第5章§闘いの火は燃えている

21.黒手の一団

早速、ガンバ達は村の中を歩いてみたが、彼らは明らかに警戒されていた。
“…案の定の雰囲気だな”
遠巻きな視線、関わりたくないと言った態度。そして…
「おいでなすったぜ」
ベアーが、低い声でポツリと言った。果たして、目の前に立ちはだかるネズミが3匹。いずれも、シャドーくらいの体格だが『タダ者』では、なさそうだ。
“奴らの手も、黒いな。あの時のネズミの仲間か…?”
シャドー達が、相手をさりげなく観察していると
「おまえ達、よくノコノコやってこれたな?」
真ん中のネズミが、挑発するような口調で言い放った。
「はて。何のことかな?」
ベアーは、わざととぼけたような口調で返した。相手はその態度に怒ることなく、鼻でフンと息を漏らすと
「わざわざ、痛い目に遭いに来たとは…」
既に、ガンバの目は戦闘態勢だが、相手は動じない。
「それよりも、あんたら名前を名乗ったらどうだい?どうせそっちは、俺達の名はもう知ってるんだろう?」
シャドーの言葉に、相手はニヤッと笑った。
「いいだろう。俺は、ハラルだ」
真ん中にいた、切れ長の目のネズミが答えた。
「俺の名は、コタロ」 「俺は、カナロ。コタロの弟だ」
なるほど、両側のネズミは言われてみれば良く似ている。
「で?後ろの連中にまで、いちいち名前を聞かなきゃならないかな?」
シャドーの言葉に、ガンバはビックリして振り向いた。
「……!」
後ろにはいつの間にか、少なくとも自分達の倍以上のネズミが立ちはだかっていた。それも、全員黒い手をしていた。


ガンバ達が連れてこられたのは、薄暗くて狭い空間だった。そこに入ると、両手だけでなく両足まで縛られた。
「……」
彼らは、そこで身を寄せ合ってしゃがみこむ格好になった。
「…無抵抗にも、ほどがあるぜ」
ガンバは、口の中でブツブツ言った。
「あのな…力も数も分からない相手に、猪突猛進してどうする?くどいようだが、俺達の本当の敵は…」
ベアーが、低い声でたしなめるが
「分かってるよ…」
ガンバの、不満げな顔は変わらない。
「だったら、おとなしくしてな。いよいよ、って時まで暴れるんじゃねぇ」
その時
「…誰か来るぞ」
聞き耳を立てていたジャックが、小声で言った。しばらくすると、複数の足音がこちらに近づいてくる。
「……」
やって来たのは、ハラルと老いたネズミ。その後ろに、何匹かいるようだ。
「長老が、話をしたいと言っている」
ハラルは、感情のない声でそれだけ言うと、彼らの足だけ自由にした。もっとも、周囲を囲まれていて、それぞれが先を鋭く尖らせた木の枝を手にしている。
「断わっておくが、この先には毒を塗ってあるからな。一突きすれば、身体に毒が回って苦しみながら死ぬことになるぞ」
なるほど、尖った先の部分がやや黒ずんだ色をしている。
「死ぬなら、山猫の爪にかかって死にたいもんだ…」
シャドーが皮肉を決め込んだが、相手は動じなかった。
「さあ、一列で歩け」
それから、迷路のような狭い通路を通らされたガンバ達は、やっと広い場所に出た。
「長老…どうぞ」
ハラルが声をかけると、傍らを歩いていた老いたネズミがつかつかと前に進み出た。
“何だい、あの爺さんが長老様かい…”
ガンバ達が、腹の中で異口同音の感想を呟いていると、それを見透かしたように長老は、一つ咳払いをした。
「儂は、フトと言う。君らのことは、ハラルから聞いた」
歳の割には、張りのある声だな…と、彼らは思った。
「君らがここまで来た目的は、分かっておる。何、君らが初めてではないからな」
ガンバの顔に、ちょっと驚きの表情が出た。
「断わっておくが、儂らは誰かに助けを求めたこともなければ、助けを求める気もないのじゃ」
「そんな!それじゃ…」
思わずガンバが声を上げると、すかさず
「黙っていろ!」
周囲にいたネズミ達が、ガンバに向かって一斉に木の枝を突き付けた。
「……」
さすがのガンバも、面白からぬ顔で周囲を睨むしかなかった。
「その理由は何です?」
シャドーが、静かに尋ねると
「…君らに話しても、納得するまい」
素っ気ない返事に、シャドーはフンと鼻から息を漏らす。
「まあ、他所者に自分達の立場が分かるか…ってところでしょうが、一応お伺いしたいんですが」
長老の眉が、少し曇った。
「…儂らは、最善と信じるやり方を、守っているだけじゃ」
「最善…?」
「そう。山猫に根絶やしにされないための、最善の方法じゃ」
「そのためには、俺達のような他所者に、勝手なことをされては困る…?」
ベアーの低い声に長老は
「その通り。山猫を刺激するような真似をされては、我々の存亡に関わる」
「何でぇ、腰抜けな爺さんだな!何で、闘おうとしないんだよ!何で、山猫から逃げてばっかりいるんだよ!」
とうとう、ガンバが大声を上げた。
「…静かにしてろよ!」
今にも飛びかからん勢いのガンバを、ベアーが押さえこむようにして止めた。
「…で、その山猫を刺激しないための『誓いの印』が、皆さんのその『黒い手』だってわけですか?」
それまで黙っていたジャックが、ポツリと言った。


