が近づいてくるぞ」
ガンバの声に、ベアー達が集まってきた。
「本当だ…何しに来るんだ?」
「見たとこ、はしけ程度の船だな」
ガンバは、前に寄った港で『はしけ』を『はしか』と言い間違い、仲間に笑われたことがあったので、またからかわれるのではないかと、ちょっと複雑な顔をした。
「…近づいてくるぜ」
「着ける気だな、ありゃ」
ガンバの気持ちをよそに、ベアー達は船のことを気にしている。
やがて、その言葉通り船が横付けになって、数人の人間が各々何かを手に、座礁した船に乗ってきた。
「とりあえず、警戒しろよ」
ベアーの言葉に、物陰に隠れたガンバ達の目の前で、人間達が慌ただしく動いている。何か測ったり、印を付けて回っている。
「ありゃあ、陸の人間だな」
ジャックが、呟くように言った。
「そんな感じだな…」
ベアーの眼から、次第に警戒心が薄れていった。
「それにしても、何をしてるんだろう?」
ガンバの疑問は、みんなの疑問だった。そのうち、シャドーが思い出したようにその場を離れた。
「ったく…まあ、船の人間でなけりゃ、大丈夫だろうが」
ベアーは、ちょっと呆れた顔でシャドーを見送った。
「とにかく、俺らはここにいるんだ」
ベアーが、ガンバの頭を押さえるように言った。ガンバは、口の中で何事かをブツブツ言っていたが、抵抗はしなかった。
「どうも、危なくなってきたぜ」
しばらくして帰ってきたシャドーは、真顔で言った。
「人間ども、この船を爆破する気だ」
「爆破…って、おめぇ…」
ベアーは、ちょっと戸惑ったような顔をした。
「ああやって測ったところに、ダイナマイトを括り付けて、点火する気だぜ」
「……!」
「なるほど、港まで引っ張って行かれねえ、かといって放っていくわけにもいかねえ。だったら、適当な大きさにしちまおう…ってわけだ」
ジャックが、少し呆れたように言った。
「ともかく…早いところ、ここから逃げた方がいいと思うぜ」
「同感。下手したら、部分的にやり始めないとも限らねぇぜ」
リッキーの言葉に、ガンバもうなずいていると
「どうやって?まさか、あのはしけに潜り込もう、ってんじゃあ?」
ベアーがちょっと眉を寄せるが
「他に、どうしようって言うんだい?」
シャドーの言葉に、ベアーは沈黙した。
“……”
ふたりの顔を見比べたガンバは、ここにきてシャドーがイニシアチブを取っていることが、ベアーには面白くないのだと気づいた。
「まあ、人間がああしてバタバタしているし、ここにいつまでもいられねぇのも、確かだしな。いい機会かも知れねぇ」
ガンバには、ベアーが空威張りをしているように見えて、内心可笑しく感じていた。
「そろそろ、人間様はお帰りのようだぜ」
リッキーが仲間達を促すように言った。
「…行くか」
ベアーを先頭に、彼らは船を出てはしけへと向かった。

「こ、こりゃ…?」
ガンバが、思わず声をあげた。
「はしけなんか、こんなものさ。特に持って帰るものはねぇし、空っぽ同然だ」
それでも、彼らはわずかな段ボール箱に隠れるようにしていたが…
「おい、何かいるぞ?」
人間の声がした。見つかったか…?やがて、西日を背に人間の影が近づいてくる。
その手に、殺虫剤のスプレー缶を持っているのを見たベアーは
「チッ、俺はハエじゃあねぇ!」
言うが早いが、その場を飛び出した。
ガンバ達が声を上げる間も、引き留めようと動き出す間も与えない、一瞬の出来事だった。人間は、ドタドタとベアーを追い回していたが、やがて諦めたのか
おとなしくはしけから引き船に移った。
だが、引き船が動き出しても、ベアーが帰ってこない…
「おい、ベアーが…?」
心配そうな声を上げるガンバに、シャドーは何も言わない。ガンバは、その場を離れてベアーを探そうとするが…引き船が動き出すと、カラに近いはしけは
波に煽られ思いのほか揺れる。ガンバも、自分の身体を支えているのが精一杯だった。
「着いたな」
思ったより短い時間で、引き船は停まった。
「そうだ、ベアーは?」
ガンバが飛び出そうとした時、頭の上でドタドタと音がした。
「ネズミがいたって!?」
「ああいうのは、まだ出てくるぞ!」
同時に、ガンバ達に危機が迫る声が頭の上から降ってくる。
「やばいな…」
「海に逃げるか?」
「仕方ねぇな」
シャドー達は、汚い港の海に飛び込んでいく。ガンバは、ベアーのことが気になるが、ここは仲間と共に海に飛び込んだ。

