異形狩り師 06

「どうして、こんな事になったんだい?」

 司は静かに尋ねた。答えも静かに返ってきた。

「ここで禅を組むのは毎日の事だったんだ。四日前も、そうだった。そうしたら師匠達が結界を張ってしまってね」

 仁は肩をすくめた。

「気がついたらこの身体さ。不覚とはこの事だね。誰を恨む事もない」

「そんな事はないだろう。恨むべき人間が、いるはずだ。そこで笑っている、八人の薄気味悪い老人達が」

 仁はゆるゆると首を左右に振った。

「不思議とね、師匠達を恨もうという気が沸いてこないんだ。むしろ、感謝しているくらいでね。この身体をくれた事に」

「そんな、陰気にむしばまれた身体を?」

「人を食い易い、こんなに軽い身体をさ」

「……そうか。もうすっかり、『鬼』なんだね、君は」

「そう。僕は『鬼』なんだ。君とは戦う運命にある」

 そう言うと、仁は口の両端をつり上げる表情をした。その口の端からは、発達した犬歯が覗いている。

 笑っているのだろうか。司には、自嘲の表情に見えた。

 こんな戦い、馬鹿げている。司はそう叫びたかった。出来る事なら、司は鬼と化した仁と、戦いたくなかった。何か抜け道があれば、それにすがりたかった。

 しかし、抜け道はなく、彼と戦いうるのも、この場にいるのは自分一人。

 ならば、戦うしかないじゃないか!

 例え、自分の感情を押し殺してでも。

 司はふと、妄想に囚われた。仁もまた、鬼としての自分を演じる事で、この戦いに理由付けをしようとしているのではないか、と。

 勿論そんな事はないだろう。鬼は、自分の衝動に従うのみ。誰にも従ったりはしない。

 しかし仁は、仁だけは特別だと思いこみたかった。でなければ、剣を振るう事すら、出来なくなりそうだった。仁を、今の仁を普通の鬼としてみてしまった瞬間、これまで築いてきた物が崩れてしまう。司はそれを恐れた。 それを叱咤したのは、以外にも仁だった。

「斎乃くん。君は何だ。異形狩り師だろう?ならば、僕と戦え。戦って、自分の証を立てて見せろ!」

 その言葉で、司の迷いは晴れた。そう。自分は異形狩り師。そして眼前にいるのは鬼。

 そうあれば、自分がする事はひとつ!

