奇想流離譚 05

〈5〉

 目が覚める。昨日と違って、私は記憶を失った状態ではなかった。当たり前の話だが。
 夢世界で長時間滞在した割には、寝覚めは悪くなかった。身体に、活力がみなぎっている感覚。身体の調子はいいようだ。私は伸びをするとベッドを降りて衣服を身に纏った。ホルスターにサイ・ブラスターをぶち込む。準備完了。朝食は、移動しながら食べる事ができる物にする。抜いてもいいのだが、それではホルスが五月蠅いから。
 事務所へ行く途中のコンビニエンス・ストアでサンドイッチと紅茶ドリンクを買う。歩きながら食べるのはマナー違反だが、まあ免除して貰おう。食べ終わったゴミは、事務所で捨てる事にする。そう言えば、事務所にゴミが出るのは何日ぶりの事だろうか。下らない事を、私は考えた。
 事務所に辿り着いて、ゴミを捨てる。そうして私は、ホルスの部屋に入った。
「おはよう、ホルス」
〈おはようございます、真由。今朝はWIS回線を閉じていましたね。何かあったんですか?〉
「あれ、そうだったんだ。私は意識していなかったけれど」
〈無意識のうちに、私に隠れて行動していたと言う事ですね。何をしたんですか? 朝ご飯でも抜いたんですか?〉
「朝ご飯は歩きながら食べた。ねえ、これって異常な行動なのかしら」
〈通常、さほど異常な行動とは思えませんが、私と真由の関係を考えると異常ですね〉
「ああ、でも朝ご飯に手をかける気にはならなかったのは確かね。それを指摘されるのが嫌で、無意識にWIS回線を閉じていたのかも知れない」
〈そうですか。それは有り得ますね。しかし真由。出来合いの物ばかり食べていると栄養が偏ります。やはり、手作りが一番ですよ〉
「はいはい。それでホルス。聞きたい事があるんだけれど」
〈何でしょう?〉
「『セト』という男と『北斗破軍』という男の居場所、調べて欲しいの」
〈了解しました。暫く、お待ち下さい〉
 大スクリーンに、文字と数字の羅列が流れては消えていく。ホルスがあらゆる手段を使って、二人の居場所を割り出そうとしているのだろう。この間、私は何も出来ない。人工知性体のサポートが出来るほど、コンピュータに精通している訳ではないから。もしかしたら、サイファの力でそれが可能なのかも知れないが、今の私には使い方が分からない。結局、待ちの一手となる訳だ。
 シートに腰掛けながら、今日の予定を考える。まずは奇術師の言っていた通り、セトという男に会うつもりだ。そこでどんな話が聞けるか分からないが、サイ・ブラスターの制作者だというその男に、サイ・ブラスターの詳しい使用法などを聞ければ、北斗破軍との戦いに有利に働くかも知れない。私がセトという男に期待しているのはその程度だ。
 そして北斗破軍。奴と決着を付けなければならない。今度は、負けられない。今度負ければ今度こそ、『世界』の終わりだろう。それは、避けねばならない。しかしこんな肩に力の入った状態では、勝てる戦いも勝てないだろう。もっとリラックス出来ればよいのだが。セトとの会話が、私にとって都合のよい状態で終われば良いのだが。そうすれば、もう少し私も、リラックス出来るだろう。
 HMDを付けないまま、ホルスの検索が終わるのを待っていた私に、ホルスが話しかけてきた。
〈真由。セトを捜すのは、サイ・ブラスターに関わる事ですか?〉
 私は首肯した。
「ええ、その通りよ。今度の戦いは、負けられないから」
〈真由にそんな覚悟をさせるという今度の相手は、北斗破軍という男ですか?一体この男は、何者ですか?〉
「自分が死ぬために、世界を滅ぼそうとしている男よ」
〈それは……精神の黄昏を感じさせる様な話ですね〉
「生命的に不死のあなたには分からないでしょうね。不死のサイファである事の恐ろしさは。他者にとってではなく、自分自身にとってよ」
〈確かに、私には生物の『死』は理解出来ません。想像する事しか不可能です。自己の消去と似た状態なのでしょうが、電脳世界のそれとはまた違った現象なのでしょうね〉
 ……こうして私と会話している間にも、ホルスは休み無く動作し続けている。怠けている訳ではないのだ。ホルスは人間ではない。人工知性体だ。私と会話しながらの検索など朝飯前だろう。人間でも、手を動かしながらの会話くらい出来る。ホルスなら、本格的に危うい事をやりながらでも私と世間話している事だろう。現に、今がそうだという可能性だって有り得るのだ。人工知性体に対しては、いくら畏怖の感情を持ってあたっても構わないと私は思う。私とは、人間やサイファとは、また別種の意識存在なのだ。人工知性体とは。
