【 第 3 章 】−(1)

さて、お昼を済ませてデパート『Nisetan』を後にした零くん達は一応駅から
電車を使い遊園地へ向かった。
目的地となる遊園地は電車で40〜50分行った所にあったので8人は切符を買い
電車に乗り込んだ。電車は都会の電車では珍しくボックスシートになっていたので
左右に4人ずつ座って、さながら旅行気分の感じで唯維ちゃんに奇面組の事を
紹介したり、唯維ちゃんが通っている大学の話などで盛り上がっていった。
そうやって電車に乗ってから30分程した頃…
「あれ?よく見たら君達じゃないか、久しぶりだなぁ。」
と唯維ちゃんの背後から聞き覚えのある軽そうな声が聞こえて来た。
「あれ、切出翔と色男組じゃないか」
零くんが声のした方を見てみると、そこにはサングラスをかけた切出翔と
色男組の4人であった。
「君達、これからどこへ行くんだい?」
と翔くんはサングラスを外し視線を唯ちゃんの方へ向けて聞いてくる。
「えっ、私達はこれから遊園地に向かおうと思ってるんですけど…」
「へぇ〜、奇遇だね。僕達もこれから遊園地に行こうと思ってるんだ。」
翔くんがさりげなくそう答えながらも唯ちゃんをじっと見つめるので、唯ちゃんは眼の
やり場に困り頬を赤く染め俯いてしまう。
「お前ら…」
「ん?何か言った?」
「いや、別になんでもねぇよ。」
豪くんは『お前ら何しに遊園地へ行くんだよ。』と言おうとしたが止めてしまった。
どうせ「遊園地にいる可愛い子をナンパする」と答えてくるのが分かりきっていた
からである。
「しかし、翔くん。君は芸能界に入ってこんな事をしてる場合じゃないんじゃないか?」
「あいにく、今日はオフなんでね。こいつらも暇だったし一緒に連れて遊びに行こうと
思ってな。」
翔くんは零くんに対し得意げにそう答えた。

一方、唯維ちゃんは通路側で唯ちゃんと向き合うように座って零くんと翔くんのやり取りを
聞いていた。
丁度、色男組の視線が対面にいる唯ちゃんと千絵ちゃんを中心に向いていたので、
近くにいながらも色男組の視線に対し、後ろ向きに座っていた唯維ちゃんには
翔くん達はまだ気づいていないようであった。
それをいい事に唯維ちゃんは色男組から隠れる様に少し身を屈めて隣にいた大くんに
周りには聞こえない様に小さな声で色男組の事を尋ねてみる。
「ねぇ、大くん。この人達もあなた達の友達?」
「うん・・・ボク達と同じ学校にいた色男組って呼ばれている人達なんだ。」
「でも、確かに顔は良さそうだけど、なんか軽そうな人達ね。」
大くんの話を聞いて、チラッと翔くんの顔を見てから唯維ちゃんは言った。
「そう、中学からの一緒なんだけど学校では女子に人気があったもんだから、
ずっとこんな感じで女の子に声をかけまくってね。」
「ふ〜ん、今、チラッと見たけど何かそんな感じがするなぁ・・。」
淡々と唯維ちゃんは話したが、実のところ唯維ちゃんも唯ちゃん同様というよりそれ以上に
うわべだけで性格の軽い人は好きではなかったので、表情には出さずとも内心では少し不快に
思っていた。

