異形狩り師 03

 次の日、司が教室に着くと、人だかりが出来ていた。その中心には、日下仁がいて、彼は頭と腕に包帯を巻いていた。

 司も即座に輪に加わり、仁から話を聞く事にした。

「おはよう、日下くん。その傷は……?」

 仁は朗らかに応じた。

「おはよう、斎乃くん。これは昨日異形を倒した時の傷だよ。大したことはない。陰気は吸いだしたし、傷自体は、大した物じゃないから」

「そうか……それならいいんだけど」

 司は安堵した。正直、また修行で無茶を強制されたのかと疑心暗鬼に囚われていたのだ。しかし異形にやられたのならばまだマシだ。正直、仁には修行より、実戦に出たと聞かされた方が安心できた。〈日下八光流〉にはどうも信をおけない司である。そんな所に所属せねばならなかった仁の不幸を思うと、心が痛む。いたわる事しかできない自分の不甲斐なさを思うと、悔しくてならない司だった。

 そんな心境が顔に出たのだろうか。仁が、安心させる様な笑顔で司に語りかけた。

「斎乃くん、心配してくれるのは嬉しいけれど、大丈夫だよ。うちの師匠達も、そこまでひどい事はしないから」

 その言葉で、司は逆に不安になった。

 仁は、薬を使ってまで幻力を高める様な修行が、普通だと思っているのではないだろうか。実際は、無論違う。薬は、最終手段だ。それを常用する様な修行、考えただけでおぞましい。司は仁に、問うてみた。

「君の所の修行、差し障りない所で教えてくれないか?見るだけでもいい」

 そう告げた途端。仁の顔が曇る。やはり、修行の内容は部外秘なのだ。

「ごめん。詮無い事を尋ねてしまった」

 すると、仁の顔にも明るさが戻った。

「斎乃くん。普通の中学生は『詮無い』なんて言葉遣いしないよ」

「そうかな」

「そうさ。ま、君の所は古風だからね。古風な言葉遣いも、何となくしっくり来るよ」

 司は首を捻った。

「それは、誉められているのかな」

 仁は応じて曰く、

「少なくとも、貶してはいないよ」

 との仰せだった。司は苦笑した。

「それじゃ、言葉通り受け取っておこうかな。ありがとう」

 司の言葉に、仁はにっこり笑った。

「どういたしまして。君は、疑り深すぎるんだよ。何も悪い事なんて無い。僕が少しへまをしているだけさ。この傷だって――」

 そう言って、仁は司に怪我をした左腕を突きつけて見せた。

「とどめを刺した、と思っていた異形から末期の一撃を食らっただけなんだから」

「だけど、それだってモノが悪ければ命に関わる」

「分かってる。牙で噛みついてきたから、腕で受けたんだ。酸か何かだったら避けているよ。これでも目はいい方だからね」

「牙から毒でも流されたらどうするんだ。君は異形を甘く見すぎている。奴らは、姿形から判断できない、攻撃方法を持っている事だってあるんだ」

「それくらいは心得ているさ。不意打ちは、そうそう受けない。ただ僕は幻力が低いからね。力任せにやられると弱い。この頭の傷は、殴られたんじゃなくて、吹き飛ばされて打ったんだ」

 司は顔をしかめた。

「確かに幻力は筋力を補う事も出来る。だが筋力の低い人間なりの戦い方がある様に、幻力の低い人間なりの戦い方がある。君は、どこか無理をしていないか?昨日戦った異形はどんな姿をしていた?」

 仁は肩をすくめた。

「『鬼』さ」

「鬼か……なら余計にだ。奴らは多種多様で、どんな手を使ってくるか分からない。だからこそ、こちらのペースに乗せなければならない。相手の土俵で相撲を取っては駄目だ。こちら側へ、引きずり込まないと」

