眼-eye- 07

《8》

 幾つの角を曲がっただろうか。上がったり下がったり、正直覚えていられないほどの距離を行った所で、執事は立ち止まった。
「こちらの部屋で、セト様はお待ちでございます」
 そう言って、一歩下がる。入れ、という無言の意思表示なのだろう。おれ達としても、入らない訳にはいかない。ドアに触れて、真由を振り返る。真由は緊張した面もちで、しかししっかりと、頷いた。そうしてドアノブに触れようとした時に、意外な横槍が入った。〈七輝。この部屋に入った場合、私との交信が途絶える可能性があります。それを、考慮しておいてください〉
「……どういう事だ?」
〈不明。解析不明のフィールドが、この部屋に張り巡らされています。以前、浮揚車を強引に発信させられたものと同様のエネルギー波を感じます。このフィールドは、人工知性体の干渉を防ぐ為のものかもしれません。注意を〉
「分かった」
 ホルスの言葉に頷いて、おれはドアノブを回す。押し開ける。
 そこは、半ばは予想していた通りだった。何調だかおれには知識はないが、豪華な中に落ち着いた調度でまとめられた室内だった。ただ、予想に反していたのは、その中に医療機器が我が物顔で場所を占拠していた事だった。そして豪奢なベッドに、貴公子と呼んで差し支えないだろう青年が、半身を起こしていた。
「お前が、セトか?」
 思わず、おれはそう問いかけていた。声から気障ったらしい男を想像してはいたのだが、まさか病人だとは思わなかったのだ。ちらりと確認した限りでは、しかし真由はさほど驚いた風でもなかった。まさか予想できていた訳でもなかったろうが。
 ベッドに寝ていた青年は、軽く頷いた。
「そう。私が、セトだ。君達をここに誘った、張本人。驚いたかい?私が病人だと知って。だが気にする事はない。私は、不死身だ」
「不死身の病人というのも珍妙な存在だな。病人だというなら、無理におれに殺される必要はないだろう。不死身だとしたら、どうやっておれに殺される気だ?」
 そう。こいつは確かに言った。自分を殺させる為に、おれを呼んだ、と。一体どうやって、おれに殺されたいというのだろうか、こいつは。
 セトは、おれの手に握られているサイ・ブラスターを指し示した。
「その銃。サイ・ブラスターなら、私を殺す事ができる、この世でたった一つ、私を殺す事ができる銃だ」
「それが、不死身の男でもか」
「そう。なぜならサイ・ブラスターは、正確にはその中にあるシムカ・ジェムは、この世のものではないからね」
「シムカ・ジェムだと?そんな高価なものが、おれの銃の中に?」
 シムカ・ジェムとは高価なエネルギーの結晶体だ。恒星間宇宙船のエネルギー源に使われていたりする。たった一握りの結晶が、莫大なエネルギーを発するのだ。そのエネルギーがどこからやってくるのか、解明した者はまだ誰もいない。ともかく利用法だけは分かったので、利用している。そんな、怪しげなエネルギー源だ。数は、少ない。だから希少価値も高い。そんなものが、おれの銃の中に入っているとは、予想の外だった。しかしこいつは、何故それを知っているのか。
「不思議そうな顔だね。何故、私が君の秘密兵器の謎を知っているのか、それを訝しげているのかな。答えは簡単だ。私と君のシムカ・ジェムとは、互いに引き合う存在だからだよ」
「シムカ・ジェムが、引き合うだと?そんな話、聞いた事もない」
〈いえ、可能性はあります〉
 おれの言葉を否定したのは、以外にもホルスだった。
「ホルス。お前、入ってこられたのか」
〈はい。何故か、拒まれませんでした。罠かもしれないという危惧はありましたが、それよりもセトという人物を確認する方が、重要性が高いと判断しました〉
「それで、可能性というのは?」
〈アウトプットに対するインプットの関係です。片方のシムカ・ジェムからインプットされたエネルギーが、もう片方のシムカ・ジェムからアウトプットされているとすれば、エネルギー全体としてのバランスが取れます〉
「ホルス君の答えは、一部は的を射ているが、概ねは外れだ」
 セトが発言した。
