流浪世界譚 05

〈4〉校内戦闘

〈1〉

 一夜が明けた。

 司と皐は制服に着替えて朝の準備をする。皐がエプロンを掛けて調理している間に、司はテーブルメイキングだ。
 時間にはまだ余裕がある。二人して、ゆっくりと朝食を摂る。そうしながら、司は皐に聞く事があった。

「ねえ皐ちゃん。学校に行くのに、特別に持って行かなければいけないような物ってないかな?」
「ないよ」
 簡潔な、それが返答だった。
「強いて言えば、私かな。忘れないで持って行ってね、司くん」
「そりゃ、もちろん」
 一緒に学校に行くのだから、忘れようがない。それにしても、敵地へ乗り込むのに特別な装備とか何とかは、必要ないのだろうか。
「無いと言えばない、あるといえばある、かな」
 それが皐の返答だった。

「クラッカー以外の、有象無象を倒すのに、特別な装備はいらない。私が幾らでも創り出せる。だけどクラッカーを殺す事ができるのは、これだけ」
 そう言って皐が差し出して見せたのは、皐の繊細な手には似合わない大型拳銃だった。
「私達は、クラッカーの本質を殺さなければならない。それができるのは、この銃だけ」
「それじゃ、奪われたりしたら大変だ」
 司の危惧に、皐は頭を振った。
「この銃は私自身の延長。落したりする事はあっても、私の他の誰にも使う事はできない。この銃は、私以外には発砲できない」
「成程ね。それじゃ、奪われなければいい訳だ」
「そうなるかな。尤も、必要な時意外はこの銃は出さない。干渉できないのだから、その心配も無用だと思うよ」
「それは何よりだ。決まり手を外したんじゃ、笑えない」
「それより司くん。覚悟して欲しい事があるの」
 改まって何の話だろう。司は耳を傾けた。

「これから私達はクラッカーを殺しに行く。その妨害に、クラスや他の生徒達が望外に出てくる事が考えられる。ううん、まず間違いなくそうなる」
「生徒や先生達が、銃を構えてやってくる訳だ。いいさ、そんなシチュエーションは慣れている」
「……その妨害を、排除する覚悟、ある?」
「皐ちゃんがどう思っているか知らないけれど、僕は意外と薄情なんだ。妨害するなら、邪魔するなら、排除する。どんな手を使ってでも」
「司くんは自己暗示が上手いね」
 あっさり返されてしまった。
「でもそれだけの覚悟はできている、という事は確認できたよ。これで、思うことなく、真っ正面から乗り込める」
「管理棟へ乗り込む気かい?」
「そんな事はしないよ。それじゃクラッカーに、私の脅威を伝えられない」
「それじゃ、どうするんだい?」
 司の言葉に、皐は真剣なまなざしで司の瞳を見た。そのまなざしを見て、司も居住いを正す。
「私のやる事に、ついてきて。構想は、だいたいできてるから」
「できれば直前にでも、事前説明が欲しいな。覚悟を決める、時間が欲しい」
「分かった。状況が許す限り、そうする」

 皐と司は、頷き合った。

〈2〉

 登校中、特に変わった事はなかった。

 普通の、登校風景だ。一人で通う者あり、自転車通学の者もあり、二・三人で連んで通う者あり。しかし二人は知っている。この平和な風景が、偽物である事を。本当の日常を、取り戻さねばならない。その為の皐の戦略とはどんな物か。司は訊ねなかった。ついていけば、分かる。

 やがて校門が見えてきた。心臓破りの坂の、終着点だ。何故こんな高台に学校を創ったのか。それは今は亡き創立者に聞くしかない。

 皐が校門まで歩いて、一息ついた。疲れたという訳ではなさそうだが、何か一言あるらしい。
「高校生も結構大変だよね。あの坂を、毎日登っていかなければいけないなんて」
 司は笑って返した。
「帰りが登りよりはいいさ。それに、いい運動になる」
「それはそうだけどね」
 皐は同意した。パン、と両膝を叩いて勢いを付けると、皐はシャキッと背筋を伸ばした。司が問いかける。
「何か、意味はあるのかい?」
「ないよ」
 即答だった。
 司が何も反応できないでいると、皐がその背をポンポンと叩いた。
「全ての行為に意味がある訳じゃない。意味とは、付加する物だよ」
「……それで、さっきの行為に付加された意味は?」
「気合い入れ、かな」
「気合い、か……」
 ま、確かに気合いも必要だろう。下手をすれば学園全体を敵に回す事になるのだ。生半可な気持ちでは対処できまい。
「それで、これから何処に?」
 さらりと、皐は答えた。
「放送室に行こうと思うの」
「放送室に?」
「そう。そこで宣言するの。クラッカーに、今からお前を殺しに行くぞって」
「宣戦布告か……悪くないけど、逃げられたらどうする?」
「逃げたりなんかしないよ」
 ヤケに自信ありげに、皐は答えた。