「そうしようとした結果がこれさ。僕にはひょっとしたら、異形狩りの素質はないのかも知れないな」

「素質がどうこうと言うより、場数の問題だろうな。僕はこれでも、十歳の時から異形狩りをやっているから」

「とても敵わないなあ。僕が十歳の時は、テレビを見て笑ってたよ」

「それが普通なんだよ。君はそんな場から、無理矢理『こちら側』へ引きずり込まれたんだ。被害者だと言ってもいい」

「いや、僕はこれでも一応、自分でこの道を選んだんだ。被害者だなんて妄想だよ」

「そうか。それならいいけど……無理はするんじゃないよ。でないと……死ぬから」

「……ああ」

 司は人の輪の中から抜け出て、自分の席に着いた。あいかわらず仁の周りではいろんな質問や答えが飛び交っている。まるでヒーロー扱いだな、と司は他人事の様に考えた。

 今は実際他人事だが、自分が異形を狩った時は、自分の所にあの輪が移動してくる事になる。それは正直、鬱陶しい。異形を狩るのは司にとって当然の事だ。わざわざ取り上げられるほど、大した事ではない。異形を狩るのに失敗したら、自分も皐も、恐らく死ぬ事になる。上手く逃げられればいいが、そうなれば人の輪は臆病者とさざめくだろう。それを想像して、司はうんざりした。自分一人の想像で勝手に鬱になっていてはしょうがないが、実際あり得る事だ。

「勝者には栄光を、敗者には死を、か……」

 口にしてみて、いっそう気分が鬱になった。 とりあえずの勝者の席には、チャイムが鳴るまで人の輪が絶えなかった。

「司くーん!こっちこっち!」

 昼休み。屋上。ぶんぶか手を振っている元気な皐と対照的に、司には元気がなかった。

「どうしたの、司くん?」

 その問いに、司は答えた。

「日下くんが『鬼』とやりあった。それで軽傷を負った。本人は大したことはないって言ってるけど……」

「心配なんだね、日下くんの事が」

 司は軽く頷いた。

「彼の事も気になる。だけどそれ以上に気になる事があるんだ」

「それは、何?」

「〈日下八光流〉そのものさ」

「〈八光流〉が?何が気になるの?」

「仁くんに、過大な負荷をかけている気がする。要するに、無理難題をやらせている気がするんだ」

 皐は首を傾げた。

「だけど、仁くんは大切な跡取りでしょ?そんな子に、無茶をさせるかな?」

「僕もそう思っていた。だけど違う。今日の怪我を見て、そう思っただけだけど」

「仁くん、怪我したの?」

「うん。軽傷だけどね。頭と腕に、包帯を巻いてた」

「でも、怪我くらい司くんだってしてるじゃない。もっと深い傷だってあったでしょ」

「アレは一回きりの不覚だ。二度は受けはしない。だけど仁くんのは違う。ケアレスミスだ。そんな判断の浅い異形狩り師に、『鬼』を相手させるなんて、狂ってる」

「仁くんの相手、鬼だったの?」

「うん。それもそれなりに手強い奴だ。末期の一撃を繰り出せる奴だから」

「中規模の陰気から生まれた奴か、それとも人を食って成長した奴か……どっちか分からないの?」

「そこまで深くは聞いていない。だけど、どちらかだろうね」

 『鬼』。それは異形狩り師にとってライバルとも言える強敵だ。大抵は中規模以上に溜まった陰気から生まれ出でる。

 特徴はその隆々と尖った角で、それは強力な武器にもなる。同時にそれは弱点でもあって、異形狩り師はその角をいかに落とすか、心を砕く。角を落とせば即致命傷を与えられる訳ではないが、有用な武器を相手からひとつ失わせ、同時に大きなダメージを与えられる事は確かだ。ただし角の根本からだ。先っぽを落としても、何の効果もない。当然の事であるが。