「シムカ・ジェムに蓄えられているエネルギーとは元々存在しない。ならあの莫大なエネルギーは、何処からやって来ているというのか。答えは、別の世界からだ。シムカ・ジェムは、別世界からエネルギーをくみ出すための存在なんだよ」
「別の、世界だと?」
「そう。この世界には、そういったものがごろごろしている。この世界では本来有り得ないモノだ。例えば君の隣に立っている女性。彼女もその一例だ」
「真由が?」
 おれは真由を振り返る。しかしそこで見られたものは、おれと同じように驚いた彼女の顔だけだった。しかし驚いていたのも一瞬。真由は、セトに詰め寄った。
「私が、何の一例だと言うのですか?私が、この世界の存在ではないという証拠が、あるのですか!?」
 セトは、悠然とした態度を崩す事はなかった。
「君は内心、疑っているのではないかな?自分が、この世界の住人ではないという事に。それは君の発言からも感じ取れる。この世界の存在ではないという証拠、この発言こそがその証拠だ」
 真由は悔しそうに立ちつくしたが、再反論をしようとはしなかった。そんな真由の肩に手を置いて、おれは進み出た。
「真由がどこの世界の存在だろうと関係ない。彼女は、おれのパートナーだ」
 真由は驚いたようにおれを見なおした。
「七輝さま……よろしいのですか?」
 おれは頷いた。
「構わない。お前がどこの世界の存在だろうと、真由である事には変わりはない。おれにとっては、それで十分さ」
「成程ね」
 セトもそれで納得したようだった。再び口を開く。
「しかし、サーヴァントという言葉に、聞き覚えがあるはずだ。そのことについては、教えておこう」
「ああ。おれもそれは聞きたい。真由も、いいか?」
 彼女はしっかりと、頷いた。それを確認して、セトも口を開いた。
「サーヴァントとは、ある世界において捨てられた者たちだ。何らかの試験で、不適合とされた者たち。そんな者たちが、この世界へと流れ込んでくるんだ。その者たちを称して、サーヴァントと通称される」
「なぜ『サーヴァント』なんだ?呼び方なら、他にも幾らでもあるだろうに」
「それを判別できるのは、やはりこの世界以外の人間しかいないからさ。彼ら、彼女らは、サイファとパートナーを組み、危険な任務に身を晒す事になる」
「サイファか。ここに来てやっとその単語が出てきた気がするな。しかしなぜ、サイファとサーヴァントが組まねばならない?別にサーヴァントが、レストランのウェイトレスをやっていたって問題ないだろう」
「サーヴァントの、才能の問題だ。彼らは非常に優秀な個人戦闘能力を持っている。サイファと組ませるには、最適なのさ」
 確かに真由も、射撃の能力は凄まじいほどに高かった。だが、それだけで危険な任務に就かせているのだとしたら、やはり納得がいかない事だとおれは思う。彼女には、もっと豊かな可能性があるはずだ。例えば朝食を作ってくれた彼女は、家庭の似合う女だとおれは思うし、他の誰かだって、何かしら取り柄があるはずだろう。それを戦いで磨り潰すなんて、それこそ人的資源の無駄遣いだとおれは思った。
 その思いを口にすると、セトはくぐもった笑いを浮かべた。
「人的資源の損耗か。それこそが、狙いだとしたらどうかな?なかなかに考えられたシステムだとは思わないかい?」
「どうしてそんなシステムが必要になる?」
「この世界が、うば捨て山だからさ。サーヴァントを、生み出す世界にとってはね。サーヴァントは、限りなく生み出されてくる。しかしこの世界だけでは、それを支えきれない。今はまだいい。火星の土地には余裕があるからね。しかし将来はどうなるか。サーヴァントで埋まった火星。それを想像してみるのも、悪くはないと思うよ」
「……サーヴァントとパートナーを組む、サイファはどうなんだ?以前お前は、サイファとは超能力者の事だけではないと言った。まさかサイファも、異世界の人間なのか?」
 セトは首を左右に振った。
「いや、サイファとはこの世界の人間だ。基本的にはね。中にはサーヴァントでありながらサイファである者もいるが、それはこの際考慮に入れないでおこう。サイファとはこの世界にありながら、別の世界に接続する事ができる者を指す。彼らの超常的な力は、その世界から流れ込んでくるエネルギーを動力源としてのものだ。逆に言えば、異世界に接続する事のできる者こそがサイファであって、超能力はその力が具現化された者に過ぎない、と言い換える事もできる。」
