Prologue 入学式(3)

<5>

 ノエルの丁寧な運転で、僕たち一家は我が家に辿り着いた。
「それでは、少し失礼します」
 外出用のワイシャツにジーパンという服装から、仕事着――誰の趣味か知らないが、紺地のワンピースに白のフリル付きエプロン、おまけにヘッドドレスまで完全装備のメイド服だ――に着替えるため、ノエルは自室に向かい、他の面子も自分の目的地にわらわらと散った。
「さて、と……」
 僕は大儀そうに左手を腰にあて、右手で頭を掻きながらぼやいた。
 その体勢のまま、百二十度ほど右旋回して挨拶をした。
「……や、ただいま、イレイン」
 僕の挨拶を受けた噂の『彼女』――メイド服を着たイレインは、むすっとしたまま、
「お帰り、『ご主人様』。お早いお帰りでしたわねぇ」
 ……と、高圧電流の流れた有刺鉄線のような返事を返して下さったのだった。

◆◇◆

 さて、少し説明をしなくてはならない。
 先ほど僕たちを送迎してくれたノエルこと『ノエル・K(綺堂)・エーアリヒカイト』と、今僕の眼前にいる、イレインこと『イレイン・T(月村)・フォイエルバッハ』は、人間ではない。
 『自動人形』――平たく言ってしまえば、アンドロイドだ。
 無論、現在の技術では、こんな人間らしい反応を返す人工知能も、人間と同じように二足歩行できる完全人造の身体も作る事はできない。
 いわゆる、遺失技術とかロスト・テックとか言われるものの遺産が、彼女たちなのだ。
 そうは言っても、別に彼女たちは『アトランティスの遺産』とかそういうのではない。
 彼女たちは、僕たちの『一族』の先祖が作り出したものだと言う事は、先祖の文献によってはっきりしている。
 まぁ、『夜の一族』のルーツ自体がはっきりとしていないので、もしかしたら僕たちは『ムー大陸』とか『アトランティス』だかの超古代文明の子孫なのかもしれないが。そうなれば、彼女たちは『遺失技術』ではなく『オーパーツ』になるわけだが。
 ……あくまで、『可能性』の話だ。本気で考えているわけではないので、聞き流して欲しい。
 『遺失技術』でも『オーパーツ』でも、なんだって構わないが――彼女たちに非常な価値が存在する事については、疑う余地がない。
 俗な発言で申し訳ないが――例えばバラして部品を売るだけでも、一体いくらになるか。ましてや、身体を構成するハードのメカニズム――動力、オートバランス――そういうものを売り出せば、世界の軍事バランスなど一変してしまうだろう。
 さらに、今ノエルやイレインという『人格』を司る『人工知能』のソフト・ハード両面のメカニズムなどが世に出回れば――冗談抜きで、世界が変わる。
 事実、母さんはノエルの四肢の技術を応用――といっても、神経伝達系が生物と自動人形では異なるため、その辺りは一から設計したそうだが――した義肢を制作する会社を興して、ものすごい額の利益を上げている。尤も、単価を下げるために、黎明期からかなりの量産をしていたため、一時はかなり危なかったらしいのだけど。まぁ、純利益よりお客第一なのは、何となく母さんらしいような気がするのだけど。
 ついでに、うちの父さんの右脚も、母さんの会社謹製の義足だったりする。元々、子供の頃に壊していたらしいが、僕が五・六歳の頃に完全に壊してしまい、以来母さんの特製の義足を使用している。
 尤も……『特製』と言えば聞こえが良いが、要は『実験段階品』と言っても差し支えない物がほとんどで、母さんが『新バージョン♪』などと嬉しそうにはしゃいでいるたびに、父さんは深々とため息をついていたりする。
 ……しかし、端から見ていると『実験段階品』の整備とかデータ取りとかいう口実で、公然といちゃついているだけの様に思えるのだが。
 まったく、あの万年新婚夫婦ときた日には……
 ……話が逸れた。
 まぁそんな訳で、彼女達の『秘密』が外部に漏れたら、おつむの足りない俗物共が群がってくる事、疑いない。
 故に、彼女たちの『秘密』は、僕たち自身の『秘密』に匹敵しうるほどのトップ・シークレットとなっている。
 なっているのだが――所詮、身内の中から『裏切者』が出る事は避けられない。ほんの二十年ほど前にも、それを実証する事件が起こっている。
 月村安次郎という人物が、他ならぬ、うちのノエルのテクノロジーと母さんの技術とを狙って、イレインをけしかけてきた事があった――という事になっている。
 安次郎氏当人はそう証言しているし、事件の外周を辿れば、そう言う風に見えるのは間違いない。
 しかし、この事象には色々と穴がある。あるのだが――まぁそれは、今は脇に置く。
 安次郎氏の――自覚しうる――最大の誤算、というより誤認は、『自動人形はいついかなる時も人間に従うものである』という事だったに違いない。
 概ねの場合において、彼の認識は正しかったのだが――不幸な事に、イレインはその数少ない、というよりほぼ唯一に近い例外だったのだ。
 経過や分析は、今はさておくとして――結果として、イレインは安次郎氏の支配を脱して彼に重傷を負わせ、そのまま逃走しようとしたイレインと、それを阻止しようとしたノエルは相打ちとなり――事件は落着した。
 その後、ノエルは完璧以上に修復され、タイムラグはあったものの、今も元気に働いてくれている。
 そして、イレインの方は――流石の母さんも、ノエルを壊した犯人――積極的な意志が介在していたとは言い難いが、それでも実行犯には違いない――を直してやるほどお人好しでもなく、かといってそのまま燃えないゴミにするのも気が引けて、結果、地下の秘密倉庫に隠されていたのを僕が見つけて、修復したというのが大まかな流れだった。

