幻想世界譚 03

〈7〉

 司の家までは、大した話は交わさなかった。司が何度か質問を受け、その答えを適当に返しただけのような気がする。しかしその度に桂木皐はふむふむ、と頷いたりしていたのが、気になったと言えば気になっただろうか。
「着いたよ。ここが僕の家」
「へぇ……結構大きいんだ」
 司の声に、桂木皐はまじまじと彼の家を見上げ感嘆の声を発した。
 実際、司の家は周囲の建売住宅に比べれば立派に見える。施工もきっちり行われた洋風の二階建てで、正直、司独りでは持て余すほど広い。元気の有り余っている両親が帰ってきて、ようやく内部が充足する、という風であった。
 司は躊躇いなく、玄関の鍵を開けて桂木皐を招き入れた。建物の外観など、今はどうでもよかった。自分で言い出した事とは言えど、早く彼女の話が聞きたかったのだ。
 それでも、礼儀として司はお茶の用意をした。桂木皐をリビングに招じ入れてソファに座らせると、紅茶を淹れ、砂糖とミルクの壺を用意して盆にのせ、リビングにとって返す。
 すると司の目に映ったのは、ソファから立ち上がってリビングを見回す、桂木皐の姿だった。
 その様子は、学校で昼間見せた、好奇心で充ち満ちた態度そのもので、司は盆をテーブルに載せながら訊ねた。
「何か変わった物とか、気になる物でも見つけた?」
「んー、そうじゃないんだけどね。こういう家っていうの、初めてだから」
「なるほど……」
 適当な相槌を打ちながら、司は素早く思考を巡らせた。
 学校が珍しい、というまでなら納得してもいいが、別に何の変哲もないリビングが珍しい、というのはどうだろうか。日本のリビングが珍しい、という風ではなかった。それに彼女は言ったではないか。『家っていうの、初めてだから』と。つまり――
「それが君の秘密の一端、という訳かい?」
 途端。桂木皐の挙措が停止した。
 司に背を向けて、しばらくは表情を見る事もできない。が、肩まで使ってため息を一つつくと、くるり、と司の方を振り向いた。
「ほぼ正解、かな。私はね、知識そのものはあっても、実際にこの目で見るのは初めて。学校も、リビングも、家そのものも――この世界にあるもの、全て」
 桂木皐は、むしろ微笑すら浮かべて語った。
「私が人間に見えているのは、この『世界』の中では人間である事が一番目立たないから。状況次第で、私は私でありながら人間以外のカタチを取る事ができる。つまり私は、人間じゃない、っていうこと」
 これが私の秘密だよ、と桂木皐は告げて、「どう、信じる?」と尋ねてきた。
 司としては、無下に信じないという事はできなかった。勘、と言うもはばかられるが、目の前の少女が異質な存在であることは、何となく感じ取っていたからだ。しかし無定見に信じられる内容でもない。司は少しだけ考え、そして言った。
「全く信じないとは言わない。でも、できれば証拠が見たいな」
「私が人間でないという証拠?」
「そう」
「うん、構わないよ」
 意外にあっさりと桂木皐は了承したので、司は念のため問いかけてみた。
「いいのかい?そんなにあっさりと秘密をばらしてしまって」
「構わないよ、君にはね。どうせ君には隠しても仕方ないから。でも他の人には秘密ね」
 そう前置きして、「それじゃ、私をよく見ててね」と桂木皐は言を継いだ。
 よく分からないながらも、司は言われた通り、桂木皐を注視した。すると不意に彼女の輪郭がぼやけ――唐突に、消えた。
「な……」
 絶句した司だが、桂木司が立っていた場所に、彼女の着衣が積み上がっているのに気付いた。どうやら身体だけが消えたらしい、と司は見当をつけたが、しかし彼女がどうなったのかについては、見当の付けようがない。強い焦りを感じて、意味もなく周囲を見回すが、無論彼女の姿はない。