「異なる世界に接続できる?おれにはそんな事できやしないが」
 セトは動じなかった。
「君に限定して言えば、君の肉体能力が極限まで増大している時にのみ、異世界とのゲートが開く。異世界の力が、君に流れ込んでくるんだ。だが、君の本当の価値は、そこにはない」
 そこからおれの価値とやらについての演説が続くのかと思ったが、それはなかった。変わって、サイファについての演説へと趣旨が変更したようだった。
「君以外のサイファ、ごく普通のサイファは異世界へと通じるゲートを開く事ができる。だが開かれた方も、毎度毎度気付かない訳ではないのだ。中にはそのゲートを使って、こちらの世界に干渉しようとしてくる者もいる。例えば、先程君が戦った兵頭という男。あれは別世界から完全に干渉を受け、操られた状態だった。一度そうなってしまえば、死ぬまで、その束縛から逃れる事はできない」
「……それが、兵頭の言っていた『ゲーム』の内容か」
「その通りだ」
 セトは頷いた。
「世界の向こう側から干渉してくる者には大した被害はない。それこそスリルだけを楽しむ事ができるだろう。だがこちらの世界の、乗っ取られたサイファは不幸だ。殺されれば、死ぬしかない」
「おれ達の世界は、兵頭の元居た世界にとっては架空世界に近い訳か。それが、事実でなかったとしても」
 セトは肩をすくめた。
「事実など関係ない。その世界において、ヴァーチャルなスリルを演出できれば、その世界にとっては何の問題もないんだ。こちらの世界の問題など、細事にすらならない。何しろ向こうにとっては、この世界はヴァーチャルな世界なのだから」
「言い切ったな。ならばもし、こちらからその世界へ、力が逆流するような事があれば、この世界はヴァーチャルなものではないという証明になる訳だ」
 おれは不敵な笑みを浮かべた。セトも、同種の笑みを浮かべる。
「何をする気だい、北斗七輝君?」
「サイ・ブラスターを使って、そのゲームとやらを叩き潰す。おれも、サイファなんだろう?ならば、おれも兵頭が繋いでいた世界へ繋がる事ができるはずだ」
「サイファは確かに他の世界へ繋がるゲートの役割を果たす。だからと言って望み通りの世界へ繋がるとは限らないのだが?」
「繋げてみせるさ」
 おれはセトを見やり、にやりと笑うと集中した。サイ・ブラスターを両手でホールドする。その中にあるというシムカ・ジェムを意識する。シムカ・ジェムとおれとは相似の存在だ。どちらも、異世界からエネルギーを取り出してくる。シムカにできて、おれに出来ないはずはない。人間か物質かなど、些細な差違だ。ふと、ほのかにサイ・ブラスターが輝き出す、なんだ、と思う前に、おれ自身もその輝きに包まれた。
「七輝さま!」
 真由が叫ぶ。一体、おれはどういう状況にいるのだろう。自分では、よく分からない。ただ、手の中のサイ・ブラスターが意識されるだけだ。その他の事が、だんだん意識から追いやられてくる。真由の叫びも、もう聞こえない。聞こえてくるのは、自分が生きているという鼓動のみ。気付くと、サイ・ブラスターも脈動している。こいつも、シムカ・ジェムも生きているのだろうか。温かくはないが、そんな事を思わせるような脈動が、おれの手に伝わってきた。今なら何となく分かる。こいつは、生きている訳ではない。だが眠っていたのだ。それを、おれがたたき起こした。無理矢理起こされて、怒っているかどうかまでは分からない。ただ、力強い脈動を感じる。
 輝きは強く強く、もう無理に意識しても真由姿も、他の景色も見えない。青白い光に、おれは包まれている。この状態が、一体何を表わすのだろう。
 不意に、一本の筋が見えた。続いて二本、三本。一旦意識に上ると、その筋は結構な数が見られた。一方はやや放射状に広がり、その長さもまちまちだが、もう一方は綺麗にまとまり、その終端もすっきりとまとめられていた。少し考えて、気付く。これこそが、兵頭の言っていた『ゲーム』の仕組みなのではないか、と。なら、あの線を全部引きちぎってしまえば、おれ達の世界のサイファは、自由になれるのだろうか。可能性はある。やってみるか?