「ここがこの閉ざされた世界の中心だもの。クラッカーはここを死守しなければ、世界の支配ができなくなる」
「ともあれ、理事長室に行かなければどうしようもない、か」
「そう。だけど普通に入っていったって、絶対に正体を明かす訳がない。だから、宣戦布告」
「宣戦布告する事で、道を塞がれるという可能性は?」
「そりゃ勿論、あるよ。人為的機械的、多分その他、諸々の妨害が」
「敵はクラッカー。僕にとっては神に等しき存在、か。そして僕の隣には、それを罰するべき神がいる。神対神の抗争だ」
「レトリックを用いればそうなるかもね。でも現実はシリアスだよ。殺されたら、多分次はない」
「僕の唯一の長所も消えて無くなる、か。それもいいさ。戦って勝てば、どうせ同じ事になるんだ。勝てばいい。戦って」
「それじゃ行こうか。戦いを始めに」
 皐が促すと、司も頷いた。

〈3〉

 放送室までは、数人の生徒とすれ違うだけだった。

 元々朝にはあまり使われない施設でもある事だし、これは当然とも言えた。教師の呼び出しは、職員室からでもできる。放送室に閑古鳥が鳴く一因だろう。さらに、校舎毎に放送室がある為、一層個々の放送室が使われなくなる、という訳だった。

 よって、使われていない放送室には鍵がかかっていた。当然だが。

「どうするの?」
 司が問うと、皐はヘアピンを取り出した。待つ事数秒。がちゃりと南京錠は音を立てて外れた。
「お見事」
 司が賞賛すると、皐は苦笑した。
「あんまり自慢できない特技だけどね」

 中に入る。明かりを付けると、無機的な機械の群が司達を睥睨した。

「わお。結構設備整ってるじゃない」
 皐が嘆声を発するが、司にはどれも同じような機械にしか見えない。どれが何なのか確かめてみたい気もするが、さしあたって大して興味もなかったので、皐に訊ねるのはやめにした。
 メインパワーと放送箇所の部分のスイッチを入れていく。オールスイッチ、オン。全校放送。その後で『全校放送』のスイッチに気付くが、気にしない事にする。そうして司は、皐にマイクを渡した。
 しかし渡された方は、平静ではいられなかった。
「ええっ!?私がやるの?」
 渡した方は、平静だった。
「君以外の誰がやるんだい?戦術戦闘知性体、桂木皐さん」
「うー」
 呻りながらも、皐はマイクを受け取った。
 マイクのスイッチ、オン。皐は大きく息を吸って、マイクに向かって演説を始めた。

「全校生徒並びに職員の方々、よく聞いてください。そして各自、最適と思われる行動をとってください。これより、私こと桂木皐と、斎乃司は、この学園全体を乗っ取ります」

 皐はここで少し間をとった。語りかけた者の脳裏に、今の言葉がしみ込む間を与えたのだ。

「最初に申し上げたように、こちらは全員の行動に何の制限も加えません。各自、最適と思われる行動をとってください。私達の行動を妨害したいのなら、お好きにどうぞ。全て、突破して見せてさし上げます」

 そして皐は、声のトーンを変えた。

「聞こえているな、クラッカー。こちらの戦闘準備は完了した。どんな妨害も、私には無意味だ。あがくだけあがけ。こちらはそれを、全て突破してみせる」

 そこまで皐がのたもうた所で、背後に動きがあった。教師の何人かが連れ立って、放送室にやってきたのだ。手に手に拳銃を持って、しかもそれを意識していない。通常なら有り得ない状態だ。

 体育教師が、野太い声を張り上げた。
「なにをやっとる!放送室は遊び場じゃないんだぞ!しかも何だ、学園を乗っ取る?馬鹿も休み休み言え!」
 そう言って体育教師は、右手に持った拳銃のグリップで、思い切り柱を殴りつけた。その衝撃で、ようやく自分が拳銃を握っている事に気付いたらしい。
「な、何だこれは!」
 狼狽えて、拳銃を取り落としそうになった。
 尤もその驚愕は集まった教師達全員の物のようで、それぞれが自分の持っている物騒な物に目をやり、首を傾げていた。

