【 続・ケーキなんか大キライだ 】−(その8)

そして、店じまいを済ませた啄石も入り、霧の誕生パーティーは始まった。
最初こそ厳かに始まったが、唯や千絵、そして主役の霧以外の男達は清列が持ち込んだ酒を
飲んでいるので、必然的にどんちゃん騒ぎの宴会へと変わっていった。
そういった、どんちゃん騒ぎの宴会が始まって暫くたった頃、千絵が手を伸ばして部屋に隅に置いていた上着を
手元に取り寄せて羽織り始めた。
「どうしたの?千絵。」
隣に座っていた唯が見上げて尋ねる。唯は霧からエプロンを借りて料理を台所から持って来たり、
零達にお酒を注いで回ったりしていたが、それからやっと解放され、一息ついて所だった。
「うん…ちょっと気分悪いんで…悪いけど、もう帰るね。それで、唯…悪いんだけど、後はお願いできるかな?」
千絵はそう言いながら、そっと額に右手を当てる。
「いいけど…千絵、どうしたの?風邪でもひいたの?」
「もしかしたら、そうかもしんない。唯、後の事は頼めるかな…」
「うん…でも、千絵こそ大丈夫なの?顔色悪いよ。」
「平気、平気。こんなの一晩寝れば治るって、じゃあ後は宜しくね。」
「千絵・・・」
千絵はそう言って出て行くのを唯は後ろから複雑な面持ちでじっと見つめていた。

部屋を出た千絵は暗くなって先が見えない廊下を歩いていると、向こうからうっすらと
人影が表われこちらに向かってやって来るのが見えた。
「だ、誰・・・」
千絵は怖くなって悲鳴に近い高い声で影の方に向かって叫んだ。
「なんだ・・・おめぇか」
「豪くん・・・?あぁ…ちょっと気分悪いから、もう帰るね。」
「何だよ、一体どうしたんだよ。」
「ちょっと近づかないでよ、酒臭いんだから。」
豪は千絵の様子を気にして顔を近づけてくるが、千絵は豪の口から出る酒の匂いが不快で堪らなかったので、
つい、思わず怒鳴ってしまった。
「何だよおめぇ、その言い方は、こっちは気になったから言っただけなのによ。」
「いいから、近づかないで!お酒臭いんだから。」
そう言うと千絵は近寄ってくる豪の頭を鷲掴みにし、廊下の壁に叩き付けた後、しゃがんで咳き込む。
そして、すぐに立ちあがり、手で口を押さえつつ、そのまま駆け足で玄関から外に出てしまった。
「痛っ…おもいっきり叩きやがって」
豪は壁に叩きつかれた頭を押さえて呟くと、部屋から遅れて唯が飛び出してきた。
「あっ、豪くん。千絵、見なかった?」
「あ〜っ、あいつならさっき「帰るって」言って、出やがったよ。痛っ…」
豪は頭を押さえ痛々しそうにしながら、吐き捨てるように言った。
「はぁ…やっぱ、間に合わなかったか…」
「ん…?どうかのしたのかい?唯ちゃん。それにその箱は?」
豪は唯が手にしていた箱が気になって聞いてみた。
「あっ…これ?これ、千絵が作ったケーキなの。千絵ったら持って帰るの忘れちゃったのよ。本当は
勉強の合間にみんなに食べて貰おうと思って一生懸命作ってたんだけどね。ほら、あの通り…」
唯が後ろを振り向くと部屋ではまだパーティー…というより宴会が続いていた。
ほろ酔い気分になっているのだろう、啄石や清列の声とそれを静止する霧の声が、唯と豪のいる所まで
ハッキリと聞こえてきた。
「じゃぁ、これをあいつに渡せばいいんだろ?俺があいつに届けてやるよ。」
そう言うと豪は一度部屋に戻り、コートを持ってきた後、唯の手にあったケーキの箱を取り上げる。
「唯ちゃん。悪いんだけど、みんなには先に帰ったって言っておいてくれ。」
「うん、ありがとう。豪くん。」
「べっ、別に礼を言われるほどの事じゃねぇーよ」
唯の方を向かず、照れくさそうに言うと豪はコートを羽織ってそのまま、玄関から外に飛び出して行った。


(その9)へ続く

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