【 続・ケーキなんか大キライだ 】−(その5)

二人はデパート『Nisetan』の食品売り場にて買い物をしていた。
ケーキを作る材料とかは予め唯と話し合って決めていたが、さすがにデパートになるとクリームなどに
ケーキの材料となる食品に関しても多くのメーカー産の商品が一列に並び、種類も
豊富なので、食料品の買い物をあまりした事が無い千絵にとってはどれを買えば
いいか判らず、戸惑いを隠せなかった。
「ねぇ、唯。これ、どっちを買えば良いのかな?」
千絵は少し困惑した表情で違うメーカー産のクリームを2つ、手に取りながら唯に尋ねた。
「そうね…その2つよりもこっちの方が泡立てとかしやすいと思うよ。あと、零さん達、たくさん食べると思うからこっちの少し大きいのを買った方が良いかもしれないね。」
唯はそう言って棚に陳列されているクリームを1つ取っては、貼り付けている
ラベルなどを良く確認して千絵に渡した。
千絵がクリームを受け取ると唯は買い物そのものを楽しむかのように軽やかな足取りで
ケーキの材料となる商品を自分から積極的に見回って行った。
(やっぱ、こういう事にはかなわないな…この子には)
千絵は黙々と唯に従うようにして後ろを歩いていたが、目の前で商品を見定めたり
手に取って買い物を楽しむ唯を見て、感心してしまうのと同時に、自分には出来そうに
ない事を気軽にしているのが心底、羨ましいと思っていた。

結局、『Nisetan』での買い物は唯がてきぱきとケーキ作りに必要な材料を全て
購入していったので、30分足らずで終わってしまい、二人はそのまま唯の家に向かった。
唯の家に上がり、廊下を伝って台所に向かう途中で二人は部屋で一服している板造と目が合った。
「ただいま、お父さん。」
「こんにちは、おじさん。」
唯に続いて千絵もにこやかに板造に挨拶する。
「おっ、千絵ちゃん、いらっしゃい。」
板造も煙草をくわえながら挨拶を返す。
「お父さん。今日1日、台所を借りるから。」
「1日中って…台所で一体、何をするつもりなんだ?」
「明日、零さん家で勉強会があるんだけど、その時に差し入れするケーキを作るの。」
「それで夕飯はどうするんだ、夕飯は。」
「大丈夫よ。今日の事を考えて、昨日の夜のうちにある程度は作って冷蔵庫に入れているの。
だから、後は御飯炊いて味噌汁を作ればいいだけ。」
予め準備をしていたので、唯は自信ありげにそう言って答えた。
「ふ〜ん、ケーキねぇ…ところで私や一平の分まであるのかね?」
後半、期待を含ませたような高い声で唯に聞く。
「ありません。」
あっさりと唯が否定するので板造は内心では、がっくりするが表情には出さず、小さくそうか、と
呟いて再びタバコを吸い始める。
「じゃぁ、台所借りるね。お父さん」
「あぁ。だけど、あんまり遅くまでするんじゃないぞ」
「わかってます。」
そう言って唯はそのまま台所に向かい、その後を千絵も板造に会釈して続いて行った。
台所に入ると早速,ケーキの材料を全て袋から出すと唯が作成の手順を1つ1つ丁寧に説明していき、
千絵は言われた通りに作り始めた。
途中、自分で味見をするなど1つ1つ確認しながら作っていく…
3時間後…ナイフでケーキを適度な大きさに切り、苺をのせてケーキは完成した。
「ふぅ…」
ケーキが出来て一安心したのか、千絵は大きく息を吐いた。
「上手く出来たじゃない、千絵。」
「うん…でも食べてくれるかな、みんな。」
少し俯き加減に自分で作ったケーキを見ながら、心細そうに千絵は言った。
「大丈夫よ。形だってこんなにきれいに整っているし、さっき味見したけど、特に問題なかったじゃない。」
唯もそう言いながら励ましてくれるので、千絵自身も大丈夫だと、強く思い込んで安心する事にした。
「ねぇ、唯。ケーキ明日まで預かってくれないかな?」
エプロン外しながら唯にその事を頼むと、唯も頷いて快く承知する。
そして、エプロンを外すと、ケーキ作りに使用したボールなどを片付け始める。
そして、帰り支度を済ませた千絵は、明日11時頃に一度、唯の家に寄ってから零の家に行く、
と予定を決めて唯の家を後にした。


(その6)へ続く

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