<2>
そして、翌日。
昨日『イレインが明日から学校に行く』といわれた時には、迂闊にも失念していたが、ありがたい事に今日は土曜日だ。私立風芽丘学園は週休二日制を導入しており、土日は基本的に休日になっている。
この二日間で昨日の馬鹿騒ぎのツケを払って、月曜日からはきちんとした高校生活を送るべく、月村家の面々とその友人御一行様は、まったりとした空気の中で、のんべんだらりとした朝を迎えていた。
尤も、例外はどこにでも存在する。例えば、昨日までの逃亡生活のお陰であまり熟睡できなかった僕や、その稽古の相手を務める健司などがそうだった。
「とりあえず……昨日は酷い目にあった」
朝の鍛錬の後、一緒に打ち合っていた健司にぼやいてみせた。
「あぁ、酔っぱらったイレインに酒盛られたんだってな」
「うん」
僕が肯定すると、健司は訳知り顔で問うてきた。
「『酔ってるからもう呑むな』とか言ったんじゃねーかぁ?」
「よくわかるね……」
僕は驚いた。健司は「やっぱりな」と相づちを打って続けた。
「酔っぱらいに『酔ってるから呑むな』ってのは禁句だ、き・ん・く。絡み酒の奴なら尚更だな」
「……昨日、身をもって学習したよ……」
げんなりとして僕がそう言うと、健司はからからと笑った。
「若人はそうやって、己の過ちから人生を学んでいくものだ。少しは先人たる者を畏れ敬う気になったかね?」
わざとらしいじーさま口調で、そんな事を言う。僕は言い返した。
「畏れ敬われる先人は、自分でそう言う事を言わないもんだよ」
「ちげーねぇや」
気にした風もなく、またしてもからから笑う健司に、僕は別の意味で感服した。
「あれだけ呑んでおいて……元気だねぇ、健司」
途中までしか知らないけれど、それでも一升瓶を一人で空けていたはずだ。
「当たり前だろ。あの程度で酔ってたまるか」
何を当たり前の事を、とばかりに健司が答えた。
「いや……あれで酔わないのは尋常でないと思うけど……?」
「間尺の相違だな。世間一般ならそうかもしれんが、うちの知り合い連中の『一般』なら、俺くらいなら可愛いもんさ」
「それは言えた……」
僕は空を仰ぐ。
「……で、相川さんとみなとちゃんはどうなったの?」
ついでに話題を変える事にした。
「まだ寝てるだろーな。昨日の様子じゃ、多分今日はふたり仲良く宿酔(ふつかよい)だ」
何故か嬉しそうに、健司はそんな事を言う。
「健司は時々、ものすごく残酷な事を言うね……」
僕の感想に、健司はにやりと笑う。
「人間、一度はあの苦しみを味わっておかないとな。あれに懲りたら、少しは自分の限界を弁えるようになるだろ」
「そうかなぁ……?」
基本的に、二人とも――酒に限らず――自分の限界は概ね把握しているはずだ。それなのに、二人で意地を張り出すと、その限界を軽く超越して暴走してしまう。
結果、今日のように余計な苦労を背負い込む羽目になるのだが……それでも、何故か何かにつけ角付き合わせるのを止めない。
やっぱり、仲が良くて悪いんだろうな――と僕は思う。
「まぁ、一晩二晩くらいは覚えてるだろ」
健司は安易に前言を翻した。
「……まぁね」
しかし追求しても仕方ないので、僕はその言を素直に認める事にした。思考の針路をイレインの方に戻す。
「イレインの方は……自分で確認した方がいいかな……」
「そうかもしれんな」
僕の独白に、健司が律儀に返答してくれる。
別にそれに従ったわけでもなかったが、健司がシャワーを浴びに行った後、僕はノエルとイレインの部屋に行く事にしたのだった。
「ノエル、イレイン、入ってもいいかな?」
ノックの後、僕はドアの外から声をかけた。
少しばかりそのまま待っていると、中から胡乱気な声が聞こえた。
「うー……つかさぁ?」
彼女の寝ぼけた声など聞いた事がないので確証はないが、ノエルが寝ぼけるなど万に一つも考えられない。さらに僕の呼称から鑑みるに、部屋にいるのはイレインであること疑いなかった。
「そうだよ。入っても大丈夫かな?」
「勝手に入ってくればぁ……?」
あくまで気怠げな答えが返ってきた。
しかしドアの前で突っ立っていても仕方ないので、僕はお言葉に甘えて部屋の中に入る事にした。
彼女らの部屋は――この屋敷の感覚で言えば――狭い部類に入る。その中にクローゼットとタンス、机にベッドなどが二人分用意されている。片方はすっきりと整理されているが、もう片方はやや雑駁な感じを受ける。その雑駁な方のベッドの上で、イレインが伸びていた。