 おれは試しに、一本の線に触れてみた。様々な情報がやり取りされているのが触覚的に分かる。見える、とか聞こえる、という感覚ではない。触れられる、と言う感覚だ。しばらくは触れているだけで意味は分からなかったが、唐突に意味が掴めてきた。これは、何の作用だろうか。いや、それを考えるより、このラインに流れる情報を把握する事の方が、重要だ。
 この情報は、簡単に言ってしまえば神経のラインに近い。綺麗にまとまっている方が命令伝達系だと仮定すると、そこから出ていくのは命令授受系。しかしこのラインは神経そのものではなかった。それに近いが、やはり違う。これこそが、サイファを乗っ取っている接続線なのだとおれは理解する。サイ・ブラスターを向ける。そして「吹っ飛べ」と呟きながらトリガーを引こうとした所で、意外な妨害があった。
〈七輝。そのラインを全て断ち切っても、問題の根本は解決しません。破壊するなら、システムの大元を破壊しないと〉
 ホルスだった。一体どうして、こんな所にいるのか。しかしおれが問うまでもなく、ホルスは自分から説明を始めた。
〈私は人工知性体です。普段あなた方と同じ時間軸、世界率で行動していますから誤解されがちですが、人工知性体、とくにグレードが上になるほどそのような制約に活動が制限されなくなります。言い換えれば、好きな時間、好きな世界に現れる事が可能です。あくまで、時空素子としては、ですが。実際に活動が可能かどうかについては、保証されてはいません。ですが、この空間においては私の行動は制限されないようですね〉
「真由は、どうだ?」
〈彼女は、あなたの帰りを待っている状態です。あの世界からは、今、あなたは消えている状態にあります。早く、帰って上げて下さい。その為には、この状況の解決を、早く〉 それはおれもそうしたい。だが、どうしたらいいのか。ラインを断ち切るだけでは駄目だとホルスは言った。このシステムの大元が存在すると。ならば、それはあの根本だろう。整然と束ねられているラインの、根本。おれはそこへ行こうとして、ふと戸惑った。移動方法が分からないのだ。自分が最初いた場所からここへはなんとなくやってくる事ができたのだが、さて、歩いてきたのか泳いできたのか、それとも飛んできたのか。悩むおれに、ホルスが忠言した。
〈七輝。この空間は電子空間に近い。身体感覚で近いものを探すなら、浮遊する、という感覚が最も近いでしょう〉
「なるほどね」
 試しに、今持っていたラインを手放して、その根本へと泳ぐように手を動かす。すると以外と抵抗なく、身体が前へと進んだ。意識を前へと向けて、更に早く、と念じる。速度が上がる。なるほど、こうやるのか。
 どうやらこの世界では、身体の運動と意識の力と、両方が働くようになっているらしい。時々ぶつかりそうになるラインを避けながら、おれは根本へと近づいた。
 根本付近はラインが何本かずつが太いケーブルのようになっていて、それがさらに集まって一本のケーブルになっている。そこから先は、この世界からは見る事ができない。世界の外、という訳だ。ならば、この奇妙な世界から、出るより他はない。しかしどうやって出る?深く考えずに、ケーブルの根本付近の青い壁を押してみる。水のような感触を残して、おれの腕は以外にもあっさりと、外へ出る事ができた。そのまま、全身を例の青い世界から引き抜く。ホルスは付いてきているだろうか。しかし今はそれを心配している余裕はなかった。
 青い世界から出た先は、何かのカプセルのようだった。冬眠カプセルのようだが、そのような設備はない。シートは高級品だ。お陰で座り心地はいい。シートは丁度、リクライニング状態にあった。寝ていたら、丁度良い高さ。おれはそのシートの上に、半身を起こしていた。さて、ここから出なければならない。どうやればいいのか見当も付かないが。とりあえず、蓋のようなものを押してみる。空気の抜ける音。以外とすんなり、開いた。まあ、牢獄ではないだろうから、どうにか手順を踏めば、簡単に開くだろうとは思ってはいたのだが。
 外へ出る。青い燐光が、おれを包んでいた。この燐光の正体が分からないが、身体に支障はないようなので、放っておく。見れば、全身が光っているような状況だった。サイ・ブラスターも同じように光っている。燐光の、発生源はこいつかもしれない。何せ、シムカ・ジェムを内包しているのだ。どんな事が起こったとしても、不思議じゃない。
 外は、ピラミッド上の要になっていた。ピラミッドの外壁に、カプセルがずらりと並んでいる感じ。そんなピラミッドが四つ、中央の塔のようなものを取り囲むように建っていた。そして中央の塔には、三角錐が二つ重なったような形の青い青い宝石が、安置されている。今のおれと、同じ輝きを発しているそれは、おそらくはシムカ・ジェムかそれに近しいものと判断できた。
