【 第 3 章 】−(3)

観覧車に乗った後、8人はジュースを手にしながら次はどこへ行くか相談していた。
最もお金を全く持っていない奇面組は唯維ちゃんに奢ってもらったものである。
「じゃあ、次はどこに行く?」
唯維ちゃんは皆に対し、そう切り出して反応を見る。
「はーい、私は次にあれがいいのだ。」
と言って指差しする。その先には古風な造りをしているがどこか不気味な佇まいを見せる
大きな洋館が建っていて、そこに皆の視線が集まった。
「へぇ〜零くんもなの?あたしもあそこには一度行って見たいと思っていたんだ。」
唯維ちゃんも興味があったらしく零くんに同意する。
「ふ〜ん、何の建物か知らんが面白そーだな。」
零君につられる様にして豪くんもそう答えた。
「えっ、あれ・・・」
唯ちゃんは何の建物か知っていたので一瞬、言葉を失った。
「ちょっと零さんに豪くん。あんた達、本当にあそこ行く訳?あの建物が何か知っているの?」
唯ちゃんと千絵ちゃんは指差した先にある建物が何か知っていたので困惑した表情で
零くんに聞く。
「へっ、何かって。あそこでお土産を買うんじゃないのか?」
真面目な顔をして零くんが答えるので、2人はそのあまりにも素っ頓狂な答えにコケてしまう。
「何を言ってるんですか!何を!」
「大体、あんな不気味な建物の土産やがありますか!」
2人は気を取り直して零くんに注意するかのように答える。
「あれはね、最近この遊園地に出来たお化け屋敷よ。あたしも雑誌でちょっと知っている
くらいだけど…」
唯維ちゃんも零くんの惚けた言い様に呆れてしまっていた。
唯維ちゃんの指摘通り、零くんが示した建物は最近にこの遊園地でオープンしたばかりの
お化け屋敷である。ただ、お化け屋敷と言っても外見が洋館でゾンビなどの西洋風の化物で
人を驚かすアトラクションで雑誌とかに紹介される程、人気も上々のスポットであった。
それを聞いた零くんは怖くなったのか、忍び足でこっそりと皆から逃れようとする。
「そう言う事ならここは是非ともリーダーに挑戦してもらわないとな。」
しかし、豪くんが期待しているかの様に言って、逃げようとすると零くんの肩をむんずと
鷲掴みにして抑える。
「おい、どこへ行く。」
「ちょっ、ちょっとトイレへ…」
肩を掴みながらじっと睨んでくる豪くんに対し、後ろめたさを隠すかのように愛想笑いをした顔で、
かき消されそうな弱々しい声で零くんが言った。
「駄目だ。トイレならさっき行っただろうが。」
「それがまたちょっと、行きたくなったのだ…ニャハハハ」
「嘘つけ、今逃げようとしただろうが。」
「ご、豪くん。そもそも何で私が行かなきゃならんのだ。」
怒声を強めたような声で言ってくる豪くん対し、零くんが苦情の声をあげる。
「だって、そういう事はやはりリーダーの役目だし、逃げたとなっては奇面組の面子に
関ることだからな。」
実際には単なる当て付けだが、豪くんは堂々と無茶苦茶な理由をこじつけて零くんに
押し付けようとする。
零くんは豪くんに対して更に抗議の声をあげようとするが、
仁「よっ、リーダー、日本一!!」
大「リーダーっ偉い。怖いもの知らず!」
潔「リーダーに恐れるものは何も無し!!」
と横から3人がお得意の『三段ヨイショ攻撃』でおだてまくると悲しいかな零くんはポーズをとり、
思わずのってしまった為にお化け屋敷に行く事が半ば強制的に決まってしまった。
零くんは冷や汗をかきながら、つい思わず身体が反応し乗せられてしまった事を
心の中では後悔していた。
「零さん、ひとりだけ逃げようとしても駄目よ。それとあんた達も逃げちゃ駄目だからね。」
「ちぇっ、俺達も行くのかよ…」
千絵ちゃんも奇面組の様子を見て、念を押すように零くんと他の4人が逃げないように釘をさす。
零くんを除く4人からも不満の声が上がったが結局、千絵ちゃんにの言う事に従った。

それから8人は少し歩き目的地となる建物の前に到着した。
建物の中は真っ暗になり何も見えず、その真っ暗な闇の中から不気味な唸り声や悲鳴らしきものも
時々聞こえ、『お化け屋敷』のイメージをかもし出していた。
入り口は狭く8人いっぺんに入る訳に行かないのでジャンケンで2人一組に分かれ入ることにした。
最初にジャンケンで最も早いうちに負けた仁くん・潔くん組が入り、その後を唯ちゃん・大くん組が。
そして3組目に千絵ちゃん・豪くん組が入り、そしてラストとして唯維ちゃんと零くんの2人の番と
なった。