「おはようイレイン……どうしたの?」
どうもいつもの覇気が感じられないので、少し心配になる。恐らく故障などではないと思うのだが……
「……頭痛い」
「…………は?」
思わず聞き返してしまった。
イレインはやや威勢を欠いた調子で、不機嫌そうに繰り返す。
「だから、頭痛い、って言ったのよ!」
「……なんで?」
……我ながら、先ほどから間が抜けた台詞を繰り返していると思うが、それ以外に言いようがないのである。イレインは僕の切れ味の悪い返事に、やや呆れた風体で言った。
「そんなの、あたしが分かるわけないでしょうが。マスターのあんたが調べなさいよ」
それはその通りであった。
僕は早速、部屋の中の端末を立ち上げると、端末の下部からコードジャックを引きずり出した。
「イレイン、ジャック端子開いて」
イレインは緩慢な調子で後ろを向くと、うなじのあたりを露出させるように髪を押さえた。すると炭酸飲料のプルタブを開けた時のような音がして、首筋のカバーが開く。
その中の接続端子に、間違わないようにいくつかのコードを繋いだ。
端末のディスプレイに、いくつかのウィンドウが自動的に開き、様々なデータが乱舞する。僕はキーボードを叩いて、そのうちのいくつかのデータを抜き出し、ロール紙にプリントアウトした。
「なんだろ、これ……?」
無味乾燥な数字の羅列のなかに、妙な数値をいくつか見いだした。しかし、この数値がなにを表しているのかが今ひとつピンとこない。
気怠げにベッドの上でうだっているイレインの側で、僕もしばし唸っていたが、二人して非生産的な行為を続けているわけにもいかない。
イレインにそのままベッドで休んでいるように言い含めておいて、僕は母さんを探しに部屋を出た。
母さんは寝室で熟睡中だったが、僕が用件を述べると、もそもそと起きあがってデータの乱舞する紙を一瞥して、あっさりとこう言った。
「あーこれね。宿酔」
「……は?」
僕は思わず自分の耳を疑い、個性の欠片もない台詞で聞き返してしまった。
「だから、宿酔。知らない?お酒の呑み過ぎで、一晩でアルコールが身体から抜けきれなくて起きる症状――」
「いや、『宿酔』って単語の語意を聞いてるんじゃないんだけど……」
「そんなに驚くほどの事でもないと思うけどなぁ。酔っぱらったんだから、宿酔くらいなってもおかしくないでしょ?」
「まぁ、言われてみれば確かに……」
思わず納得しそうになったが、それでは根本的な答えになっていない。僕は慌てて首を振って、納得しそうになった思考を追い出して追求した。
「そもそも、なんでイレインが酔っぱらうのさ?」
「じゃあ、自動人形は酔っぱらっちゃいけないの?」
「そういう訳じゃないけどさ……」
別に自動人形が酔ってはいけない、と思っている訳ではないが、やはりそこに理不尽な物を感じるのが普通ではあるまいか?と思う。
尤も、この僕の思考自体、現状からすれば不合理なものである事は確かだが……
「別に大した事じゃないと思うけどなぁ。『エーディリヒ型』の発展型である、『最終型』のイレインだもの。そういう細かい所まで人間っぽく再現されていても、おかしくないよ」
「それは大したものだと思うけどさ……よりによってあんな風に再現しなくてもいいと思うんだけどなぁ……」
僕の深刻だが非建設的な愚痴に、母さんは笑って答えた。
「多分、イレインの人格を作った人が、そういう方が人間っぽいって思ったんじゃない?うちの一族でも、すぐ酔う人は多いからね」
「僕の目の前に」
「例えばさくらとか、最後まで口調も顔色も挙動も変わんないけど、言動がだんだん怪しくなってきて、おもしろいもんねー」
「……どこかの誰かと一緒でね」
「雫と皐はすぐに酔ってるってわかるけどね。お酒に弱いのは恭也に似ちゃったのかな?ま、すぐに抜けちゃうみたいだけど」
……最後まで無視しきったな。
「まぁ、それはともかく」
不毛な会話を打ち切って、僕は話の筋を元に戻した。
「で、イレインの宿酔には、どう対処したらいいのかな?」
「さあ?」
「…………」
母さんの何とも頼もしい回答に、僕は思わず脱力した。
「さあ?って母さん……」
「何よー、その不満げな態度は?」