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13.海の男への第一歩

「ほら、しっかりしろボーボ!」
シャドーに腹を押されて、口から水を吐き出したボーボは、蒼い顔をしたままぐったりと横たわったままだ。
「いくら泳ぎが苦手だって…ちょっと情けないな」
リッキーの言葉に、ガンバは眉を寄せた。
「んなこと…ボーボも必死だったんだし…」

港の中を泳ぐのは、ガンバでなくても気持ち良いものではない。汚くて、臭くて、ゴミが浮いていて…
『わあっ…た、助けて!』
途中で、ボーボが悲鳴を上げた。
『ど、どうした!?』
ガンバが振り返ると、ボーボが離れた場所で溺れている。
『ボーボッ!』
慌ててガンバが、ボーボのもとに行く。
『どうした!?しっかりしろ!』
すると、ボーボは安心したかのように力なくガンバにもたれかかる。
『ワッ…やめろ、ボーボ!重い…し、沈むよ!』
海の上では、ガンバはボーボを支え切れない。慌てて下に潜り込んで、両腕でボーボの身体を持ち上げた。
“ん…あれ、は?”
よく見ると、ボーボの足に何か絡み付いている。
『あ、シャドー…ちょっと、ボーボを支えていてくれよ』
言うが早いが、ガンバは海の中に潜り込んで、ボーボの足に絡まっている物を取り去りに向かった。
「結局、何てことない紐が、足に絡まっただけじゃないか…それで、全く動けないならともかく…」
リッキーは、慌てたガンバに対する皮肉のように呟いた。
「まあ、とんだ騒ぎだったな」
ジャックの言葉に、仲間達が苦笑する。しかし、ボーボは水をしこたま飲んでしまい、それも汚い海水だけに気持ち悪いとしきりに苦しむ。
さすがに自業自得だ、と口にする者はいないが、眼はそう言っていた。

「何か、おいら…迷惑かな?」
その夜、回復したボーボは弱々しい声で言った。
「何、言ってんだよ!んなこと、ないよ!」
だが、ガンバが強い口調で言えば言うほど、ボーボは黙ってしまう。
“そりゃ…シャドー達の言いたいことは、良く分かるけどさ…”
ガンバは、今までに経験したことのない、複雑な気持ちになっていた。
『てめぇ!文句があるなら、俺に言え!』
ボーボは、確かに鈍くて、不器用で、町にいた時も仲間とのイザコザの原因になった。そんな時、ガンバはボーボをかばって矢面に立つことが、珍しくなかった。
町にいる時には、それでも良かった。仲間がそっぽを向いても、ふたりで何とかやっていけた。そのうち、自然と仲間と元通りになっていた。
でも、海の世界は勝手が違う。
「……」
お互い、黙りこくってしまった。ガンバは、いつの間にか考えや行動が、シャドー達に近づいているのを覚えた。ボーボも、それを敏感に感じていた。
この空気が耐えられないガンバは、沈黙を破ろうと軽口を叩き始めた。
「でも…でもよ、介抱してくれたのがベアーだったら、お前の腹に拳を突き刺すか顔が倍になるくらいの、往復ビンタだったろうぜ?」
ガンバが、勝手な想像を浮かべて笑いをかみ殺していると
「チッ、何を勝手に。俺のことを、鬼軍曹のように言うんじゃねぇや」
いきなり背後から、太い声がした。ガンバが恐る恐る振り返ると、ややくたびれた姿のベアーが立っていた。
「ベ…ベアー…?ぶ、無事だった…か」
「フン、何とかご無事さ。にしても、ガンバ…」
ベアーはガンバに近づくと、右手の指を広げてガンバの頬をギュッと掴んだ。
「意外と、このお口は、よろしくねぇな?」
ガンバは、唇が前に突き出るような格好で思うように口が利けず、泣き笑いのような顔をするしかなかった。ベアーが、本気でないことを信じて。
「まあいいさ。シャドー達は、あっちだな?」
ベアーから解放されて、頬をさすっていたガンバに、ボーボが
「ガンバ…また、ベアーの手の跡が顔に付かなくて、良かったね?」
「んだと!?」
ガンバは、わざとらしくボーボを睨んで見せた。