 まぁ、イレインがたまに僕を『ご主人様』などと呼ぶのは――嫌みが主成分だが、それだけではない。主な理由としては、僕が彼女を直したからだが――それだけでもない。
 それは、イレインがこの屋敷の敷地から、文字通り一歩たりとて外に出られない理由と直結している。
 彼女を再起動させた当時、彼女の自我を強制的に抑制する機構――僕はリミッターと呼んでいる――をあえて取り外していたため、イレインは何度か脱走しようとした事があった。
 そこで僕は一計を案じた。
 短波発信装置をイレインの動力と連結させる。そして受信装置を用意し、イレインから発信された短波が、受信装置に感知されない時、イレインの動力は強制的にストップするという、何ともアレな仕掛けを作ったのだ。偽造――そんな暇な事をする奴がいるとも思えないが――を防ぐため、単一送受信ではなく、微弱ながら相互送受信も行っていたりする結構面倒な代物だ。
 当然、限られた規模の発信装置では送受信可能距離に限界がある。その距離がイコール、イレインの自由に動ける行動範囲、と言う事になる訳だ。
 無論、イレイン自身では動力炉付近をどうにかする事は絶対に不可能だ。故に、イレインとしては『鎖に繋がれた犬』という状態に等しく感じている事だと思う。嫌みまじりに僕を『ご主人様』などと呼ぶのも仕方ない事だ。
 こんな事なら、最初から『リミッター』を外さなければいいじゃないか、という意見もあるだろうが――それは誤りだ。
 あの状態では、確かに自我は強制的に抑制されていて、故に『扱いやすい』状態と言えるだろう。しかしその状態では、彼女の学習能力も大きく低下してしまうのだ。
 学習能力に必要な『感受性』という能力は、良かれ悪しかれ『自我意識』から生じる。だから、今は不自由でも、彼女の自我がむき出しの状態で、色々な事を経験させてやらないといけないのだ、と僕は思っている。
 ただの『刷り込まれた服従精神』に対する反抗心から、絵に描かれた『自由』を求めるのではなく、本当に彼女が求めるものを、見つけて欲しいと思うのだ……
 ……なんだか僕は長話をすると、時々話の筋に脈絡を欠く事がある。少し枝葉の話を混ぜようとすると、そちらをも余さず話そうとしてしまうため、結果、話に一貫性が無いように聞こえ、自然と長話になってしまうのだ。
 悪い癖だと思いつつ、だからといって適当にすませる、というのは性格に反するので――これはもう仕方がないかな、などと諦めていたりする。
 最後の悪あがきで、『話が逸れた』と自覚出来た時は、無理に話を打ち切って本流に戻る努力はしていたりするのだが。
 ついでに含みも多い。……これについても、最早矯正は諦めている。
 故に、僕の語調は、うちの女性陣達に言わせれば『爺くさい』という事になってしまうのである……