 一方、余裕の表情で、皐は首を捻る教師等を眺めやり、声をかけた。
「ごきげんよう、先生方。早速行動に出られたようですね。拳銃を持って、テロリストを制圧ですか?」
 ここで司が口を挟んだ。
「テロリストって、僕たちの事かい?」
「当然でしょ?今ここはクラッカーの支配する世界。その秩序を乱す私達は、悪のテロリストという訳」
「なるほどね。所で僕たちは素手なんだけど、向こうは拳銃なんて持ってるよ。どうする気なんだい?」
「大丈夫」
 皐は素手でも臆することなく前へ出ると、体育教師の持っていた拳銃を蹴り飛ばした。ゴスッと堅い音をさせて落下した拳銃は暴発して壁に穴を穿った。

「司くん。その拳銃拾って」
 皐の指示に、司は従った。そしてゆっくりと、体育教師に狙いを定める。
「これで、この銃が本物である事が分かりましたね。その銃が、あなたに向けられている事も」
 体育教師は狼狽した。だが狼狽しつつも恫喝する。
「そ、それがどうした!こっちには後四丁もあるんだぞ!」
 体育教師の言葉に、あたふたと銃を構えようとする教師達。その隙を、司は逃さなかった。
「遅い!」
 言うと同時に四連射。それで、銃は全て床に転がっていた。勿論、相手の銃を司が撃ち落としたのだ。

 床に転がった拳銃を恐怖の目で見やりながら、体育教師はわめいた。
「お、お前達、自分のした事が分かっているのか!?」
 司は冷然と応じた。
「そのつもりですが、別の解釈が入りこむ余地があるかも知れませんね」
 体育教師は顔をどす黒く変色させ、足を踏み鳴らして怒鳴った。
「解釈だと!?そんな物必要あるか!お前達は教師に向かって発砲した。これを犯罪と言うんだ!分かったか!」
「そうですか。僕たちは正当防衛だと解釈してますが」
「何が正当だ!何処が正当だ!」
 沸騰する体育教師に、あくまで冷然と司は答えた。
「僕たちは素手でした。そこへ拳銃を持ちだしてきたのはあなた方の方でしょう。どちらの言い分が正しいか、事実をもって証明できると思いますが?」
 司の言葉に、明らかに体育教師は言葉に詰まった。他の教師群も、何も言い返せない風だった。

 しかし、司の言い分は一方では間違いではないが、一方ではおかしいのだ。テロリズムを宣言したのは司達の方で、教師達の方ではない。その点では、司達はアドバンテージを持ってはいないのだ。おかしいのは教師達が拳銃を持って現れたからであって、教師達がここに来たという行動自体は間違ってはいない。拳銃というここにあるべからざる異常なアイテムに着目させる事で、その事から目を逸らさせた司の作戦は、上手くいった。

 できるだけ冷然と聞こえるように、司は後方の教師群に呼びかけた。
「さあ。あなた方も、元いた場所へ帰ってください」
 銃を向けられていては従うより他はない。教師達は手を挙げた。そして怯えたように、走る寸前の速度で職員室に帰っていった。
「やれやれ。撃ち合いになったらどうしようかと思ったよ」
 司は肩をすくめた。皐も微苦笑で答える。

 実のところ、司の手にした銃には、残弾が後一発しか残っていなかったのだ。撃ち合いになったら皐の力を借りねば、どうする事もできなかっただろう。いずれ皐の『力』を借りねばならない事は分かっているが、最初から最後まで、というのは避けたかった。結果として、司の希望通りになった訳だ。
「まったくもう、無茶なんだから」
 皐のお叱りも、ごもっともであったが。

 とりあえず、戦利品の拳銃五丁を集める。まとめて持つと、結構な重量があった。
「さて、これをどうする、皐ちゃん?」
「そうだね……」
 皐は口元に手を当てて、しばし黙考した。
 その間、司は他に誰か来ないか、戸を背にして確認していた。幸いな事に、皐の考えがまとまるまで、誰も放送室にはやって来なかった。

「この五丁の拳銃のうち、三丁は消してしまう。後の二丁を私が書き換えて、持って行きましょう」
 皐の決定に、司は訊ねた。
「どうして『書き換える』なんて、対クラッカー戦の真骨頂のような事をする必要があるんだい?ただの拳銃じゃないか」

 毎度の事だが、基本的な事をいちいち聞いていかなければならない。これだけでも、司をパートナーにした事は間違いじゃないかとすら思える時が、司にはある。皐は気にしてはいないようだが。むしろ得々として解説を始める。今回もそうだった。

「この銃はクラッカーが用意した、『本来ならこの世界には存在しない物体』なんだよ。それを安定させて、今度はこちら側に都合が良いように情報を加える。結果としてこの銃は『この世では有り得ない存在形式を持った物体』になってしまうんだけどね」
「つまり、存在形式を反転させる訳か」
「そうだね、結果として、そういう事になるかな。ま、とにかくこういう事ができるようになるよ」