翌朝、ガンバは今までと変わらない雰囲気のベアー達を見て、内心ホッとした。この間のゴタゴタを、彼らが引きずっていないかと、思っていたのだ。
「さて、早速だがここから先の進路を、決めようぜ」
ベアーの号令で、彼らは車座に座った。
「ざっと見たとこ、この港はけっこう広い。船の出入りも頻繁だ」
「ってことは、コットの森へ行くのに適した船が、見つけやすいな」
シャドーの言葉に、ベアーがうなずく。
「で、当ては見つかったのかい?」
ジャックが、やや呑気な口調で言う。
「バーカ。それは、これから捜すんだよ。手分けしてな」
すかさず、ベアーが突っ込みを入れると、ジャックは『そうかい…』という顔で、肩をすくめて見せた。
「で、ふたり一組で行動する。と、言うのも…港ネズミの雰囲気は、他と同じ感じだが人間がな。神経質と言うか、荒っぽいというか」
「なるほど。俺たちを、悪いモンの運び屋のように、目の敵にする人間がいるからな」
リッキーが、真面目な顔で言う。
「ああ。どうも、そういう人間が目立つ港町だぜ」
ベアーは腕組みしながら、仲間に言い聞かせるような口調で話す。
「そこで、単独行動は避けよう…ってわけだ」
シャドーは、傍らから何か取りだした。
「組になるのは、これで決める。枝の先に彫った数字が、一致したモン同士で行動するんだ。いいな」
くじ引きをしようと言うわけだ。
「ほら、一本取りな」
シャドーは、ガンバとボーボに一本ずつ取らせた。その後、めいめいに取って行き…
「ってことは、俺とジャック、ガンバとリッキー、ベアーとボーボ…この組み合わせで決まりだな」
ベアー達は、何てことない顔をしていたが、ガンバはちょっと落ち着かない顔でボーボを見た。
「……」
ボーボは、情けない目でガンバを見る。その目が言いたいことが、ガンバは良く分かるが、どうしようもなかった。
「じゃ、日没をめどに、ここに帰ってこい。解散だ!」
ベアーの声に突き出されるように、ガンバ達はそれぞれに散って行った。
「……」
去っていくガンバの姿を、ぼんやり見ていたボーボに
「さて、俺達も行くとするか?」
ベアーが、背中から声をかける。しかし、振り返ったボーボは情けない顔をしている。
「何だ何だ、そんな顔しやがって…」
さすがのベアーも、腰に手をあててちょっと呆れた顔をした。
「まあ、ちょっと荒っぽいのもいるがな、おまえも海に出た以上、いつまでも怖がっていちゃいけねぇや」
「…う、うん」
いつものベアーなら、腹に力を入れろと怒鳴り付けそうな、弱々しい返事だったが
「そうだ。気持ちを、前に持って行けよ!」
ベアーとしては、磊落な調子で背中を軽く叩くつもりで右手を上げたのだが…
「ヒッ…!」
勘違いしたボーボは、身を固くして目をつぶってしまった。
「……」
フンと、鼻から息をもらしたベアーは
“まずは、その肝っ玉を、もう少し大きくしねぇとなあ…”
腹の中で、呟いていた。
「まあいい、俺達も行こうか?」
ふたりが並ぶと、体格は似たようなものなのに、一回りくらいの差があるように感じるのは、鍛え方の違いだろうか。
この妙な凸凹コンビが、港町で目立ったことは言うまでもない。おどおど歩くボーボは、チンピラ風には格好の『標的』なのだが…
「うっ…」
ふと気付くと、後ろに腕組みしたベアーが立っているのである。
「な、何か用かい?」
ちょっと緊張気味の相手に、ボーボはやや上ずった声で
「あ、あの…コットの森、に行くには…どの船が、いい…のかな?」
コットの森と聞いたら、相手はたちまち引いてしまう。
「い、いや…知らねぇ…」
たださえ、怪しいふたりなのに…と、声をかけた相手は次々と逃げていく。
もっとも、ボーボは後でベアーにどやされないように、必死に威勢良く声をかけている『つもり』でいただけなのだが。