「いや、普通ここはありがたーいアドバイスを期待してしかるべき場面だと思われるんだけど、どうだろうね……?」
我が国の国会答弁の回答よりは内容が充実していると思うが、それでもいい加減回りくどい表現を使用して、僕は抗議してみた。
ありがたいご回答は、
「人間の宿酔の特効薬も出来てないのに、自動人形の宿酔の薬なんてある訳ないじゃない」
……誠にごもっとも、であった。
「じゃ、母さんはどうしたらいいと思う?」
「さあ?」
……またしても頼もしいお答えである。
特に意識していなかったが、僕は不満げな表情をしていたのだろう。母さんはちょっと拗ねて見せた。
「だって、わかんないものは仕方ないじゃない。ノエルの場合、歌いすぎて喉が嗄れた事はあったけど、酔いつぶれた事なんてなかったし、宿酔になった事もないんだもん!」
「その割に、さっきはデータ見ただけで分かったじゃない」
「こないだ見た資料に、データの例が載ってたのよ」
「……ああ、成程ね」
種は分かったが、結局対処法は分からないわけだ。となれば、変にいじり回すよりも、普通の人間と同じように対処した方いい。つまらない結論だが、まあ仕方ないだろう。
朝寝坊の母さんに、僕はお礼を述べた。
「朝早くから悪かったね、母さん。どうもありがとう」
「いいわよ、そんなの」
少しばかり照れながら寝直そうとしていた母さんに、僕は声をかけた。
「あ、それと母さん」
「なに、どしたの?」
興味津々に聞き返してくる母さんに、僕はしかめつらしく答えた。
「『もん』なんて語尾は、もう少し歳を考えて使った方がいいと思う」
約三秒の空白の後、うなりを上げて飛来してきた枕をかいくぐって、僕は両親の寝室から早々に退散した。
「……そんな訳で、まあゆっくり休んでてよ」
結論と今後の方針を述べた僕に、イレインはぼやく様に答えた。
「つまんない結論ねー。まあいいわ」
普段なら、もう少し尊大な答えが返ってきても不思議ではないが、やっぱり精彩を欠く様だった。もそもそと掛け布団を被り直すと、
「おやすみー……」
などといってベッドに伸びた。ほどなくして、寝息が聞こえてくる。
「寝付きがいいね……」
苦笑未満の笑みを浮かべながら、僕は彼女との『出会い』を思い出していた――
――あれは確か、中学の二年生であったろうか。
夏休みの半ばを過ぎた頃、『台湾の御大』の所から帰ってきた僕は、残りの夏休みを満喫すべく私服に着替えてのんべんだらりと自室で過ごしていた。……まあ、有り体に言って、暇だったわけである。
今でもそうだが、暇である事自体は嫌いじゃない。ただその時は、読みたい本も底をつき、ゲームをしては皐姉さんに完敗という体たらく、腹も空いていなければ眠くもない、という無為な状況であったから、そんな衝動に駆られたのであろう。
僕は、前から気にかかっていた、地下の倉庫へと向かった。
そんな面白みのない所に、なぜわざわざ来たのか。
その理由は、僕の目の前の壁にある、シークレット・ドア(隠し扉)だ。
ただの隠し扉(というのも妙な表現だが)なら、気にはなるだろが納得もできるだろう。なにせ、うちは増改築を繰り返しているとはいえ、なかなかに古い。昔の隠し扉の一つや二つくらい、あっても不思議ではなかった。
でも、これはそういうものとは違う。なにせ、コンピューター制御でロックされているのだ。しかも、キーの部分から厳重に。
まあ普通の中校生なら、この時点で自力で開ける事を諦めるだろう。だが、僕は母さんにこういうプロテクトの破り方まで習っている。
――そして、時々暇がある時にいじっていて気がついた。
やたらと高度なくせに、時々妙につまらないミスをしている。そのおかげで、すでに何重ものプロテクトのほとんどを無効化し終わっていた。……この癖は、明らかに母さんの手による物だ。
そして今日、僕は最後のプロテクトの、解除を終えた。
全てのプロセスを解除すると、ロックキー部分が解放された。その部位を確認すると、錠は指紋認識型になっている。冗談交じりに、自分の手を認識部分に当ててみた。
すると、空気が漏れる音とともに、あっさりと扉が開いた。
――この事から考えられる事は一つだけ。すでに、僕の指紋パターンも登録されていた、という事だ。
しかし――だとしたら、なぜわざわざ僕たちに内緒になどしていたのだろう?