 『鬼』を倒せば『鬼狩り師』として同業者から一目置かれる存在になる。だが、司は思う。〈日下八光流〉の目的は、そんな所にないのではないだろうか、と。彼の流派は、仁を利用している様な気がする。何の為に、どんな、と聞かれると、分からない、と答えるしかないのだが。

 皐は押し黙った司をしばし見つめていたが、自分の弁当箱から卵焼きをつまみ取ると、おもむろに司の鼻先へ突き出した。

 司は皐の行動の真意を測りかねて、当惑した。恐る恐る、皐に問いかける。

「えーと、皐さん?」

「あーん」

「はい?」

「だからぁ、あーん!」

 司は皐の真意を理解した。だが容易には受け入れがたい行為である。司は怖々、抗議してみた。

「あの、皐さん?それはちょっと、恥ずかしすぎるんですが……」

「駄目!あーん!」

 とりつく島もなかった。こうなれば司も覚悟を決めるしかない。司は下手な異形と対峙する時よりも緊張して、皐の差し出した卵焼きをかじった。

「……美味しいです」

「ほんとに?」

「はい」

 すると皐の顔に花が咲いた。それほどに司にとって、明るくまぶしい笑顔だった。

「今日の卵焼きも、私が焼いたんだよ」

 司は感心した。

「そうだったんですか。皐さん、確実に料理の腕を上げてますね」

「おかるさんの指導がいいからねー」

「なるほど」

 ふと司は思いついた。司の重い心を思んばかって、皐はこんな恥ずかしい事をしたのではないだろうか、と。

「皐さん、ありがとうございます」

「あ、分かっちゃった?でも良かった。司くん、あのまま沈んで行っちゃう様な顔してたから」

 司は片手で自分の顔を撫でた。

「そんな顔、してましたか」

「うん。自分の不幸だけじゃなくて仁くんの不幸も一緒に背負い込んだ様な顔。でもね、司くん」

 皐は真面目な顔で告げた。

「人の不幸を考えてあげられるのは司くんの優しさだけど、同時に傲慢な所でもあるんだよ。人は自分一人の事しか片づけられない。他人の不幸を勝手に肩代わりしてあげようなんて、考えなくていいんだよ。ううん、考えちゃいけないんだよ。あくまで司くんは不幸を解決する手助けをするだけ。不幸を解決するのは、その当人にさせなくちゃね」

「しかし仁くんは、その不幸に気がついていない」

「気付かせてあげるんだよ。それが司くんに出来る事。後は仁くんの問題。仁くんが自分の不幸に気付いて解決を望むなら、その手伝いも出来る。解決を望まないなら、そのまま放っておく。司くんには厳しいかも知れないけどね。だけどそれが、有り様だよ」

 司は決然としたまなざしで、口を開いた。

「〈八光流〉の事、調べてみます」

 すると皐が意外な事を言った。

「それじゃ、私も手伝うよ」

 司はまじまじと皐を見つめた。そしておもむろに口を開いた。

「どういう風の吹き回しです?〈八光流〉の事、そんなに興味持っているようには見えなかったんですが」

「別に興味があるからやる訳じゃないよ。司くんがやるって言うから、やるんだよ」

「つまり、僕の手伝いって訳ですか?」

「うーん、そうなるかな。結果的に」

「はっきりしませんねぇ」

 顔をしかめる司に、皐は笑顔で言った。

「私は司くんが前へ向かって走る時、その背中を護るのが役目なんだよ」

 そう言ってまたにっこりと笑う皐に、司は最早何も言えなくなった。

「どうなっても知りませんからね」

「大丈夫だよ」

 妙に自信ありげな皐に、司は訝しげに問いかけた。

「どうしてそう言えるんです?しかも、自信たっぷりに」 

「もし何かあったら、司くんが護ってくれるでしょ?」

 またしても司は絶句した。皐の顔にあるのは、絶対的な信頼の表情。司が皐をおいて逃げる、なんて微塵も考えていない顔。その顔を見て、拒絶の言葉を司は飲み込んでしまった。頭をがりがり掻いて、がくりと頭を垂れた。そしてやけっぱち気味に口を開いた。