その夜…
「ボーボ、今日は疲れたろう?」
ガンバは、ボーボのことを心配していた。
「うん。でも、心配いらないよ」
「そう…なのか?」
ボーボは、ガンバに笑って見せた。無理やりな作り笑顔でもなさそうだが、ガンバにはどことなくぎこちない笑顔に見えた。
「ベアーに、言われたんだ。もっと自信を持てって。腹に力入れて、背中伸ばせって。何だか、そうしたら、おいら強くなれそうな気がする…」
ガンバは、強くなろうとするボーボを、見守ってやろうと決めた。

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14.リッキー宿命の?港町

2日後、ガンバ達は目的地への船の中にいた。
「比較的短いルートが取れて、良かったぜ」
「この先は、海も穏やかそうだしな」
「まあ、嵐でも来ないことを祈ろうぜ」
ベアー達が、珍しく悠長な会話を交わす中、リッキーはちょっと沈んだ顔だった。
「リッキー、何か元気ねぇみたいだけど…?」
ガンバが声をかけると
「ん?いや、何でもねぇよ」
「そうか?」
ガンバにとってベアーやシャドーは、ちょっとかしこまると言うか、先輩・後輩の間柄のような距離感を感じていた。
それに対してリッキーは、共に頬にベアーの手の跡を残した間柄と言うか、何となく気が合った。それだけに、リッキーの表情が気になったのだ。
そして、それは以前のようにまた港町でイザコザを起こすのではないか、という不安にもつながっていった。
当のリッキーもまた、不安と言うか良からぬ予感を覚えていた。
“このままだと、当然あそこに着くな。やれやれ、こりゃ宿命ってやつか?”
リッキーに限らず、船乗りネズミには『出来れば行きたくない場所』がある。
因縁の相手がいたり、過去にイザコザを起こして追い出されたり、故郷の町もその一つであることが多い。
“あの港町に、降りねぇわけにもいかないし、降りたら最後…無傷でいられるわけねぇだろうしな”
ちょっと考え事をしていたリッキーの背中を、ベアーがポンと叩いた。ちょっとビクッとしてリッキーが振り返ると
「アーガスの港にゃ、降りにくいんだろう?」
落ち着いた声で話しかけてきた。
「…ま、まあ」
“チェッ、分かってたか…”
「ま、おまえのことだ…たとえ、がんじがらめに縛りあげても這い出るだろうから、港町に降りるなとは言わないが…
 いいか、俺達の『本当の敵』は、山猫だってことを忘れるなよ?」
ベアーの言葉に、リッキーはうなずいた。