「……」
ほとんど陽が射さない場所に、ガンバ達は閉じ込められていた。
『君達には、ここでおとなしくしていてもらおう。君達の取る道は、二つに一つ。我々に従って、ここから出て行き二度と近づかない。
 あるいは、ここで死を選ぶかだ』
ハラルの、妙に丁寧な口調が耳に障ったが、おとなしくしているしかなかった。
『もし、山猫に君達のことが知れていたら、君達の無残な姿を山猫に捧げることになるから、そのつもりで』
ガンバの表情が『何だと!?』と言っていたが、声には出さなかった。
「…で、どうするよ?」
シャドーが、ポツリと言った。
「ハラルの言うように、ここを出ていくか?それとも、飢え死にするか?」
飢え死にと聞いて、途端にボーボが反応する。
「や、やだよ。そんなの…」
ボーボは、思わず大声をあげかけたが、周囲の雰囲気を感じて尻つぼみになった。
「飢え死にがいやなら、あれに刺されて悶絶死だぜ?」
背中からリッキーが、からかうようにボーボに言った。出入口の向こうには、見張りが例の枝を持って立っている。
「やめろよ!こんな時に!」
ガンバの苛立った声が響く。一同が、沈黙する中
「まあ、いずれにしても奴らは俺達を始末するだろうぜ」
ベアーが、ポツリと言った。
「だろうな。おとなしく出ていくと言ったところで、生きてここを出してくれるとは、限らない。例のガスで眠らされたら、後は分からねぇしな。
 意地を張ってりゃ放置され、いずれ飢え死に。あるいは、弱ったところを見計らい、山猫に知られたとか何とか理由を付けて、なぶり殺しにされるのかもな」
シャドーの言葉はまるで他人事のようだったが、口調は重かった。
「じゃあ、どうするんだよ?」
ガンバに声には、怒気に似た勢いがあった。
「運を天に任せるしか、ないんじゃないか?」
ジャックが、すかさず切り返す。
「……」
ガンバは、この気持ちをどこにぶつけて良いのか、といった表情で奥歯をギリッと音を立てて噛んだ。


果たして、2日後…

「さあ、ここを出るんだ」
あれから飲まず食わずのガンバ達は、さすがにフラフラだった。
“卑怯な連中だぜ…”
ガンバですら、喰ってかかる気力が起きないのだから、ボーボに至っては立っているのが精一杯だった。
彼らが連れて行かれたのは、広場のような場所で、そこには丸太のように太い木の枝が、6本地面に刺さっている。
ガンバ達は、その枝に身体を押しあてられ、手を後ろに回されて縛られ足も縛られた。
「気の毒だが、山猫のボスに君達のことを知られてしまった。ガルムは、君達の無残な最期を見せろと言っている。自らここを出ていくとは言わないようだし
 どうせ死を選ぶというのなら、その血を山猫に捧げてもらおう」
目の前には、不気味な色をした鋭い木の枝が、何本もこちらに向いている。
「やれ!」
ハラルの号令で突進してくるネズミ達を見て、ガンバはロックとの決闘が決着した直後、ロックの部下達が襲いかかって来た時のことを、思い出していた。
“あ、あの時も、フラフラで動けなかったっけ…そしたら…”
その時だった。不意に手足が自由になったような感じがすると
「こっちだ、早く来い!」
いきなり、誰かがガンバの手を引いた。

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22.赤手の一団

「う…」
ガンバが意識を回復した時、さっきより明るい場所にいた。
「あ…ここ、あの世ってやつか?」
ぼんやりした眼で、独り言のように呟くと
「バカ!何、寝ぼけてやがる」
聞き覚えのある声が、ツッコミを入れてきた。
「あ…ベアー…か?何だ、やっぱりあの世じゃんか」
すると
「だから!いい加減、目ぇ覚ませ!」
立て続けに、ガンバの頬に衝撃が走った。
「……!?」
手加減したとはいえ、ベアーの往復ビンタを喰らって、ガンバは我に返った。
「な…何…?いきなり何だよ!」
ガンバは、目の前のベアーに喰ってかかった。
「フン、その勢いなら安心だな」
ニヤリと笑うベアー。ガンバは、次第に記憶の糸がつながり始めた。
「お、俺…一体…?」
自分の手を、足を、身体を見渡しながらガンバが言うと
「助かったんだよ。殺されかかったところを、助かったのさ」
ベアーが、ガンバの肩に手をやって言った。
「そうだった…のか…あ、ボーボは?みんなは!?」
慌てて周囲を見渡すガンバに、ベアーは
「安心しな、隣にいるぜ」
それを聞いて、ガンバは身体の力が抜けたようになった。
「…そっか。ははは…でも、どうやって?」
「それがな…」
ベアーが言いかけた時、ガンバの背中の方から誰かが近づいてきた。
「気が付いたようだね」
何となく、聞き覚えのある声にガンバが振り返ると…
「ハ…ハ…ラル!?」
そこには、ハラルそっくりのネズミがいた。

