Prologue 入学式(2)

<3>

「つ〜〜〜か〜〜〜さ〜〜〜!!」
 盛大に恥をかいた体育館からようやく解放された僕に向かって、自前でドップラー効果をつけながら、走り寄ってくる人影ひとつ。
「せりゃぁーっ!!」
 僕の四メートルほど手前で踏み切り、身体とフレアスカートを回旋させながら、体重の乗った飛び後ろ回し蹴りを放ってくる。
 僕の方はというと――この手の事態には慣らされてしまっているので、最早この程度では毛ほども動揺できなかった。
 半身を引いて蹴り足をかわし――
「ふわ?」
 相手が接地する前に、ラリアットを叩き込む。
「ふぎゃっ!!」
 ……決まった。
 襲撃者は後頭部から地面に墜落し、反動で数度、ごろごろごろー!と盛大に地面を転がると、うつ伏せに突っ伏して沈黙する。燈真が、腕を組んで論評した。
「どうせなら、エルボー・ガードを直すアピール・ポーズが欲しかった所だな」
「僕はスタン・ハンセンか……?」
 そんなとぼけた会話を交わしている間に、襲撃者は復活した。
 無言のまま立ち上がると、パンパンと制服に付いた土埃を払い、がおーとばかりに噛みついてきた。
「ちょっと!姉のちょっとしたスキンシップになんて仕打ちすんのよ!?」
 ……僕は嘆息した。
「頼むから、命に関わるスキンシップは止めてよ、雫姉さん……」

 この一見無闇に攻撃的な女の子は、月村雫(つきむら しずく)。……非常に遺憾ながら、僕の長姉に当る人だ。
 歳は僕より一つ上の一七歳。黒髪に黒い瞳。少し癖のある髪は、皐姉さんと同じく背中の中程まで伸ばしているが、雫姉さんは一つに束ねている。……ストレートだと、はねてしまうらしい。眦の高い瞳や、ややシャープな顔立ちなど、ちょっと少年じみた容姿だが、男に間違われるほどでもない。
 身長は一五八センチで、皐姉さんとは対照的に、スレンダーな体つきをしている。
 体重は軽いが、攻撃は重い。さっきのローリング・ソバットも、掠っていたらその部位が切れていたかも知れない。たとえ刃物で斬りつけられても、刃物ごと粉砕できるだろう。常人とは、筋肉の稼働効率が歴然と違うのだ。
 制服は、風芽丘のスタンダード・セーラーだ。

 ……どうでもいいが、僕は神様だか運命の女神だかに、心から聞きたい事がある。
 なんで、僕の周りにはこう、どこかネジの掛け違った人物が集まるのだろうか……?
 仮説。……僕もまともではないからだろう。
 類は友を呼ぶ。朱に交われば赤くなる。
 自分で言っていて、それを否定する材料が何一つ見つからないのが、我ながら心から情けない事であった……

「このくらいで死ぬようなタマじゃないでしょ、あんたは」
 しれっと、雫姉さんがひどい事を断言した。
 まぁ、確かにその通りではあるかもしれないが……納得できるはずもない。故に、抵抗を試みるのは当然の流れだった。
「……蹴りより先に、入学した弟たちに対する祝いの言葉はないの?」
「その祝いの門出に、遅刻してきた人間の言う台詞じゃないわね」
「……ぐ」
 なにか間違っている気がするが、それを言われると非常に立場が危ういのも事実だ。
「そういえば、うちの両親は?」
「話を逸らしたわね……?」
 ……その通り。
「まぁいいけど。あたしは知らないわよ。こっちも今、始業式終わったばっかりなんだから」
「あ、そうか……」
 迂闊と言えば迂闊だが、人間、いついかなる時でも、全ての事象に向けて注意や思考を向けていられるほど、万全の注意力も精神力も持っていない。
 故に、僕は現在の時点で一番安易で、かつ効果的な打開策を実行した。――要するに、頼りになる情報源に訊ねたのだ。
 その頼りになる情報源はこうのたまった。
「そのうち、皐たちと一緒に体育館から出てくるであろ」
「……成程」
 ――少し考えたら、聞くまでもなかったかもしれなかった。
 いかん、最近、とみに立場が弱くなってきている気がする……
 ……前からだ、という話も、あったりなかったりするのだが。
 そうこう言っている間に、生徒に混じって出てくる保護者達のなかに、皐姉さんにまとわりつかれながら出てくる父さんと母さんの姿を見つけた。