「桂木さん……?」
 試しに、呼びかけてみる。すると反応があった。彼女の着衣の山がもぞもぞと動き出したのだ。注視するのも悪いと思いつつ、司はそこから目を離せなかった。と。そこからぴょこん、と顔を覗かせたのは、一匹の黒猫だった。
 呆然として黒猫の顔を見つめる司を一瞥すると、黒猫はさっと身を翻した。司が制止する暇もなく、リビングボードの電話横に置いていたペンとメモ帳をくわえ、テーブルの上に飛び乗る。黒猫はそこでペンをくわえ直すと、メモ帳の上にペンを走らせた。
〈おどろいた?〉
 そう書き記すと、黒猫は司の顔を見上げる。どうやら、この黒猫が、桂木皐であるようだった。
「……驚いた」
 口ではそう言いつつ、司は今の桂木皐を見ても、妙に平静な気分だった。安堵感すらある。何故であろう、この黒猫が存在することが、司を安心させていた。
 桂木皐が人間の姿を消してから黒猫の姿を見せるまでの、ほんの僅かな時間。司は何故か強い孤独感を感じたのだ。今、司が感じている安心感は、その裏返しだった。それは司自身理解できるのだが、何故先ほどは、あれほどの焦慮を覚えたのか、分からなかった。
 司の葛藤など知る由もなく、桂木皐である黒猫は、猫の前脚でメモ帳をめくろうと必死になっている。司が一枚めくってやると、黒猫はまたペンをくわえた。
〈ありがと、司くん〉
 司は苦笑した。
「お礼はいいよ。一枚めくるごとにそうしてたんじゃ、いつまで経っても会話が進みやしない」
 黒猫は非難がましい目つきで司を見つめた。司がもう一枚メモ帳をめくると、こう書き記す。
〈他人のお礼は、ちゃんと受け取るべきだと思うな〉
 司は再び苦笑した。
「悪かった。それで、勿論元に戻れるんだよね?」
〈当然だよ〉
「なら、元に戻ってくれないかな。相手が猫のままじゃ話しづらい」
〈わかった。それじゃあっち向いてて〉
 一瞬相手の真意を測り損ねた司だが、すぐにその意味を悟った。相手は女の子だ。
 司が背を向けた方向で、すぐに衣擦れの音が聞こえてきた。つい振り向きそうになって、慌ててその衝動を押し殺す。見たくないと言えば嘘になるが、そうしたらどんな目に遭わされるか、知れたものではない。
 しばらくして、「もういいよ」と声をかけられた司は振り返った。
 もうそこにいるのは、この一日の間ですっかり見慣れた、桂木皐の姿だった。改めて司は、感嘆の言葉を発した。
「驚いたよ。大したもんだ……と言うのも変かな。確かに君は、普通の人間じゃない、というのを確認できた」
「あんまり、見せびらかすものでもないけどね」
 謙虚と言うよりはむしろ恥ずかしそうに、桂木皐は笑った。同感だ、と司も頷く。そして徐ろに問いかけた。
「それで、君の目的は何なんだい?」
 問われた桂木皐は、笑いを収めて居住いを正した。
「そうだね、今までのはデモンストレーション。ここからが本題。君も、関係している事だよ、斎乃司くん」
「……どういう事かな」
「こういう事だよ、司くん。私は、君が感じ取っている《異常》を正すために、この世界に来たの」

   〈8〉

 予測外の言葉だった、桂木皐のその一言は。
 もしそれが本当なら、司にとってこれほど好都合な事はない。だが、と司は思う。そんな都合のいい事がそうそう起こりうるものなのだろうか。しかし、桂木皐が尋常の存在ではない事もまた確かである。堂々巡りの思考に陥って、司はつい、くだらない質問をしてしまっていた。
「君は、天使か悪魔なのか?世界を正す、なんて」
「どっちでもないよ」
 それが桂木皐の答えだった。
「私の正確な正体は、戦術戦闘知性体。でも、これは君にも言える事なんだよ」
「ゴシック・ロマンがSFに早変わりだな。しかしどういう意味なんだい。僕が君と同じ存在だとでも?」