「私の名は、ソラル。ハラルは、双子の弟です」
確かに、切れ長の目と言い、背格好と言いい、声と言い…そっくりと言うか、文字通りコピーしたようだ。
「……」
ただ、一点はっきり違うのは
「手が…赤いんですね?」
シャドーの言葉に、ソラルは笑ってうなずいた。
「まあ…弟達の一派に『対抗』する意味もありますが、山猫が嫌がる実を搾った液体に染めた結果です」
ソラルは、濃い赤に染まった手を見て言った。
「じゃあ…ハラル達のあの黒い手は…?」
「ええ。あれは、マタタビに染まった手なんです」
「またたび…?」
ガンバが、ちょっと不思議そうな声を出すと
「マタタビってのは、猫の好物だ。その実を前にすると、酔っ払ったようにフラフラになっちまう、不思議な実さ」
シャドーの説明に、ベアーが
「だが、ありゃ俺達ネズミには何の毒にも、実にも、ならないはずだぜ?」
「ええ。そのマタタビで手を染めることで、山猫に対して逆らわない意思を示しているようです」
「なるほど…黒手対赤手か?」
ジャックの言葉に、ソラルは笑って小さくうなずいた。
「情けない話ですが…事実上、分裂状態です。山猫を何とか排除したい気持ちは、同じだというのに」
「あ、あいつらにそんな気があるのかよ…」
ガンバが、思わず言ってしまう。
「ガンバ、良くある話さ。恐怖を抱く存在に、どうしても勝てないと分かると、それを受け入れてしまおうと言う…度が過ぎると、そこに信仰まで生まれる」
シャドーの話にガンバは
「バカバカしい!相手の言いなりになるんなら、闘おうって気に…」
思わず声を荒げたが、ソラルの顔を見て沈黙した。
「ガンバさんの言うとおりです。この森の生き物を守ると言うのなら、せめて我々だけでも闘わなければ」
ソラルが、話を続ける。
「コットの森には、我々野ネズミだけでなくいろいろな生き物がいます。我々にとっては敵と言える、キツネやイタチやヘビ…もちろん山猫もいました」
「なるほど」
「その状況が変わったのは、約1年ほど前のことです。山猫が、急にその数を増やし、群れを成して森の中を支配し始めたのです。
 そして、我々野ネズミを特に執拗に狙うようになりました…」
「山猫なら、野ネズミ以外も襲いそうなものだが?」
「ええ。しかし、なぜか我々だけ狙うのです。時には、野ネズミを襲うキツネやイタチを傷つけ、倒そうとして…まるで、獲物を横取りするかのように」
「…何か、変だな」
「ええ。そして、我々はガルムの存在を知ります」
「ガルムって…山猫のボスだろう?」
「ええ。あの身体…最早、山猫の大きさを超えた化け物です。そして、我々に服従するよう言いました」
「馬鹿な…」
「服従と言っても、奴隷になるのではありません。山猫に逆らわないことを誓い、山猫の生活環境を整え、食糧が乏しくなったら犠牲になることを厭わない…
 その覚悟があるか否かと、言うのです。ガルムの要求の前に、我々の意見は割れました」


『いいか!俺達が抵抗して勝てる相手かよ!?それに、もし俺達が全滅したら、山猫は新たなターゲットを狙うだけだぞ。リスや、ウサギや…それが全滅したら
 今度はキツネやイタチだ!結局、いずれコットの森は山猫だらけになっちまう!
 俺達が犠牲になることで、森の生き物のバランスが保てるなら、良いじゃないか』
『馬鹿なことを言うな!あのガルムを信じるのか?巧いこと言っているが、まずは野ネズミからやっつける気だよ!たとえ、俺たち全員がガルムに従うと言っても
 いざとなったら、難癖付けて全滅させる気だよ!
 奴らは、数と力で勝っているんだ。どう転んでも自分達の勝ちと思っているぜ』
『そんなことは、分からねぇだろう!?要らぬ刺激を与えて事を大きくするなら、時機を窺って動いても遅くはない』
『だから!そんな時機はやってこないよ!奴らがその気になれば、俺達を一撃で壊滅に追い込むだけの力があるぞ!』
『抵抗するだけが、道じゃねえぞ。単細胞!』
『目先だけを見て、逃げ回るのか。臆病者!』


「…こうして聞いてみると、どっちの意見も分からないでは、ねぇなあ」
ベアーが、腕組みして言った。
「そうか?森の動物がどうのって、俺には言い訳としか…」
ガンバは、あくまで不満な様子だった。
「うーん…もし、ガルムに野ネズミを全滅する気がないのなら、言うように山猫に服従するだけで良いのなら、下手に刺激するのは馬鹿げてるが…」
シャドーも首をかしげる。
「俺は、ソラルの考えに賛成だな。この森の野ネズミと山猫の、数や力や…単純に考えても、敵うわけがない。そんな相手が、どんな巧いこと言ってもなあ」
リッキーも、不満を漏らす。
「まあ、どっちにしろ俺達は、まだこの森の山猫にもガルムとやらにも、遭遇してないしな。相手を知ってからでも、遅くないんじゃないか?」
ジャックの意見に、一同はうなずいた。
「ボーボは、どう思うんだい?」
ガンバが、からかい半分ボーボに振る。
「おいらは…どっちにしたって、山猫に食べられるのは嫌だ…」
すると、ベアーがうなずいて
「そうだ、ボーボの言うとおりだ。俺達は、みすみす山猫の餌食になるために、ここへ来たんじゃねぇ。堂々と、山猫と闘おうぜ!」
「そうだよ!ここで、シッポを立てないでどうするんだい!」
ガンバが声を上げる。
「み…皆さん、それじゃ…」
「へへ…そのつもりで、ここまで来たんだ。やってやろうじゃねぇか!」
ベアーの気炎に、ソラルは安堵の表情を浮かべた。
「その前に…俺達は、まず敵を知ることだ。そして、黒手の連中と一致団結しないと、とてもじゃないが山猫と闘えないぞ」
シャドーの真剣な口調に、再び場に緊張が走る。
「まずは、野ネズミ同士の闘いか…」
「ガルムにすりゃ、野ネズミ同士の内紛も思う壷、ってとこだろうぜ」
「くそう…そういうことかよ!」
「だから、無暗に突進するんじゃねえぞ。ん、ガンバ?」
ガンバはちょっとムッとして
「チェッ、んなことないよ…」

2日後、ガンバ達は森の奥へと入って行った。
「いいか…山猫はもちろんだが、敵は多いから気を付けろ。それに、黒手の連中も用心するんだ」
慣れない土地、どこにいるか判らない敵…彼らの間に緊張がみなぎる。
“何でもいいさ、俺達は闘うためにここまで来たんだ!”
彼らは、緊張した表情で周囲を見渡しながら、一歩一歩進んでいた。