その一方で唯ちゃんと色男組の話は続いていた・・・
「へぇ〜。君達も遊園地に行くのかい、珍しいね。2人が誘ったのかい?」
と内心、奇面組を小馬鹿にするような口調で千絵ちゃんに聞いてきた。
「まぁ、誘ったっていうよりも連中があたし達に勝手について来ただけですから。」
「そ、そりゃ、無いんじゃないかい?千絵ちゃん。」
零くんもあっさりと本当の事を言われては苦笑いしてそう答えるしかなかった。
「アンタ達がデパートから奢りで付いて来ているだけでしょうが、本当の事でしょう?」
千絵ちゃんはムッとした表情をし、最後は上ずったような声で軽く零くんに言い返す。
「ふ〜ん、なら2人とも今からボク達と付き合わない?」
「そうだよ、僕達に付き合ってくれたら僕達が君達に奢ってあげるよ。」
「いい加減、そいつ等よりも俺達と付き合った方が君達にとっても良いんじゃないかい?」
翔くんと隣にいた節戸決・矛利高志の2人も相変わらず軽々しい口調で2人を誘いに来た。
「御生憎様、何であたし達がアンタ達と・・・」
と付き合わなければいけないのかと千絵ちゃんは不満そうな表情をして言いかけたが
その途中、
『あっ、そうだ。いい事思いついちゃった。ムフフ・・・』
と心の中で言い、不満そうな表情から何かこれから悪巧みでもするかの様に含み笑い
した表情に変わっていった。
「ち、ちょっと、千絵。一体どうしたの?」
隣にいた唯ちゃんは怪訝そうな表情で千絵ちゃんを見る。
もう千絵ちゃんとは5年にもなる付き合いであり、千絵ちゃんがこうやって何かを
思いついてニヤニヤしている時は大抵、自分にとっては都合の良くない事が
多い事を唯ちゃんは分かっていたので、千絵ちゃんが何をするのかだんだん心配になって来た。
「ねぇ、翔くん。2人ってあたしと唯の事なの?」
意図的におっとりとした口調で確認するかの様に聞いてきた。
「そうだよ。他に誰がいるって言うんだい?」
「いやねぇ、あたしはともかく唯はどっちの事を指しているのかなって思ってね。
ねぇ、唯維さん。」
と千絵ちゃんは正面に座っていた唯維ちゃんに向かって話を振るような素振りで言った。
「えっ?。ちょっと千絵さん。何であたしにそんな事を振るの?」
「ち、ちょっと千絵ったら。」
驚いたのは急に話を振られてきた唯維ちゃんである。体を屈めて千絵ちゃんの所に
顔を近づけ小さく抗議する。千絵ちゃんの隣にいた唯ちゃんも慌てて、とんでもない事を
言う千絵ちゃんを止めにかかる。
「大丈夫ですって、ここで唯維さんがきっぱりと言ってくれれば連中も懲りて退散します
って。」
「そんな事を言ったって・・・」
「あたしが言ってもあまり効果が無いし、唯維さんなら・・何と言っても唯にそっくり
ですから、毅然とした態度でちょっと厳しく言ってあげれば連中、遊園地に着く前に
退散しますって。」

「ふぅ・・・。しょうがないなぁ、もう。」
唯維ちゃんは小さく溜息をつくとスッと立ち上がり色男組の方に振り向いた。
少し赤く染まった髪の毛が振り向いたときに眼の前にかかったので、それを手で
横に分けながら凛とした表情で色男組を見つめた。
それまで千絵ちゃんが言った事が理解できずにきょとんとしていた色男組でだったが
唯維ちゃんが目の前で立つとざわつき始めた。
唯ちゃんにそっくりで、薄い化粧をし大人の雰囲気を漂わせている彼女に凝視されて、
5人は思わず動揺してしまう。
同い年や下級生中心とはいえ女の子の視線になれているはずの翔くんであったが
唯維ちゃんに凛とした表情で思わず見つめられると圧迫されるような感覚に包まれ、
体も硬直してしまい、まともに正視できなかった。
「ゆ、唯ちゃん。この人、き、君のお姉さんかい?」
背筋に冷たいものを感じながらも何とか唯維ちゃんから眼をそらし後ろから除くような
表情で座席に座っている唯ちゃんに対し明らかに動揺して慌てた口調で唯維ちゃんの事を
聞いてみる。
「いいえ。あたしが偶然、あの子達と駅で出会ってそれから友達になったの、名前も
偶然あの子と同じ名前だけどね。」
唯ちゃんが答えるよりも先に唯維ちゃんの方がきっぱりとした口調で翔くんに対して
答えると色男組の5人は益々唯維ちゃんに気負わされたかの様にあたふたしてしまう。
「あんた達もあの子達の友達なの?」
「ええ・・・まぁ、そんな所ですが。」