 皐は一丁の拳銃を手に取ると、拳銃が一瞬霞がかったような風に見えた。次の瞬間、拳銃はどこかの特殊部隊が持っているような、自動小銃へと姿を変えていた。その姿が霞がかると、今度は独りでは持ちきれないような重機関銃へと姿を変える。三度霞がかると、ようやく元の拳銃の姿へと戻った。
 もう一丁の拳銃を拾って、皐は司に手渡した。
「この銃は、必要に応じて数も増やす事ができる。二丁拳銃を連想してみて」
 司は言われた通り、持っている拳銃を二丁構えた姿を想像する。すると左手が霞がかり、二丁目の拳銃が出現した。

 司が無事二丁拳銃を手にする事ができて、皐は満足そうに頷いた。そして不意に、
「そうだ!」
 と声をあげた。
「この際、この銃を私達と連動させてしまおう!」
「……そうしたら、どうなるんだい?」
「例え落しても拾う必要はなくなる。想えばその銃は自動的に司くんの元に現れるんだよ。弾丸も尽きる事が無くなる。司くんが生きている限り、その関係は続く事になる」
「つまりこの銃とも、一蓮托生となる訳か」
「そうだね、そういう事になるかな」
 そう言うと、皐は残りの四丁の始末に取りかかった。一丁は自分の手元に残し、残りの三丁は例の霞と共に消えていった。

「これできれいさっぱり、跡形もなく、か」
 例え見た目だけの事だとしても。司はそう心中で呟いた。クラッカーを倒さない限り、この連鎖は続くのだ。どれだけの事をすれば、そこまで辿り着く事ができるのか。司は気が遠くなる思いに駆られた。
「司くん」
 呆けていたら、皐に声をかけられた。司は彼女に微笑を向け、「何でもないよ」と言った。
 そうだ。司はもう独りではない。労苦を分かち合う仲間がいる。愛する人でもある。労苦は分かち合い、喜びは倍に。陳腐な言葉だが真理でもある。皐の存在は司にとって、戦術を相談するだけの相手ではなかった。守りたいと思う存在。皐が司に守られるシチュエーションなど、予想も付かないが。

「元々、こういう作業、というか魔法に近いかな。私がやった一連の作業は『創想術』って言ってね、司くんも使えるはずなの」
「その『創想術』とやらはどうやって使うんだい?」
「創想とはイメージを実体化させる手段だよ。想うの。強く。そうすればそのイメージは、現実世界に影響を及ぼす事ができる」
「そのイメージというのは、どんな物でもいいのかい?」
「基本的には、そう。人間が想像しうる限りの事を、行う事ができるはずだよ」
 それを聞いた瞬間、司の脳裏にあるアイディアが閃いた。
「そうだ!それなら理事長室に瞬間移動で……」
 しかしそこで、皐は否定的に頭を振った。

「それは無理だよ。超能力はこの世界じゃ確定した物じゃないもの。私が超能力的な力を振えるのは、あくまで私が戦術戦闘知性体であって、この世界の存在率からはみ出しているから。この世界に律されている司くんには、超能力は使えないと思う。それに第一、敵の本拠にそんな簡単に飛び込めるとは思えないしね。きっと防護策もしてあるよ」
「フムン……結局この二本の脚で、辿り着かないといけない訳だ」
「そういう事になるね。頑張ろう」
 皐の言葉の後半は司に向けられたものだった。女の子にハッパをかけられるようじゃ、まだまだだな。司は苦笑した。
「ああ、頑張ろう」
 そう皐にに返答して、司は放送室から外に出た。

〈4〉

 廊下には誰もいなかった。どうやら脅しが利いているらしい。

 誰もいない廊下というものには、独特の雰囲気がある。硬質の空気が流れ、そこを通る者を威圧するような感があるのだ。そこを二人、歩いていく。まだ、走るような事はしない。まだそこまで、追い込まれてはいない。程なく階段へと辿り着く。降りようとした所で人影を見た。瞬間、二人は壁に身を隠した。それを待っていたかのように銃弾の雨。どうやら待ち伏せされていたらしい。
 同世代の少女の声が、朗々と響いた。

「斎乃司、桂木皐。二人を校則違反で拘束します。大人しく投降なさい」
 二人は顔を見合わせた。
「私達、校則違反だって」
「こんな事態が生徒手帳に載ってたなんて、初耳だな」
 二人の軽口が聞こえていたらしい。少女の声に、いらだちが混じった。
「理事長先生の特別措置です。理事長先生の寛大さに感謝なさい」
「フン」
 司は鼻で笑い飛ばした。
「その理事長先生ってのに用があるんだ。寛大さをアピールするなら、当人に出てきて貰いたいもんだね」
 言いながら司は、角の向こう側を伺った。