その答えは、この奥にあるのだろうか……?僕は暗がりのなかへ、一歩踏み出した。
果たして、その中にあったものは……
「……人間!?」
僕は思わず声をあげてしまったが、そうではなかった。人間だとすると――それがたとえ死体だったとしても――無機的すぎるのだ。さらに近寄ってみる。僕の目は、暗がりでも視力を失う事はない。訓練の賜物ではなく、生来の物なのだが……今はそんな事などどうでもよかった。
光を失った瞳。力無く、壁にもたれかかって、ぺたんと座り込んでいる。そして、腹部に開いた大きな穴。
そして、そこから覗く部品の数々は、僕が見慣れたものであった。
「……自動、人形……?」
僕は知らず、声に出して呟いていたのだが、
「はい、そうですよ」
返事があった事に僕は仰天して、思わず飛びすさっていたが、背中に何かが当ってさらに驚いた。
「どう、なさいました?」
「な……なんだ、ノエルかぁ……」
胸郭で踊る心臓をなんとかなだめていると、ノエルはその自動人形の傍らに跪き、その半ばが焼けこげた髪を、愛おしげに、撫でていた。
「この子は……自動人形に『心』を持たせるための研究用に作られた、自動人形の最終機体……イレイン」
「……そんな子が、なんでこんな所に、こんな格好のままで、放っておかれてるのかな?」
僕はなんとなく確信していた。ノエルは、この子の事を『知っている』。母さんも、もちろん父さんも。
「私が奥様……忍お嬢様に直して頂いてから、再び一時、動かなくなっていた事は、ご存じですね?」
もちろんだ。僕は首肯することで答える。
「そのきっかけになったのが、この子……イレインとの戦いなのです。……私は、この子を破壊して、私もその時に擱座(かくざ)しました」
「…………」
「この子は、不安定です。例えるなら、幼児に核ミサイルの発射ボタンを持たせている様なもの。……ですから、忍お嬢様……奥様は、この子をここに封じる事にしたのです」
ノエルが、不意に顔を上げて、僕をじっと見つめた。
「この子に、『心』をあげられる方が、現れるまで」
今、反芻してみると、故意のものであろう矛盾が存在している。
イレインは現状のままでも『自我』を十分以上に所有していた。『自我』を『心』と仮定した場合、最後のノエルの言葉は意味を成さなくなる。
さらに、『自我を与えるのに失敗しているが故の不安定』と解釈するのも、やや難しいものがあった。
無論、『心』というものが、そんな安易なものではない事は承知である。しかし、だとしても『失敗作』というには、イレインは完成度が高すぎた。ソフト・ハードの両面に渡ってである。
尤も、『安定』という面において、イレインが他の自動人形比べものにならぬほど低水準なのも確かだった。
まあ、『設計理念の違い』といえば、その通りではある。だが、それこそ『フランケンシュタイン・コンプレックス』の体現のようなイレインを、制作者が望んでいたとは思えない。
前述の繰り返しになるが、『自意識』と『従順』とは、あまり並列しては存在し得ない。自分で納得して従っているのであればともかく、そうではなかったのだから、かつてのイレインが反抗したくなったのも、むしろ道理であろう。
こう言うと、毒を含んだ言になるが――今も昔も、人間が被創造物に求めるものは、あくまで主従関係であり、対等な関係ではない。
この性質は、東洋人よりも西洋人の方が遙かに顕著である。その性質の寄って立つ所は、偏執的な一神教への信仰心に垣間見る事が出来る。
別にキリスト教などの一神教だけの責ではないが、何故か西洋人は『人間』という存在を最も高く置きたがる節がある。
神に選ばれようが悪魔に唆されようが、『人』は『人』という『生き物』として、自らの存在を認識している。それで十分ではなかろうか。
わざわざ『神の申し子』などと勿体ぶって、自らの存在を持ち上げる必要が一体どこにある?
