奇想流離譚 02

〈2〉

 ホルスの言う通り、朝食を摂って、私は玄関を出る。IDカードを通してドアにロックをかけ、ホルスの言う事務所へ向かう。
 十分ほど歩いただろうか。ホルスの指示に従って歩いて見えてきた所は、五階建ての雑居ビルだった。私の事務所は、その二階だという。試しにテナント一覧を見ると、確かに二階は『千堂探偵事務所』と書いてあった。
 二階へ上がる。旧式のワイヤー式のエレベーターもあったが、階段を使う。どうせ二階までの事だし、万一にも、襲撃などあったら厄介だ。
 幸い平穏に、階段を登り終える。カードキーロックだったが、私のIDカードで大丈夫なのだろうか。試してみると、ガチャンとロックの外れる音がする。IDカードは失くせないな、と馬鹿な事を考えつつ、私は事務所の中に入った。

 中は応接セットがひとつと、それに向き合うように事務机がひとつ。その上にワーカムが乗っている。そして、隣室へ繋がるドアが、ひとつ。
 ホルスが呼んでいた。
〈真由。その扉です。その扉を開ければ、私がいます〉
 言われた通り、ドアを開ける。
 中は凄かった。多機能型大型スクリーンに、ヘッド・マウント・ディスプレイ付きのシートがひとつ。キーボードだけで三つある。その他、スイッチやボタンの類がちょっと数え切れないほど。この部屋は正に、電脳空間への扉だった。
〈やっと会えましたね〉
 ホルスが言った。WIS回線でなく、部屋のスピーカーから。私も頷いて応える。
「そうね。やっと、会えた。そんな気がするわ。おかしいわね。朝からずっと会話していたのに」
〈あれも確かに私でした。しかし、人間と直接コミュニケート出来る場は、ここ以外ありませんから。私はここにいる、と私が断言出来る、唯一の場所と言えるでしょう〉
 私が物珍しげに部屋を睥睨していると、ホルスが私に声をかけた。
〈さて、それでは検査を始めましょうか。真由が未だ、サイファであるかどうか〉
 その言葉を聞いて、私も気持ちを引き締めた。好奇心を持って眺めていた部屋を、改めて眺め直す。
「それでホルス。私はどうすればいいの?」
〈シートに座って、HMDを付けて下さい。それで私は、真由の全身をサーチ出来るようになります〉
 ホルスの言った通り、シートに深く腰掛けて、HMDを装着する。バイザーを下ろすと、HMDが点灯した。ホワイトアウト状態。
〈それでは、今から真由の身体をサーチします。準備はいいですね?〉
 私はHMDを付けたまま、頷いた。
「ええ。やって頂戴」
 するとHMDの真っ白だった画面に、様々なデータが乱舞し出した。
 このデータ全てが、私を表わすデータらしい。しかし私が見てみても、理解出来ない。人工知性体には、日常会話の様な物なのだろうが。やはり、人間と人工知性体は違う存在だな、と思う。
 だが今までやってきたように、コミュニケートする事は出来る。コミュニケート出来る相手となら、交渉も出来るだろう。互いの距離をそうやって測っていけば良い。機械だから、人工の物だからと忌避するのはナンセンスだ。そういう人間は、恐らく人間とも、本当の意味でのコミュニケートは出来ないだろう。
 ホルスの声が聞こえて、私のとりとめもない思考は中断を余儀なくされた。
〈いい状態です。記憶を失った原因は不明ですが、それを除けばいつもと変わりない。サイファの力も、残っています。発動可能な状態で。これなら、サイ・ブラスターだけでなく、エーテルコートも実用域でしょう〉
「エーテルコートって、何?」
〈簡単に言えば、サイファの力で作り出すバリアのような物です。使用しようなどと意識するまでもなく、今も、真由の全身を覆っています。人間の目には見えませんが〉
「ふうん……」
 そういわれても実感がない。ま、サイファの力があると言われても、その事を実感出来なかったのだから、今更そんなバリアがあると言われても、実感出来ないのは当然の気がした。とにかく、ホルスはある、と保証してくれているのだから、それを信用しよう。ホルスには、私の目には見えない物も見えているのだから。