 少女が一人、自動小銃を構えている。そのアンバランスさに、司は不意に不健康な笑いの衝動に駆られた。それを押し殺して、司は皐に話しかけた。

「敵は一人だ。今の所はね。」
「一人だけ?舐められたものね」
「こちらを侮っているのか、彼女は囮なのか、もっと他に悪辣な罠が待っているか……それにしても彼女、どこかで見た顔なんだけど、誰だったかな……」
 司は記憶の棚を漁り始めた。そしてある記憶に辿り着いた瞬間、司は叫んだ。
「皐ちゃん、階段、反対側!」
 司の声とほぼ同時に、司達から見て背中側の階段の方から人の気配がした。皐は遠慮無く、自動小銃と化した銃をぶっ放した。驚きの声が向こうから聞こえる。同時に舌打ちの声が、階下から聞こえてきた。

「挟み撃ちは失敗だったようだね、生徒会長さん」
 生徒会長は悔しげに呻いた。
「……そちらの装備は、拳銃五丁だけじゃなかったの?」
「他にも、色々さ」
 司は誤魔化した。というより説明のしようがない。真実を話した所で、世迷い事としか受け取られないであろうから。

 ともあれ、これで選択肢ができた。生徒会長のいる側の角から降りるか、あえて生徒会役員――そう決まった訳ではないが、恐らくはそうだろう――の側を突破するか。安易さで言えば前者の方が楽そうに見える。生徒会長一人押さえればいい。だが、果たしてそれだけだろうか?他にも誰か、隠れているかも知れない。尤も、正確な人数が分からないという点においては、反対側も同じ事だと言える。そこで司の脳裏にある物が閃いた。
「皐ちゃん、手榴弾、無い?」
チ@ツ?ツ?ネ?フ?ツ?チAホiツ?ツ¬ツ?ツ?ツ?ホヨツ?ホ@メmツ?ツ?ツ?ツ?ツ?ツ?チBチuツ?ツ?ツ?チvツ?メZツ?モレツ?ツ?チAム¥フ^ツ?ム?ミlラpホ?゙?メeツ?ホ?ツ?マoツ?ツ?チBツ?ツ?ツ?ホiツ?ホ?モnツ?ツ?チA「向こうから抜けられるかな?」と司に確認する。
 尤も、確認された方とて万全の自信がある訳ではない。ただ、可能性を考えてみただけだ。

 生徒会長のいる側には人が隠れている可能性がある。だが、反対側の方は全員が角側にひしめいているだろう。一掃できる。
「多分、いける」
 そう皐に返答して、司は廊下の真ん中まで走った。そして手榴弾のピンを抜いて、投げる。

 遮蔽物のある所への投擲だったが、上手く手榴弾は角へと姿を消した。そして爆発音。
「行くぞ皐ちゃん。走れ!」
 言いつつ司自身も走る。後ろから階上に登ってきた生徒会長が自動小銃を構える。司は振り向きざまに掃射した。両肩と右腕に着弾。生徒会長は痛みに顔をしかめながら立ちつくした。そんな彼女を放っておいて、司は惨状の巷であろう角を見た。

 確かに惨状だったのだろう。脚や腕が、散らばっているのが辛うじて確認できる。何故辛うじてなのか。それは、その腕や脚が、風化して消えていってしまっているからだった。
 司は消えそうになっている腕の一本を拾った。それはぐずり、と崩れ、細かい粒子となって消えていった。見回せば、もう指一本、落ちていない。この場所は、全く、クリーンな場所になっていた。

 ある衝動に駆られて、司は背後、生徒会長が立ちつくしているはずの場所を振り返った。
 しかしそこには彼女の姿はなく、生徒会長のカタチをした彫像が建っているだけだった。その彫像も、徐々に崩れていく。この場所では、何も起こらなかったかのように。

「何だ、これは」
 司は囁いた。その自分の声で、司は沸騰した。
「何だこれは!これは何だ!?」
 司は叫んだ。追いついてきた皐にも気付かずに。目の前の、シュールな光景に、全神経を奪われていた。