「皐さん、石舞台に、結界を」

 皐は一瞬、司の表情を伺うような仕草を見せたが、そこに迷いがないのを確認して、自分も覚悟を決めた。

「汝、陰気より生まれ出でしモノ。神気と空間を持って、汝を縛る!」

 直方体の辺を、神気が描く。そしてその面を、神気が埋める。こうして、石舞台に、結界が完成した。

「リングアウト無用の、デスマッチだな」

 司はおどけて、そう言って見せた。

「どちらかが倒れるまで終わらない。いいんじゃないかな」

 仁も、おどけてそんな事を言ってきた。仁の手から、彼の愛刀が生えてくる。それを引き抜いて、仁はその具合を確かめるように一振りした。

「最高のステージ、最高の相手、そして体調は絶好調。手加減はしないよ、司くん」

「それはこちらの台詞だ。お互い、手加減は無用だ。これは、異形狩り師対鬼の、デスマッチなんだからね」

「全くだ。観客がいないのが、勿体ないくらいだ」

 司は苦笑した。

「観客ならいるじゃないか。君の元師匠達と、皐さんが」

 仁は頷いた。

「そうだね。皐さんなら、この戦いの結末を見届けるのにふさわしい」

 司は皐に向かって声をかけた。

「皐さん。もし僕が負けたら、この結界を『閉じて』下さい。この戦いの後、誰も、何も出来ないように」

 それはすなわち、仁も外に出られない代わりに、外から中に入る事も叶わない、と言う事であった。

 皐は一瞬ひるんだように見えた。しかし、気丈に頷いて見せた。

「分かった。でも、信じてるからね」

 司はその言葉に、微笑で応えた。

 ふと、相対する二人の顔が真顔になる。そして互いの愛刀を構える。青眼に構える仁に対し、司は斜に構えて見せた。

 一見、ただの剣道か何かの試合にも見える。だがこれは、真剣勝負だ。互いの得物は、相手を一撃で倒す事も叶う必殺の武器だ。

 司の神気に覆われた十握剣は元より、仁の材質の分からぬ剣も、充分に司の命を奪うに足る。

 二人はじりじりと間合いを計り合う。最初の一合が、致命傷になるかも知れない。

 それを避けるには、相手の手を読む事だ。それが出来れば、少なくとも相手の攻撃を受ける事はなくなる。しかしこれは後手に回ってしまう、と言う欠点がある。

 二人とも、探しているはずだ。最初の一合を、どこに打ち込むか。

 観戦しているだけの皐も、思わず手に汗を握っている。

 それほどの、緊迫した戦いだった。

 僅かに早く、仁が動いた。狙うは袈裟斬りか。左上段に、剣を構えている。

 司も僅かに遅れて動いた。こちらは、右下段の構え。仁の剣を迎え撃つ構えだ。

 猛烈な速度で、二人と剣がぶつかり合った。水晶の鐘を打ち鳴らしたような、澄んだ音が辺りに響いた。

 神気の刃と、材質の分からぬ剣は、刃を交差させていた。

 司が汗をにじませながら、口を開いた。

「予想はしていたけれど……その剣は何なんだい?」

 仁は苦笑して答えた。

「秘術をそう簡単に教えると思うかい?まあ、神気をもはじき返せる性質を持った物質、とだけ言っておくよ」

「それは、君たちが開発した鬼専用の武器なのかな?」

 仁はニヤリと笑って答えた。

「そう取ってくれて構わないよ。どうせ〈日下八光流〉も終わりだ。師匠達が何を考えているのかは知らないけどね。鬼を人為的に生み出そうと画策していたという時点で、取りつぶし決定だろう」

「それは同感だ」

「君が勝ったら、そう証言して欲しい。これは、僕からの遺言だ」

「……分かった」

「ただし、君が勝つとは限らないよ。僕も全力で、君を喰らいに行くからね」

「ああ、そうだろうね」

 そう応じると、司は右肩の刺青をあらわにした。

「剛鬼!伸腕鬼!剣鬼!我の敵を討て!」

 叫ぶと同時に、三つの花が輝いた。次の瞬間、半透明の鬼が三体、司の前に現出していた。

「これが僕の奥の手だ。行け!」

 司の号令と共に、鬼達は仁に向かって突進していった。しかし仁は薄笑いをたたえたまま、その場を動かない。

 鬼達が仁を包囲し、今まさにぼろくずに変えようとした刹那。

 仁は包囲の外に出ていた。まるで瞬間移動でもしたかの様に。そして次の瞬間、鬼達はずたずたに切り裂かれて消滅した。

 皐だけでなく、司にもその太刀筋は見えなかった。恐るべき太刀筋の速さだった。

 仁は一瞬で包囲を抜けると、その刹那の一瞬で鬼達を切り裂いて見せたのだ。司の背を、冷や汗がつつ、と流れ落ちた。

 式服を着直す司に、仁は言ってのけた。

「〈斎乃月光流〉もこの程度かい?なら、君は僕に喰われる事になる」

「そうでもないさ」

 司は虚勢を張った。仁のあの太刀筋に敵うとは思っていない。しかしそれでも、負けを認めたら負けだと思った。だから剣を持てなくなるその瞬間まで、司は決して諦めたりしない、と心に誓った。

「ならその剣で、僕を斬ると?出来ると思っているのかい?」

「やってやるさ」

 仁の問いかけに、あくまで強気に、司は応じた。

 司には仁ほどの速度はない。勝ち目があるとすれば、仁のその油断。剣筋自体が鈍ったそこに、司の勝機があるだろう。

「その自信……どこから沸いて出てくるのか知らないけれど、一刀両断にしてあげるよ。〈斎乃月光流〉の名と共に!」

「それは困るな。一刀両断にされたら、今日の晩ご飯が食べられないじゃないか」

 軽口を叩きながら、隙を探す。隙は、皆無。ならば作るしかない。そのチャンスも、微少でしかないが。

 仁が軽口に乗らずに、剣を大上段に構える。あそこから唐竹割りに打ち下ろされても、相当の速度だろう。受けきれるか。それとも、わざと隙を見せているのか。あの構えなら、脇ががら空きだ。そこを、神速で駆け抜ければ仁に勝ちうるかも知れない。