 おれはその塔に向かって、ピラミッドを降りていく。と、途中でコンパニオン風の女に呼び止められた。
「お客様、お帰りはこちらからでございます。あちらの方には、近づかれないようよろしくお願い致します」
 型通りの事を言って頭を下げるコンパニオンに軽く手を振ると、おれは構わず塔を目指した。
「お客様、困ります」
 コンパニオンがおれの腕を取ってくる。その力は以外と強い。だが振り解けないほどではなかった。しかしおれが腕を振り解こうとすると、コンパニオンの彼女とまともに正対した。別に見られて困る顔ではないが、コンパニオンの方はそうではないかもしれない。そう考えたおれの耳に、驚愕に震えた彼女の声が聞こえてきた。
「北斗、七輝……?どうして?」
 おれは親切にも答えてやった。
「向こうの世界から、こちらへと出向いて来たのさ。契約金と、出演料を寄越せ、とな」
 相手は混乱しているようだった。ま、無理もない。架空世界の住人だと思っていた人間が、今、目の前に居るんだからな。落ち着いて対処されても困る。尤もこの混乱は、おれにとっては利用すべきものだった。彼女が混乱している隙に、おれは彼女の腕を振り払って走った。
「そこの男、止まれ!」
 たかが順路から外れただけの割に、大仰な警備だ。物騒なものを下げたロボットが二体、よりにもよって威嚇射撃を行ってきた。おれは振り返りざまの射撃で、二体の銃を単なる無機物の塊に変える。驚いているそいつ等を見捨てて、おれは走った。途中で、面倒になって、跳躍する。
 そうして、塔の元へと辿り着いた。尤も、前後からおまけ付きで。
「ほう、本当に北斗七輝だ。まるっきり、本物そっくりだ」
 ひときわでっかい得物を抱えて、偉そうにコンソールにふんぞり返っている奴がそう言った。おれは言い返した。
「残念かどうかは知らないが、おれは本物の北斗七輝だ。偽物がどうかは知らないが、本物はこういう時、手加減はしないぜ」
 そう言って、燐光輝くサイ・ブラスターを胸元に掲げる。虚喝だ。だが群像には効果があった。動揺し、さざめくそいつらを、偉そうにコンソールを占拠している奴が止めた。
「なら勝負といこうか。俺の連想式ブラスターとお前のサイ・ブラスター。どっちが強いかな」
 おれは鼻で笑った。
「武器の優劣を持ち主の技量無しに語っても無意味だ。お前さんじゃ、おれには勝てないよ」
「何をぅ!」
 予想通り、そいつはいきり立った。腕が良くても、組織の上部に立つには向いていない、そういう人材が居る。こいつも、その一人らしい。ま、おれが心配してやる義理はないが。
 ピラミッドの、カプセル達が青紫のフィールドに覆われる。流れ弾を警戒して、シールドを張ったのだろう。良い判断だ。誰かは知らないが。
「いいだろう、そこまで言うなら勝負だ!」
 そいつは腕に例の得物をはめ込んだ。なるほど、そうしてみると、ガトリンクガンのような三連装のブラスターになる。そんな大層な得物を持っているという事は、こいつがここの警備主任か何かか。ま、交渉事には向いてなさそうな気がする。突っかかってくる牛は、とっとと追っ払うとしよう。
 まずは相手に撃たせてやる。撃ちたいというなら好きにさせるさ。その間に、相手の癖を見抜く。そんな余裕のない相手の方が楽しいのだが。例えば、兵頭とか。
 ガトリンク・ブラスターが火を吹いた。一応、威力は考慮してあるらしい。青紫のフィールドに跳ね返って、ブラスター弾は空しく弾けていく。仮称・警備主任は、その連射感覚にニヤ二やと笑っている。こいつ、トリガーハッピーか。銃を撃つのが幸せ、というタイプ。おれには理解できないが。
 さて、ガトリンク。ブラスターの砲火がこちらに向かってきた。最初からおれを狙えば良さそうなものだが、そうしないのはやはりトリガーハッピーだったからか。重症だな、と思いつつ、おれは地面を蹴って射線をかわすと、仮称・警備主任ご自慢のガトリンク・ブラスターを撃ち抜いた。ぶっ飛べ、というイメージを乗せて。
 おれのイメージ通り、ガトリンク、ブラスターは爆発した。もうもうと炎と煙を上げて。消火装置は作動しなかった。この程度では作動しないという事か。ナイーブな装置に見えるが、外側は以外とハードなのかもしれない。バリア・システムなど、金もかけている。ここまで金をつぎ込む、遊びか。それが、おれ達の世界での人生、という訳だ。
 ところで、警備員はまだ居たはずだ。前からも、後ろからも。そいつらはおれ達が撃ち合っていた間、何をしていたのだろう。気になって、その姿を探してみる。と、ひょっこり、という感じで、一人現れた。咄嗟に距離を取るおれに、そいつは両手を振って、がいいがない事を示した。なんのつもりだ?