「そうじゃないよ。君も、人間という情報知性体だ、ということ」
「分からないなあ」
 司は桂木皐の正面に座って、すっかり冷めてしまった紅茶をすすった。そうして唇を湿らせてから再度口を開く。
「人間も生物という枠組みでくくられた情報体のひとつに過ぎない、そういう事なのか、君の言いたい事は?」
「そう解釈してもいいよ。でもね、多分君の解釈と私の解釈は微妙に異なってると思う。だからはっきり言うね」
 桂木皐は深呼吸すると、宣言通り、はっきりと口にした。
「この世界は、私を生み出した別世界の存在が造り出した疑似世界なの。尤も、今は河淋学園というオブジェクトを中心にした、閉ざされた世界になってしまっているけれど」
 司は笑ってもよかった。しかし笑えなかった。桂木皐の表情が、これまでにないほど真剣だったからだ。彼女の機嫌を、損ねたくない。何故だか分からないが、そう感じた。その代わりに、質問をぶつける。
「僕が、疑似世界の住人だって?それじゃまるでコンピュータゲームの登場人物じゃないか。君は、自分自身すらそうだというのかい?」
「なかなか秀逸な例えだね。まさしく、君や私、そしてこの世界全ての存在が、『世界』というシミュレートマシンの中に存在している、と言えるわ」
 桂木皐も、冷めた紅茶に口を付けた。
「でもね、だからといって君や私が偽物だ、という訳じゃない。この世界に存在している、というのは、紛れもない事実で、それは誰かの勝手で脅かしていいものじゃない。殺人が罪である、という事と同じレベルでね」
「分からないな。それじゃまるで、疑似世界には、手を付けてはいけないみたいだ」
「その通りなんだよ、司くん」
 桂木皐は頷いた。
「疑似世界発生装置には、初期値を入力するだけ。あとはどんな世界ができて、どういう推移をたどるか観察する。疑似世界発生装置とは、観察のためのマシンなの」
「なるほど、だんだん分かってきた気がする。少なくとも君の言いたい事は」
 それが正しいか否かはともかくとして。司は心の中でひとりごちた。だが確かに、彼女の説を受け入れれば繋がるのだ、彼女の話と、今、司が感じている《異常》とは。
「つまりこういう事か。その触れてはいけない疑似世界発生装置に、干渉した奴がいる。そいつが、この《異常》を引き起こした犯人だ、と?」
「正解だよ」
 桂木皐は再度、首肯した。
「もう少し正確を期するなら、ただ干渉しただけじゃない。そいつは疑似世界発生装置の中に入り込んだ。そして神のごとく振る舞うために、疑似世界の一部を閉ざしたの。それが――」
「僕が体験していた《異常》の原因、という訳か」
「そう」
 しばらく、沈黙が翼を広げて二人を覆った。
 桂木皐が何を考えているかは分からない。だが司としても、考えをまとめる時間が必要だった。
 彼女が何をしようとしているかについては、朧気ながら理解できた。それで自分の体験してきた《異常》が解消されるなら万々歳だ。
 だが、と司は思う。それと自分とは、一体どういう関係があるというのだろう。司は心を定めて訊ねた。
「君の話は分かった。だけど、それと僕とどういう関わりがあるのか、分からないんだ。何かあるのなら、教えてほしい」
 まさか、選ばれし勇者なのです、などとは言うまいな。馬鹿な事を司は考えたが、桂木皐の答えも充分に常軌を逸していた。
「あんまり伝えたくないけどね……君はこの閉ざされた世界におけるバグ、意図しなかったイレギュラーなんだよ」
「……なるほどね」
 司としては苦笑せざるを得ない。馬鹿げた事を、と怒るべきかもしれなかったが、しかし不思議と怒りは沸いてこなかった。むしろ納得してしまった方が、いっそ気分がいいくらいであった。
「バグ、異常者……なるほどね。そう考えれば納得がいく。やっぱりおかしいのは僕の方だった訳だ」