彼らが乗った船は、一週間後に寄港した。
「うわぁ、大きな港だなあ…」
ガンバが思わず声を上げたのも当然で、アーガス港はこの辺り随一の大きさを誇る港であった。大小様々な大きさの船が行き交い、汽笛やエンジンの音が
周囲に賑やかに響いていた。
「何だい、たった3日で出ちまうのか?これだけの港だっていうのに」
ジャックは、冗談混じりの口調で言った。
「何なら、居付いてもいいぜ?住み心地は良さそうだからな」
ベアーが返すと
「へへ、住むには広すぎるぜ。ただ、いろいろ見て回るにゃ、ちょっと時間が足りないってことさ」
「まあ、このくらいの逗留時間なら、下手なゴタゴタを起こす暇もあるまい?」
「ごもっともで」
「そういうことだからな、ガンバ!」
ジャックとの磊落な会話から、一転してベアーはガンバに声をかけた。不意を突かれたガンバは、反射的に直立した。
「はい…っ!?」
ベアー達が、その様子に腹を抱えて笑う中で、リッキーは少々愛想笑いのようだった。そのうち船が接岸すると、ベアー達は船を降りたが
リッキーは船を降りるふりをして、彼らと行動を別にした。彼が向かったのは、船底だった。
「……」
しばらくすると、港ネズミらしい影が近づいてきた。
「お、おまえ…!」
「久しぶりだな」
「どう言うつもりだ?」
「旅の途中さ。たまたま、だ」
「…ばらして、いいのかい?」
「おまえに面ぁ見せたんだ。なあ?」
「ブーテスは、腕を上げたぜ。覚悟決めた方がいい」
「それだけかい?」
「馬鹿言え、これ以上はアンフェアだ」
『情報屋』と呼ばれる、顔なじみのネズミが去っていくのを見て、リッキーは
「覚悟を決めろ、か…」
自嘲気味に、ちょっと笑った。


「よく来たな、リッキー」
相手…ブーテスは、リッキーよりやや身体つきの大きなネズミだった。
「まあな、この港町に寄った以上、おまえを無視できまい?」
「相変わらず、口だけはいっぱしだな。まあいい、サシの勝負といこうじゃないか?」
「望むところだ」
場所は、使われなくなった倉庫の片隅。周囲には、誰もいなかった。彼らの『勝負』は一対一の殴り合い。蹴ったり、噛みつくのは無しだ。
「覚悟はいいな。行くぜ!」
言うが早いが、ブーテスがリッキーに襲いかかる。左右のパンチが、リッキーの顔面を右に左に揺さぶる。一方、リッキーも負けていない。
“腕を上げた…?相変わらずの力任せじゃねぇか”
左右の細かいパンチを繰り出して、ブーテスをぐらつかせる。
『パワーのブーテス、テクニックのリッキー』
ふたりは、昔から何度『サシの勝負』をしたことか。やがて、ブーテスがこの町のボスになり、リッキーが風来坊になっても、リッキーが帰ってくると勝負が始まる。
“クク…今日は、おまえを地獄に叩き落としてやるぜ…”
ブーテスは、不敵な笑いを見せていた。
“なるほど…カッとなって突進してこねぇのは、腕を上げた証拠かもな”
リッキーは、冷静に相手を観察していた。
「……」
やがて、両者とも動きが鈍くなってきた。リッキーは、相手の懐に飛び込もうとしたが、ブーテスの右がリッキーの顎に炸裂した。
「……!」
ガクッと膝が折れて、リッキーがダウン。しばらく仰向けになっていたが、これでくたばることはなかった。だが…
“う…こりゃ、マズイな…”
リッキーは、思ったよりダメージが深くて、足が重くなっているの感じた。そこへ、ブーテスは猛然と襲いかかる。
リッキーは防戦一方、鉄の棒を背に追い詰められてしまった。
“……!”
そこへブーテスが右アッパーを放ってきたのを見て、リッキーは顎をガードした。しかし、相手の狙いは腹だった。
強烈無比、正確無比な左右のパンチが、立て続けにリッキーのボディーの急所に突き刺さった。
「ウ…グッ…グ…グエッ…!」
リッキーは鈍いうめき声と共に血反吐を吐き、その場に崩れ落ちて悶絶していたが、やがて意識を失った。