そんな史上価値を高々と持ち出す事自体、己の立場に自信がない事の現れではないか。
自身に自信がないからこそ、取って代わられるのを恐れるのであろう。それを失えば、己に誇るものがないのであるから。
これは現代の日本人にも、ほぼ正確に引用できるのだが――長くなるので割愛する。
そもそも、『吸血鬼』なるものへの偏見自体、キリスト教の影響が散見できるのだ。
多くの吸血鬼達は、他の生きるもの達の血を啜りながら、『永い時を生きる苦痛』を訴える。
そして、キリストの忠実な信徒達によって、その存在を抹消されるのだ。大抵は、十字架への畏怖がお決まりとなっている。
キリストへの畏怖が、己の罪を回忌させ、自らの存在を忌み、その肉体を崩壊させるのだという。
――全く、冗談ではない。
あえて僕たちが『吸血鬼』という呼称を甘受するとして、だ。
僕たちの祖先は、その履歴が確認できるのは中世ヨーロッパではあるが、さらにその何万年もの昔から、ホモ・サピエンスという種族から枝分かれして、つつましく存在してきたはずである。
そんな僕たちが、何故、発生してたかだた二千年ほどの『新興宗教』のシンボル・マークなどにびびらねばならないのか!?
結局の所、『ドラキュラ』に始まる数々の西洋的吸血鬼たちは、『生きる事の罪と苦しみ』を唱うキリスト教の教えを裏返した存在に過ぎず、逆説的なキリスト教の宣伝材料でしかないのだ。
――余談が長くなった。
『自らの創造物に取って代わられる恐怖』、これを『フランケンシュタイン・コンプレックス』と呼称するが、自動人形達にも、この意識作用の影響が見受けられる。
つまり、全面的な服従心、である。
しかし、これは後期型に移るに従って、その奴隷的とも言える服従心は減少する傾向がある。
『エーディリヒ式』に至っては、主人を選ぶものまでいるのだ。
例えるなれば、TVアニメのスーパーロボットが、その搭乗者を選ぶのと似たようなものであろうか。
その判断をどう行うか。それは、これまで培った経験と知識などを動員した意識活動によってであり、その判断基準は、個々人によって異なる。
人、それを評して『個性』という。
しかし、価値判断基準において『個性』が示す割合は確かに高いものの、それに『経験』や『判断力』その他のものも重要である。
ノエルが昔『心』と称したものは――そういったものではないか、と僕は思う。
「……さ……ま。司さま」
どれくらい思考の淵に沈んでいたのか。気がつくと、訝しげな表情をしたノエルが真正面にいた。
僕は忙しくまばたきすると、次いで苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「ごめん、少し考え事をしてたんだ」
「そうでしたか」
わずかに安堵の表情を見せて、ノエルがそう答えた。しかしすぐに表情を引き締める。
「司さま。お考え事は結構ですが……あまり現実世界から足を離さないよう、お気をつけ下さい」
全くもって、否定する言葉もなかった。
「ごめん、今度から一応、気をつけてみるよ」
「『一応』、ですか……?」
僕の返答に、ノエルは呆れたらしい。まあ、それはそうだろう。
「努力はするけど、正直、それでどうにかなる癖とも思えないからね。あまり不必要な嘘は、つきたくないんだ」
ノエルは苦笑と微笑が混じったような表情を僅かに浮かべ、
「司さま、らしいですね」
と答えてくれた。
――誉めてくれているのか、困ったものだと思われているのか、判別するのはなかなかに困難であったが。
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