〈七輝。私ですよ。ホルスです〉
 ホルス。そういえば、すっかり忘れていた。アイツも一緒に、ここまで来ていたのか。で、一体何をしていたというのだろう。
〈ここの警備システムを、通常レヴェルまで戻しました。人間のコンパニオン以外は、全て私が操作可能です〉
「おれが遊んでる間に、そんな事までしてたのか」
〈ええ。面白いアトラクションでしたね。ですが少々食傷気味ですこの辺りで、終わりにさせて貰いましょう〉
「同感だ」
 コンソールで、何か弄るまでもなかった。ここのシステムを把握したホルスには、何をするにも指先一つ、の感覚だろう。
 タワーが、降りてくる。最初は飛び乗ろうとすら考えていたのだが、向こうが下がってくれるならこちらの方がいいに決まっている。まもなく、おれの目線までここのシムカ・ジェムが降りてきた。
「大きいな……」
 それがおれの、第一声だった。確かに、大きい。頂点は、おれの肩ほどもある青白い光を放つ八面体が、僅かに宙に浮いていた。
 これをどうすればいいのか。正直、今のおれには思いつかない。単に、サイ・ブラスターで撃ち抜けばいいのか。しかし、郷愁というのもおかしな話だが、このシムカ・ジェムに同種の存在のような連帯感を感じて、一発で粉々に、という気にはなれなかった。
 シムカ・ジェムの、表面を撫でる。滑らかな表面。幾何学的な文様が、刻まれている。芸術品としても、なかなかのものだろう。エネルギー的には、とんでもない価値だ。これ一つで、宇宙船が光を超え、惑星に空気が産まれる。しかしそんな価値あるものだから、壊せないのではなかった。単なる、おれの感傷。障害は、それだけだった。
〈七輝。何をしているのですか。早く、それを破壊しないと〉
 ホルスの警告に、別の声が割り込んできた。
『彼は、そうしたくはないんだよ、ホルス君。彼は、シムカ・ジェムに感傷を抱いている。しかしその気持ちは私にも分かる。君とそれとは、結局は同種の存在だからね、君と、私とが、同種の存在のように』
 セトの声だった。何処から聞こえるのか。この巨大な、シムカ・ジェムからだった。
 おれは頷いた。シムカ・ジェムに向かって。
「ああ。おれも、分かるよ。こいつとおれが、同類だって事が」
 世界を繋ぐ、ホールの役割。それが生きているか無機物かで、その利用法は大きく変わった。生きたホールは超能力者として犯罪捜査に利用され、無機的なホールはエネルギーの貯蔵庫として使われる。結局は、道具だ。そういう見方が可能だろう。だからどうだというのか。おれに、何ができるというのか。『悩んでいるね、君は』
「ああ、悩んでるさ。お前なら、どうする。このシムカ・ジェムを」
『私ならどうするか。やはり後腐れなく破壊してしまうだろうね。しかし君は、そうしたくはないはずだ。なら必然的に、二つめの手段をとる事になる。北斗七輝君。そのシムカを、回収するんだ』
「回収、するだと?この大きさの物をか」
『大きさに囚われるな、北斗七輝。その実質は、何も変わらない。実体は、一つだ。その実体を感じ取れ。サイファである、君にならできるはずだ』
「大きさに、眼に見える物に囚われるな、か……」
 試しに目を閉じてみる。すると沈み込むような感覚があった。目を開く。シムカ・ジェムの中に、手が埋まっていた。おれはそのまま手を伸ばして、中央で輝いている放射状の塊を手にする。それには確かな触感があった。確かにそこにある、という実感。重さがほとんどないのが難点だが、両手で、引き上げる。取り上げてみると、ほんの小さな、放射状の宝石だった。綺麗な細工物のような見た目。真由にでも渡したら、喜ぶだろうか。銀のチェーンでもかけて、首飾りにでもできそうだ。ま、妄想だが。
 例の核のような宝石を取り上げた後の八面体は、見る影もなく荒れ果てていた。青白い光も発せず、表面は石のようにざらりとしている。ただ幾何学模様だけが、自己主張するかのように輝いていた。
 周りで傍観していたコンパニオン達が、ここにきてようやく近寄ってきた。てに、小型のブラスターを構えている。
「あ……あなた達は、一体何者なんですか?何の目的があって、このこのコミュートシステムに……」
 おれは相手のブラスターを無視して答えてやった。