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23.伝説の親分

「その、ソラルの言う『親分』って?」
会話の中に良く登場するだけに、ベアー達が興味半分に尋ねると
「…もう、だいぶ前のことです」


この森に、一匹のネズミがやってきました。体格は、ベアーさんと変わらないくらいにがっちりしていて、日焼けした腕に碇の入れ墨がしてありました。
何よりも目を引いたのは、右目に黒い眼帯をしていたことでした。
『これかい?これはよ…俺が船乗りの親分として駆け出しの頃、凶暴なイタチにやられちまったのさ』
その親分に、なぜコットの森に来たのか聞いたら
『俺ぁ、常に冒険を求めているのよ。そして、ここに山猫がいるって聞いたんで、山猫と闘うためにやって来たのよ』
話を聞くと、過去にもイタチや野犬や…それこそ、ガルムに匹敵するくらいの強敵と、闘ってやっつけたと言っていました。
「ずいぶん、威勢の良い親分だな」
ベアーが、ちょっと笑いながら言った。
「でも、あながちハッタリでもなかったんです」
それは、親分がやって来て10日後。
『……!』
私達がビックリしたのは、親分が独りで山猫を一匹やっつけたことでした。
『こ、これを…あなたが?』
目の前には、何本もの木の枝が身体に刺さり、絶命している山猫がありました。
『し…しかし、どうやって?』
すると、親分は
『何、力じゃ敵わなねぇからな。ここを使ったのよ』
笑って、頭の部分を指さします。
『この辺りに、木の枝を尖らせて刺しておいて罠を作ったんだ。あとは…あの崖に山猫を誘い出し、ギリギリのところで山猫をかわしたのさ。
 勢い余って、ここに落ちたから…聞かせたかったぜ。あの、断末魔の悲鳴ってやつをよ』
もちろん、この一件は山猫を刺激することになったのです。次々と山猫…ガルムの手下が、親分を目の敵にして襲いかかりました。
しかし、親分は独りで山猫に手傷を負わせて、退散させてしまったのです。私達には、とても真似ができませんでした。
一つ心配を抱いたのは、このままではガルムを怒らせ、我々が皆殺しにされてしまうのではないか、と言うことでした。
『何だいおまえ達…山猫と徹底抗戦する気じゃ、なかったのか?山猫と討死するくらいの覚悟があったんじゃないのかい?
 そりゃ、命あってこそだが自分は無事に済んで、山猫は全滅させたいなんて、虫の良い話だぜ。自分の命を投げ出す覚悟をシッポに込めないと
 歯が立つ相手じゃあるまい!?』
と、どやされてしまいました。実際、その頃の私達には甘い考えが、心の片隅にあったのは事実でした。

『何だ、お前らは!?それでも、シッポのあるネズミかっ!』
親分が次に相手にしたのが、黒手の連中です。
『御託を並べやがって、結局は山猫の言いなりか?ああいう奴らが、いつまでも俺達をそのままにすると思うのか!上手いこと言って、結局俺らを薄汚ねぇだの
 取るに足りん存在だのと言って、皆殺しにするつもりだぞ!』
しかし、黒手の連中にその言葉が届く訳もなく…
『てめえら…文句があるなら、腕で来やがれ!この俺様を倒してから、四の五の御託を並べるんだな!』
黒手の連中にも、腕に自信のある奴が大勢いましたから、大乱闘になりました。
しかし親分は、そんな連中をことごとくノックアウトしてしまいました。
「…そいつは、すごいな」
さすがのベアーも、ちょっと度肝を抜かれた様子だった。
「私は、親分の度胸と腕っ節に敬服しました。すると、親分は…」
『ヘッ、そんなことに感心してねぇで…おまえは、この連中を率いてんだろう?ならば俺について来いと胸張ってシッポを立ててろ!空威張りでもかまわねぇ
 猪突猛進でも良いじゃねぇか。その代わり、常に仲間の先頭に立って敵の攻撃の矢面に立って、自分の命を捨ててでも、シッポを立て続けるんだ!
 そうすりゃ、周りはお前をリーダーとして認めてくれるだろうぜ』
私は、彼を文字通りの親分と決めました。まあ、そう呼ばれることを好まなかったようでしたが…


「それは良いが、事態は悪化したんじゃないか?」
シャドーの言葉に、ソラルはうなずいた。
「そりゃ…山猫は刺激するし、黒手の連中には睨まれるし。確かに、山猫の言いなりにならない覚悟で集まった連中ですが、まだ闘い方や方向性が見えていない
 時期でしたから、少しのことで浮足立ったのは事実でした」
私は、山猫に抵抗する野ネズミのリーダーとして、彼らと闘う決意を固めました。
『よし、まずは仲間の意思を確認するんだ。少しでも尻込みする奴は、例えお前が信頼する奴でも、組み入れるな。やる以上は、一致団結だ。
 死んでもいい、ってくらいの奴を集めないと、統率が取れないで無駄死にするだけだ』
親分の言葉は、一つ一つが私への教えでした。
『…闘うにしては、武器が乏しいな。相手は、それでなくても俺らの何倍もある身体をしている。武器が必要だが、木の枝ではなあ。枝の先に塗る毒も
 俺らを殺すのには十分でも、山猫を倒すほどではあるまい?』
『そうですね…でも、武器と言っても…』
『こういう時に、人間様を利用するのさ』
親分は、ニヤッと笑って言ったのです。確かに、人間達は森の周囲や一部は森の中にも、住んでいました。時折、食糧を失敬しに行くことがありました。
『こういうものを、利用するのさ』
親分が選んだのは、硬く重く鋭いものばかりでした。人間は、それを釘とかフォークと呼んでいるようですが…
『良く、そんなものを知っていますね…』
『何、昔使ったことがあるからよ。身体の大きさが違っても、これで攻撃すりゃ相手は怯むものだ。上手くやれば、相手を倒すこともできる』
私は、親分の話と手際に感心しましたが、実を言うとこんな武器を扱ったことがなく、最初は扱いそのものに戸惑いました。
一方で、私は共に闘う仲間を集めに奔走しました。
山猫に屈するのは厭だと言うものの、いざ命を捨ててでも闘うか…となると、態度が曖昧になる仲間もいました。
『そういう奴を、無理に前線に出すな。かといって、爪弾きにするとかえって厄介だ。後方支援なり、予備軍なり、何らかの使命を与えておくんだ。
 要は、自分達も闘うんだと言う気持ちを、自然に高めていくことが肝心なんだ』
結局、すぐにでも闘う気持ちのある仲間は、思ったより少なかったのです。
『まずは武器の扱いと、闘い方の練習からだ。俺は、野ネズミを代表して山猫と闘う!みんなも、命を捨てる覚悟で闘おう!』
嬉しかったのは、みんながこんな私の声に応えてくれたことでした。
『俺は、補佐役。リーダーは、お前だ』
親分はそう言って、仲間の前では補佐役に徹して、私を立ててくれました。とは言え、いざとなると腹に力の入り具合は親分の方が上手です。
仲間を一喝するのは、いつでも親分の役目でした。
『…いよいよ、だな』
闘いの訓練をした私達は、山猫に闘いを挑むことにしました。

