【 第 4 章 】−(1)

唯維ちゃんは思いつめたかの様な表情で暗く染まっている川を見つめていた。
唯ちゃんはそんな唯維ちゃんの様子を見て橋の入り口で思わず立ち止まってしまう。
唯維ちゃんを見て何と言えば良いのか判らず、すぐには唯維ちゃんに声をかける事が
できなかった。
唯ちゃんが躊躇している間に、先に唯維ちゃんの方が橋の入り口に来ていた唯ちゃんに
気付き声をかける。
「こんばんは…。」
唯ちゃんの方へ振り向き笑顔を見せて声をかけるが、唯ちゃんは彼女の表情が
これまでと違い何となく憂鬱で元気がないように思えた。
「ごめんね、こんな時間に呼び出してしまって…。」
「いえ、私は平気ですから…。ところで唯維さんこそ、こんな時間に平気なんですか?
明日大阪に帰るんじゃ…」
「うん…でも明日持っていく物は殆ど無いから以外と早く済んじゃった。」
そんな折、2人の間を風が通り抜ける。この日の夜はまるで2ヶ月近く冬に逆行したかの様に
冷え込み、時折身を刺すような冷たい風が吹いていた。
突然の風で唯維ちゃんは寒いのか両手で反対側の腕や肩を擦って軽く身震いをした。
唯維ちゃんは昼間に会った時と同じ服装でいたが、唯ちゃんから見ても暖かった昼間は
ともかく急に冷え込んだ今ではその服装では辛そうに見えた。
「あの…唯さん。良ければ私の部屋でお話しませんか?」
「えっ…」
「今夜は冷え込むみたいですから、それにこう寒いとなかなか込み入ったお話をする事が
出来ませんし…」
「でも、そんな事したら…」
唯維ちゃんは複雑な表情をし躊躇ってしまう。唯ちゃんの申し出はとてもありがたい
事だったが、ただでさえ夜遅い時間でしかも同じ顔立ちをしているだけに迂闊に
中に入ってもし唯ちゃんの家族に見つかったら混乱し迷惑をかけてしまう。
「大丈夫ですよ。父や母の事でしたら上手く見つからないようにしますから。」
「唯ちゃん!! どうしてそれを…」
唯維ちゃんは唯ちゃんに心の中を見透かされているような気がした。
「う〜ん、何となくなんですけど。もし、唯維さんの立場だったら私も同じ事をすると
思いますし、それに唯維さんに出会ってから唯維さんの気持ちと言うか感じる事が
ほんの少しだけ私にも流れてくるんですよね…上手く言えないんですけど。
「唯維さん、大丈夫ですよ。多分、今の時間なら父はテレビに夢中だし
母はそろそろ寝ている頃ですから…」
「でも…やっぱりご迷惑なんじゃ。」
唯維ちゃんは戸惑いながらそう言って遠慮しようとした。
「母でしたら唯維さんの事、きっと受け入れてくれますって。もし父が何か言って
きたとしても私が何とか言い聞かせますから。」
唯維ちゃんはその話を聞きながら、先程の唯ちゃんの台詞の中にあった『母』と
いう言葉から先程の電話の事を思い出していた。
「ねぇ、唯ちゃん。さっき電話した時に最初に出た人ってもしかして…あなたのお母さん?」
「ええ…」
唯ちゃんは照れながら唯維ちゃんに短く答えた。
「そうか…電話した時にあたしの母と同じ声だから…、一瞬自分の家にかけてしまったのかなと
思った。」
「私と唯維さんがこれだけ似てるんですもん。きっと唯維さんのお母さんだって
そっくりなんですよ、きっと。」
そう言って唯ちゃんから笑みがこぼれる、それを見た唯維ちゃんもつられる形で微笑んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
そう言って唯維ちゃんは恐縮し、軽く頭を下げた。

2人は玄関のドアをそっと音を立てないように開けて中に入った。
唯ちゃんが先頭になってドアを開けその後に唯維ちゃんが続いて入るとまた音を
立てないようにしてそっとドアを閉めた。
唯維ちゃんは靴を脱いで家に上がる時に履いてきた靴を手に持ちながら、足音をなるべく
立てない様にして唯ちゃんの後に付いて行った。