 しかしそれは無理だ、と司は結論づける。

 仁の方が反応速度は上だ。初太刀を受けられたのは、司が仁の後手に回ったからであって、司が仁を上回った訳ではない。

「どうしたんだい?打ってこないのかい?」

 仁が誘いをかける。しかし司は無言で、じり、と左足を動かしただけだ。構えは八相。半身に構える。

 そのまま、しばし時が流れた。静寂が、二人の間に流れる。

 司が誘いに乗ってこないと悟ったか、それとも別の意図があるのか。仁は構えを変えた。右下段。ゆらり、と一歩踏み込む。

 来るか。司は緊張した。

 しかし、その時はなかなかやってこない。司は焦れる。そしてこの焦りこそ、仁が待っている物だと言う事に気がついた。

 焦るな。司は自分に言い聞かせる。

 自分から斬りかかる事はない。どうせそのうち、相手から斬りかかってくるのだ。その時こそ、一瞬の勝機。それまで待つのが、今の司の役目だった。

 外から見ていると、一合を合わせたきり、何の動きもないように見える。しかし皐は知っていた。この間にも、二人は剣を交えているのだ、と。

 それは一種の心理戦だ。自分がどう動けば、相手がどう動くか。それを見抜いた上で、自分はどう動けばいいのか。その最適な動きを、先に見つけた方が、勝つ。

 しかし、それが分からないのか、それとも司の焦りを誘おうとしているのか。八光の老人達はヤジを飛ばし始めた。

「こりゃあ!もっと動かんかい!」

「それとも腰が抜けたか、斎乃の」

「なるほど、それはあるかも知れんのう」

「何せ、自分の秘術を、破られた直後じゃからのう」

「おう、あれは見事じゃった」

「人間の頃には、できなんだ事よ」

「やはり、わし達の眼に狂いはなかった」

「仁はよい鬼になる、とな」

「親父はどうしようもなかったが、息子は唯一の才を持っておった」

「その才を育てる事こそ、わし達の役目じゃった」

「そうよ、これこそ、天より与えられたわし達の役目」

「誰もとがめる事など出来んわい」

 けく、けく、けく。

 その奇怪な笑いを聞きながら、皐は怒りに震えた。

「あなた達は……仁くんをそんな目で見て、今まで育ててきたんですか!愛情の欠片もない、単なる材料としてしか、仁くんを見ていなかったのですか!」

 一応年上だから皐は敬語を使っているが、応答次第ではそれも外れるだろう。

 そして、皐に劣らず、司も怒りに震えていた。しかし、口を開けば仁の剣が、司を斬り倒すだろう。だから、何も言わず、心を静めて、一瞬を待っている。

「これは異な事を言う」

 老人の一人が、口を開いたのを皮切りに、老人達はまた口々にしゃべり始めた。

「異形狩り師の最も大事な物は、素質よ。わし達はその素質を大事にしたに過ぎん」

「例え、それが鬼となる質の物でもな」

「使いようによっては、またとない剣になる故」

「わし達は、仁を育て上げた。ここまでの鬼に」

「事実、仁は自分の自我を持っておるではないか。人に仇なす事などあるまいよ」

 皐は反論した。

「確かに聞きました。変わり果てた仁くんの言葉を。人の肉を喰らいたいという言葉を。衝動を。これのどこが、人に仇なす事が無いと言うのですか!」

 老人達はその言葉に一瞬ひるんだが、口々に口を開いて反論した。

「あれが『人が食いたい』と言うのであれば、死体でも喰わせておけば良かろう」

「そうよ。何も、生きた人間である必要など無い」

「わし達は間違ってはおらぬぞ」

「鬼が全て、人に仇なすなどと言うのは偏見じゃ」

「わし達が作り上げた鬼じゃ。そんな事は決して、無い」

 皐は冷ややかに指摘した。

「でも、朝霧公園の鬼は、確かに人を喰らおうとしていましたよ」

「あれは陰気から生まれた鬼じゃ。仁とは質が違う」

 皐は首を左右に振った。

「いいえ、同じです。人の肉を喰らいたいという衝動、それはどの異形も変わらない。例え、鬼であっても。人鬼であっても、それは同じなんです。先ほどの仁くんの言葉が、それを裏付けています」

「みなさん、そのくらいでいいですよ」

 意外な事に、仁が皐と老人達の口論を止めた。

「師匠、バラ色の未来を夢想していたようですが、無駄ですよ。僕はあなた達には従わないし、第一ここから出る事も、叶わない。皐先輩の結界が、ありますからね」

 老人の一人が、唾を飛ばして叱咤した。

「わし達に従わんじゃと!?この恩知らず!その身体を与えてやったのが誰なのか、忘れたのか!」

 仁は皮肉げに口元を歪めた。

「ええ、よーく覚えていますよ。鬼に仕立て上げてくれた事も、司くんと対決せねばならなくなった事もね。後でまとめてお礼をしたい所ですが、この結界が邪魔で、それも叶わない」