 さて、イレインに内蔵されている短波発信装置の有効発信距離は約五百メートル。うちの敷地はおよそ一キロ四方ほどだ。
 ……実際に数字を出してみると、うちの家の無駄な広さがつくづくと実感できてうんざりするが、まぁそれはともかく。
 だから、敷地の中心部であるうちの屋敷の、さらに中心部の地下には、大型の受信装置が存在している。これで、うちの敷地内であればイレインは自由に活動できる。
 なら、外出はどうするのか。答えは簡単。受信装置を持ち出せばいいのだ。
 小型の受信装置を、我が家の誰かが身につけておく。イレインがその誰かから一定以上離れようとしたら、強制的にシャット・ダウンという訳だ。
 この携帯受信装置は、あらかじめ記録した人間、あるいはその近似種――うちの家族の大半はホモ・サピエンスでは無いからだ――の脳波と生体電流に反応して起動するため、イレインはもちろん、ノエルでも使用は出来ない。
 最初は、まるでリモコンみたいな無骨な代物だったのだが、姉二人が『可愛くない』と五月蠅いので、腕時計やネックレス、ブレスレットやチョーカーといった物に、受信装置を仕込む方法に変更した。我ながら短期間でよくぞこれだけの事をやったものだ、とつくづく思ったものである。
 そんな下地を作った所で、イレインにもっと社会を見る機会を!と策謀したのが、今回の『イレインの風芽丘入学』なのだ。
 イレインも、大体二十代前半ほどの容姿を前提として作られたようだが、ノエルと違って、イレインの場合は十代後半でもなんとか通る程度の――イレインに言ったら殴られるが――容姿をしている。
 入学に際しての戸籍云々に関しては、かなりアレなので言を控えるが……ともかくイレインは『風芽丘高等部一年生(笑)』として、入学を許可されたのだ。
 ……だったのだが、僕が見事に遅刻して、家に帰る暇すら無かったため、入れ淫を入学式に連れて行く事が叶わず、恐らくそれでイレインはいたくご機嫌を損ねてしまっているという訳らしかった。
 まぁ、『学校なんて面倒臭い』と駄々をこねたイレインを、なだめすかして入学させた張本人は僕なのだから、イレインのご機嫌斜めな気持ちも分かるのではあるが。

◆◇◆

「あのー、イレインさん……?」
 ……我ながら何とも情けないが、非があるのはこちらなので強く出られるはずもなく、自然、悲しくなるほど腰が低い呼びかけになってしまう。……そう言う事にしておいて欲しい。……というか、そう思いたい。
 イレインは腕組みなどして、半眼に開いた眼から白っぽい視線を打ち込んでくる。
「なんか、お手伝いしましょうか……?」
 恐る恐る訊ねてみると、イレインは不機嫌な口調で、
「その前に、何か言う事があるんじゃなかったっけ?あんたが言った事よ?」
 と言った。
 何の事?と聞き返しかけて、危うい所で踏みとどまった。……うん、確かに僕がかなり初めの方で、イレインに教えた事だ。
「約束破って、ごめん。僕が悪かったよ」
 ……自分に非があると分かったのなら、素直にそれを認めて謝る事。人付き合いの基本であろう事である。
 尤も、イレインは今まで自分から謝った事などないが……それは、(半熟とはいえ)マスターである僕が、自ら範を示して、イレインに分かっていってもらうべき事だと思う。
 つまるところ、イレインは『物騒な武器の扱いに長けた天才幼児』の様なものなのだ。格闘能力などは大したものだが、その思考形態自体は、我が侭な幼児とそう変わらない。
 ならば僕は、いくら情けなくても彼女の『親』として、規範となるべき所はしっかりと押さえないといけない、と思う。
 イレインはとりあえず納得したのか、ひとつ頷くと踵を返しつつ、僕に言った。
「司、買い物行くから、荷物持ちよろしく」
 ……どうやら、これが『約束破りの罰』らしい。
「……了解しました」
 逆らうべき正当な理由がないだけでなく、非は僕にしかないわけで……故に、抵抗するだけ無駄だった。
 僕の返事に、イレインは意地悪そうに微笑した。……そんな顔をすると、何となく女王様みたいに見える。
「今日は馬鹿みたいに人間が来るんだからね、覚悟しなさいよ」
 ……忘れていたが、その通りだった。
「……車、出そうよ」
 僕の抗議にを、イレインはあっさり却下した。
「それじゃ罰ゲームにならないでしょうが。いいからさっさと来る!」
「……へーい」
 僕はぼやき半分で返事を返すと、半ば渋々でイレインに従ったのだった。

 ノエルやイレインをみていると、思う事がある。
 彼女たちは、自分の存在をどう思っているのだろう、と。
 そして、もう一つ思う事がある。
 『心』は、果たして人間だけの所有物なのであろうか、と。
 未だこの問いは、僕の胸に秘められたままだ。
「司!ぼーっとしてるんじゃないわよ!圏外にでちゃったらどうしてくれるのよ!!」
 イレインの声……いや怒声で我にかえった。
 この問いの答えは、自分一人で解くには、少しばかり大きすぎるかもしれない。
 でも、とりあえず今は、そんなに深刻ぶる必要もないだろう。
 少なくとも、しばらくはこんな日常が続きそうだ。
 彼女と一緒に、答えを探すのも悪くない。
「ごめん、今行くよ」
 そう答えて、僕は足を速めた。

 ――願わくば、こんな日が、少しでも長く続きますように――



to be continued...


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