【 第 3 章 】−(4)

薄暗い通路の中、唯維ちゃんと零くんは2人で通路を駆け抜けていた
しばらくしてから2人は立ち止り一息入れる。
「ハアハアハア…零くん大丈夫?」
「何とか…大丈夫なのだ」
唯維ちゃんは息切れしながら、零くんを呼びかける。
零くんも化物に脅かされた為か、青ざめた表情をして壁際にへたり込んでいた。
2人はしばらく屋敷の中を彷徨いながら出口を目指していた。
ただ、人気のあるアトラクションだけあって化物の造りは思っていたよりも精巧に作られていて
2人は散々、それらに脅かされ続けた。
先程も危うく化物の集団に囲まれそうになり隙間からやっと抜け出す事ができたくらいだった。
「何かこっちに来てない?」
唯維ちゃんは先程まで追い詰められそうになった化物等がこちらに向かって来るんじゃないかと
気になり、零くんに尋ねてくる。
「いや…暗くて良くわからないが、こっちには来てないみたい。」
零くんも確認するまでは不安であったが、自分と唯維ちゃん以外に周りで動いている気配が
ないのがわかるとホッとしたように呟いた。
「そう…良かった。」
それを聞いて唯維ちゃんもホッとしたのかやっと表情が和らぎ、辺りを見回す。
通路は真っ直ぐ続き、その先にかすかに明かりが見える。
それを見た唯維ちゃんはようやく出口に近づいているんじゃないかと思うと急に少し心が
軽くなった気分になった。
「零くん、あそこまで行ってみようよ。もしかしたら、出口かもしれないし。」
唯維ちゃんは明かりがある方を指差す、それを見た零くんもそれを聞いて起き上がる。
そして、2人が明かりをある方を目指して進もうとした時、先頭を歩いていた唯維ちゃんの
眼前に突然細長い物体が垂れ下がる。それを唯維ちゃんの頬をかすめ、右肩の所に垂れ下がった。
唯維ちゃんにとって突然の事だったので、一瞬硬直した後で悲鳴をあげる。
悲鳴はそれまで暗く沈んでいた建物の中を響き渡る。
唯維ちゃんは慌てて右手で垂れ下がった物を払い、後にいた零くんに身体を預けるように寄りかかる。
「ど、ど、どうしたんだ唯維ちゃん?」
零くんもその悲鳴を聞き、自分のシャツを掴み小さく寄り掛かる唯維ちゃんに驚いた。
唯維ちゃんがピッタリとくっついているので顔は紅潮し、胸の鼓動が早まっているのを
感じていた。
「な、なにか、何かがあたしの横に…」
唯維ちゃんは零くんのシャツを掴み、顔を下に向け震えながらも何とか言おうとしたが
最後の方は言葉にならなかった。
「ゆ、唯維ちゃん…」
零くんは唯維ちゃんを抱かかえながら、ふり払った物を良く見るとそれはロープの切れ端だった。
天井にぶら下がっていた物が急に落ち、それを蛇か何かと間違えたのではないかと思った。
「唯維ちゃん、大丈夫だよ。ロープの切れ端みたいだから…」
零くんはそう言って唯維ちゃんを何とか安心させようとしたが、唯維ちゃんは無言で
まだ零くんの元にうずくまっていた、体の震えもまだ収まっていなかった。
「唯維ちゃん…」
零くんはもう一度呼びかけていたが、唯維ちゃんは今の自分の表情を零くんに見られたくなかったので
顔を挙げようとせず、零くんのシャツを握ったまま小さく身体を震わせていた。
零くんは自分の目の前で小さく震えている唯維ちゃんがすごく小さくそして愛らしく感じた。
(唯維ちゃん…)
零くんは両手で唯維ちゃんを抱き寄せる。唯維ちゃんに寄り掛かられた時は硬直したように
何も出来なかったが、今は自然と手が動き唯維ちゃんを抱きしめる事ができた。
唯維ちゃんも零くんの手が身体に触れた時はピクンと反応したが、すぐに零くんを受け入れ
身体を預けていく。
(この感じ、懐かしい…)
唯維ちゃんにとっても、零くんに抱きしめられている感触がとても心地よく唯維ちゃんもシャツを
掴んでいた手を背中に回し、更に身体を密着させる。
零くんはほのかで甘い香りがするのを感じ、それが体の中で満たされて徐々に胸の鼓動を高めていく。
零くんは唯維ちゃんに悪いと思いながらも唯ちゃんも抱きしめた時もこういう感じなのかなと
一瞬思ってしまった。
零くんは唯ちゃんとはまだ「仲の良い友達」といった感じで続いている、ずっと前から
唯ちゃんの事を想っていてもそれを口にする事ができなかった。
唯ちゃんが自分の事をどう想っているか不安だったし、これまでの関係が崩れてしまう事を
極端に恐れていた。だから唯ちゃんをこうやって抱きしめる事もなければ手をつなぐ事もまだなかった。
「大丈夫だよ唯維ちゃん、私に任せて。」
その言葉を聞いて唯維ちゃんは何かを想い出したかのようにハッと眼を見開く、
(『唯維…大丈夫だよ、私に任せて…。』)
(そういえば、あの時も…あんな事言ってたっけ)
唯維ちゃんは顔を見上げると紅潮し、緊張した面持ちの零くんの顔があった。
全てが懐かしく感じていた唯維ちゃんはかすかに潤んでいだ瞳でその零くんの表情を見て
優しく微笑む。
「ありがとう、零さん…」
無意識に「さん」付けで呼んでいた唯維ちゃんはすっと零くんから離れる。
本当はもう少し抱きしめられていたい気持ちもあったが、思い止まった。心地よい感触にもう少し
包まれていたかったが、不意に唯ちゃんの姿が脳裏に浮かんできた。後ろ姿なので表情は
解らなかったがどこか悲しげな雰囲気をしているように感じた。
(やはり、この人にはあの子が…)
そう想うと今、自分のした事が唯ちゃんに対し、すごく申し訳ないと思い零くんからすっと離れる。
零くんもそれに逆わらず手を離したが、唯維ちゃんを抱きしめた時の感触はまだ手の中に残っていた。
「零くん、あたしはもう大丈夫だから…」
と言いながら、零くんを誘いながら軽い足取りで先に進んでいく。
「ゆ、唯維ちゃん!?」
零くんは戸惑いながらも元気になって良かったと思い唯維ちゃんに従って通路を進んだ。
そして2人はそのまま通路の先の明かりを抜けて光に包まれるようにして出口を通って行った。