 それにしても、ホルスが改めて北斗破軍について聞いてくると言う事は、やはりホルスは、この男の事を知らなかったのだ。私はホルスに、この男の事を告げずに北斗破軍と戦った事になる。何故だろう。
 一つには、北斗破軍を知ってから戦うまで、WIS回線が一切使えなかった、という可能性だ。しかしそれにしても、条件が限定しすぎていて現実的ではない。この世界で、WIS回線が使えない地区は限定されている。北斗破軍の事を私に教えた者が、仮にそんな地区に住んでいたとしても、私は自宅へ帰って北斗破軍と戦ったのだから、ホルスへ報告する余裕くらいはあったはずなのだ。
 二つ目の可能性、こちらの方が現実的だ。北斗破軍と初めて会ったのが、夢世界であった、という可能性だ。これならば、ホルスが北斗破軍の事を知らなくても納得出来る。WIS回線は、夢世界に通じてはいないから。
 だとすると、北斗破軍が自分に有利なフィールドを選んだのではなく、結果として自分に有利なフィールドで戦う事になった、という事だろうか。そもそも何故、夢世界などで私に会いに来る気になったのか。やはり戦う気があったからだろうか。疑問は尽きない。ならば行動して、疑問を突き崩すしかない。
〈検索終了〉
 私が意思を固めていると、丁度ホルスからの報告が来た。吉報だと良いのだが。
〈二人とも、正規のIDカードを持っているようですね。居場所を特定するのは、比較的容易でした。セトは、自分の『工房』であなたを待っています。私からそう伝えるように、特に依頼がありました〉
「そこまでの地図はあるのよね?」
〈勿論です〉
「なら大丈夫。一人で行けるわ」
〈そうですか。それでしたらもう一人、北斗破軍の居場所ですが――〉
「どうしたの?」
〈意外に近くにいましたよ。高級住宅街に、屋敷を構えています。名義は、別人の物ですが、間違いなくそこが、北斗破軍の居場所です。手下も何人か、連れているようですね〉
「サイファでしょうね」
〈そうですね。恐らくは、そうでしょう。ここへ、乗り込むのですか?〉
「ええ」
〈口実は?〉
「正門から、堂々と訪ねていくわよ」
〈真由らしい、堂々としたやり方ですね。真っ正面から訪ねてこられたのでは、折角のセキリュティも、殆どが役立たずでしょう。私が無力化するまでもない〉
「表向き、彼は私を大人しく通すしかないでしょうね。屋敷に入ったその時が、危ない。恐らくは、ボディガードがいるでしょうからね。それも、サイファの」
〈戦って、勝てますか? 今の真由で〉
「私は昨日もサイファと戦って、サイファの力を喰らってきた。今日も、やれるわよ。きっとね」
〈……分かりました、その言葉を信じます。ご無事で、真由〉
「ありがとう、ホルス」
 そうして私はホルスの部屋を出る。
 まずは、セトの『工房』だ。

◆◇◆

 そこは、鉄屑やスクラップで埋め尽くされたような場所の一角にあった。辛うじて鉄屑に埋まっていない、入り口がある。そこが、セトの『工房』だった。
 ノックをしたら、上のスクラップが崩れてくるんじゃないかと危惧しつつ、ノックをする。幸い、スクラップの群が崩れ落ちてくる事はなかった。中から、涼しげな男の声が返ってくる。
「開いているよ。勝手に入ってきたまえ」
 聞きようによっては尊大な言葉だが、気にしない事にする。それより、スクラップに埋まる事の方が気になって仕方がない。なるべく振動を与えないようにして、鉄で出来た、味も素っ気もないドアを引き開ける。ガシャリ、と上の方で何やら音がしたが、気にしない事に決めて私は中に入った。
 中は意外に清潔だった。スクラップに埋もれた室内とは思えない。流石に人工灯しか明かりはなかったが、それでもなかなかに快適な空間だった。ま、リビングにまでスクラップが溢れているようでは、問題がありすぎるだろうが。美観の問題だけでなく、衛生上の問題で。あれだけの量のスクラップを支えているのだ。このささやかな人間の領域を支える外壁は、相当丈夫な物を使っていると想像出来た。
 ところで、セトはどこだろう。リビングには見当たらない。後はキッチン、彼の工房、寝室の三つくらいだが、恐らく工房だろうと見当を付け、そこを目指す。
 『工房』と彫りつけられた、そのドアをノックする。すると中から返事があった。
「今開けるよ。全く、忙しない事だ」