「これも、クラッカーの意識を反映した結果だよ」
 司は皐を振り返った。
「意識の反映だって?これが?」
「そう。死者は人間として扱って貰えない。元々クラッカーは自分以外の人間の存在を認めてないけれど、死体という物はさらにその下の存在として見ているんだろうね」
「……死体というモノは、生きていた、その最後の証じゃないか。それすら残す事を許されないのか、この世界は!」
「きっとそうなんだろうね。クラッカーはこの世界じゃ神だ。その神に逆らう事なんてできない。普通なら」
「……やってやる。頭にキた。こんな世界、ぶち壊してやる」
「その意気だけど司くん、少し冷静になって。いきなりこんなシュールな物を見て、興奮してるのかも知れないけれど」

 司は銃を肩にかけて頭髪を掻き回した。冷静さが、少しずつだが、戻ってきた気がする。だがこの感覚、この世界は異常だという感覚は忘れまい。司は心中でそう誓った。

 思えば最初から狂っていた。この世界は。それに新たな歪みが付け加えられただけなのかも知れない。入れ替わっていく影絵のような級友達。できそこないの彫像のように消えていった死体達。同じ事だ。しかし決定的に違うのは、前者は何かを残す可能性があって、校舎にはそれがないという事だ。いや、生者にも何かを残す事は許されていないのかも知れない。この世界では。それは、とても残酷な事だと司は思う。人が生きる上で大事な事は、何かを残す事だ。それを取り上げられた人間に一体何が残る?何も。何も、残りはしない。ただ、漫然と生きていくだけ。そんなもの、動物たちと何処が違うというのか。クラッカーはそこが分かっていない。いや、何も分かっていやしないのだ、クラッカーという奴は。そんな奴に、神様面してのさばらせてはいけない。この世界の為にも、自分自身の為にも。

 そして、傍らにいる皐の為にも。

 さて、派手な爆発があった割には、階段には煤の後ひとつ無かった。これも、クラッカーの趣味なのだろうか。自分の領域を、汚されたくないという。
 自分の領域か。司は憤った。ここは、理事長の所有物ではない。みんなの学校なのだ。だから大切にしようと思えるのではないか。
 尤も、司の憤慨とは別に、どんな攻撃を放っても建物に被害を与える心配が無いことは良い事だ。倒壊したりする事を危惧せずにすむ。それは、常に全力を出せるという事だ。逆に言えば、向こうも常に全力で来るという訳で、一方通行に都合がよい訳ではないが。

 上下を警戒しながら階段を降りる。放送室は二階にあるから、ここを降りれば地上階だ。この辺りで待ち伏せがあるだろうと思ったが、杞憂だった。壁を背にして、二人は外を見た。 いるわいるわ。グラウンドに、生徒達がひしめいている。手に手に自動小銃を構えて。その目的は明らかだった。重火器が相手側に無いのが救いか。

 しかしシュールな光景だった。学校の制服に、自動小銃。それが意外と似合っているのが、また非現実感を醸し出していた。そういえば学校の制服の起源は軍服だったか。司はそんな下らない事を思い出していた。

「一人二人を相手してる余裕はないね」
 皐の緊張した声で我に返る。司も緊張した声で帰した。
「重火器で、突き崩す。それしかないんじゃないかな。車でもあればいいんだけれど」
「残念ながら、二本の脚しかないね。突っ切れると思う?」
「囲まれたら、終わりだな」

 数は、力だ。どんな優秀な武器を携えていようと、数に囲まれたら押しつぶされるしかない。大量破壊兵器でもあれば別だが、それでは心中にしかならないだろう。司はこんな所で、影絵の生徒達と心中するつもりはなかった。
 こちらは重機関砲が、四つ用意できる。それ以上用意しようと思えばできるが、同時に扱う事ができるのはこのくらいが限界だろう。そして防御力の方はどうか。司は皐に聞いてみた。

「通常の銃弾程度なら、私達には通用しない。私達に通用するのは、戦術戦闘知性体に通用する武器だけ。そんな武器、量産できないから安心していいよ。私の『銃』と同じでね、そんな物はこの世にひとつしかないの。クラッカーが持っている、おそらくは拳銃」
「皐ちゃんの銃と、対になっているという事?」
「そうだね。そういう意味もあるのかも知れない。だけど実際、簡単に携帯できて威力のある武器といったら、この世界では拳銃が一番効率がいいんだよ」
「なるほどね。結局は押しつぶされない限り、僕達は無敵同然、といった所か――気分は良くないけれどね」
 むしろ胸くそが悪い。こんな戦術を採ってくるクラッカーに対しても、それに乗るしかない自分たちに対しても。しかもこうなるようにし向けたのは自分たちなのだ。自己嫌悪に陥りたくなるが、状況がそれを許してくれない。戦え、と周囲の状況全てが言っている。ならば戦ってやろうじゃないか。そして勝つ。それが恐らく、唯一の贖罪であろうから。