「遅いなぁ…リーダー。」
3組目に入った豪くんが唯ちゃんや潔くんと合流し、零くんと唯維ちゃんを待ちながらそう呟いた。
唯ちゃんも気になっていたようで何度も出口の方を振り向く。
「あっ、やっと来たみたいよ。」
千絵ちゃんが最初に2人の姿を認め、声をあげると唯ちゃんや豪くんたちも出口の方へ振り向く。
出口からは零くんが唯維ちゃんに寄り添うような形で千絵ちゃん達に向かって来ていた。
最初、唯維ちゃんは唯ちゃんに遠慮していたが零くんが心配そうに見つめ、どうしても離れようと
しなかったのでつい、甘えてしまい零くんの側にぴったり寄り添って歩いていた。
「遅いよリーダー、何やってんだよ。」
潔くんも待ちくたびれたかのように零くんに声をかける。
「やぁ〜みんな、ゴメンゴメン。」
唯維ちゃんと零くんも潔くんの声に気付く手を振る。
唯ちゃんは出口から出てきたその2人の姿を見て無意識に一瞬だが、眼を背けてしまった。
何故かはわからなかったが、すごく胸を締め付けられるような思いになり正視する事ができなかった。
「零くん。もう大丈夫だから、ありがとね。」
唯維ちゃんがそれに気付くと礼を言って零くんから離れ、足早に千絵ちゃんと唯ちゃんのもとへ
かけていく。
「千絵ちゃん、ごめんね。途中迷っちゃって、それで時間かかっちゃって…」
2人の前に着くとまず唯維ちゃんは千絵ちゃんに対し軽く頭を下げて謝り、そして…
「唯ちゃんも…本当にごめんなさい。」
と言って、千絵ちゃんの時とは少し違う意味で深く頭を下げて謝る。
「別にそんな…唯さんが悪いわけじゃないんだし謝る事ないですよ。」
唯ちゃんは慌てて唯維ちゃんの手をとり優しく諭す。
唯維ちゃんもホッとしたのか「ありがとう」と礼を言うとにっこりと微笑んだ。