「分かりました!何か危険があれば、僕が護って見せます!だから皐さん、手伝ってください!」

「うん!」

 皐は最高の笑顔で頷いた。

 〈日下八光流〉の歴史は浅い。仁の父親が初代だから当然なのだが、しかしそこに至るまでの、集めた八つの流派はそれなりに歴史が古い。〈八光流〉の縄張りのほぼ中心にある〈日下神社〉には近寄れないだろう。ここは昔、別の名前でやはり神社が建っていた。

 何を祭っていたか、どんな流派だったかなどの記録は流出していない。だから司達にも分からない。とりあえず司は、外堀から埋める事にしていた。〈八光流〉の、他の流派の情報を集めようと言うのだ。

 司はとりあえず、〈八光流〉の鼻につきにくい、外周側から調査を開始した。縄張りの外周ぎりぎりにある、〈草部神光流〉のあった神社、〈草部神社〉に司達は足を踏み入れた。

 存外に、狭い。そう大きな流派でなかったのだろう。司達〈斎乃月光流〉もそう大きな流派ではないが、実績によって今の地位を築いている。〈草部神光流〉はどうだったのだろう。名前だけは立派だが、とても神の光が届いていたとは言い難い。社も、朽ちて果てようとしていて、誰もそれを修繕しようとはしていない様子である。

 司達は、倉を探す事にした。そこに行けば、文献のひとつも残っているかも知れない。当然、重要な文献は全て持ち去られているであろうが、残された文献だけでも、どんな流派だったか推測するくらいは出来る。問題はどんな修行をしていて、どれくらいの実績があったか、だ。

 倉には当然だが、鍵がかかっていた。古びた南京錠だ。ここで皐が得意技を発揮した。持参した針金で、錠をこじ開けたのだ。お陰で叩き斬って入る、などという乱暴な真似はせずに済んだ。まあどの道、不法侵入には違いないのだが。

 倉の中は埃っぽく、足を踏み入れると埃が舞った。それを吸い込まないようにしながら、司は拳に幻力を集めた。司の拳が、青白く輝く。探索には支障のない程度の光度で押さえる。そうして、司は皐を促した。皐も、小刀に幻力を込め、明かりの代わりにした。

 倉の中には罠の類は一切無く、代わりに文献の類もほとんどが持ち去られていた。倉の中全てをさらってみて、巻物が五編。しかし

何もないよりはマシであろう。司は早速、それを紐解く事にした。皐も別の書を紐解く。司と皐の座している中央に皐の小刀を突き立て、司の拳の幻力は振り払った。明かりひとつでも、巻物を読むには十分だった。

 司の巻物には、主に昔、どんな異形を退治したかが書いてあった。と言っても一番最近の物で十年前であったが。しかし余白のある所を見ると、これが一番最近の物らしい。改めて追ってみると、最近になるほどに弱小の異形しか退治できていない事が分かった。少なくとも、単独ではこの程度の異形にしか、対応できなかったのだろう。

 皐の書には、系統図が書いてあった。本来ならこんな所に放置しておくべき物ではないはずだが、昔の因縁は捨てた、と言う事なのだろうか。系統図を追っていくと、やはり少子化が進み、それに従って跡継ぎがいなくなっているのが分かる。結局、三六代で系図が途絶えてしまっていた。

 この二編だけでも、〈草部神光流〉の衰退は理解できた。彼らにとってこの二編は、忌むべき書物なのだろう。倉に放置されているのも納得できた。

 残りの三編は、大して見るべき価値のない物であった。古い代の日記とか、そういうものばかりで、参考にはならなかった。

「出ましょう」

 司の言葉に、皐は頷いた。皐が小刀を引き抜く。巻物は適当にこの辺り、と言う所に直しておく事にする。どうせ、ここで朽ちていく類の代物であろうから、扱いも適当で良いだろう。