『いいか、俺達にとって初めての闘いだ。山猫の力を知ることも、大切なことであって何が何でも勝とうなんて思うな。いざとなったら、引く勇気も必要だ』
リーダーの訓示としては、甚だへっぴり腰なものでしたが、やたらに仲間を鼓舞してはかえって無駄死にさせると、親分に言われていたのです。
『この辺りだ…』
森には、ぽっかり空いたような空間が、何か所かあります。そこだけ、木がなく上から陽の光が降り注ぎ、草花が一面に広がる空間です。
そのそばに、川や泉があれば文字通り楽園と言うか、動物達の憩いの場です。もっとも、山猫には憩いの場であり獲物が集まる格好の場でした。
『確認するが、おとり役は山猫を引き付けるんだ。俺達が、山猫に服従しない連中だということは、分かっているはず。おびき寄せて、攻撃する。
 おとり役も、素早く攻撃側に回るんだ』
私達は、早速作戦を実行しました。案の定、辺りをウロウロしていた山猫が、おとり役の仲間を見つけ、襲いかかってきました。
『…来るぞ!』
必死に山猫を引き付けて、逃げてくる仲間達を、私達は息を殺して見守っていました。ところが…
『ククク…後ろにも、眼を付けておくんだったな』
突然、私達の背中から不気味な低い声がしたのです。慌てて振り向くと、繁みの蔭からギロッと光る眼が!
『うわあああっ!』
そう、私達の作戦は見事に読まれていたのです。私は、リーダーとして武器を手に山猫に立ち向かっていきました。
必死に釘を突き出し、山猫の身体を狙いますが、相手の俊敏な動きに全く付いていけません。
『ぐわっ…!』
とうとう、山猫の前足に身体を吹っ飛ばされて、木に激突してしまいました。
『こ…殺される…』
しかし、山猫はほんの様子見とばかり、本気を出さずに去って行きました。
いろいろな意味で、私達の惨敗でした。命を落とした者がいなかったのが幸いでしたが、全員怪我を負っていました。中でも、親分は山猫の爪にやられて
身体に大きな傷があり出血もひどく、その様子に私は焦りました。
『…俺も、ヤキが回ったな。見事に、山猫に手玉にとられた』
『……』
いろいろな意味で、私は意気消沈していました。すると
『お前は、リーダーだろう?お前がそんな顔していてどうする?傷付いた仲間を労わり仲間の闘志を消さないようにし、この経験を次の闘いに生かすんだ。
 俺のことなんかは、後でいい』
親分に背中を押されて、私は仲間達の面倒を見ました。幸い、私が危惧したほど仲間達の心は、負けていませんでした。
山猫の怖さを知ってなお、そこから逃げるのではなく、山猫をやっつけようと言ってくれました。
『み、みんな…』


その後、親分は傷が癒えるとコットの森を去りました。
『もう、お前達の団結は本物だ。俺が、いちいち口を出すこともなくなったぜ』
その後、親分の消息は誰にも分かりません。