 我が父にあたる月村恭也――旧姓、高町恭也――と、母にあたる月村忍。二人とも、四十前には見えないくらい、若い。三十どころか、二十代後半でも通るのではなかろうか?
 実のところ、母さんの方はそう不思議でもない。だが、父さんのほうは……?
 まぁ、その昔、文字通り『血を分け合った』時の影響なのかもしれない、とエリザ叔母さんは言っていたが。

◆◇◆

 ……先ほどから僕は『……にあたる』を連呼しているが、別に酔狂でこんな面倒な呼称を使っているわけではない。
 月村恭也・忍夫妻と月村司は、実の親子ではないのだ。
 正確な血縁関係は、『月村忍の遠い親戚』ということになる。
 その僕が、なぜここで『息子』として暮らしているのか。
 答えは――まぁ、お決まりで申し訳ないが、生家での幼い子供達を担ぎ上げた権力と財産争いに、僕も巻き込まれたのだ。
 僕を担ぎだした理由はお笑いだった。『一族としての『血』が最も濃い』、ただそれだけの理由で、僕は理由も分からず死にかけたのだ。

 『夜の一族』と、名乗るひとつの種族がある。
 ホモ・サピエンスを超える身体能力と寿命を誇り、その代償として、自分達、あるいは自分達の近似種の血液を必要とする、ホモ・サピエンスとは似て異なる種族。
 時には吸血鬼と恐れられ、時には人類の超越者と崇められる存在。
 実の所、そんな大した存在では全くないのだが……ともかくそんな家系に僕は生まれ、そして僕の過去の幸も不幸も、その一点から派生する喜劇だった。

 ……結局のところ、僕を担ぎ上げた一派は敗北し、その元凶となった僕は存在を抹消されかけたところ、恭也・忍夫妻に救われた。
 考えようによっては不幸な生い立ちなのかもしれないが、僕はむしろこうなって幸せになれたのではないかと思っている。

 戸籍上では、僕は『養子』ではなく『居候』という立場なのだが、二人は僕を『息子』として扱ってくれるし、雫姉さんと皐姉さんも『弟』として接してくれている。
 父さんは無愛想で厳しいが、実は結構おちゃめで優しい。そして何より、僕にひとつの『道』を与えてくれたのは父さんだ。この一点だけでも、僕はいくら感謝しても足りないと思っている。
 母さんはいたずら好きで子供っぽいが、実は寂しがり屋なのを僕は知っている。そして母さんは、僕に『彼女』に『生命』を与える、知識と技術を教えてくれた。
 そのことの吉兆は――僕次第、ということだと思っている。

◆◇◆

「あ、つかさー!!」
 こちらが声をかける前に、向こうに見つかったらしい。
 母さんが、ぶんぶんと手を振っている。
 ……恥ずかしいから、止めて欲しいかも知れない。ただでさえ目立つ容貌なんだから。
 不意に、母さんが手を振るのを中断して、父さんと話している。
 多分、父さんが『恥ずかしいから止めなさい』とでも言ったんだろう。
 どうせ、こういう時は母さんが勝つに決まっている。父さんの名誉を庇護する為にも、僕はさっさと『両親』のところに急ぐ事にした。

「おはよう、並びにただいま、並びにご苦労様」
 とりあえず、この場と我が身の状況に準拠する挨拶を列挙してみた。
「おかえり司。でも、入学式の日から朝帰りはちょっと控えた方がいいわよ」
 ……母さんが、現状をかなり誤解される言い方に変換してみせてくれた。
「……不慮の事故だってば。後々血を見そうだから、そういう危険な言動は慎んでくれると助かるんだけど……?」
 僕の言葉に、にんまりと笑う母さん。
「なになに?そんなに焦るなんて、ひょっとしてもうふ――あいたぁ……!」
 みなまで言わせず、僕は母さんの頭頂部に手刀を叩き込んだ。
 母さんはわざとらしい涙目で抗議する。
「うぅ……家庭内暴力はんたーい!」
 僕はすまして反撃した。
「家庭内及び学園生活における僕の名誉を毀損する言動はんたーい」
 母さんは沈黙した。久々の勝利かも知れない。
 しかし、わざわざ噛みしめるのも馬鹿馬鹿しい。
 ……というか、空しい。