唯ちゃんや千絵ちゃんから見れば同じ学校の知り合いであっても唯維ちゃんから
見れば単にこんな所で自分達をナンパしようとしている人達にしか思えなかったので
唯維ちゃんは千絵ちゃんに言われた通り、はっきりと断ろうと考えていた。
「なら、今日の所はお引取りして下さらない?今、あたしがあの子達と一緒に
遊園地に行くところだったし、こんな電車の中でナンパするような人達とはあたしは
御免被りたいわ。」
「・・・」
「何か言いたい事でもある?」
「いえ・・・別に」
唯維ちゃんは軽く睨むような表情で一瞥をくらわした後、色男組に対してきっぱりと
言い放った。
鳥雄は完全に唯維ちゃんに押されて俯いてしまっていたし、内心、翔くんも「別に
唯維ちゃんを誘ったわけでない」と言おうと思ったが、毅然とした態度で唯ちゃんと
同じ顔・声を持つ唯維ちゃんに普段の唯ちゃんには全く無かった迫力というか圧迫感みたい
なもので気圧されて、色男組の5人は思っていた事も完全に忘れさられてしまい、
唯維ちゃんに対して言いたくても何も言う事ができなかった。
そうしている間に電車が次の駅に到着しようとしていた、目的地の遊園地がある駅から
1つ手前の駅である。
翔くんはチラッと横目で電車が駅に着こうとするのを確認すると・・
「あっ、そうだマネージャーと連絡しなきゃ、じゃあね〜唯ちゃん。」
「あっ、ボクも急用が思い出しちゃてさ〜。」
「ハハハ・・・、そうか、俺もなんだ実は。」
「じゃあ、2人とも。そう言う事でまたね〜。」
「あっ、ちょっとボクも置いてかないでよう〜。」
と異様な迫力に押されまくられ内心焦っていた色男組の面々は駅について電車のドアが
開くと助かったとばかりにドアの所に殺到しズコズコと愛想笑いをしながら電車を下り、
階段の方へ向かってそそくさとその場から逃げるように走っていった。

「ふう・・・」
色男組が降りていったのを見守った唯維ちゃんは肩で小さな溜息をつき、後ろを振り返った。
「あれ・・・どうしたの、みんな?」
唯ちゃんが振り向くと、奇面組5人だけでなく千絵ちゃんまでもが通路から離れたところで
固まっていた。
「いや〜ね〜。皆して何そんなところで固まっているのよ?」
また、元の笑顔に表情が戻った唯維ちゃんが 零くん達に聞いてくる。
「い、いや、なんか見慣れない唯ちゃんを見てるようでコワかったからさ」
「ま、まったくだ。分かってるとはいっても、つい唯ちゃんとして見てしまう
からな…」
零と豪がブルブル震えながら答える。他の3人も似た状態であった。
「あたしも分ってはいるんですけどビックリしちゃって・・・、どうしても唯と
ダブって見てしまうから・・・」
「やっぱり、やりすぎちゃったかな・・・。唯ちゃんだったらこんな追い返し方、しないよね。」
そう言って唯維ちゃんは苦笑した。
「だって、この子ったら迫力なんてもの全然無いでしょ?だから、もしかしたら唯でも
その気になったらああいう事できるのかなってあたしも思っちゃって。」
「あ〜っ、千絵ひどい。私だってそういう迫力みたいなのを少しは持とうと思い、
邪子さん達にお願いして努力した事だってあるんだから・・」
唯ちゃんがちょっとスネたふりをして言い返す。確かに一時期、御女組に1日弟子入りして
何とか奇面組に対してハッキリと意見が言えるように頑張った事もあった。
「だけど、結局はあの時は掃除当番、奇面組に任されっぱなしだったじゃない。
特訓したという割には断りきれずに・・・」
「むぅ〜。もう!それは確かにそうだけど・・・、千絵ったら何もこんな所でその事を
蒸し返さなくたって良いじゃない。」
千絵ちゃんに言い負かされた形で唯ちゃんはそう言うと俯いてしまった。
「フフフ・・あたしは唯ちゃんの方が良いと思うな。おしとやかで女の子らしいし、
あたしもなるべく唯ちゃんのようになろうと思っているんだけどね。さっきみたいに
つい口を出してしまったりして・・・」
「唯維さんもなんだかんだ言って結構、唯に近い所もあると思いますよ。あたしが
唯維さんに振るまではずっと黙っていたじゃないですか、ああいう時には毅然とした
態度ではっきり言う方が良いですよ。唯がちょっといい子ちゃんすぎるだけです。」
千絵ちゃんが唯維ちゃんに対してフォローを入れた。
「すると、最初から最後までおしとやかでなくうるさいのは千絵ちゃんって事に
なるのかな?」
「ホラ、そこ!余計な事を言うんじゃない!」
唯維ちゃんと千絵ちゃんの会話に茶々を入れてきた豪くんに対し千絵ちゃんの拳が飛び
それが「バキッ」と豪くんの顔にのめり込んだ。
それを見て豪くんと千絵ちゃん以外の面々が笑い出す。

豪くんと千絵ちゃんがそういったやり取りをしている間に列車は色男組が降りた駅を
既に超え、あと数分で目的地となる駅に着こうとしていた。

【第3章】 - (2)へ続く

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