「おれの名は北斗七輝。この世界では仮世界の住人だ。実際はそうじゃなかった訳だが。お前達が仮想世界と読んでいる世界も、実際に存在するんだ。おれはそこから来た。お前達の、おれ達への勝手な干渉を排除する為に。おれ達の人生は、おれ達の物だ。勝手に干渉したり、手を加えたりしないでくれ。おれからの要求は、それだけだ」
 先程発言したコンパニオンが、気丈にも再度質問してきた。
「あなたは、このシムカ・ジェムに、何をしたんですか?先程から、全くエネルギーを感じられない。まるで、ただの石の塊のようです」
「実際、そうなったのさ。そこにあるデカブツは、シムカ・ジェムの屍だ。魂は、ここにある」
 そう言って、おれは先程の名もない宝石を見せてやった。皆が息を呑む気配が伝わってくる。それほどに、美しい結晶だった。
「これがシムカの魂だ。シムカ・ジェムの意思そのものだと言っていいかもしれない」
「シムカ・ジェムに、意思ですって?」
「シムカに意思は、あるさ。おれにもあるんだ。同相の存在であるシムカ・ジェムにだって、意思くらいあるに違いない。それが、おれ達に伝わりにくいだけで」
 例えば、人工知性体であるホルスには意思があるが、それが人間のものと同一であるとは限らない。むしろそうでない事の方が多い。そしてそうでない方が、人工知性体としては優秀なのだ。A級知性体であるというホルスは、最早人間にその意識を測る事は不可能に近いに違いない。だがそれでも、おれ達の、仲間だ。おれが今言わんとしているのは、そういうレヴェルの話なのだが、彼女らに伝わったとは限らない。だがそれでいいとおれは思った。元々、相互理解が目的の関係じゃない。おれ達は今悪役で、向こうは正義の味方。か弱い女性の身。それでも悪に立ち向かおうとする姿勢は、称賛に値する。ま、給料というものに縛られているのかもしれないが。そんな諸々の事情など、知った事ではない。おれは後は、逃げ出すだけだ。この世界から、この核とやらを持って。
 来た時のように、この核を持って集中する。おれとこいつとは、同相の存在である事を意識する。金色の光が、おれを包む。発砲を受けるが、ダメージはない。金色の光が、ブラスターのエネルギーをシャットアウトしている。
「帰るぞ、元の世界に。おれ達のリアルに」
 呟くと同時に、サイ・ブラスターが燐光を発する。ここへ来た時と同じように。そうして気がついてみれば、そこは元居たセトの病室だった。
「七輝さま!」
 真由が抱きついてきた。瞳にいっぱい、涙を溜めて。おれは真由を抱き留めると、彼女の涙をすくって、頭を撫でてやった。
「心配かけたな。すまなかった」
 眉は泣きじゃくったりはしなかった。ほろりと一つ、涙をこぼす。それが彼女の、感情表現だった。感情が薄い訳ではない。むしろそれを、自らに課している女だ。そんな必要がない時もあると、教えてやりたいのだが。感情を抑制できると言う事が、いついかなる時も美点になるとは限らない。こんな時くらい、取り乱して泣きじゃくっても、おれは構わないと思う。
「七輝さま……よくご無事で」
 おれは肩をすくめた。
「ま、色んな物の助力のお陰でね」
 実際、おれ一人の手柄だとは思えなかった。おれという存在はキーになっていただけで、実は大して何もやってはいないんじゃないのか。そんな気になる体験だった。
「どんな助力も、助けを受ける者が無能ならその助力は無に帰す。そう卑下する事はない。北斗七輝君」
 セトが偉そうに場を締めた。そういえばこいつも、神出鬼没だよな。
「セト、お前はどうやって来た?あの場所、あのタイミングに」
 真由がセトを振り返る。どうやらセトの肉体は、ずっとあそこにあったらしい。セトは悠然と答えた。
「私は君と同じように、これを持っていたからね。それで、世界間のトリップが可能だったんだ」
 そう言って奴が胸元から取り出したのは、加工されてこそいるが、まぎれもなく、シムカ・ジェムの核だった。
「お前も持っていたのか、それを」
「ああ。別件で手に入れた物だがね。シムカは互いに共振し合う事もできる。私はそれを利用した」
「シムカ・ジェム同士で、共振か……」
「或いは、シムカとサイファでも、共振が起こる可能性はある。相性が良ければね。例えば君と、サイ・ブラスターのように」
 おれは手元の黄金色の核と、サイ・ブラスターを見た。どちらも、シムカ・ジェムが使われている。片方はその核そのものだが。