 母さんとのじゃれあいが一段落したと見たのだろう。父さんが会話に入ってきた。
「司……予定時刻を、大幅にオーバーしている」
 ……冗談で言っているわけでは、無論ない。父さんは、僕の『上司』として、事情説明を求めているのだ。
 僕のような『見習い』には、不慮の事態には、基本的に即時連絡を入れる義務がある。もちろん、さまざまな状況によって、それが不可能な事は良くある事なのだが。
【現地に、広範囲のECM(妨害電波)が存在しました。現状の私の装備では、これを排除する事は困難でしたので、連絡を取る手段が存在しませんでした。申し訳ありません】
 言葉にせず、唇の動きだけで父さん――いや、月村捕縛二佐に報告する。
 ……二佐と言えば、僕たち実働部隊を束ねる立場にある人だ。我が父ながら、実はとてつもなく偉い人なのである。
 二佐は、ほんの僅かだけ眉をひそめたが、
「書類は、明日中に」
 それだけを口にした。その後、口調と表情を――他人が見たら分からないくらい僅かに――和らげて、
「……とりあえず、入学、おめでとう。……それと……お帰り、司」
 そう言って、僕の頭に手を置いた。
 ……要するに、うちの父はこうやって、真面目くさった事を先に口にする事で、照れを誤魔化す人なのだ。
「ただいま、父さん」
 僕も、そう言って笑った。



<4>

 両親と別れた後、僕はホームルームだかミーティングだかを受けに、皐姉さんと教室に向かっていた。
「そう言えば……」
 さっきから何か足りない気がしていたが、それをこの時、ようやく思い出したのだ。
「騒がしいのと、仲良し一組に会ってないね」
 僕がそう言うと、皐姉さんはくすくす笑った。
「なかよしさんたちには、教室で会えるよ」
 僕は心中、密かに空を仰いだ。
「全員、同じクラスですか……」
 思わず、丁寧語になる。
 すると、皐姉さんが口を尖らせた。
「なぁに、司ちゃんてば、わたし達と同じクラスは嫌なのー!?」
「そうじゃないけどね……」
 ただ、精神的に疲れる事を覚悟しただけだ。

「それで、『彼女』はどうしたの?」
 僕が『彼女』とわざわざ呼ぶのは一人しかいない。皐姉さんはちゃんとそれを了解していた。
「学校は明日から行くって言ってたよ。司ちゃんがいないとお家の敷地から出られないからって」
 僕は眉をひそめた。
「そんなの、皐姉さんが『代理』をやればいいじゃないか」
 僕の質問に、皐姉さんは「んーとね」と人差し指を口元に添えながら答えた。
「司ちゃんが帰ってこないから、すねてるんじゃないかなぁ?」
「ははぁ……」
 どうやら、帰宅してからもひと悶着ありそうだった。
 ――この会話だけだと、何の事かさっぱり分からないだろうが……後にまとめて説明するので、悪しからず。

 僕の内心を知ってか知らずか、皐姉さんは脳天気な笑顔で僕の背中をぺちぺち――本人はバシバシのつもりなのだろう――叩いた。
「ほらほら司ちゃん、まだ顔あわせもあるんだから、元気だしていこー!」
「あぁ、そうだったね……」
 僕の気分はさらに憂鬱になった。面倒がまたひとつ、眼前に迫っているのを認識した所為だ。
 いささかの緊張と共に、僕は新しいクラスである、一年B組のドアを開けた。

◆◇◆

 ドアを開けて、教室に足を踏み入れた瞬間。
 迂闊なことに不意打ちの可能性を失念していた僕は、その奇襲を回避しうることは不可能事であった。
「月村くん!!」
 その声と共に、腕に伝わる柔らかな感触。甘やかな香り。
「同じクラスになれたんですね!あぁ……もう感激です!!」
「あー、えと……おはよう、相川さん」
 非常に情熱的な対面の言葉に、我ながら、実に間抜けな挨拶を返していた。