 皐が重機関砲を両手に一つずつ、司は銃機関砲とガトリンクガンを一つずつ構える。常人ならば二人一組で運用するタイプの銃ばかりだが、《契約》によって二人の身体能力は格段に上昇している。これくらいの銃器なら、片手で振り回せる。
「行くよ、司くん」
「OK」
 ドアを開けずに、発砲、開始。鉄製のドアが、あっと言う間にボロ切れのように変わって吹き飛ぶ。無論その程度の抵抗で弾速が落ちる訳もなく、生徒達のバリゲードの最前部に着弾した。

 重火器の威力は凄まじく、一弾で確実に一人二人が倒れていく。そんな威力の弾が高速で吐き出されていくのだ。応射も飛んでくるが、《契約》のシールドに阻まれ、司と皐に傷一つ与えられない。ドア影から二人は飛び出す。そして前進しながら掃射を続けた。
 しかし。
 生徒の壁は、厚かった。中には教師も混じっている。そんな集団が、皆一様な無表情で、自動小銃を撃ちながら迫ってくるのだ。これで足並みが揃っていればゾンビ映画だな、と司は脳裏の片隅で下らない事を考えた。
 しかし実際には迅速に、射線の隙を狙って間を詰めてこようとしている。それを防ごうと射線を向ければ、そちら側に隙ができる。そちら側を撃てば、あちらに隙が――の繰り返しである。

 司達と生徒達の攻防は、手詰まりになりつつあった。いや、むしろ生徒達が押しているかも知れない。司達がグラウンドの中央に追いつめられたのに対して、生徒達はフリーだ。それにしても随分と撃ち減らした筈だが、生徒の壁は一向に薄くならない。それどころか層が厚くなってきている気もする。見れば制服に混じって私服の若者の姿が散見できるようになってきた。どうやら中等部、大学部からも援軍が到着しているらしい。下手をすれば、初等部からも。

 不意に生徒の壁の後ろ側から、榴弾が飛んできた。ダメージはないが、煙で視界を塞がれる。煙幕らしい。視界が晴れるその間も司は撃ちまくっていたが、不意に皐が悲鳴を発した。
「離しなさいっ!」
 皐を捕まえていた生徒を、司は狙い撃つ。それで脅威は去ったかと思ったが、甘かった。皐に群がる生徒の数は一向に減らない。それどころか増してきてさえいる。どうやら、作戦を変更して皐一人に的を絞ったらしい。その分司がフリーになるが、構わないとの判断らしい。確かに、司が幾ら援護しても、生徒の壁は厚くなるばかりだった。敵の戦術は正しい。今の所は。

「ああもう、鬱陶しいっ!」
 生徒越しに皐の苛立つ声が聞こえる。次の瞬間、司は自分の目を疑った。
 皐が「イシェト、翼を!」と叫んだ瞬間、背中に光り輝く翼を生やして、空へ舞い上がったのだ。生徒の手が何本も伸びたが、皐を捕まえる事はできなかった。
 両手に重機関砲を構えた戦乙女。
 司の目には、皐はそんな風に見えた。多分に、ひいき目も入っているのだろうが。
「そうか、忘れてた。彼女は、人間じゃなかったんだったな」
 それを改めて思い知らされても、司の心は平静だった。それがどうした、という思いがある。神々しいまでの今の彼女の姿を見ても。重機関砲とガトリンクガンをぶっ放す。彼女を邪魔する有象無象に向かって。

 しかし。

 皐の上昇速度は遅い。恐らく翼だけではそれ程の速度は出せないのだろう。その皐に向かって、群像が群がり始めた。一人の背に乗り、その背にまた一人が乗り、その背に――そうして人間のタワーが出来上がっていく。その速度は異常で、まるで虫か何かの巣作りを思わせた。群像の指先が皐の足にかかる。皐がその人間を吹き飛ばすが、後から後から腕は伸びてくる。分あたり何百発の銃弾が撃ち出されても、それを超えたスピードで、生徒の手が伸びてくる。それは最早、人間の業ではない。
 司はそのタワーを崩すべく発砲するが、果たせないでいる。タワーの全容は意外に厚く、撃ち崩せない。もっと強力な武器が、必要だ。トリガーを引きながら、司は悪態を吐いた。もっと強力な武器。どんな物がある?現実にある物でなくていい。皐の言葉を敷衍するならば、現実には有り得ない武器だって創り出せるはずなのだ。『創想術』という奴で。しかし思いつかない。思い浮かばない。そうこうしているうちに、遂に皐が足を捕まれた。引きずり下ろされそうになって、辛うじて機関砲で抵抗している。
 司は吠えた。
「畜生、何だっていい、何かでてこい!こいつらを吹き飛ばせるなら、何だって!」