 司と皐は、倉を出ると深呼吸した。倉の中ではおちおち深呼吸もできなかったのだ。足跡が残ってしまうが、構わないだろう。どうせ見られて、困るような事でもない。一応、不法侵入ではあるが、「異形狩りに必要な事だった」と言えば済む程度の事である。警察もそれほど目くじらを立てるような事もあるまい。

 司はこのまま帰るか、それとももう一カ所回るか、迷った。事は皐の安全にも関わる。慎重に行かねばならない。

 結局司は、もう一カ所回るのを諦めた。もう夜の帳が下りている事もあり、不意打ちを警戒したのだ。誰に不意打ちされるかと言えば、日下仁に決まっている。学校で顔を合わせた時、気まずい思いはしたくない。

「帰りましょう、皐さん」

 司の言葉に、皐は素直に頷いた。

「それじゃ残りはまた明日、だね」

「ええ」

 そうして司達は帰路についた。尾行者については、特に警戒してはいなかった。尾行するくらいなら既に襲われているであろうし、それほど度胸のある流派だとも思えなかったのである。

 とりあえず、『八光』のうちのひとつについては、その衰微の推移が明らかになった。だが逆に言うと、それだけしか分からなかった、と言う事でもある。衰退した流派が集まって〈日下八光流〉を作った事は分かっているのだから、今日の収穫はあまり良い物とは言えなかっただろう。

 それでも実際に衰退した流派が少なくともひとつ、〈八光流〉に含まれている、と言う確認にはなった。それで良しとすべきであろう。他を回れば、移行の推移などが分かるかも知れない。〈八光流〉自体の事が分からなくとも、その『八光』を築いた流派を調べれば、自然と浮き上がってくる事もあるであろう。それを、司は期待しているのだ。

 空振りに終わる可能性は大きいとは言え、やってみなくては分からぬ事でもある。捜査の基本は足で稼ぐ事。聞きかじった知識だが真理だろう。司は、明日も別の衰退した神社を訪れるつもりでいた。

 しかし司の目論見は二日目に入る前に挫折を余儀なくされた。

「斎乃くん」

 まだ包帯の取れぬ仁が、司を呼び止めた。「何かな?」

 振り返って聞き返した司は、仁の表情を見て、昨日の件は露呈していた事を知った。しかし元より、それは覚悟の上の所行である。司の態度に、怯みはなかった。仁も司の態度を見て、話が早いと思ったのだろう。いきなり本題を切り出してきた。

「昨日、〈草部神社〉の倉を見たよね?」

「うん、見た」

 仁はその答えに、悲しそうに顔を歪めて言を継いだ。

「そう言うの、止めて欲しいんだ。師匠達も、痛くもない腹を探られるのは、良しとしないみたいだし」

 司の瞳に、一瞬光が走った。

「痛くもない腹か……痛みがないだけで、本当は病魔に冒されているんじゃないのかな」

「どういう事だい?」

「〈日下八光流〉は、歪んでいるって事だよ。普通は当代に、こんな無茶はさせない。うちだってそうだ。当代自身には、負担をなるべくかけないようにしている」

「それは人員に余裕があるから出来る事だろう?うちには、そんな余裕は、無いんだよ」

「無ければ作れ。それが本来、君の所の急務の筈だ。それなのに何故、異形狩りにこだわる?そんな場合ではないはずなのに」

 仁はどこかが痛むような表情をした。

「〈日下八光流〉には、実績も、歴史も、無い。それを作らなければならないんだよ。多少、無理をしてでも」

「君の『無理』は、多少で収まる範囲じゃない。明らかに、限度を超えている。何をそんなに急いでいるんだ?」

「ご老人達には、待つだけの時間がないんだよ。自分の目で、結果を見たがっているんだと思う」

「そんな自分勝手に付き合う必要はない。君の師匠達は世代を重ねると言う事を忘れている。僕たち異形狩り師は、世代を重ねて強くなっていくんだ。ご老人達は、衰退する事を恐れすぎて、その事を忘れている。君はいわば、中継ぎ投手なんだ。中継ぎが倒れてどうする。ちゃんと、押さえに回さないと」