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24.ゴールドとシルバー

コットの森の奥に、岩がむき出しになっている個所がある。
その昔、地震や地殻変動によって隆起したと言われる場所だ。やがて、植物が生え木が育ち、森になったのが現在のコットの森だ。
その岩場には、自然の洞窟や岩穴がたくさんある。山猫・ガルムは、その一角を本拠地にしていた。
内部は複雑な自然の迷路で、野ネズミ達には背丈ほどある岩がゴロゴロあり、山猫ならひと飛びでも野ネズミには落差激しい岩場が続く。
さらに、その洞窟の入口の前には、草木一つ生えていない荒涼とした部分がある。
「……」
そこへ、一匹の山猫がやって来た。銀色の毛に覆われた身体に、虎のような黒い模様が描かれている。山猫は、勝手知ったるとばかり洞窟へと消えていった。
「……」
洞窟に入ると、それまでの明るい場所から一転し薄暗くなる。山猫の目がギラリと光りやや慎重に、奥へと歩を進めた。
「俺だ。ガルム様に、お話がある」
やがて、洞窟の奥に進むと門番のように立ちはだかる、二匹の山猫がいた。
「どうぞ。ガルム様は、奥です」
山猫が奥に入ると、中はかなり広い空間だった。岩の隙間があるので、斜め上の方から陽の光が差し込んでいて、中は、それまでに比べると明るい。
「ガルム様…」
山猫は、奥に向かって呼びかけた。すると、奥の方で影がゆっくりと動いた。
「シルバーか…何か、あったか?」
影の中から、猫の目が鋭く鮮やかな光を放った。
「はい…野ネズミどもに、良からぬ動きが」
「赤い手の連中が、他所者に刺激を受けている…と言う話かな?」
すると突然、横から誰かが割り込んできた。
「ゴ…ゴールド!?」
のそりと目の前に現れたのは、濃い黄色の毛にこげ茶の縦縞が全身に通っている山猫であった。
「相変わらず、ワンテンポ遅い奴だ」
「お前に、言われたくないわ!」
二匹は、敵意むき出しで睨みあった。
「止さんか!」
周囲に反響する声で頭の上から怒鳴りつけられ、二匹はビクッと身体を震わせて、その場に固まった。
「お互いに、自分の失策を棚に上げおって…このような事態を、ネズミ共に始末させるよう、奴らをコントロールをするのが、お前の役目のはず!」
暗闇の中の眼が、ゴールドに強烈な光を突き刺す。
「…申し訳ありません」
続いて、その眼はシルバーにも強烈な光を突き刺した。
「我々に抵抗する野ネズミ共は、血祭りに上げろと言ったはずだ。それを、ここへ来るのに、なぜ野ネズミの死骸の一つも持ってこないのだ!」
「申し訳ございません…」
二匹は、その場にひれ伏した。
「お前達には、余の目的が分かっておろう。その目的達成のため、余はお前たちを片腕と頼むのだ。それがこの様とは…」
二匹は、ますます小さくなる。
「ここで余がクドクド言わずとも、己の使命は分かっておろう!余が、こうして与える意味を、良く考えるのだ!」
シッポと思しき影が動くと、黒い実が二つ転がり落ちた。
「…有り難く、頂戴します」
二匹はそれを口にくわえると、立ち上がってガルムに背を向けた一瞬、お互いを敵意の火花が散る眼で睨み合った。
そして、先を争うようにその場を去ると、コットの森にあるそれぞれの根城に戻った。
“まったく『あれ』を支配しているだけで、威張りくさって。野ネズミ共を、血祭りに上げるのは容易いこと。だが、闇雲に殺ったら野ネズミはもちろん
 森の他の動物を警戒させてしまうではないか!直接、歯向かう野ネズミ共は容赦なく殺るわ”
腹の中でガルムに対する不満を爆発させながら、シルバーは前足で例の実を弄んでいたが、次第にうっとりした表情になった。

一方…

“まったく…野ネズミ共への締め付けが甘かったような言い方だが、ジワジワと進めていくと言ったのは、どこのどいつだ。大体、締め付けを強化すれば
 野ネズミ共は警戒し結束するではないか。己の欲望の前に、好き勝手を言いやがって…”
ゴールドもまた、ガルムへの不満を抱きながらも、黒い実を鼻先で転がしていたのだが、こちらも次第にゴロゴロ喉を鳴らし、気持ち良さそうな表情を浮かべる。


「…ハラルよ」
「はっ」
「この度の失態、どう始末する?」
「…申し訳ありません」
「詫びの言葉など良い。他所者や、赤手の連中を刺激する者は、お前達の手で排除することになっておろう。それが、このザマか?
 お前達が手を黒く染めた意味、分かっているのだろうな?」
ゴールドに睨まれて、ハラルはますます身を固くした。
「分かっているのであれば、くどく言わんわ。早く、結果を見せることだな」
ゴールドの元を去ったハラルは、次にシルバーの元へ向かった。
「ガルム様は、お怒りだぞ。お前達に出来ぬのなら、俺が手を下すまで」
「そ、それは…」
「何だ?」
「それは、コットの森の生き物に、徒に恐怖を与えてしまいます」
「ならば!」
シルバーは、大きな口を開け鋭い歯を剥き出しにした。
「お前の使命、分かっておろう!」
「…はい」
「俺らが、お前達ネズミを根絶やしにすることなど、容易いこと。だが、お前のように俺らに従う姿勢を見せるのなら、むざむざ殺しはしないと言っておるのだ。
 そのバランスを崩す者を、お前たちの手で始末しろと言っているのだ!」
「…はい」
引き上げるハラルの、すっかり小さくなった背中を見て
“どうせ、ゴールドの奴にも同じように言われているはず。そうなれば、意地になって他所者を排除するだろう。場合によっては、同志討ちを始める。
 いずれにしても、好都合なことだ…”

一方のゴールドも
“これを引き金に、野ネズミどもを皆殺しにするも良し、野ネズミどもを支配することで、ガルム様の力を見せつけ、他の生き物への支配を強固にするも良し。
 いずれにせよ、ガルム様のご機嫌を損なうことなければ『あれ』にありつける”
そして、二匹は共に
“あわよくば『あれ』を、我が手に収めることによって、ガルムなど叩き出してくれるのだが…”


「何、ハラルからの使い?」
翌日、ソラルのところへ一匹のネズミがやって来た。
「で、用件を聞こう」
相手は、両膝を地面に突いて黒い手を膝に乗せ、前傾姿勢のまま
「はい。ハラル様からのご伝言…ソラル様とお話を致したく、明日の昼にシフの地まで、お独りで来ていただきたい」
ソラルは、少し考えてから言った。
「承知した、と伝えてくれ」
「はい」
一方、ハラルの元にも、ソラルからの赤い手の使者がやって来ていた。
「…ハラル様とお話を致したく、明日の昼にシフの地まで来てもらいたい。ついては、お独りで来ていただきたい」
ハラルは、少し考えてから言った。
「承知した、と伝えてくれ」
それぞれ、使者が去った後では周囲の者が異口同音に
「あれは罠だ。お前の命を狙う罠だ」
リーダーに言ったが、ふたりとも
「尻込みはしていられんだろう。例え、罠と分かっていても行かねばならん」
と、動じる様子はなかった。さらにふたりは
「それに、独りで来いと言っているんだ。誰も付いて来るな。俺を、卑怯者にするような奴は、俺の手で始末する」
さてその一方、二匹の『使い』は、それぞれの元を離れると途中で合流すると、コットの森の奥へと向かった。そこは…
「戻ったか…で、ソラルとハラルは、何と?」
「はい。承知した、と」
「こちらも」
「よろしい。この後も、頼んだぞ」
ふたりは、何かを受け取ると立ち去り際に、岩から染み出す水に手を出した。すると、それぞれの手を染めていた、赤と黒の色があっさりと落ちた。
「ふたりが揃ったところで、ハラルにソラルを殺らせればいい。リーダーを失った赤手の連中など、簡単に屈する。他所者とやらは、血の海に沈んでもらおう」
岩穴の奥でニヤリと笑うシルバーは、物陰から気配を消してその場から立ち去るゴールドに、気付いていなかった。


