【 続・ケーキなんか大キライだ 】-(その7)
数分後、庭に飛ばされた零も部屋に戻り、今度は大きな波瀾も無く勉強会を始める事が出来た。
最初は唯と千絵の二人で5人が怠けて勉強が疎かにならない様にきちんと手綱を締めていたので、
スムーズに勉強が進んでいった。
そして、更に何十分か経ち緊張感が欠けてくると、それまで大人しく勉強をしていた零が一度大きな欠伸を
した後、両手を広げて背筋を伸ばし、そのままの状態で仰向けに寝転んだ。
「ふぅ…しかし、こうやってずっとも机に向かっていると疲れるのだ。」
零は両手を広げ、仰向けになったままで溜息をつく。そして、天井を見ながら呟いた。
「ボクなんかお腹減ったよ~」
仁も右手でお腹を抑えながら、顎を机の上に乗せてへたりむ。
「あんた達、まだ始めてから1時間も経っていないでしょうが
千絵がそう言って、零達をじっと睨んだ。
そんな時に場の空気を察してか、唯が千絵の元にそっと近寄って耳元でそっと囁く。
「千絵。一度、ここで休憩にしよ?」
「でも…」
「いったん小休止して、そしたらあのケーキを…」
「のわ~~~~!!」
唯が小休止して零達に差し入れとして作ったケーキを勧めるように言いかけた矢先に
不意に零が絶叫したので、零以外のみんなが一斉に振り向く。
「おいおい、落ち着け、零。わしじゃよ。」
「じっ、じ~ちゃん。」
零は慌てて身体を起こして庭の方へ振り向くと、ベレー帽を被った零の祖父・善院清列が大きな荷物を
抱えながら庭先で立っていた。
「じ~ちゃん、何でこんな所にいるんだ?」
まだ驚いているせいか、少し裏返った声で清列に向かって叫ぶ。
「直利の墓参りと明後日、霧が誕生日じゃろ、だから少し早いがそのお祝いでもしようと思ってな。
今日ここに来るって事も、もう啄石くんには話し付けておるからの~。」
「えっ、父ちゃんが?私にはそんな事、一言も言ってなかったのだ。」
「それはお前が、啄石くんに全然信用されてないって事だな。」
清列が眼を細め、乾いた声で笑いながら言うと、零は何も言い返せず黙り込んでしまった。
「おや?お前さん達は確か…以前、ワシの家に遊びに来た零の友達じゃったな。折角だから、みんなも
一緒に霧のお祝いをしてくれないかね?」
清列は部屋を一通り見渡した後で零以外の面々にも誘う。
「く、食いもん、たくさんある?」
先程までへたり込んでいた仁が急に元気になり、清列の誘いに身を乗り出して我慢できなさそうな
しながら尋ねる。
「勿論あるよ、霧の為と思って奮発して買い過ぎてしまったからのぉ~、」
そう言って清列は庭に置いてある荷物を部屋に上げてから食材が入っている箱やら一升瓶を取り出して
零達の前に置く。
「それって、幻とまで言われた銘酒『真・男盛』じゃねぇーか。」
日本酒を目の前にして今度は豪が仁を押しのけて一升瓶の前に来ると、しみじみと瓶を見つめながら呟く。
「おぉ、これか。これは今晩、啄石くんとこれで飲み明かすつもりだが、どうかね、良かったらお前さんも
付き合うかの?」
「えっ、良いんですか?そりゃあ、もう…。ハハハ…」
愛想笑いを浮かべ、媚びを売るような口調で清列の申し出を受けた。
「コラ!豪くん。未成年が…。」
千絵はそう言って注意しようとしたが、「未成年」という言葉が詰まってしまった。
「だって俺達、留年してるからもう未成年じゃないぜ。」
「わかってるわよ!」
「そうそう、それに誕生日は1年に1回しか来ないお祝いなのだ。」
豪や零は千絵に向かって、勝ち誇ったかの様に言い返した。
「偉そうに言う事ですか!あたし達は勉強をしに来ているのよ。明日の試験の結果が悪かったら、
アンタ達どうするつもり?」
一瞬、返答に窮しかけた千絵だが困惑しながらも声を荒げて注意し続ける。
「おーっ、なんか元気のある娘さん達で誰かと思ったら、確か零たちの同級生のお二人だったかな?
確か…そっちのショートカットの娘が『宇留千絵』クンでそちらの「馬の尻尾」のような頭をしているのが
『河川唯』クンだったかの~。」
横から清列が話に割り込んでくる。
「逆です!逆!」
「全く…よりによって『馬の尻尾のような』はないでしょ、ポニーテールって言ってくださいよ。」
千絵はそう言って、呆れた顔つきで清列を見た。
そうしているうちに千絵と唯が周りを見回すと、既に零達は勉強そっちのけでお祭りモードに入っていた。
せっせと清列が持ってきたパーティー道具などの飾り付けを始めていた。その中には既に店を閉めてきたのか
啄石までもが零達に混じって準備した。
こうなってしまうと、もう勉強どころではない。それに零が言ったように霧のお祝いを邪魔してまで
勉強続けるのにもいかないし、そこまでして、やろうとする気も進まなかった。
「千絵~。どうしよう~。」
「こうなったら、どうもこうもしないわよ。あたし達も零さん達の手伝いをするしかないでしょ。」
心配そうに見つめる唯をよそに、千絵はなげやり気味にそう言って嘆息すると、零達の元へ歩き出した。
(その8)へ続く