リッキーは、仰向けになってベッドに寝かされていた。意識を回復した彼は、ぼんやり眺めた天井板のシミに、見覚えがあった。
“また、ここに来ちまったか…”
そして、無意識のうちに息を吸い込んだ途端
「う…っ、つ…く…」
腹部に、激しい痛みを覚えた。そうだ、ブーテスのパンチをまともに食らって…しかし、このままでは起きあがるのはもちろん、寝返りさえ打てそうにない。
“ま…いったな…こりゃ”
すると、部屋のドアが開いた。
「気が付いたようだね」
入って来たのは、白衣姿に首から聴診器を下げたネズミだった。頭に一枚布を被ったような帽子を載せ、耳を出している姿は昔のままだ。
「セ、センセイ…お、お久しぶり…」
「何が、お久しぶりだね!君って奴は…」
怒鳴りつけられる息が、酒臭いのも相変わらずだ。
「…はい」
リッキーは、小さくなった。
「リッキー、君もいい加減に落ち着いたらどうだい?この町では、ブーテスがいるが…君さえその気になれば、どこでも住むところはあるだろう?」
これじゃ、コットの森に行くなんてことは言えないな、と思っていると
「あなた、リッキーのお仲間が…」
看護師姿のネズミが、ドア越しに声をかけた。
「…お通ししなさい」
すると、ベアー達がぞろぞろ入って来た。各々が、センセイに挨拶すると
「で、リッキーの容体は?」
ベアーの問いに
「見ての通りだよ。腹部を集中的に強打されて、内出血がひどい。変な話だが、腹筋が鍛えられていたおかげで、内蔵破裂に至らずに済んだ感じだね。
 4〜5日は、絶対安静。まして、旅に出ようなんて…」
「…ですか」
ベアーは、ちょっと苦笑すると
「では、リッキーのことを、お願いします」
丁寧に頭を下げると、仲間と共に部屋を出て行った。


一週間後、先にアーガスを発ったベアー達を追いかけるべく、リッキーは港にいた。
「…君は、どうしても行くのかい?」
リッキーは、黙ってうなずいた。
「そうか…」
「センセイだって、昔…立派な武勇談があるじゃないですか」
相手は、小さく首を横に振った。
「いいや…あの時の私は、今の君のように冒険心にあふれていたんじゃないよ。ただ、死に場所を求めていただけさ」
「……」
「君は、止めたところで無駄だろうから、代わりにはなむけの言葉を贈るよ。僕はね…一度、君とゆっくり酒でも飲みたいと、思っているんだよ…」



冒険を求めるのも、未知の世界を探るのも、正義の心を見せるのも…
全ては、生きて帰ってきてこそ、その価値ありき。

冒険を求めし若者よ、死んで本望などと言うなかれ。
経験は、他の者に伝えてこそ価値あるものだ


15.生死は問わず!ガンバは、お尋ね者?

リッキーを残しアーガスを発ったベアー達は、コットの森に向けて順調に進んでいた。

「ねえガンバ、次の港は、まだなのかな…?」
「もう少しだってよ、ボーボ」
「でも、その先は…まだ長いんでしょ?」
「さあな。とにかく、リッキーとシャドーが出会ったて言う町まで行って、そこからがコットの森への旅になるんだから…」
甲板で呑気な会話を交わすふたりを、物陰から覗き見る影があった。
「……」
その視線は、好奇ではなく敵意を帯びていた。
“奴め、上手いこと名を変え、傷をごまかし、化けたつもりだろうがな…あのシッポ!あの先が房になっているシッポは、ごまかしようがないようだな”
どうやら、視線の先はガンバのようである。
“ともかく、奴は素知らぬ顔で港に降りるつもりだな。相変わらず、いい度胸だ。だが、今度という今度は…”
すると、視界に入って来たのは…
「よお、ベアーも日なたぼっこか?」
「そんな呑気なモンじゃねぇがな。たまにゃ、お天道様を拝んでおかねぇとよ。いつも船底にいたんじゃあな」
たちまち、視線に動揺が走る。
“チッ…あんな仲間を連れやがって。ちょっと厄介だな…あの様子だと、他にもあんなのがいるかも知れねぇ”
「シャドーとジャックは、出てこないのか?」
「さあ…?気が向いたら、じゃねぇのか?」
“…と、言うことは奴らは5匹か。ようし、目的地は分かってんだ。先回りして、網を張ってやる”
物陰から飛び出したのは、小柄なネズミだった。そのネズミは、巧みに姿を隠しながら甲板を移動すると、パッと身を躍らせて海へ飛び込んだ。
「へへ、あの船は鈍足だからな」
彼は、海面を漂流していた木片にしがみつくと、バタ足の要領で泳ぎ出すと、少し離れたところを航行中の船に向かって行った。