「それで、そのエーテルコートって、どのくらいの強度を持っているの?まさか銃弾程度も防げないって事はないと思うんだけど」
 ホルスは大まじめに言った。
〈銃弾どころか、艦砲射撃にすら耐えられますよ。真由のサイファのレヴェルなら〉
 私は唖然となった。
「艦砲射撃って……冗談でしょう?」
 ホルスは毅然として言い張った。
〈実際に、野戦砲クラスなら実働データも存在します。動画もです。何でしたら御覧になりますか?〉
「そうね……実際にこの目で見ないと、ちょっと信じられないわ」
〈了解しました。今、動画を出力します〉
 そうして出て来たのは、今の私を少し幼くした感じの少女だった。つまり、少し昔の私だろう。
 何かが飛来してくる音が聞こえる。それに対して、私は腕を組んで突っ立ったままの姿で何もせずにいた。やがて砲弾が次々と着弾する。着弾時に発生する煙で何も見えなくなってくる。
 やがて煙が晴れると、依然として傷ひとつ無く、同じ場所で立ったまま微笑を浮かべている私の姿があった。ひょっとして一弾も命中しなかったのではないかと私は疑ったが、それにしても着弾時の衝撃波があるだろう。それすら吸収してしまうのだろうか。エーテルコートという存在は。
 ホルスがとくとくと解説した。
〈御覧の通り、真由、あなたのエーテルコートは強靱です。エーテルコートにはサイファのレヴェルにより強弱がありますが、真由のそれは最強クラスの強度を持っています。サイファの力の使えない今の時点で、もし襲われるような事態に陥った場合、最悪、エーテルコートの力を頼って逃走してください〉
「……逃げろ、と言うの?」
 私の剣幕を察したのだろう。ホルスがなだめる口調で言った。
〈失礼。まだサイ・ブラスターの試射がまだでしたね。あれが使えるなら、何の問題もありません。通常レヴェルのサイファとなら、互角以上に戦えるでしょう〉
 私はHMDをもぎ取った。そのままシートから降りて、事務所のある部屋へ移動する。
「試射するというならこっちの方がいいでしょう?そちらから、見える?」
〈見えますよ。では真由。あの花瓶の首をサイ・ブラスターで切り落として下さい〉
「ちょっと、勿体ないわね」
〈どうせ使っていなかったでしょう。事務所の主があなたでは、射撃の的にするくらいしか、使い道がありませんよ〉
「一応、使う気はあったんだけどね……」
〈面倒になって使わなくなって、埃を被っていた訳ですね〉
「……ブラスターで切り落とすって言っても、溶解してしまうんじゃないかしら?」
〈誤魔化しましたね。まあいいでしょう。サイ・ブラスターはあなたの意思に呼応して、エネルギーを射出します。どんなイメージでも、思いのままですよ。まずは切り落とせ、と念じながら花瓶を撃ってみて下さい〉
「分かった」
 ホルスターからサイ・ブラスターを引き抜き、構える。狙うは花瓶。
「切り落とせ」
 呟きながら、トリガーを引いた。銃口からブーメラン状のエネルギーが飛び出し、花瓶の首を、見事に切り落とした。
 切り落とした花瓶の首と切り口を見やって、私は感嘆した。
「凄いわね。まるで、日本刀で切り落としたみたい」
 私の感想に、ホルスは満足げな声で応えた。
〈切り落とす、と言うイメージが明確だったからでしょう。あやふやなイメージでは、そこまでの威力は出せません。これは他の例でも言える事です。真由が、あやふやなイメージでしか思いつけない物は、いくらサイ・ブラスターと言えどもその真の力を発揮出来ません。イメージのトレーニングを怠らないようにしてください、真由〉
「その場でぱっと思いついたイメージでも、そのイメージさえ明確なら、サイ・ブラスターは威力を発揮出来るのね?」
〈はい〉
「なら、恐れる事はないわ」
 私はサイ・ブラスターを再びホルスターに戻した。貴重な武器だ。肌身離さず持っておこうと思う。
 ふと心づいて、時計を見た。もうすぐ昼だ。たったこれだけの事、と思っていたが、結構時間を取られていたらしい。ホルスと繋がっていた時間が、思ったより長かったのだろうか。
 ま、そんな事はどうでも良い。問題はこれからどうするか、だ。と言ってもひとつしか思い浮かばない。