唯維ちゃんが2人と談笑していると不意に鐘の音が聞こえてきた、5時を回った事を示す
チャイムであった。
それを聞いた唯維ちゃんは空を見上げると既に暗くなりかけていた。
「もうこんな時間なんだ」
空を見上げながら時間が経つのがあまりにも速いように感じた唯維ちゃんはそう呟いた。
「千絵、私もそろそろ帰らないと、夕食の準備しなきゃいけないし…」
「ふぅ…あんたって相変わらずそういう所、変わんないんだね〜」
「そんな事言ったって、お父さんや一平って全然そういう事やってくれないし…」
少し不満げそうにして唯ちゃんは言う。
もう何年もやっていることなどで慣れっこになってしまっているので平気だったが、少しでも手伝って
くれれば少しは楽になるのにと常々、唯ちゃんは思っていた。
最もその事を2人に対して強く言うつもりはなく、これかもできる限り自分できちんとする
つもりでいたのだが…
唯ちゃんがふと家事の事についてちょっと考えていた時、唯維ちゃんが2人に声をかける。
「2人ともゴメン、あたしもそろそろ帰らないと明日の準備しないといけないし…」
「あっ、そうか。唯維さん明日大阪に帰るんでしたっけ?」
千絵ちゃんもお昼に唯維ちゃんが言った事を思い出す。
「じゃぁ、明日お見送りに行きますね。」
「えっ、良いって。そんなに気を使わなくたって。」
唯維ちゃんは唯ちゃんの気遣いをありがたく感じながらも申し訳なく思い遠慮する。
「大丈夫ですって、私も明日は暇ですし送りますよ。唯は明日なんか予定ある?」
「ううん…明日は特にないから平気よ。私も行きますね。」
「そう…2人ともありがとう。」
2人の心遣いに唯維ちゃんは感謝の気持ちで一杯だった。
「零さん達はどうなの?明日、何か予定ある?」
「私は年中無休の大暇だから平気なのだ。」
(聞く必要もなかったね…)
一応、確認の為に零くんに明日の予定を聞いてみた千絵ちゃんだったが予想通りの答えに苦笑した。
千絵ちゃんは他の4人にも聞いてみたが零くんと同じ様に4人も明日は特に予定はなく見送りに
行けるという事だった。
「明日は何時に大阪へ行くんですか?」
「え〜っと、明日は12時半の新幹線に乗る予定だから、一応駅には11時に出る事になるかな。」
「じゃぁ明日、あたしと唯は11時前に一応駅の改札口の所で待っていますね。」
「うん、その頃に合わせてあたしも一応駅に行くね。」
3人で明日の待ち合わせの時間を確認すると、唯ちゃんが零くん達にそれを伝える。
零くんたちも11時までに一応駅に行く事で了解してくれたが、唯ちゃんは5人がちゃんと時間どおり
来てくれるか少し不安を感じていた。
この間にも夕日がどんどん沈み、空がますます暗くなりかけていった…。