 この子は相川七瀬(あいかわ ななせ)さん。
 僕の付き合いにしては珍しく、中学生からの付き合いだ。
 皐姉さんとは異なる色調の、碧がかった艶のある髪を背中まで伸ばして、白いリボンでアクセントをつけている。瞳は薄めの茶色。色白でプロポーションも抜群、非の打ち所のないくらいの美人だ。
 制服は、白いブレザーとブラウスにに学年色の青いフレアスカートとネクタイ。
 身長は皐姉さんと同じ一六六センチ。僕と一〇センチしか変わらないが、気にする人――特に男は――絶無に近いに違いない。
 容姿だけなら完璧すぎて、むしろ近寄りがたいくらい……なのだそうだが、彼女の性格は――約二名の例外を除くと――気さくで朗らかで、バリアを発するような感じではない。むしろ、わりとそそっかしい所とかがあって、時々いぢめると可愛かったりする。
 まぁ……初めて会った頃は、もっとピリピリしていた事は否めないが。
 なにせ、彼女との付き合いは、『挑戦状』などと物騒なものを彼女から付きつけられた事から始まるのだから。
 その後、色々と紆余曲折を経て、現在の関係に至っている。
 別に好意を持たれる事自体は嫌ではないのだが……ここまで子犬チックになつかれると――色々と困る。
 第一に、彼女のファンやその候補生に恨まれる――いやむしろ『怨まれる』と言うほうが適切かもしれない。現に、今も痛い視線が突き刺さってくるし……
 第二に、この状態は新たな面倒を引き起こす可能性が非常に高い。その理由は――

 ブォンッ!!

 ……やたらと物騒な音を響かせて、半瞬前まで相川さんの頭部があった空間を、木刀の切先が駆け抜けた。
 当たっていたら死んでいてもおかしくない一撃だったが、相川さんは何事もなかったかのごとき表情で、攻撃の主に向かって言い放った。
「そんな殺気だった振りじゃ、不意打ちでも当たらないわよ、みなと!」

 加害未遂者の名前は、赤星みなと(あかほし みなと)ちゃん。実の所、僕の知り合いでもある。
 この子の父親がうちの父さんの親友なので、その関係から彼女とは燈真と匹敵する位の古い付き合いになる。
 青みを帯びた髪と瞳。やや眦の高い瞳など、わりと中性的な顔立ちをしている。
 表情にも声にも、感情が出にくいので分かり辛いが、情感はかなり豊かな子だ。
 ……まぁ、この事態から見て了解できるだろうし、逆に、顔に出ないから余計に恐い、という話もあったりなかったりするのだが。
 身長は一五四センチ。小柄でスレンダーな身体つきながら、中々のパワーの持ち主だ。それだけでなく、剣道の技量も大したもので、確か中等部では、全国ベスト4まで行っていたはずだ。剣道という枠内なら、燈真をも上回る。
 まぁ、『戦技』という一点において、スポーツ武道家が実戦家を上回る、という事態はしばしば起こる事だ。細かいことは今はさておくが、憧目すべき事態では全くない。
 制服は――彼女の服装の趣味を知ってる僕には意外な事に、少し短めのフレアのジャンパースカートは、お腹のあたりまでの丈で、肩紐との相互効果で胸元を強調するような裁断になっている。
 例えるなら、有名ファミレスの『アナン=ミラーズ』の制服に似ているのだ。まぁ、上着とブラウスがあるから、あんなマニアックな風貌でもないのだが。
 可愛い物好きのみなとちゃんだが、普段の服はもっとシックなものを好んでいたので、少しばかり意外ではあった。
 まぁ、わりと似合っているので問題はないと思うのだが。
 ちなみに、彼女にはこの学校に通う一つ年上の兄がいて、当然ではあるが、僕は彼とも旧知の仲であったりする。

 ……僕が現実逃避にバカな事を思考している間に、事態は素敵な方向に爆走していた。
「即刻、司くんから離れなさい」
 先程の相川さんの挑発などなかったかのように、みなとちゃんは氷のように冷たい声を吹き付け、相川さんの鼻先に、木刀の切先を突き付ける。
 途端、教室内の体感温度が二・三度低下した。その声に含まれた迫力に、この事態に馴れないクラスメート達が息を飲んだ為だ。
 そんな雰囲気など何処吹く風、と言わんばかりに、相川さんは軽く言い放つ。
「い・や・よ」
 そう言って、相川さんは逆にいっそう強く身体を押し付けてくる……
「…………」
 沈黙のまま、冷たい怒気を膨れ上がらせていくみなとちゃん。
「…………」
 僕の腕をホールドしたまま、鋭い視線で睨み返す相川さん。
「「………………!!」」
 僕を挟んで、やる気(殺る気?)満々で睨み合う女の子ふたり。
 我が眼前が光景は、何というか……一言で表すなれば、修羅場だった。
 きっと、この光景を見たことのない人なら、一見しただけで回れ右して逃げ出すこと受けあいである。
 しかし。僕にとっては最早、見慣れた風物詩であった。
 まぁ、できうるなれば、一生見慣れないほうがいいものかもしれないが……
 ――先程言いかけた第二の理由。それは、この騒動の事だったのだ。
 ついでにもう一つ。『見慣れた』からといって、『馴れた』とは限らない。
 要するに、この事態は、僕の頭痛の種の一つなのである……
 この二人、外側だけ見ていればともかく、中身は実の所『似たもの同士』なので、実は本当は仲良しなんじゃなかろうか? などと思ったりもするのだが……
 助けを求めて視線を左右するも……見えた光景は、高見の見物を決め込んでいる薄情な幼馴染と、眼をきらきらさせて状況の推移を無責任に楽しんでいる脳天気な姉、何故か微笑ましく見守っている従姉の姿であった。
 ……あとで覚えておくように、三人とも。
 結局、担任の先生が入室してくるまでこの牽制合戦は続き、僕はその間中、神経を擦り減らしつづけていたのであった……