 そう言ってドアを開けたのは、白皙の美青年、といった風の青年だった。少なくとも外見は。中味は良く言って機械マニア。少なくともホルスの評価はそうだった。ホルスの言葉を全面的に信じる訳ではないが、私もこの青年を実際に見て、そんな気がした。ま、そのお陰で、私のサイ・ブラスターも完成したのだが。
 セトは私の顔を見ると驚いて見せた。
「何だ、千堂真由じゃないか。サイ・ブラスターに異常でも?」
 私は答えた。
「その、サイ・ブラスターについて聞きたいの。サイ・ブラスターがどういう目的で作られたか。どういう用途を目的として作られたか、それを聞きに来たの」
 セトはがりがりと頭を掻いた。なんてこった、と言わんばかりの態度である。
「……君は、そんな事百も承知で、私にサイ・ブラスターの製作を頼んだ物だと思っていたのだがね」
 私は説明する必要に駆られた。
「私は今、記憶喪失状態なの。北斗破軍に、やられてね。だからこのサイ・ブラスターの用途も、完全に把握している訳じゃないのよ。だから、制作者であるあなたに聞きに来た」
 セトは驚いて見せた。
「記憶喪失状態だって?しかも、頭を打った訳じゃなく北斗破軍にやられた、とはね。君なら、奴にも勝てる。そう思って、君にそのサイ・ブラスターを託したんだが」
 しかし現実は甘くなかったか。そう呟いてセトは真面目な顔で私に向き直った。
「奴は世界を破壊しようとしている。創造のない、破壊だ。世界の再構築でもない。ただ、破壊しようとしている。その理由は知れないがね」
 私はセトに告げた。
「自分が死ぬ為よ。彼は『不死』のサイファなの」
 セトは眉をひそめた。
「なるほどな。世界を殺さねば、自分も死ねない、か。それならば、再構成のない世界の破壊も納得がいく。再構成などしたら、また生き返ってしまうかも知れないからね」
「彼だけは、生き返ったように見えるでしょうね。他は、違う。みんな、何事もなかったかのように生きている。『世界』の再構成とは、そういう事よ」
 セトの目が鋭く光った。
「そういう事象は、正確に思い出せるんだな、今の君は」
 私は首肯した。
「ええ、そのようね。今まで気付きもしなかったけれど。でも考えてみれば妙な物ね。記憶を封じられて、サイファの力も使えないのに、そう言う『世界』に関する事象は正確に思い出せるなんて」
「君にとって、『世界』とはそれだけ重要な事だったのか、それともその反対で、至極当たり前の事だったのか。どちらとも知れない。だがそのどちらかだろう」
 セトは不意に失笑した。
「『世界』の秘密に関する事が当たり前のサイファか。そんなサイファ、君か、北斗破軍しかいないだろう」
「私だって、好きでこうなった訳じゃない。気がついたら、こうだっただけよ」
「そう、自動的に、そうだった。北斗破軍もね。そこに、誰の意思も介在していないと思うかい?」
 私はセトを、機械マニアだと思っていた。訂正する。こいつは、得体の知れない、機械マニアだ。『世界』の秘密を、何か知っている。そんな気がする。
「誰の意思が介在するというの? 神様?」
 私の反論に、セトは深く頷いた。
「そう。神と称していいだろう。『世界』の意思そのもの。『世界』も、意思を持っているんだよ」
 私は唖然とした。『世界』の、意思……。そんなものに、踊らされていたというのか。私も、北斗破軍も。
 私の纏う雰囲気が一変したのに気付いたのだろう。セトが、肩を振わせて笑っていた。
 私はそんなセトに、突っかかった。
「何がそんなにおかしいの!?」
 セトは両手を突き出して、私を押しとどめる仕草をした。
「落ち着きたまえ。別に君の事を笑った訳じゃない。君の、その勘違いを笑っただけなんだよ。『世界』の意思といっても、生物的な物じゃない。人間には、恐らく理解不可能な代物だ。しかしそれを利用しようという奴がいる。それが、『神』だ。君が真に戦うべきは、恐らくはソイツだろう」
「ソイツって……神と戦えと言うの?どうやって?」
「君には、サイ・ブラスターと『サイファ喰い』の力があるじゃないか。神を僭称する輩を倒すのに、うってつけの力だ」
「たったそれだけの力が、決め手になるのかしら?」
「たったそれだけだなんて、とんでもない。凄まじい力だよ。何せ、神をも恐れる力なんだからね。神殺しの能力だよ。『サイファ喰い』と言う能力はね」
「……『神』もサイファだというの?」