翌日の昼、指定の場所にソラルとハラルが現われた。だがふたりとも、顔を布で隠している。
「……」
しばらく対峙していたふたりは、いきなり顔を覆っていた布を取り去った。
「…やっぱりな」
ふたりは、ほぼ同時に言った。
「あんな安っぽい罠に、引っ掛かるソラル様じゃない!」
「それは、ハラル様とて同じことだ!」
ふたりは、背格好が良く似た『影武者』だったのだ。
互いに、ニヤリと笑って対峙していると、そこへ怒気のこもった声が響いた。
「おのれ、野ネズミども!この俺様を欺こうとは!」
ふたりの目の前に、怒りに毛を逆立たせたシルバーが現われた。
「……!?」
突然のことに、身動きが取れなくなったふたりを、シルバーの鋭い爪が襲った。
「うああああっ…!」
一撃で絶命させたことに飽き足りないシルバーは、ふたりの死骸を口にするとその歯で手足を喰いちぎった。
「ククク…抜け駆けの失態は、哀れなものだな…」
背後からゴールドの声がすると、シルバーは血まみれの口で憎悪の表情を作って、相手を睨みつけた。

25.黒い陰謀

「俺の失敗を嘲笑う気か?とことん悪趣味な奴だ!」
今にも飛びかからんばかりの勢いで、シルバーがゴールドを睨むと
「…まあ、落ち着け。ここは、お互い手を組まねぇか?」
意味ありげにニヤッと笑いながら、ゴールドが提案を持ちかけた。
「手を組む…?」
シルバーの口調には、明らかに疑いと嫌悪の色が出ていた。
「野ネズミどもを一掃し、それを俺らの手柄にするのさ」
「俺ら…?俺の、の言い間違いじゃねぇのか?」
シルバーの皮肉に、ゴールドは怒ることも呆れることもなく続ける。
「お前だって『あれ』を、いちいちチマチマもらっていても、つまらねぇだろう?」
ゴールドの口調は、いやに落ち着いていた。
“こいつ…何を、企んでいやがる?どの道、奴がおいしいところを、持っていくつもりだろうが…ここは、話を聞いてやるか”
「で?お前に考えがあると言うのか?」
ゴールドは、我が意を得たりといった顔で
「もちろんだ。まず、その野ネズミ2匹を、利用するとしよう」
「どうする気だ?」
「この死骸を、俺達に歯向かったなどと言いがかりの材料にして、今度は本物のソラルとハラルを呼び出す。そして、どちらが仕向けたとか問い詰めれば…」
ゴールドが、意味ありげに笑った。
「なるほど。奴らのことだ、簡単に同志討ちを始めるな」
シルバーも、その意味を理解してニヤリとした。
「そこを襲うのさ。主だった連中を一網打尽にすれば、後はザコだ」
「で、ガルムにはどう言うつもりだ?」
「そこよ。例の他所者が双方に要らぬことを言って扇動し、黒手と赤手が共謀して我々に歯向かった。そこで、止む無く奴らを壊滅させた…」
「フッ、悪知恵は良く働く奴だ」
「皮肉の応酬は、そのくらいにしようぜ。早速、実行だ」
森の奥に消える、ゴールドとシルバー…その背中を、草むらの中からジッと見ていた影は、シャドーだった。
「ヘッ、薄汚ねぇ山猫どもだ…」


間もなく、森に不気味な空気が伝わった。それは、何かの遠吠えのようだった。
「あれは…!?」
「どうしたい?ソラル…」
ベアーの問いかけに
「山猫が…怒っている…お、俺を呼んでいる!」
「何だって!?」
ガンバがすかさず反応する一方、ソラルは、複雑な表情で何か覚悟を決めたような感じだった。
「おい、ソラル…?」
ガンバが声をかけると、ソラルは
「…行かねばなりません。しかし、独りで行かないと。誰も…そう、誰も一緒に行かず、後を付けることも…まして、ガンバさん達は絶対に来ないでほしい」
「どうして!?」
納得がいかないとばかりに、ガンバが大声を上げる。
「山猫は、赤手と黒手のリーダーだけを呼んでいます。暗黙の掟なんです」
ソラルの仲間が、ガンバに説明する。
「分かったよ。どうやら、時間がなさそうだな。早く、行かねえと?」
ベアーが、ガンバを半ば羽交い締めにしながら、ソラルに言った。
「行ってくる…みんな、後は頼んだぞ」
背中越しに仲間に声をかけて、ソラルは飛び出して行った。
「は…離せよ、ベアー!あ、あいつ…死ぬ気だよ!」
ベアーの腕の中で、ジタバタ暴れるガンバ。それを抑え込みながら
「分かってるさ。だが、どうしようもねぇ!」
「何…おい?じゃあ、ソラルを見殺しにするって言うのかよ!?」
「ソラルは、その覚悟だからさ。自分が身体を張って、山猫の怒りを鎮めようと…」
「馬鹿言うな!山猫が…それで、終わりにするかよ!?」
「ったく!シャドーが、探っているんだ。この一件にゃ、何か裏があるってな。だから、ここは事態を見守るんだ」
「だけど…だけど、ソラルが…あいつの命が…」
半分涙声になるガンバ。
「ガンバさん、お言葉は嬉しいです。俺達も、ガンバさんと同じです。しかし、ソラルはリーダーとしての使命を…手出しは…したいけど…できない…んです」
仲間達も、涙をこらえていた。