「ホルス。ちょっと外に出てくるわね」
〈昼食ですか。ごゆっくり〉
 流石と言うべきか、察しがいい。私はホルスに留守を任せて、事務所を出た。

「さて、と……」
 外に出てみたが、考えてみれば今の私には全く土地勘がない。初めての土地と同じ感覚だ。さてどうしようかと考えてみたが、とりあえず店に入ってみない事には始まらない。私は一件の、街の洋食屋、と言った風情の店に入った。
 中にはウェイトレスが一人と、コック兼マスターといった風の人が店を切り盛りしていた。私が店に入ると、ウェイトレスが明るい笑顔で、
「いらっしゃいませ、真由さん」
 と言った。
 私はこの店の常連だったのだろうか。そう感じさせる店の雰囲気だった。そういえば何となく、懐かしいという感覚がないでもない。
「真由ちゃん、今日は何にするね」
 マスターが私に問いながらメニューを渡してくれる。私は適当に、カルボナーラを注文した。
 マスターはにこにこしながら、
「あいよ、ちょっと待っていておくれよ」
 と言って、調理に入った。私はカウンター席に陣取っていたから、おいしそうな匂いが直に伝わってくる。匂いにつられて腹の虫が鳴りそうになったので、必死に我慢した。
「お昼時なのに、空いているわね」
 私はそう訊ねてみた。ウェイトレスが苦笑しながら私の隣に座った。
「今だけですよ。もうすぐしたら、常連さん達が大挙してやってきます」
「常連だけでやっていけるの?」
「はい。小さなお店ですから」
「お給料はちゃんともらってる?」
 するとウェイトレスは華やかに笑った。マスターも苦笑する。
「ちゃんと貰ってますよ。安心して下さい」
「真由ちゃん。おれが給金滞らせるようなヘボに見えるかね?」
「もちろん冗談よ。そんな真剣にならないで」
 マスターの機嫌を害してしまったかも知れないと危惧したが、それが料理の味に反映される事はなかった。
「美味しい」
 私がお世辞抜きでそう感嘆すると、マスターは満足そうに頷いた。
「そうだろうそうだろう。おれは客に出す飯には手を抜かない主義でね」
「自分のご飯は?」
 私が問うと、
「残り物で適当に作って食うさ」
 と言う答えが返ってきた。私は肩をすくめると、カルボナーラの残りにとりかかった。
 すっかり食べ終えると、お腹も丁度八分目程度になった。丁度良い量。
「ごちそうさま」
 私がそう言うと、ウェイトレスが勘定を取りに来た。デジットで私が支払うと、ウェイトレスは笑顔で、
「ありがとうございました。また来て下さいね、真由さん」
 と言ってくれた。

 そうして私が店を出ようとした時。私の行く手を遮る物があった。いや、者がいた、と言うべきか。
 それは、装甲服を着込んだ人間の群だった。一個小隊はいそうだ。
 私は冗談交じりに、ウェイトレスに問いかけた。
「この店の新しい常連?」
 ウェイトレスは憤慨した。
「まさか。こんな人達、知りませんよ」
「そうよね。それじゃ、お邪魔様」
 そう言って立ち去ろうとする私の行く手を、無言で遮る装甲服の群。私は憤慨した。
「言いたい事があるならはっきり言いなさい。黙って女の行く手を遮るなんて、ストーカーと何ら変わりないわよ」
 そこでやっと、装甲服の一群から声が漏れた。無個性な、問いかけだったが。
「千堂真由だな」
「答える必要を認めないわね。とっととどきなさい。営業妨害よ、この店の。それとも、力尽くでどかされないと、分からないのかしら?」
 私のその言葉で、装甲服の一群が蠢いた。電撃棒や麻痺銃を取り出す。
「そう。そうやって最初から正体を現していればいいの。私達は無法者ですってね!」
 叫ぶと同時に間合いを詰める。正面にいた装甲服の顎と腹に、掌底を叩き込む。装甲服は、もんどり打って倒れた。
 身体が、活性化している。その感覚を、はっきりと感じている。これが、サイファの力の一端なのだろうか。この程度の奴ら、素手で全員倒してみせる、という気概が身体の底から満ちあふれてくる。
