【 続・ケーキなんか大キライだ 】−(その3)

放課後、千絵は唯と一緒に帰途についた。帰る途中、千絵は箱を手にしていた。
中には千絵が家庭科の時に作ったケーキが入っていた。
結局、家庭科の授業が終わった後も奇面組の面々は、唯や千絵がケーキを食べないかと
誘っても応じず、放課後になるとそそくさと教室を出て行ってしまった。
「全く、あの連中たら…相変わらず逃げ足だけは速いんだから。」
千絵はムッとした表情で持っている箱を見ながらそう呟いた。家庭科の授業が終了してから今に至るまで、ずっとこの調子で不機嫌なままでいた。
「まぁまぁ。千絵も、もういい加減に機嫌直してよ。」
唯がそう言って苦笑しながら、相変わらずムッとしたままの千絵をなだめる。
「ところで千絵、そのケーキどうするの?」
「う〜ん、仕方ないから家に持って帰って食べるけど…」
「折角だから、そのケーキさ、そこの公園で食べてみない?」
「えっ?」
「だって食べないとなんか勿体無いじゃない。それに零さん達は酷い事言っていたけど、
私はちゃんとできていると思うよ。ちゃんとレシピ通り作ったんでしょ?」
「うっ…うん…ちゃんと見ながらやったと思うけど…」
千絵は自信なさそうに俯いて答えた。
「大丈夫だよ。じゃぁ、私はちょっとジュースでも買いに行って来る。」
唯は千絵の肩を叩いて元気付けようと励ます。
「じゃぁ、そこの公園のベンチに座って待っているね。」
そう言って千絵はお金を渡してから公園の方へ向かい、唯は自動販売機の方へ走って行った。

千絵は公園の中に入ると入り口の近くにあるベンチを見つけ座り、箱をひざの上に乗せた。
空を見上げると夕日が沈みかけていた公園全体も落ち葉が小さな山をいくつも作っていた。
冬に変わりかけようとしており、ベンチに座った千絵の足元にも長い影を作っていた。
千絵は座ってから周りを見回すが自分以外、公園には誰も来ていないようだ。
時々、風に舞う木の葉の音だけが聞こえていた。
「千絵〜。お待たせ〜。」
数分後、公園のベンチに座っていた千絵の元に、ジュースを手にした唯が駆け寄ってきた。
「はい、これ。千絵はこれでいい?」
「うん、いいよ。ありがと。」
唯は持っていたの1つを千絵に渡して、自分も千絵の隣に座った。
「じゃぁ、早速食べてみましょうよ。」
「うん…」
千絵は小さな声で頷くと、徐に箱を結んでいたリボンを解いて中を開けた。
中にあるケーキはクリームが覆い被さりケーキの原型を留めていなかったので、それを見た二人は
思わずお互いの顔を見合わせてしまった。
「これ…あたしが作ったケーキだよね?何でこんな風になってるの?」
作成時より形を留めていないケーキを見て、千絵は珍しくうろたえる。
「大丈夫よ。きっと千絵が箱を揺らしたからちょっと崩れてしまっただけだって。」
そう言って、唯は左手にティッシュを乗せて箱の中にあったケーキを上手く1切れ取り出し、
それをティッシュの上に乗せて千絵に差し出す。
千絵がそれを受け取ると今度は自分の左手にティッシュを乗せ、その上に箱から
取り出したケーキを乗せる。
「さぁ、千絵。食べよ。」
唯がそう言うと、二人は一緒にケーキに口をつけた。
暫くして、二人とも異物を口にしているような感覚に襲われ、表情を曇らせた。
それでも、二人は何とか強引だがケーキを押し込み、ジュースを飲んで流し込む。
「何でよ〜。何でちゃんと作っているのにこんなになるわけ?」
千絵は信じられないような思いで叫んでしまう。

「ねぇ、千絵。レシピ通りにちゃんと作ったの?」
唯が苦虫を噛み潰したような表情で千絵にたずねた。
先ほどのケーキの感覚が残っているのか、千絵は呆然とした面持ちで「うん」とか
細い声を漏らし、小さく頷く。
「千絵、作る途中で味見とかちゃんとしたの?」
「ううん。」
表情を変えずにあっさりと千絵はそう答えたので、唯は思わずガクッとうなだれてしまう。
「ちょっと、ちょっと、お願いだからちゃんと味見しながら作ってよね?」
唯は呆れながらもそう言いながらも千絵の肩を軽くたたいて窘めた。
「だって…本当の事を言うとね、料理だけでなくお菓子作る事も、家では殆ど
やった事が無いから自信が無くてね…ハハハ…」
と笑ってごまかすが、唯にはどこか表情が虚ろで諦めているのかなと思えた。
「だったら、明日、土曜日だから学校終わったら私の家で一緒にケーキ作りにチャレンジしてみない?」
「えっ…?」
唯はとっさに思いついた事を千絵に言ってみると、千絵は少し驚いて俯き加減になっていた顔を
唯の方に振り向く。
「だって千絵だって、納得していないんでしょ?自分でちゃんとしたケーキを作りたいん
でしょ?」
「う、うん…そりゃあ…そうだけど…」
「だったら作ろうよ、一緒に。」
「うん…」
珍しく唯が強い口調で勧めるので、千絵ちゃんはそれにつられて頷いた。
「でもさ…悪いよ…おじさんとかおばさんに迷惑かけそうだし…」
「大丈夫よ。お母さんは話せばきっとわかって貰えると思うから。
それに…私も授業で作ったのにちょっと納得いかない所があったから、
今度こそ納得いくようなもの作ってみようかなと考えていたとこなの。」
唯は微笑みながらそう言った。
「そ、そうなの。」
(あたしはアンタが学校で作ったケーキにも遠く及ばないのに…あれでまだ
満足いかないの?)
今更ながら料理に関しては、唯との差に大きな隔たりがある事を改めて思うと千絵は
フッと小さく溜息をついた。
「千絵、どうしたの?」
気がつくと横から唯が心配そうに千絵をじっと見ていた。
「あっ、いや…その…何でも無いわ。」
「そう…じゃあ、明日学校終わってたら、私の家って事でいい?」
「うん、じゃあ明日。一度家に帰って着替えたら、唯の所に行くから。」
そう言って千絵は気持ちを切り替え、スッとベンチから立ち上がった。
「あっ、千絵。ちょっと待って。」
立ち上がった千絵を、慌てて唯がベンチに座ったまま見上げるようにして千絵を呼び止めた。
「どうしたの?」
「明日の事よりも、まず、片付けなきゃ行けない問題があるんじゃない?」
と言って人差し指を真下に指差しする。
「あっ…」
立ち上がった千絵も唯が自分が作ったケーキの事を言っているのに気づくと、
またベンチにへたり込む。
唯が恐る恐る開いてみるとまだ半分以上残っていたケーキが中に残されている。
「やっぱり、全部食べなくちゃ行けないだよね…これ。」
そっと、中のケーキを覗きこむようにして見ながら千絵は嘆息する。
「当たり前でしょ、千絵が作ったんだから。半分は私も食べるからさ、ね。」
「わ、わかってるわよ。」
千絵は非難するかのような眼差しで唯が見つめるので、眼を逸らしてなげやり気味に
言った。
「はぁ〜。これから先、思いやられそうだなぁ…」
千絵は明日の事や目の前にあるケーキの事を考えると思わず小さな溜息が出てしまった。
そして、唯の方に顔を向けると眼が合ってしまい、ケーキを食べる前にもう一度小さく
溜息をついてしまった。


(その4)へ続く

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