「ある意味ではそう。その通り。この『世界』において、サイファでない者などいない。サイファの力の使えない人間だって、サイファの力で生きているんだからね。サイファの力、エネルギーとは、決して超能力の事じゃない。サイファのエネルギーとは、生命力そのものなんだよ。だからといって、サイファの力が強ければ生命力も強い、という訳じゃないけれどね。あくまでサイファのエネルギーとは、恣意的な物だ。実際に存在はしていても、人間が扱える力じゃない」
「サイファも?」
「サイファが扱っている力と、今私が話しているエネルギーとは、別種の物だ。そう。サイファの、このエネルギーを扱う事は出来ない。通常では。その抜け道を造るのがサイ・ブラスターなんだ」
「ただサイファの力を具現化するだけの武器じゃなかったのね」
 セトは頷いた。
「ああ。それはあくまで、サイ・ブラスターの機能の一部分に過ぎない。サイ・ブラスターの真の機能は、『世界』そのものからサイファのエネルギー、サイファの力じゃないぞ、それを汲み出す事だ。純粋なサイファのエネルギーで、『サイファ喰い』を行えば、どんな強大なサイファでも一瞬で吸い尽くす事が出来る。『サイファ喰い』だけじゃない。尋常のサイファの力じゃないからな。通常のサイファの力も、パワーアップされる」
「武器と言うよりは、ブースターだったのね。そんな物が、武器としての形をとっているのは何故?」
「武器としても使えた方がお得じゃないか。それにサイ・ブラスターにしかできないことが、もう一つ、ある」
「何?」
「不確定要素への干渉さ。先程も言ったが、純粋なサイファのエネルギーを動力にしているんだ。それくらい、できる」
「それは強力ね。要素不確定状態とは、無敵状態と同義だったもの。それをうち破れるなら、相手の不意もつけるわ。それどころか、一撃必殺も夢じゃない」
 私は思わず、無邪気な少女のようにはしゃいでしまった。口にしている言葉は、物騒な物だったが。そんな私を見て、セトが余計な事を口にした。
「いや、これはいい物を見た。君も、そういう表情をするんだな。いい表情だ。いつも無表情じゃ、勿体ない」
 私はむっとした。
「放っといてよ。それよりあなたなんで、そんなにサイファについて詳しいの? 私の疑問の、殆どが氷解してしまったんだけれど」
 セトは涼しげな顔で答えた。
「サイファの力を上手くコントロール出来なければ、サイファの武器なんて創れないからね。自然と、知識は増えてくる。真相にも、近づいていく」
「そして、危険にも近づいていく事にもなる。あなたがさっき言っていた『神』なんて、正体を見破られて焦るんじゃないの? 口封じに来るかも」
 セトは飄々と言った。
「そうなったら、護ってくれるかね」
 私は思った。コイツは、意地悪な奴だ、と。私がそういう危機を見過ごせないのを見越して、しかも必ず防げるとは、察知出来るとは限らない事を知っていて、こんな事を言っているのだ。それでも、私は言った。
「ええ。護ってあげるわよ。大切な、技術者ですからね」
 セトは嬉しそうに言った。
「それは心強い。最強のサイファが、ボディガードとはね」
 その言葉は本当の本気で発せられていて、冗談や不可能時の事は考えていないように感じる。だが、コイツは覚悟しているのだ、と私は悟る。もし私がこの男を護りきれなかったとしても、死しても悔やむ事無し、と。コイツはそう言う男なのだ、と私は思い、ちょっとだけ好意を持った。決して、惚れたとか、そう言うのではない。例えて言うなれば、戦友への連帯感情。確かにセトは戦友だった。この戦いの。
 そんな感情はおくびにも出さずに、私は話を続けた。
「『神』は、どうして発生したのかしらね。どうも、何かしらの意図があって生まれたのではなく、何かの副産物として生まれたように感じる。あなたの話を聞いていると」
「副産物か。フム。そう考える事も出来るな。『世界』の意思を反映した、しかし『世界』の意思そのものではない存在。ひょっとしたら昔は、『神』などいなかったのかも知れないな。確かに、なにがしかの意図を持って生まれた存在ではないだろう。『神』と言う存在は。少なくとも、人間を生み出した存在ではないな」
「宗教家が激怒しそうな言葉ね」
「怒らせておけばいいさ。我々は、少しでも『世界』の真相に迫らなければならないのだから」
「戦うために」
 セトは私の言葉にニヤリ、と笑った。
「そう。戦うために、だ。信者を獲得するためでも、真理を追究するためでもない。それでも我々には、真相が必要なんだ。戦うために、ね」
「私達のような、野良のサイファの方が『世界』の真相に近い、なんて、何だか皮肉を感じるわね」