「フフフ…今度は、本物が揃ったようだな?」
ゴールドとシルバーを前にして、ソラルとハラルは必死にその迫力に気圧されまいと、腹に力を入れていた。
「どういう意味です?」
ソラルの言葉に
「こういう意味さ!」
シルバーが前足を動かすと、彼らの目の前に二匹の死骸が転がった。
「……!」
一瞬、ふたりは事態を飲み込めなかったようだが、それが自分達の『影武者』であると気付くと、その場に固まったまま動けなくなった。
「どうもこいつらは、良からぬ話をしていたのでな…」
ゴールドの言葉に、ふたりは唖然とした。
「早い話、我々に刃向かう相談を、内密にしていたのだよ。ククク…我々の目を欺けるとでも、思ったのかな?」
ゴールドの言う『良からぬ話』は、ふたりには全く身に覚えがなかった。
「問い詰めたら、こいつらはお前達の代理だと言うではないか。と言うことは…すなわち、お前達の企みと言うことだな!」
シルバーが、ふたりを吹っ飛ばす勢いで大声を上げた。
「と、とんでもない!この、黒手に誓って…!」
慌ててハラルが、弁解しようとする
「フン、こっちにも身の覚えのないことと、はっきり申し上げる!」
ソラルは、ハラルを一瞥して言った。
「お、お前の口から、そんなセリフを聞きたくはない!」
ハラルが、ソラルに噛みついた。
「コットの森の平和のために、お前如きと手を組むことなど無いという意味だ!」
ソラルも、負けじと攻撃する。
「黙れ!よくも、我々の前で見苦しい内輪揉めを!場を弁えろ!」
ゴールドとシルバーに同時に一喝されて、さすがのソラルとハラルは、後ろに吹っ飛び仰向けに倒れた。
「お前ら…この後始末、どうするつもりかな?」
死骸を前足で踏みつけて、ゴールドとシルバーがにじり寄って来た。
「我々が、手を下しても良いのだぞ?それとも…」
山猫の二つの大きな口が、ふたりの至近距離まで迫って来た。


「な…何ですって!?」
戻って来たソラルの話を聞いて、仲間達は驚愕した。
「わ、罠だ!黒手の奴ら…」
「いや、違う!山猫の仕組んだ罠に違いない。俺らは、はめられたんだ!」
ざわつく仲間達を前に、ソラルが大声を上げる。
「静かに!確かに、これは誰かが仕組んだ罠だ。だが、それが誰の仕業であったとしても、今の我々には山猫に対して誤解を解かねばならない」
「まあ、山猫にしてみれば、ソラル達を最も怪しんでいるだろうな」
ベアーが、腕組みをしながら言った。
「いいかみんな、これは野ネズミに対する罠だってことは、分かるよな?それが、我々だけなのか、野ネズミ全体になのか…行ってみなけりゃ分からない」
ソラルは、全体を見渡して一段と大声を上げた。
「よし、みんな行くぞ。相手が山猫でも、ハラル達でも、命かけて闘うぞ!」
一方のハラル達も、団結を強めてシフの地へ乗り込んできた。
「よく来たな。山猫と同じく、俺らからも逃げると思ったぞ!」
ソラルの挑発に
「くどい手を使わず、正面から来たのは褒めてやるぜ!」
ハラルも応戦する。
「……」
睨みあうふたりと、彼らが率いる一団…緊張が高まる中、突然
「止めな、ふたりとも!」
草むらの中から、シャドーが現われた。一同が、ちょっとざわめく中
「ふたりとも、こいつらの顔は覚えてるよな?」
シャドーが連れていたのは、後ろ手に縛り上げた二匹の野ネズミ。
「この間の使いの、偽者か?染めた手と塗った手の違いくらい、見抜けるぞ」
ハラルの言葉に
「それは、こっちも同じこと!くだらん手を使いやがって!」
ソラルがかみつく。すると
「では、ふたりはわざわざ偽者を仕立てて、それぞれのところまで、ニセの伝言をしに行かせたのかい?それとも、こいつらはお互い見知らぬネズミだとでも?」
「……!?」
「どうやら、こいつらを知っているのがいるらしいぜ。なあ、ゴールドにシルバーとやら!」
シャドーが、辺りに響くような大声を上げた。すると…
「おのれ…よくも、計画を邪魔したな!」
姿を現したシルバーに、集まった野ネズミ達がざわつく。
「残念だったな。俺達がそそのかしたため、黒手と赤手が共謀して、山猫に刃向かったから、止む無く皆殺しにした…って筋立てだったっけ?
 それより、相方の姿が見えないようだが?」
その言葉に、総毛立ってシャドーに襲いかかったシルバーの姿は、彼の言葉を裏付けていた。シャドーは、シルバーの爪をかわすとソラルとハラルの前に立った。
「…って言うことだ。分かったかい?」
「ありがとう、シャドー」
ソラルは、礼を言ったが
「そ…そういう…ことだったのか!」
ハラルは、シルバーに向かって突進した。
「手を…この手を、ここまでにしたのは…ゆ、許せない!」
「よ、よせっ!ハラル!」
ソラルの叫び声と、辺りに鈍い音が響き渡るのと、ほぼ同時だった。
シルバーの爪が、ハラルの身体を引き裂いたのだった。
「ハ…ハラル!」
真っ赤な血を吹き出し、宙を舞ったハラルの身体が、ゆっくりと落ちていくのを、その場の誰もがスローモーションのように見ていた。
「ハラル!」
ソラルが駆け寄った時には、ハラルは既に虫の息だった。
「お…俺…まちが…て…たんだ。兄さ…ゆ…る…し…」
自分の腕の中で息を引き取った弟を、ソラルは泣きながら抱きしめていた。

第5章・完
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