「貴様……結界がなかったら、わし達をどうするつもり何じゃ!」

「殺します」

 仁はまるで、昼食のメニューを選ぶ時のように、あっさりと言ってのけた。

 その言の中に込められた怨に、老人達は初めて、恐怖した。自分たちが、作り上げたモノに。

 因果応報と言って良いだろう。しかしそれは叶わない。まだ司との決着が付いていないし、皐の結界がある。叶わぬ願いと言って良いだろう。それだけに、一層怨がこもっているはずだ。それが、司に向かって叩きつけられる訳だ。

 しかし、司はそれを好機と見た。怨は剣を鈍らせる。例え神速の剣でも。結果として八光の老人達は、仁が敗退する原因を作ってしまったと言って良いだろう。今は恐らく、それを望んでいるはずであるが。

「司くん。こうしているのももう飽きた。そろそろ、決着をつけよう」

「……ああ」

 そう言いつつ、両者とも動かない。動けない。決着をつけたいという想いと、友人を思う想いとが、せめぎ合っているのだ。

 しかしそれらを振り払って、遂に仁が動いた。神速の剣が、司に迫る。

 司には、仁ほどの速度はない。そして鬼と化した仁の強靱なバネ、しなやかな筋肉。

 だが司には、仁の持っていない物があった。

 それは――引く事!

 司が絶妙のタイミングで後ろに退いた事で、仁の剣は空を切った。そしてそのがら空きの脇腹に、司の剣が――

 戦いは、終わった。

「こうなる事は、予想してた」

 胴を断たれ、腰から下を失っても仁はまだ生きていた。しかしその戦闘能力は、失われたと言って良いだろう。司にとって仁は、最早驚異的な敵ではなかった。

 そして、司が仁を倒した事で、昔の関係が一時的にでも回復したような気がして、司は仁にとどめを刺すのを躊躇っていた。

 司は、仁に問うた。

「予想していたなら、何故あの戦法をとったんだい?」

 仁は朗らかに答えた。

「司くんが、僕の敵を取ってくれると信じたからさ」

「敵、か。確かに取らないといけないな」

 司は石舞台の上から、虚脱した風体の老人達を、殺人的な眼光で睨み付けた。当の老人達は、気付かぬ風であったが。気付けば、失禁していたかも知れぬ。それほどに凄まじい威が、その眼光には込められていた。

「仁くん、君の恩と怨は、僕が引き継ぐ。だから、心安らかに」

 仁はにっこりと笑った。

「ありがとう」

 そう告げると、自身の剣を首の下に当て、自刎した。安らかな死に顔の首が、石舞台の上に転がった。血は出ない。ただ陰気がそこから、吹き出している。

 ――処理しないといけない。司は皐を呼ぼうとして、いや、と踏みとどまった。

 右肩を抜き、刺青を露出させ、呪を唱える。そして宣言した。

「汝、怨から生まれ出でし者、我が友として、生涯を共に有れ」

 その言葉と同時に、仁の身体はかき失せ、代わりに司の背中に、大輪の牡丹が咲いた。

「さて、と……」

 そう呟くと、司は皐を呼んだ。この石舞台にこもった、陰気を払う為である。この石舞台自体が、陰気を持っている様だ。それも含めて、皐に伝えた。皐はひとつ頷くと、久遠を呼んだ。呼び声にすぐに従う久遠。成獣の姿だが、甘え方は子狐の姿をしている時と変わらない。

「久遠。力を貸してね」

 そう久遠に告げると、皐は神気のこもった小刀で結界に切れ目を入れた。

「この場所にとどまりし陰気とその象徴、空間と結界を持って全てを断つ!」

 そう告げると同時に、皐はもう一度、小刀を結界に突き立てる。莫大な神気が、結界内に流れ込む。そして久遠も、神気の雷を結界に撃ち込む。

 ガラスの割れたような音がして、結界は砕け散り、その中にこもっていた陰気も消失した。これで一応、皐の仕事は終わりだ。だが、重要な役目がまだ残っている。司の、メンタルケアがそれだ。これは皐にしかできない、重要な役割だった。