◆◇◆

 いろいろと不本意な高校生活一日目だったが、どうにか生きて解放される事ができた。
 しかし、登下校に使っているMTB(マウンテンバイク)がないので、さてどうやって帰ったものか、と下足室で悩んでいると、知った声が耳に飛び込んできた。
「よぉ、久しぶりじゃんか司ぁ!」
 そう言いながら、そいつは僕にヘッドロックなどをかけてくる。
 当然の権利として、技を返しながら僕は答えた。
「三月末ぶりだね。ひさしぶり、健司」

 この人は赤星健司(あかほし けんじ)。先述した、みなとちゃんの兄貴だ。
 身長一八一センチ。身体つきも身長に見合ってなかなかのものだ。
 色素の薄めの茶色い髪は、少し長めに伸ばしている。瞳の色も茶色で、顔つき自体はかなりの男前なのだが……にやけた様な表情で、それを殺している風がある。
 尤も、当人がわざとそう振舞っている感が多分にあるのだが。
 実際、普段はにやけたプレイボーイに振舞っているが、根っこのところはいい漢だ。
 まぁ、根っこのところを見る機会などほとんどないのだけれど。
 制服は、昔から不良の伝統である短ランなどを着ていたりする。
 なんでそんなひねくれた事をしているのか――それについては、まぁおいおい。

「そういや、お前達の入学祝いの話、聞いたか?」
 健司が藪から棒に、そんな事を聞いてきた。
「いや……知らないけど」
 誰も教えてくれなかったのだから、知り様がない。
「そっか。なら教えてやろう」
 などと勿体ぶってから、健司は先を続けた。
「会場はお前さんの家。時間は夕方七時から。まぁ身内だけだっていっても、結構な人数が集まりそうだからな。妥当な選択だろ?」
「確かに」
 いつもの面子の家族だけならともかく、その友人だの知り合いだのが集まる事は確実だろう。何せ、僕の知り合いは揃いも揃ってお祭り好きだ。ここぞとばかりに集まってくるだろう。そうなると、高町宅や『翠屋』などでは入りきらない事、疑いなかった。
「なんせ、お前さんの家は出鱈目にデカイからな。こういう時には、金持ちの友人がいるとホント便利だぜ」
「まぁ、そうかもしれないね」
 僕がそう返すと、健司は呆れた風で聞いてきた。
「……お前、時々ひどく淡泊だって言われないか?」
「そうだね、たまにそう言われるかも知れない」
 僕はあっさり認めた。すると健司はがっくりと肩を落とすと、深々とため息をついた。
「お前ね、将来自分のになるかもしれないんだから、もちっと関心持てよ……」
「そう言われても困るよ」
 僕は説明した。
「まず僕のものだって仮に言われた所で、モノがでかすぎて実感が湧かない。それに、何もしないで手元に転がり込んでくるなんて虫のいい事を考えたくない。もう一つ、自分が築いたものでもないのに、自分が偉い気になってでかい面をするような真似をしたくない」
「貧乏性なんだか、気宇がでかいのか知らんが……」
 またしても呆れた風で、健司がぼやく。
「つくづく変わった奴だよな、お前って奴は……」
「……失敬な。そういう健司だって、十分変わり者だと思う」
 僕が返すと、健司は楽しげに苦笑した。
「まぁ、そいつは卓見だな」

 そして、夕方の来訪を約して、健司は家路につき、僕も結局、皐姉さんたちと一緒に、うちのお手伝いさん、ノエルに迎えに来てもらう事にしたのだった。


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