「リーダー、頑張れ〜」
「化物なんかにびびんじゃね〜ぞ」
既に出口を通って建物から出てきた潔くん・仁くんがこれから入ろうとする零くんに後ろから声を
かける。
「お、おぅ」
と振り返って短く返事したが、表情がやや強張っていた。
「ほらっ、零くん。早く行こっ。」
「あっ唯維ちゃん。ちょ、ちょっと待つのだ。」
唯維ちゃんが急かすように零くんに言って、そそくさと建物の中に入ってったので、
慌てて零くんもその後を追うようにして中に入っていった。
「ふぁぁ〜ぁ。なんかいつもと違うなぁ〜、リーダー。」
2人が入っていくのを見届けた仁くんが大きな欠伸をした後、ボソッと呟いた。
「ホント、いつもだったらリーダーが先頭にたって唯ちゃんをリードするのにな。」
「リーダー、唯ちゃんの前になるといつも張り切るもんね。」
潔くんも同じ思いだったらしく頷いた。
そしてそれから1,2分経った頃、2番目に入った唯ちゃん・大くんが出口から出てきた。
唯ちゃんが先頭で出てきて、大くんがその後ろにぴったりとくっ付く形で出てきた。
唯ちゃんよりも大くんの方が怖かったらしく、大くんの顔からは血の気が失せていた。
「あれ?零さんは?」
大くんに寄り添う形で出口を抜けた唯ちゃんは潔くん・仁くんの2人しかいないのに
気付き、2人の所に行って声をかけた。
「ああ、リーダーならさっき唯維ちゃんと一緒に中に入ったよ。」
潔くんが入口を指差して答えると唯ちゃんは「そう…」と短く答えた。
零くんの姿がない事が判ると急に不安になる。零くんと唯維ちゃんが2人きりで中に入った事に対し
心ならずも過剰に意識しすぎていたのかもしれない。唯ちゃんは入っていった入口を方へ振り向き
不安な表情で暫くの間、見つめていた。

建物の中に入ると石の壁で囲まれている通路が続く、通路全体は薄暗く蝋燭に見立てたライトが
実際の蝋燭の様にうっすらとした明かりを灯し通路全体を照らしていた。そんな中、唯維ちゃんと
零くんがそのライトの明かりを頼りに通路を歩いていた。
先頭を零くんが歩き、そのすぐ後に唯維ちゃんが続くようにして歩いている。
唯維ちゃんの方が落ち着いて歩いているのに対し、零くんはキョロキョロして落ち着きがなかった。
また、中に入ってからのまだ殆ど歩いていないので、不気味な雰囲気を醸し出してはいたが、
肝心の化物にはまだ1度も出会っていないのに、零くんはうろたえている。
「ちょっと零くん、何さっきからキョロキョロしてるのよ。もしかして怖いんでしょ?」
挑発するような眼差しで唯維ちゃんは言う。
「わ、私は別に、こ、怖くなんかないのだ。ハハハハ…」
「じゃあ、もうちょっと落ち着いてよ。」
「唯維ちゃんこそ、怖くないのかい?」
「怖いわよ。本当の事を言うとね、すごく怖い。でもあなたの事を見てたら何か落ち着いちゃった。」
最初、唯維ちゃんは少し顔を赤くして俯きながら話していたが、最後はちょこっと舌を出して
悪戯っぽい笑みを零くんに向ける。
「じゃあ、怖いのに何でここに来たいと言ったのだ?」
「う〜ん、怖いという事より行って見たいって興味の方が勝ったからかな。」
と言って零くんの顔をじっと見つめる。
零くんは唯維ちゃんに何か心の中まで見透かされているような感じをしていた。
まだ表情が強張っていて落ち着きがなくその上、唯維ちゃんに見つめられると慌てて視線を反らし、
眼を合わせないようにする。
「零くん。まだ怖い?」
「あぁ…。」
唯維ちゃんは覗き込むようにして聞いてくる、零くんは動揺していたのかまともな返事ができなかった。
「じゃぁ、まだこれでも?」
と言いながら、零くんの右手を取り両手で優しく自分の胸元の所で愛らしく包み込むようにして握る。
少しひんやりとしていたがとても柔らかい感じがした。
唯維ちゃんに手を握られ落ち着いたかと思いきや、今度は唯維ちゃんの手を触れている事に対してを
意識してしまい、心臓の鼓動が早くなっているのを意識していた。
「ゆ、唯維ちゃん…ありがとう、もういいよ。」
「あっ…」
と言いながら、零くんは顔を赤らめながら自分からその手を引いてしまう。
「ごめん、イヤだった?」
「いや、そんな事ないよ。ただ、どうしても意識しちゃって。」
「それはあたしと一緒だからって事?それともあの子とダブってしまった事?」
「い、いや、あの…女の子と2人きりになるなんて事がなかったから…。」
まだ、緊張した表情で零くんは答える。
「ふうん…、そう…。」
もう少しはっきりとした答えを期待していたのだが、曖昧な答えに唯維ちゃんは少し不満だった。
(きっと、あの子ともまだ、はっきりしてないんだろうなぁ…それにあの子の方も…)
と思っていた時に唯維ちゃんはふと自分の過去の事を少し思い出した。
まだ、自分が制服姿だった2年前…ずっと思い続けていた事を言いたかった…。言わなければ後で
必ず後悔することに事もわかっていた…でも、怖くて言い出せない自分がそこにいた事を不意に思い出した。
(あたしも人の事、言えないかぁ…)
そう思うと唯維ちゃんからクスクスと小さな笑いこぼれる。
「どうしたんだ、唯維ちゃん?」
「ううん、何でもない。そろそろ行かない?こんな所ではムードも何もないからね。」
「そういえば…ここがお化け屋敷だって言う事、忘れてしまっていたのだ。ハハハハ…」
「もう緊張はしてないみたいね。なら、さっさと行きましょ。」
唯維ちゃんはそう言うと今度は自分が先頭に立ち零くんと2人で通路の中を歩いていった。

【第3章】 - (4)へ続く

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