 司の言に、仁は苦い顔になった。

「言いたい事は分かるよ。それが正当だって事もね。だけど、僕は逆らえないんだ。僕は情けない初代の息子だからね。選択の余地がない。それにこの世には自分勝手が多すぎる。そう言うのを、少しでも何とかしたいという思いもあるんだ、僕には」

 司は傍目には分からないほど軽く、眉をひそめた。

「志は立派だけどね、独りで出来る事じゃないと思う。いずれ協力して、立ち向かわなければならない事だろう。後継者問題という奴は」

 仁は首を左右に振った。

「そうじゃないよ。陰気を溜め込む、一般人の事を言っているんだ。そう言う人がいなくなれば、僕たちの仕事も不要になる」

 司は一刀両断した。

「理想論だな。実際にはそんな事、出来ないよ。普段は善良な人でも、いざ相続となったら醜い感情をさらけ出す事なんて珍しくもない。そしてそう言う人の方が、陰気を溜め込みやすいんだ。そう言う人に、理を説いても無駄だ。下手をすれば、こちらが悪役にされかねない」

 仁はあくまで真摯だった。

「しかし、理想を忘れたら現実の泥沼に沈んでいくだけだ」

 しかし司は、あくまで冷たかった。

「もう理想は、現実の泥沼の中に沈んで影も見えないよ。異形が出るまで醜い争いを続け、いざ異形が出れば他人に頼み込む。そう言うシステムが出来上がってしまっているんだ。だから、僕たちが不要になる世界は、望めない。異形がいなくならない限り。人間が、根本から変わらない限り」

「変えられないかな、根本から」

「一人二人を変えても意味がない。この問題は、世界規模の問題だ。世界規模で、人の意識を変えていかないと、駄目だ。そしてこの問題に関する限り、人の意識を変える事は不可能だと思う。異形狩りを専門とする機関が、存在意義を失うからね。彼らの為にも、人間同士、憎み合ってもらわなければならない、と言う訳さ。戦争が無くならない訳だ」

 司が口を閉ざすと、仁は悔しそうに唇を噛みしめた。そんな仁を見つめながら、司はおもむろに口を開いた。

「そんなマクロな事より、僕は君の事が心配だ。異形狩りは命がけだ。君も知ってると思うけどね。そんな場に、まだ君を一人で行かせていい物か、正直悩んでいる」

「……僕が、未熟だからかい?」

「その通り」

 司はある種の残酷さを、意識的に込めて断言した。

「そうか……僕は師匠達だけでなく、他流派である司くんにまで、心配をかけていたのか……未熟は、辛いね、司くん」

「だからと言って無茶な修行や薬を使って無理に一人前になろうとする物じゃない。先にも言ったとおり、君は中継ぎなんだ。自分の子や後継者に、伝えるべき事を伝えねばならない立場にあるんだ。歳が若いとかは関係ない。立場が、そうなんだ。それを自覚して、自重すべきだ、君は」