 しかし、下手に近づいた所で拒絶されるだけだろう。しかし皐は自然に、司に近づいていった。そして、後ろから抱きついて言った。

「終わっちゃったね」

 しかし司は、皐の抱擁を拒否するように一歩、踏み込んだ。

「まだ終わっていませんよ。後始末が残っています」

 そう言って司は、八光の老人達を、捨てられた残飯を見るような目つきで見下ろした。

 見下ろされた老人達は身を寄せ合って、司を威嚇した。

「な、何じゃその目は!」

「わし達を馬鹿にする気か!」

「いくらお主でも、わし達に手をかける事は許されんぞ」

「そうよ。警察沙汰になる」

「八人も殺すんじゃ。確実に死刑じゃ」

「異形狩り師が人間に手を出すんじゃ。それだけで死刑は確実よ」

「つまりじゃ、お主がいくらわし達を恨もうと、どうする事も出来んと言う事じゃ」

 けく、けく、けく。老人達はさも嬉しそうに笑った。

 しかし司は静かに告げた。

「お前達は無辜の一般市民じゃない。将来ある異形狩り師を鬼に仕立て上げ、それを持って殺戮を繰り返そうとしたという罪がある。異形狩り師として、見過ごせない罪だ」

 けく。老人達の笑いが止んだ。

 さらにだめ押しするかのように、司は言い放った。

「その罪を持って、汝らをこれより罰する!覚悟せよ!」

 そうして司は十握剣を八相の形に構えた。

 ひええ、と情けない声をあげて、老人達は後ずさった。

「あ、あれじゃ!あれを使うのじゃ!」

 老人達の一人から、そんな声が上がった。

「あ、あれは、大丈夫なのかのう?」

「わし達で丹誠込めた品じゃ!信じい!」

「このまま斎乃のにやられるのは癪じゃのう。ひとつ、賭けてみるかのう」

「お、おぬしらがやるなら、わしもやる」

 丸聞こえの相談に、司は冷水を浴びせた。

「やりたい事があるならやってみるがいい。僕はそれを、打ち砕いてみせる」

「後悔するなよ、小僧!」

 老人達のうちの、一人が叫ぶ。そして懐からひとつのびい玉を取り出すと、それを躊躇いもなく飲み込んだ。

「あれは確か……陰気の詰まったびい玉だよね?」

 皐が、司に尋ねた。司は頷いた。

「ああ。どうやら奴らは、鬼になる事で、僕たちを仕留めようとしているらしい」

 皐は緊張して司に尋ねた。

「勝算は、あるの?八体の鬼だよ?」

 司の答えは、自信に充ち満ちていた。

「問題ない。全部、屠ってやる。一人じゃ無理でも、二人なら」

 二人というのは、皐の事だろうか。違う、と皐は直感した。ならば、他に誰がいるのだろう?

 その疑問は、次の司の言葉で氷解した。

「現出せよ、『善鬼』」

 その呼び声に答えた鬼は――先ほど司が倒した、仁だった。

 皐は納得したと同時に安堵した。この『二人』ならば、無敵だ。絶対に、負ける事はない。自分は、自分の仕事をしよう。

 皐はいつも通り、鬼が現出してくる辺りに結界を張る。八光の老人達が悶え苦しみながら鬼に変化していくのを、司と皐はそれぞれの視線で眺めやっていた。

 八光の老人達は、あまりに互いがくっつき過ぎていて、変化途中に互いの肉がくっつき合ってしまっていた。そのまま、鬼への変化は続いていく。

 それはアメーバか何かの単細胞生物のような融合で、しかし老人達は単細胞生物ではないから、見ていて非常に気持ちの悪い物だった。しかし、誰も目を逸らさない。

 結果として、現出した鬼は一体のみだった。しかし腕が四本、角が三本。脚は一対だが、顔は八つあった。頭部に三つ、肩に二つ、腹にひとつ、脚にひとつ、背にひとつ。つまり、死角は、無い。しかも八人分の陰気の玉を取り込んで、凶猛さは隠しようがない。

 しかしそんなもの、関係なかった。司と仁の、『二人』には。

「二人で、この事件に、幕を下ろそう」

 司が言った。仁も、頷いた気がした。しかし、その言葉に異を唱えた者がいた。皐である。皐は司の肩に手をかけると、口を開いた。

「違うよ司くん。『三人で』でしょ?」

 司は苦笑して、間違いを修正した。

「そうでした。三人と一匹で、でしたね」

 そうだ、自分たちを忘れるな、と言わんばかりに、久遠が一声、鳴いた。

 司の口元に微笑が浮かぶ。自分はこれだけの人々に支えられているんだ、と感じる。だからどんなに強大な敵だろうと、必ず生きて帰らねばならない。

 待っていてくれる人々の為に。


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