 瞬間。辺りは閃光に包まれた。

 司の手元から何かが確かに発射された。それが閃光の正体だ。司はとにかくも、その成果を確認した。

 タワーの中央に、大きな穴が開いている。タワーを維持できないほどの大きさだ。人間のグロテスクなタワーは土台を残して崩壊していく。皐に群がっていた幾人かは、皐が機関砲で始末した。後に残ったのは、タワーの残骸と、空に浮かんでいる皐、そして何かが焦げたような臭いだった。人間が焦げた臭いではなかった。何か、電気臭のようなもの。

 司は手元を見た。司が構えている得物は一つになっていた。そして見た事もない形をしている。これが何なのか、しかし朧気ながら分かる。レーザー砲とかビームキャノンとか、そういった物に違いない。司は土台に残っていて、なおもこちらを目指してくる連中に向かってそれを向けて、撃った。
 最初ほどの閃光はなかった。むしろ燐光を纏って砲弾が飛んでいく。そして爆発。それで、残った生徒達の数は数人になった。とんでもない威力。残った生徒は皐が上空から撃ち倒した。

 これで、終わったのか。司は脱力感に駆られた。皐がこちらへ向かって飛んでくる。それを抱きとめて、司は言った。

「これで、全校生徒に先生達、皆殺しにしたんだね……僕たちが」
 皐は首肯した。
「そうだね。そうだと思う。あの数は」
 皐の声も脱力感に囚われていた。一つのステージが終わった感が、二人にはあった。
 まだ最後まで終わってはいない。それは分かっている。だが途中で一息、入れてもいいんじゃないかと思える一時だった。

 なにせこの学園にいる人間全員、殺し尽くしたのだ。感慨がない訳がない。担任の教師、クラスメイト、その他極少数の他クラスの生徒の知己。判別する事はできなかったが、確かにこの手で、殺したのだ。司は仮称ビームキャノンを地面に転がし、座り込んだ。皐も機関砲をおいてビーム砲の上に座る。
 司は自分の掌を見た。それを握りしめる。例え汚れていなくとも、この手は鮮血にまみれている。それを幻視した。それだけの事を行って、まだ殺すのか。その通りだ。妨害者が、まだいるのなら。しかし司には殺す事に疲れた気分が濃厚に漂っている。これを払拭しない限り、立ち上がれそうになかった。

「司くん」
 皐が、司に呼びかけた。司は疲れ切った顔を見せないようにしながら振り向いた。
「無理しなくていいよ。疲れたなら、休んだらいい。幸いな事に今は、それが許されているから」
 司は疲れた微笑を浮かべながら応じた。
「うん、ありがとう。皐ちゃんも休んで。さっき無理をして、皐ちゃんの方が疲れているだろうし」
 皐は頭を振った。
「あれは戦術戦闘知性体に付随されたシステムを使ったに過ぎない。それ程大したことじゃないんだよ。私にはね。それに比べれば、さっきの司くんは、相当に無理をしてた」
「そうかな。僕は単に皐ちゃんの言っていた創想術って奴を試してみただけだったんだけどな」
「それが『無理』なんだよ。いくら私と《契約》しているからって、あんなレヴェルの創想を行うなんて。正直驚いたよ。君の想いの強さに」
「やってできない事じゃないだろう。実際、やってみて、できた」
「それは結果論だよ。今司くんは相当無理をしている。だから少しでも体を休めて。お願いだから」
 皐の言葉は真摯で、だから司は皐の言葉に従う事にした。瞳を閉じ、身体から力を抜く。少しでも疲労が抜けるように。

 しばらくすると、司の寝息が聞こえてきた。皐は自分の太股に司の頭を押せてやると、自分も目を閉じた。
「少し眠るわ。イシェト、周囲の警戒、お願い」
「了解した。それにしても皐。お前はいいパートナーを選んだな」
「やっぱり、そう思う?」
「ああ。相手を想う時、創想術は最大の力を発揮する。あのとてつもない武器の威力は、司の想いそのものだろう」
「だろうね。えへへ」
「お前を守ろうと放った一撃は凄かった。あれが斎乃司の、全力という訳なのだろう。予想以上の数値だった。しかも、さらに高まる可能性を秘めている」
「『愛する相手と共に放つ一撃』かあ……」
「ああ。今ならそれが可能だろう。残念ながら、クラッカーには通用しないが」
「その一発は、私がきっちりと付けるよ」
「そうだな。では眠れ。少し喋りすぎた」
「うん」
 そうして皐も眠りについた。

 昼にさしかかろうかというグラウンド、少なくとも今は平和だった。


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