唯ちゃんがみんなと一緒に遊園地を出て電車を乗り継ぎ、家に着いた時には7時頃になっていた。
本当なら既に夕食の準備も始めなければいけない時間であったが、家に着いた時は既には
すでに理矢さんが冷蔵庫にあった残り物を上手く使って夕食の支度を整えていた。
唯ちゃんはすぐに理矢さんに「ありがとう」と礼を言って自分も夕食の支度を手伝う事にした。
そのおかげで8時前には夕食を4人でする事ができ、唯ちゃんはその食事の後片付けをしていた。
その後片付けが終わった9時頃、1本の電話が鳴り響く。
板造さんと一平くんは相変わらずテレビに夢中だったので仕方なく唯ちゃんが電話の所に行こうとする。
しかし、唯ちゃんが電話を取ろうとするよりも前に理矢さんが受話器を取って応じる。
「はい、河川ですけど。」
理矢さんは優しい口調で電話の相手に応答する。
それを間一髪、取り損ねた唯ちゃんが近くで見守るが、そのうち理矢さんは電話の相手と応答しながらも
少し戸惑ったような表情で電話と唯ちゃんの顔を交互に見るので、唯ちゃんもどうしたのか
少し不安そうに理矢さんの方を見つめる。
「はい…はい、では少々お待ちください。」
「唯、あなたに電話よ。」
「えっ?私…」
「ええ…あなたと同じ‘ゆい’って名前で声もあなたと同じなんですもの。一体どうなってる
のかしら?」
理矢さんは訝しがった表情でそう言いながら、受話器を唯ちゃんに渡そうとする。
唯維ちゃんはその言葉を聞いて得心が行った、電話の主が唯維ちゃんからだという事を。
事情を知っている千絵ちゃんとかならともかく、事情も解らない理矢さんにとって目の前にいる
唯ちゃんと同じ名前と声を持つ人が電話を使って別の所から話しかけてくれば、戸惑うのは当然であった。
「もしもし、唯ですけど…」
唯ちゃんは理矢さんから受話器を受け取り、受話器の向こうにいる唯維ちゃんに声をかける
「あっ、唯ちゃん。あたし唯維ですけど…ごめんなさい、こんな時間に電話して。」
「えっ、私は大丈夫ですけど、どうしたんですか?」
「あの…今、もしかして忙しい?」
「いえ、大丈夫ですけど…」
「あの…これから会ってあなたに話をしたいんだけど時間あるかな?」
「えっ、今からですか?」
唯ちゃんは軽く驚き時間を確かめる。時間は9時半に指しかかろうとしていた。
「ええ…今、あなたの家のすぐ近くからかけているだけど、どうしても明日大阪に帰る前に
あなたにだけは伝えておきたい事があって…それで…」
唯ちゃんはすぐ近くにいると聞いて益々驚く。唯維ちゃんの口調から真剣で大事な話なんだろうと思ったが、
時間が時間だけにどうしようか戸惑いを隠せず受話器を持ちながら、周りを見回すとまだ唯ちゃんの様子を
窺っていた理矢さんと眼が合ってしまい、ますます戸惑いを隠せなくなる。
だが、理矢さんはニッコリと微笑みかけ、コクンと縦に首を振って頷く。
それは理矢さんから(お行きなさい)という無言のメッセージと受け取れた。それだけ唯ちゃんの事を
信用している事の表れでもあった。
それを見た唯ちゃんは視線をまだ受話器の方に戻し、「今、どこから電話かけているんですか?」と
聞きなおす。
「あなたの家から橋を渡った所に公衆電話があるんだけど、今、そこからかけているわ。」
と、唯維ちゃんが答えると唯ちゃんは電話を掛けている場所を思い浮かべその場所を確認する。
「じゃぁ、わかりました。今からそこに行きますから待っててもらいますか?」
「ええ…わかったわ。ここで待ってるから。」
「それじゃ…」
と言って唯ちゃんは受話器を置いて、後片付けの時に着けていたエプロンを外す。
まだ、理矢さんは唯ちゃんの側で電話のやり取りを見守っていたのでエプロンを外した後、
理矢さんの視線に気付き再び顔をそちらに向ける。
「風邪引かないように気を付けて行くのよ。」
理矢さんはそう言って微笑み、唯ちゃんが外に出ることを快く許してくれた。
「うん…お母さん…言ってくるね。」
とコクリと頭を下げ理矢さんに感謝した後、急ぎ自分の部屋に戻りエプロンを椅子に掛け上着を羽織り
そのまま玄関で靴を履いて外に出て行った。

靴を履いて家を出た唯ちゃんは早足でつきあたりを右に曲がり、唯維ちゃんがいると思われる橋の入り口に
到着し、そこで唯ちゃんは橋の上で佇む唯維ちゃんの姿を見つける。
橋の上から思いつめたような表情で川を眺めている唯維ちゃんの姿がそこにはあった。

【第3章】 - あとがきへ続く

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