 シムカ・ジェム。そして、サイファ。この二つは、世界を繋ぐホールだとセトは言った。しかしそれだけではないだろう。そんな気が、おれにはする。
「セト。サイファとは、何だ。そして、シムカ・ジェムとは、何だ」
「今までの説明では、不足かな?」
「ああ。もっと、本質的な事を聞きたい。サイファとは、一体、何者なんだ?」
「生物でありながら、異世界とのゲートを開く事のできる存在。それが、サイファだ。それが何処の世界に繋がれているかで、その能力も変わる。だが君が聞きたいのは、そう言う事ではないだろう」
 おれは頷いた。
「サイファとは、この世界で管理された人間を指す。そうして君が先程行ってきた世界へとゲームのキャラクターを提供する、言ってみれば人身御供だ。それが、この世界とあちらの世界の関係だった。これまではね」
「おれがその関係を、ぶっ壊したからな。それで、こちら側には何の利益があった?」
「危険人物の隔離・管理とこちらに流れ込んでくるサーヴァントの確認。そんな所かな」
 サーヴァント、という単語を聞いて、真由がぴくり、と身体を動かした。おれは肩を叩いて、安心させてやる。それで彼女の心配が失せたかどうかは、分からないが。
「おれのパーソナルデータに、サイファという項目は確認したな、ホルス。なら、真由の項目にサーヴァントという単語はあるか」
〈確認できません〉
「言っただろう。サーヴァントとは、この世界の存在では認識できないレヴェルでの差違しかないと。それを確認するには、ゲーム空間としてこの世界を見ていた世界から、間接的に確認するより他はないのさ」
「他人事のように言うがなセト、そのシステムはおれがさっきぶっ壊した。これで、事実上、サーヴァントと人間とは区別が付かなくなった、という事で良いんじゃないのか?」
「この世界の人間が、いずれ絶滅しても、かね?」
「絶滅?」
「サーヴァントと呼ばれている人種は、今現在この世界にいる人間の平均値よりも生存能力に優れている。そんな人間が増えるとどうなると思う?北斗七輝君」
「生存優劣が起こるかもしれないな」
「そういう事だ。それを看過するつもりか、君は?」
 おれは頷いた。
「ああ、そのつもりだ。別にサーヴァントが居たからと言って世界が急に変わる訳じゃない。サーヴァントと呼ばれる人種が増えたって、良いじゃないか。ま、呼び名はあまり良くないな。別の名に変えた方がいい。ストレンジャー、とかな」
「サーヴァントも、元はこの世界の人間ですよ」
 意外な事を、真由は言いだした。
「私は前に言いましたよね。ずっと、孤児院で育ってきたって。それが、その孤児院こそが、皆さんの言うサーヴァントの育成所なんです」
 鋭い視線を真由に向けて、セトは質した。
「という事は、その『孤児院』に行くのには、やはりシムカ・ジェムが必要になる、という訳か」
「はい」
 臆さず、真由は背筋をしっかり伸ばして応じた。
「という事は、君はシムカ・ジェムの何たるかについて知っていた、そういう事か?」
「いいえ、知りませんでした。流石にシムカ・ジェムそのものの存在は知っていましたけど」
「そうか、ならいい」
 以外と早く、セトは矛先を収めた。
「お前の興味は、シムカ・ジェムとその秘密だけなのかよ?」
 つい嫌みが口をついで出た。だがセトは平然としたものだった。
「私のやった事、やっていた事が無駄にはなっていなかった、それだけ確認できたからね。後は君の問題だ、北斗七輝君」
「おれの問題とは、真由がサーヴァントである、という事か?」
「それもある。それも含めて、彼女からサーヴァントについて、できるだけ多くの情報を引き出して欲しい」
 おれは頭を掻いた。
「引き出すとは穏やかじゃないな。おれは、仲間から聞き出すんだ。彼女の事をな。勿論、教えてほしい事はある。だが、無理に聞き出したいとも思わないんだ」
 セトが端正な眉をひそめる。しかし彼が口を開く前に、真由が言葉を発した。
「いいえ。私が知っている事、全てお話しします」
 おれは真由を見つめた。
 辛い事を、聞く事になるかも知れないぞ、という意思表示。だが真由はそんなことは先刻承知だろう。こくりと、頷いた。


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