「僕に、異形狩りをするな、と言いたいのかい?」

「本音はそう。そう言いたい。だが状況が許さないだろう。だから上手く生きる事だ。敵わない相手だと思ったら、逃げ出したらいい。僕が手伝うよ」

「君の所だって、君がいなくなったら困るんじゃないのかい?」

「困るだろうね。だから上手く生き残るつもりさ。君と僕、二人いれば狩れない異形なんて、そうそういないだろう」

「……頼って、いいのかい?他流派である、君を?」

「構わないさ。昔はそうやって、みんなで生き延びてきたんだ。今更面子がどうこう言うのなんて、馬鹿げている」

 仁の緊張が、ゆるんだ。安心したように。

「確かに、馬鹿げているね。面子なんて」

 司は頷いた。

「ああ。馬鹿げている。僕たちの仕事は面子を守る事ではなく、異形を狩る事なんだからね。そのためには他人の手だって借りるさ。それでいいんだ」

 司の本音だった。

 最近の異形狩り師達は、自己の利益を守る為に、わざと陰気の溜まりを無視して、依頼が来るのを待ったり、縄張りを争ったりしているが、それは異形狩りの本来の姿ではない、と司は思うのだ。異形を狩る者が、陰気を溜めてどうする、と思う。だからせめて自分たちだけでも、良き前例を残していこうと思う。

 それが例え、少数派の見識だとしても。

 仁との会話を終え、席についてチャイムを待つ。仁と結構長話をした気分になっていたが、思ったより時間がかからなかったらしい。こう言う時、司は暇を持て余してしまう。

 鞄の中から、皐から借りた文庫本を取り出し、ページを開く。少女小説だが、司は別に頓着しない。司は娯楽小説を自分で買うと言う事をしないので、自然皐に借りた本だけが、娯楽を提供する物になってしまう。

 哲学書の類なら読むのだが、そう言うのは大抵図書館で借りるか、その場で読んでしまう。自然、司の部屋の本棚に、教科書以外の物が並ぶ事は希だった。

 しばらくするとチャイムが鳴って、司は文庫本を鞄に直した。

 平凡な、日常の始まりだった。

 そして平和な昼休み。司はいつも通り、皐と屋上で昼食をとっていた。

「平和だねぇー」

 皐がのんびりした口調で司に話しかける。

「いい事です」

 司もそう応じて、ミートボールを口の中に放り込んだ。

「でも夕方からは、平和じゃなくなるんだよね?」

 問うてくる皐に、司は頭を振った。

「いえ、今日からは行きません。今朝、仁くんに釘を刺されてきた所でして」

 皐は首を傾げた。

「それで諦めるの?随分司くんにしては弱気だね」

「攻める方向を変えようかと思いまして」

 皐は再び首を傾げると、司に問うた。

「攻める方向って?」

「〈八光流〉と仕事をした時に、その断片から修行の内容を割り出そうかと思いまして」

「そんな事、できるの?」

「できます。同じ、剣を使う物同士ですからね。尤も、油断は出来ませんが」

「でも、〈八光流〉と一緒にお仕事する事なんてあるのかなあ」

「ありますよ。そのうちに」

「……いやに確信的だね」

「今朝、その事について、話し合ってきたばかりですから」

「男の子同士の友情?」

「どちらかと言えば、同じ異形を狩る者同士の連帯感情だと思います」

「ふうん……」

 皐は不得要領と言った風の顔で弁当をつついていた。その態度で、司はある事を忘れていた事に気付いた。

「すいません皐さん。皐さん抜きでこんな事、勝手に決めてしまって」

 皐は鷹揚に首を振った。

「その事は別にいいんだよ。私が気にしてるのは、本当に〈八光流〉が私達にそんな隙を見せるか、と言う事なんだよ」

「フム……仁くんの思惑とは別に、と言う事ですね?」

「そう」

「見つけるよう努力するしかないでしょう、隙を」

「できる?」

「やります」

「そっか。なら私から言う事はないよ。頑張って。私も出来るだけ、サポートするから」

「……ありがとうございます」

「だけど、この事を事前に私に話さなかった事についてはペナルティ一ね」

「……今日はどこの店ですか?」

「朝霧公園に美味しいクレープの屋台が出てるんだって。一回食べてみたいなあって思ってたんだよ」

 司は微笑した。

「それなら今日も寄り道ですね」

 皐も笑った。

「目的は随分と違うけれどね」

 こうして、昼休みは過ぎていった。


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