 正面にいる奴の顎に、ショートアッパーをくれてやる。そいつは膝から崩れ落ちた。右から電撃棒を振り回してくる奴には、回し蹴りを叩き込む。左から同じように電撃棒を振りかざしてきた奴には、回し蹴りの遠心力の付いた後ろ回し蹴りを、延髄に決める。
 そうやって一撃一殺――死んではいないだろうが――の勢いで、装甲服の群を全員片づけた。洋食店の周りにちょっとした山になっている。ひょっとして、営業妨害になってしまったかも知れない。
 謝りに行こうと思って身を翻すと、マスターとウェイトレスが店の外に出て、感嘆のまなざしで私と装甲服の群を交互に見比べていた。
 先に口を開いたのは、私ではなくウェイトレスだった。
「凄いですね、真由さん! あんな分厚そうな装甲服を着た奴らを、素手でやっつけちゃうなんて!」
「言っとくけど、正当防衛ですからね。ま、店の営業妨害にはなってしまったかも知れないけれど」
 マスターが鷹揚に口を開いた。
「そんなの気にしなくていいよ。悪いのは向こうなんだからね。さて、映話で警察に連絡しようかね」
「お願いしていいかしら」
「勿論さ」
 そう言ってマスターは奥に引っ込んだ。ウェイトレスも店に入る。それを確認してから、私はこいつらの検分に入った。
 マーヴィン社製重装甲服。しかも最新バージョンだ。性能評価試験中のタイプで、まだ軍でも正式採用されていない。と言う事はどこかの私兵、と言う事になる。敵が誰であろうと恐れはしないが、正体が分からないのは気持ちが悪い。こいつらが乗ってきた乗り物はないか。周囲を見回す。それらしきワゴン車が、四台並べて路上に止めてあった。その内の一台のエンジンをかけて、ナビを起動状態にする。
 こいつらはどこから来て、どこへ帰ろうとしていたのか。警察が来るまでの勝負だ。私はホルスを呼び出す。
 ホルスは即、応答した。
〈どうしました真由。何かありましたか?〉
「ええ。襲撃を受けたわ。相手の装備からは、どこの手の者か分からなかった。今、そいつ等の車のナビを立ち上げた所」
〈分かりました。ナビをジャックします。少しお待ちを〉
 ナビの画面に、鷹を模したエンブレムが現れる。ホルスが、この中に入り込んだ印だ。
〈OK真由。このナビ回線はジャックしました。まずはレコーダーから、この車がどこからやってきたか、調べます〉
「その前に、この車のナビデータ、全てコピー出来ない? ここにはもうすぐ警察が来るのよ」
〈了解しました。データをコピーします……終了。他にする事はありませんか?〉
 私は少し考えたが、何も思いつかない。
「いえ、いいわ。ありがとう。そのデータは、後でじっくり検分しましょう」
 私がワゴンを出ると同時に、警察の車が走り込んできた。付近を交通止めにして、装甲服を着ている者を脱がせようとしている。その間に、私は形ばかりの事情徴収を受けていた。と、不意に装甲服を何とかしていた連中の方から驚きの声が聞こえてきた。私もそちらを見やる。
 装甲服の中は、ロボットが入っていた。あまり性能の良くない、サーヴァントと呼ばれる機種。しかしまてよ、と私は先程の戦いを回想する。
 先程の戦い、私は中に人間が入っている物と仮定して戦った。だから、人間の急所を狙ったのだ。
 しかし、中に入っているのがサーヴァントなら話は別だ。急所も違うはずだし、第一装甲服にサーヴァントを入れるなんて発想、どこかネジが飛んでいる。それならば、最初から戦闘用ロボットを用意した方がコストもかからないし、よりスマートだ。ま、それならば私も、それなりの対応をしていたとは思うが。
 この戦闘をしくんだ奴の意図が、分からない。何故、こんな手の込んだ事をする?まるで私をからかって、遊んでいるようだ。そう考えると気分が良くないが、しかし可能性のひとつとしては、有り得る話だ。記憶を奪っておいて、手の込んだアトラクションを用意して、自分はそれを見て楽しむ。昔、それに似た事件を扱った気がする。今回も、根は同じなのだろうか。
 帰ったら、色々と検証せねばならないようだった。


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