ガンバ達を乗せた船が、次に港に着いたのはそれから2日後だった。港の中には、件のネズミが移った船が既に停泊している。
「アーガスに比べると、小さいな」
港を見渡し、降りる気まんまんのガンバに、ジャックが声をかけた。
「ガンバ、気を付けておけよ。ちょっと良からぬ感覚を、覚えているからな…」
ガンバは、聞きたくない説教を聞かされたような顔をした。
「もう。俺も、シロウトじゃねえや」
「そうじゃねぇ。何か起きる暗示、ってやつさ」
「まあ、ここに限らず油断すると、トラブルが起こり災難が降りかかってくるもんだ。まあ、出港までに戻ってこいというルールは、いつもと同じだからな」
彼らは、港町に散って行った。
「……?」
ガンバが、妙な気配に気づくまで、時間はかからなかった。
“尾行られてる…?”
しかし、勝手の分からない町なので、逃げ隠れできない。
“仕方ない…”
ガンバは、船に引き返そうとした。だが…
「……!」
細い路地で、行く手を阻まれた。振り返ると、後ろにも…
「な…何だ、おまえたちは!?」
行きがかり上、大声を上げざるを得なくなったガンバだが、相手は不気味に笑っているだけだった。
「だ、だから…何なんだ!?」
すると、彼らは一斉にガンバに襲いかかって来た。
「うわっ…!」
ガンバは、何とか相手をかわして逃げようとするが、多勢に無勢とはまさにこのことで、ガンバは何匹もの体重の下敷きになり、身動きが取れないばかりでなく
全身の骨が悲鳴を上げる始末。
「く、くそう…一体、何だってんだ…放せ!解け!」
あっという間に全身を、がんじがらめに縛られたガンバは、何とか抵抗を試みるが動くのは口だけだった。
「とうとう捕まえたぜ。今度という今度は、これまでの罪を償ってもらうぞ!」
ガンバの前に出てきたのは、船の中でガンバを睨んでいた件のネズミだった。
「はぁ…?」
ガンバの顔には、敵意と憎悪と疑惑の表情が交錯した。
「とぼけるな!だったら、言ってやる!いいか、強奪、窃盗、詐欺、傷害、暴行、密告…これまで、俺達を何度苦しめたか!」
「だから、何の話だっ!知らねぇものは、知らねぇ!」
「ふざけるなっ!」
相手の蹴りを喰らって、ガンバの身体は転がった。
「くっ…な、何しやがる!」
ガンバの眼は、既に臨戦態勢だが…
「何だ、その眼は?自分の罪を棚に上げて、俺達にケンカを売る気か?ガミー!」
「ガ、ガミー!?」
ガンバの声には、明らかに『誰だ、そいつは?』という口調を帯びていた。
「まだ言うか!この頬の傷、上手く誤魔化したな!」
相手は、ガンバの右の頬をつねるように触った。
「……!?」
次の瞬間、相手の顔に明らかな動揺が浮かんだ。
「ワッ!や…やめ…やめろよ!」
いきなり、相手はガンバを力づくで裸にしようとしたのだ。
「い…イテッ!な、何…痛てぇったら!この野郎!」
相手はものすごい形相で、ガンバが縛られているのに、無理やり服を脱がそうとする。その上、ガンバが抵抗するのでなおのこと悲惨な状況になっていく…
「……!」
相手は、ガンバの腰の辺りを裸にすると、呆然とした顔をした。周りを取り囲んだ連中も、何かざわめき始めた。
「…じゃねぇ。こいつ、違う…」
周囲の空気を察したガンバは、大声を上げた。
「やい!話はゆっくり聞くから、こいつを解け!」
ガンバは、身体が自由になると周囲を睨み渡した。
「…勘違いだった、ってわけだな!?」
先程のネズミをはじめ、連中は声が出ない。
「返事がねぇってことは…てめぇら!覚悟しやがれ!」
ガンバの脳裏に、チラッとベアーの怒りの形相が浮かんだが、それすら蹴飛ばす勢いで彼らに向かって行った。