「近いと感じているだけなのかも知れない。真相はもっと別の所にあるのかも知れない。だけど今の我々に必要なのは本当の真実じゃない。我々が戦うのに必要な、情報だ。それだけがあれば、他はどうであったとしても構わない。神が人間を創造しようと、人間が神に取って代わろうと、ね」
「神話体系がぐちゃぐちゃよ、セト」
「関係ないと言っただろう」
 そう言ってセトは含み笑いをした。神をも恐れぬ、とはこの事だな、と私は思い、私も神を恐れてなどいられないな、と覚悟した。恐れるべきは北斗破軍、そして神を僭称する謎の意識体。そう思わないとやっていられない。このままだとそのうち『世界』そのものと戦わされそうだ。そんなのは、御免被りたいし、第一私の領分じゃない。それは、恐らく北斗破軍の領分だろう。『世界』が滅ぼされる前に、北斗破軍を倒さねばならない。
「ああ、言い忘れた事が一つ、ある」
 セトがうっかりしていた、と言わんばかりの表情で口を開いた。
「北斗破軍も、サイ・ブラスターを持っている。気を付けたまえ」
 私は衝撃で、頭の内部をぐしゃぐしゃにされそうになった。
「何ですって! 北斗破軍も、サイ・ブラスターを持っているですって!?」
 これまで私は、サイ・ブラスターは最強の武器で、私しか所持していない物だと思っていた。しかしそれが覆されるとは思わなかった。それもよりによって、北斗破軍が所有者とは!
 セトは興奮する私を押しとどめて、真面目な表情で告げた。
「千堂真由。勘違いしてはいけない。どんな武器も、結局はただの道具だ。サイ・ブラスターとて同じ事だ。単なるブースターであり、武器だ。用は使い手の意思であり、使い方次第だと言う事を、忘れてはいけない」
 その一言で、私の頭は冷えた。
 確かにサイ・ブラスターは強力な武器だし、ブースターだ。だが、所詮は道具なのだ。つまり、使い手である私自身の使い方によって最強の武器にもなるし、単なる飾りに堕する可能性もある。それは北斗破軍も同様だろう。彼がサイ・ブラスターをどう扱うか、今はそれは分からない。しかしその脅威を事前に知っていれば、対処法も考えられるという物だ。用は頭の使いよう。昔から言うではないか。馬鹿と鋏は使いよう、と。馬鹿にされた者が怒り出すような例えだが、意味はよく分かる。鋏は単なる紙を切る道具にもなれば、人を刺し殺す凶器にもなりうる。サイ・ブラスターも、使い方を誤らなければ、勝機は見つかる。きっと。
 私の眼を見て、セトは微笑した。
「分かって貰えたようだな」
 私も微笑で返した。
「ええ。ありがとう、セト。危うく、道を誤る所だった」
 セトは飄々として応じた。
「何。私としては、私の創った武器が最高の使用法をされればいいのさ。北斗破軍には、その素養がない、と思ってね。君ならば、サイ・ブラスターを最高の使用法で使ってくれると期待している」
「ご期待に添えるよう、努力するわ」
 そうセトに告げると、セトは握手を求めてきた。それに応じると、セトは真面目な顔で最後の忠告をくれた。
「北斗破軍は強敵だ。十分に、注意して戦ってくれ」
 私は不意に好奇心に駆られ、質問してみた。
「そんな男に、サイ・ブラスターを創ってやったのは何故?」
 セトは真面目くさって応えた。
「言っただろう。私は、私の創った武器が最高の使用法をされていればそれで満足だと。北斗破軍は失格だ。サイ・ブラスターをろくに扱いもしない」
「それだけ、強力なサイファなんでしょうね。サイ・ブラスターも必要ないくらいに」
「ああ。だから、十分に気を付けたまえ」
「それと、これはついでなんだけれど……」
 私の言葉に、セトは片眉を上げた。
「何かね?」
「どうしてそんなに私に肩入れしてくれるのか。それを聞きたいと思って」
「何だ、そんな事か」
 セトはあっさりと答えた。
「『世界』が破滅したら、もう武器が創れないじゃないか。それは困る。だから君に肩入れしている。それに、どうせなら麗しい女性の味方をしたいじゃないか」
「私は麗しい女性かしら?」
「ああ。十分に。尤も、まだ原石だけれどね。もっと磨く努力をすれば、もっと光ると私は推測するね」
「考えてみるわ」
 実際にどうすればいいのか、見当もつかないけれど。声に出さずに、そう返答した。
 最後にセトは、もう一度握手を求めてきた。それに応じて、私はセトの工房を出た。


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