 不意に、司は笑いの衝動にかられた。不健康な笑いが司の口から漏れる。しかし桂木皐は、そんな司を咎めるように口を開いた。
「君は、自分が異常者だと認めてしまうの?それでいいの、斎乃司くん?」
 その一言で、狂熱は冷めた。深く深くため息をつくと、司は本音を漏らした。
「正直なところ……認めたくはないな、自分が狂っているっていうのは。だけど……僕が正常だという保証がない。これは辛いんだ、桂木さん」
 他人と感覚を共有できないという事。それは孤独である以上に孤独だった。絶対の孤独。味わい続けるくらいなら、狂っていると認めても構わないと思えるほどの。
 しかし、桂木皐はかぶりを振って告げた。
「保証ならあるよ、司くん」
 桂木皐は昂然と胸を張る。
「私が保証してあげる。君は本来なら異常じゃない。間違っているのはこの世界の方なんだって」
「……君が?」
「そう。私が保証してあげる。だから、君も信じてほしいの。私が、この世界の《異常》を直せるんだって事を」
 これは契約だよ、と桂木皐は告げた。
「どちらかが主で、どちらかが従という関係じゃない、対等の存在だという契約。私は、君が正しいんだという事を保証してあげる。君はだから、私の事を信じてほしい。契約書も保証書もないけれど、私は、君が私を信じてくれる限り、絶対に君を信じる」
 約束、できる?
 桂木皐が問いかけてくる。司は答えねばならない。諾か否か。しかし、しばし考え込んだ司の答えは、そのどちらでもなかった。
「聞かせてほしいことがあるんだ」
 虚をつかれて、桂木皐は瞬きをした。
「司くん、ここはシリアスなシーンなんだよ。もっとテンポよく答えてくれなくちゃ」
 戯けた事を戯けた風に桂木皐は言ってのけたが、司は彼女のペースに乗らなかった。
「僕の方も真剣だ。聞きたい事がひとつ、ある」
「……なに?」
「どうして、僕を信じてくれるのか。それを聞きたいんだ」
「……」
 答えはすぐには返ってこなかった。腕を組んで考え込む素振りを見せると、桂木皐は口を開いた。
「随分と答えにくい事を聞くんだね。でも少しずつ順序を追ってなら説明できるかもしれない。答えられない事もあるかもしれないけど、それでもいい?」
「答えられない、というのは、秘密、という意味かな?」
「そうじゃないよ。私にも分からない、って意味」
「それなら構わない。できる範囲で話してくれたらそれでいい」
「分かったわ」
 桂木皐は組んでいた腕をほどいた。
「実はね……最初は君の事を、疑っていたんだよ」
 あまり意外な事だとは司は思わなかった。先ほど自分がバグだと言われた事に比べればどうという事もない。それに、彼女自身が言っていたではないか。『最初の予測とは外れた』と。
 妙に平静な気分で、司は続きを促した。桂木皐はその反応が意外だったのだろう。きょとん、として司を見つめ返してきた。
「怒らないの、司くん?」
「怒らないさ。疑いは晴れたんだろう?なら問題はない」
 それに、と不審そうな顔をしている桂木皐に、司は言葉を継いだ。
「考えてみれば、君が『この世界のバグ』を見つける能力がない方がおかしい。そして、目の前にそれを見つけた。ならそれを疑ってかかるのは当然だと僕は思うよ」
「……随分と、冷静で客観的な判断だね」
 何故か憤然として、桂木皐は答えた。
「分かってるのかな?君が、疑われてたんだよ、目の前にいるこの私に。何か言いたい事とかないの?」
 何故僕が怒られてるんだろうな。司は途方に暮れた。ともかくも抗弁を試みる。
「別に君に危害を加えられた訳じゃないからね。今更どうでもいい事だと思ってる。今はもっと重要な事があるから」
「……確かにそうだけど」
 不満そうに、桂木皐は応じた。