「さあて、話を聞かせてもらおうか?」
立場が逆転して、今度はガンバが腕組みをした格好で、相手に迫った。周囲にはガンバの一撃で、あえなくダウンしたネズミ達が転がっている。
「お…お、おまえは?」
「俺は、ガンバだ!がんばり屋のガンバ、ってんだ!」
すると、相手の表情に驚愕と恐怖と混乱が交錯した。
「いい名前じゃないか。がんばり屋のガンバ、か」
ガンバの背中から、声がした。びっくりしてガンバが振り返ると…
「……!?」
ガンバは、信じられないようなものを見たような表情で、口を開けて声も出ないまま、唖然とした。
そこには、自分と顔も背格好もそっくりのネズミが、立っていたのだ。
「あ…あ…?」
「そうさ。俺が、そのガミーさ。悪いな、あんたをひどい目に遭わせちまって。この連中ときたら…勘違いの上、寄ってたかって」
ニヤリと笑うその右頬に、ネコの爪痕と思われる古傷があった。
「おい、俺に文句があるのなら、聞こうじゃないか?何を、償ってほしいって?」
ガミーは例のネズミに近づくと、胸ぐらをつかんで言った。
「くっ…」
「どうした?言いたいことを、忘れちまったか!?」
ガミーは、相手の胸ぐらをつかんだまま、グイッと持ちあげた。すると、服の隙間から腰の辺りにある、これまた立派な傷が覗いた。
「やれやれ、こう言う弱い者に強いってのを…卑怯者って言うんだよっ!」
ガミーは、相手を突き飛ばすように手を離した。
「失せやがれ!シッポに芯が通っていない奴らめ!」
ガミーの一喝で、彼らは散り散りに退散した。
「ところで、ガンバとか言ったな。旅してんのかい?」
「ああ。コットの森を、目指しているんだ」
「コットの森!?悪いこと言わないぜ。そんな危なっかしい橋渡ろうとしないで、俺と組まねぇか?冒険も分かるけどよ、命をみすみす捨てるのは…」
ガンバは、反射的に首を横に振った。
「俺は、決めたんだ。それに、仲間がいる」
「そうか…分かった。俺としたことが…一匹狼のガミー様が、仲間を欲しがるなんて」
ガミーは、自嘲気味に笑った。


「なるほど、ガンバもえらい目に遭ったな」
ジャックが『それ、見たことか』と言う顔で、笑った。
「ちぇっ、いい気なもんだ」
「ところでガンバ、またイザコザに関わっちまったな」
シャドーの、落ち着いた言葉にガンバは身を固くした。
「で、でも…今回は」
「言い訳無用!ガンバ、気を付けっ!」
ベアーの声が、頭の上から落ちてきた。
“う…!”
ガンバは、思わず眼を閉じて直立不動の姿勢を取った。すると、ベアーはニヤッと笑うと、ガンバのおでこを指で突いた。
「……!?」
冗談と知ると、ガンバはその場にへたり込み、その様子に仲間達の爆笑が響いた。

第3章・完
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