「まあいいわ。今は君の精神的病理を追求するのは止めておこうか」
「……僕が、病気だって?」
「そう。『アイツ』と別方向の意味でね。どうしてもっと自分を大事にできないかなって思うよ、私は」
「そんな事はないと思うけど……」
 司は途中で言葉を飲み込んだ。桂木皐が凝と司の瞳を覗き込んでいる。
 深い深い色の瞳。
「……司くん」
「……何かな」
「もっと自分を信じて。他人に流されないように。でないと、『アイツ』には勝てない」
 司は慌てて制止した。この一言は聞き捨てならない。
「勝てないって……ひょっとして、僕もそいつと戦うのか?」
「そう。君にも戦ってもらう事になる」
「ちょっと、待った」
「なあに?」
 桂木皐は平静だった。しかし司は平静ではいられない。
「僕はただの高校生だ。戦うって、一体どうやって?それに、君の言葉を敷衍するなら……僕にとって、そいつは神様も同然なんだろう?そんな奴相手に、僕は何を?」
 桂木皐はあくまでも平静に答えた。
「私の存在を、肯定してほしいの。君の戦いは、その一点だけに集約される。大丈夫、実戦は私が担当するから」
「君の存在を、肯定する?」
「そう。私の事を信じて。私が言う事、私がする事、それを正しい事だと信じてほしい」
 司は眉をひそめた。
「つまり、さっき君が言った契約を破るな、という事かい?」
「そうなるかな。でもね、さっきのは君と私の約束。まだ返事もらってないけどね。でも今のは少し違う。これは勝つための君が取るべき基本戦略」
「約束と戦略が、つまり結局は同じ事、という訳か……」
「そうだね。尤も、君が独力で『アイツ』と戦うというなら話は別だけど……実際問題として、それは不可能だと思う」
「だろうね」
 桂木皐の話が事実だというのなら――否定する根拠は何一つないが――、彼女にとっては対等の敵でも、司にとっては神に等しい。そんな相手とまともに張り合えるとは到底思えない。
 尤も、肯定する根拠も何一つ無いはずだが、しかし司はすでに半分以上、桂木皐の話を事実として受け入れていた。彼女も言っていたではないか。『自分を信じろ』と。ならば、自分が異常なのではなく、世界の方こそが異常なのだという桂木皐の話は、司にとって当然の結論なのであった。
「しかし今ひとつ分からないな。君は一人でも充分凄い。なのに、なぜ僕なんかの協力が必要なんだろう?さっきも言ったけれど、僕はただの高校生にすぎない。なのに、どうして?」
「独りじゃ不安だから、だよ、司くん」
 それが桂木皐の答えだった。
「君もさっき言ったよね。『自分を保証してくれるものが無い事は不安だ』って。私も、私達戦術戦闘知性体も同じなんだ。通常なら、自己を保証してくれる補助装置があるはずなんだけれど、何故か私にはそれがなかった。だから私は、それを他に求めないといけなかった。それが君というわけ」
「……名誉だと考えていいのかな」
「好きに考えたらいいよ。ただ、君は私の協力無しでは今の状況を打開できない。私も、今のままじゃ戦力的に不安が残る。取引と考えても悪い条件じゃないと思うけど?」
 司は腕を組んで考えた。確かに取引としても悪い話ではない。だが――
「むしろ僕の方が条件的には良すぎる気がする。あんまりフェアでない気がするんだけど、君はそれでいいのかい?」
 その言葉を聞いて、桂木皐はきょとん、と司を見つめた。どうしたのかと司が訝しげる暇もなく、彼女は不意に吹き出した。
「司くん。君ってばやっぱり変だよ」
「……そうかい?」
 笑われてあまり愉快な気分ではなかったが、司はそう問い返す。桂木皐は笑いを収めて言を継いだ。
「うん、やっぱり変。でも気に入ったよ、君のその変な所」
「それはどうもありがとう」
 司は憮然とした。
「ほら、誉めたんだからもっと嬉しそうな顔してよ」
「生憎と、あまり誉められたような気がしないんだ」
「もう。笑ったのは悪かったけど、そんな拗ねなくてもいいじゃない」
 笑顔で悪かったと言われても説得力に欠ける。しかしふて腐れたままでは話が進まないのも確かだ。司は問いかけた。
「ちなみに、何がどういう風に変なのかな」
 桂木皐は澄まして答えた。
「君の妙にフェアな所。だって私の方が戦いに向いてるにも関わらず、君はあくまでフェアな関係を求めようとしてる。だからおかしかったの……でもね」
 桂木皐は笑いを収めて言を継いだ。
「私は戦うために生まれた戦術戦闘知性体。その私に、実戦面で公平な役割分担を求めないで。戦う事は私の存在意義なんだから」
「僕はそうは思わないな……いや、君の方が戦いに向いているのは認めるけれど」
 不満げに口を挟もうとした桂木皐を制止して、司は続けた。
「君は戦うだけの存在じゃないんだ。だから、戦う事に執着しなくてもいいと思う」
「私が、戦いに執着してる?」
 虚を突かれた風の桂木皐に、司は頷いた。
「僕にはそう思えたんだ。君は戦う事でしか自分を表現できないと、思いこんでしまっているような気がする。君にはもっと豊かな可能性があるんだ。それを忘れないでほしい」
 司が言葉を切ると、桂木皐はため息をついた。
「言われてみれば、確かにそうかもしれない。私は自分が戦うために生まれてきた事を知っている。だからこそ、それに囚われてしまったのかもね」
 ありそうな事だ、と司も心中で首肯する。
「でもね、私は『アイツ』が許せない。だから、『アイツ』と戦う事は、私自身の意志でもあるの。それも覚えておいて。私も、君の忠告は肝に銘じておくから」
「分かった」
 司が頷くと、桂木皐も安心した様に笑った。そして再度、司に問いかける。
「ねえ司くん。君は私の事をどう思う?」
「どうって……?」
 司は戸惑った。彼女の質問の意味が掴めない。
「おかしな奴だと思うかな?」
 桂木皐の言葉と態度で、ようやく真意を悟った。要するに不安なのだろう、と。
「別にどこもおかしい訳じゃないと思うよ。君がおかしいなら、僕だっておかしいんだろう。同類項、という訳だ」
「それじゃあさ」
 桂木皐の声に期待がこもる。
「私と、契約してくれる?『アイツ』と戦うために」
 司は桂木皐の瞳を見つめた。
 桂木皐は、放課後見せたあの迫力はどこにいったのかと思うほど、期待と不安が入り交じった目で、司を見つめ返している。その瞳の色を見て、司は心を定めた。
「ああ、いいよ」
「本当に!?ありがとう、司くん!」
 喜色を満面に表わす桂木皐を見て、司もなんとなく嬉しくなってしまった。桂木皐は、それじゃ、と提案を述べた。
「これからは『桂木さん』なんて呼び方じゃなくて『皐』って呼んでね。それと、今日から私もここに住むから」
「え……?」
 唐突にとんでもないことを告げられて、司は絶句した。
「ここにって……僕の家にかい!?」
「そうだよ。言ったでしょ?私、帰る所なんてないんだよ。だから、今日からお世話になります、パートナーさん」
 立ち上がって嬉しそうに二階に駆けていく桂木皐の姿を、司は呆然とながめていた。とんでもない事になった、と思いつつ。


よろしければ感想をお願いします。

『作品タイトル』『評価(ラジオボタン)』の入力だけで
送信可能なメールフォームです。
勿論、匿名での投稿が可能になっております。
モチベーション維持の為にも、評価のみ送信で構いませんので、
ご協力頂けると有り難いです。

メールフォームへ移動する前に、お手数ですが
『作品タイトルのコピー』をお願い致します。

ここをクリックすると、メールフォームへ移動します。


←前へ 目次へ 次へ→