玄関に置いたままにして、唯ちゃんの家の人に見咎められるのを避けるべく脱いだ靴を持ち込む。
そして誰にも見られる事無く唯ちゃんの部屋に入った。
部屋に入った唯維ちゃんは何か見定めるかのように唯ちゃんの部屋全体を見回すよう
にして視線を動かす。
唯維ちゃんはこの部屋をさっと見ただけだが、シンプルな造りで周りも奇麗に整頓されていて、
いかにもこの子らしい感じの部屋だなと思った。
「やだ…そんなにじろじろ見ないで下さい、恥ずかしいじゃないですか。」
部屋を見定めしている唯維ちゃんを対し、唯ちゃんは頬を赤く染め、恥ずかしそうにして
俯いてしまう。
「ハハハ…ごめんね。ちょっと唯ちゃんの部屋ってどんな感じなのか興味あったもんで、つい…」
そう唯維ちゃんが答えたそんな時、部屋の襖の外から声がする。
「唯。ちょっと良い?」
「お、お母さん!?」
唯は驚きのあまり高い声で母の理矢さんに反応し、思わず唯維ちゃんと顔を見合わせる。
唯維ちゃんもいきなりの理矢さんの声に驚きを隠せなかった。
「お母さんちょっと待って、今そこを開けるから。」
唯ちゃんは慌てながらもそう言って立ち上がって襖の所に行く、一方の唯維ちゃんは
お化け屋敷の時とは別の意味で緊張した。
唯ちゃんが襖を開けるとそこには両手でお盆を持つ理矢さんがいた。お盆の上には
小さなポットときゅうすと湯飲み茶碗が2つあった。
「お母さん…」
「さっき部屋の中に唯ともう1人、後姿だったけどあなたに良く似た人が入っていくのを
見かけたから…大事なお友達なんでしょ?」
「お母さん、ごめんなさい。こんな時間に。」
「別に良いのよ。そんな事気にしないで…それよりもお友達がほら、後で待っているじゃない。」
と言いながら理矢さんは両手で持っていたお盆を差し出す。
「うん…」
コクリと頷いて理矢さんからお盆を受け取った。
唯維ちゃんと部屋に入っていく所を見られた時は一瞬、心臓が止まるような思いをしたが、
理矢さんが微笑みを交えながら理解を示してくれた事にホッとした思いでいた。
理矢さんは両手で持っていたお盆を唯ちゃんに渡してから部屋にいた唯維ちゃんをチラッと見る。
そして特に動揺する事も無く、唯維ちゃんに微笑みながら軽く会釈して部屋を後にした。
唯維ちゃんも心の内では理矢さんに見とめられてしまった事にひどく動揺をしていたが
表情には出さず、理矢さんに笑顔で会釈を返す。
唯ちゃんは理矢さんが自分の寝室に戻った後、襖を閉めて唯維ちゃんと対面になるように
座って理矢さんから受け取った湯飲みにお茶を注いで1つを唯維ちゃんの元に差し出した。
「あたし達がそうだったから、やはり似ているだろうなと思っていたけどやっぱり実際に
会うとなるとね…緊張しちゃった。」
照れ笑いしながら、唯維ちゃんは落ち着こうとお茶を少し飲んで落着きを取り戻そうとした。
「じゃあ、唯維さん。そろそろ良いですか?」
「ああ…そうだったね。」
唯ちゃんが促すと唯維ちゃんも頷く。
まだ、落着きが無いと自分で自覚しながらも唯維ちゃんは是非とも伝えたかった事を話し始めた。
「話っていうのはね…これはあたしの推測でしかないんだけど、あたしの事について色々と
気にしているんじゃないかと思ってね。」
「私が気にしている事ですか…」
「そう、もしかしたらあなたもあたしと同じ事を体験するんじゃないかと考えていない?」
「えっ…」
唯ちゃんは唯維ちゃんに会って以来、不安に感じていた事をズバリ指摘されたので
思わずドキッとしまい、何も言えなかった。
「何ていうのかな、テレパシーって言う訳ではないんだけど、唯ちゃんに接している時、
不安とか感情の流れのようなものを時々あたしにも感じるような事があって
それで少し、あなたが考えている事がわかるような気がするの。」
「さっき私が唯維さんの事を感じ取ったように…ですか?」
「そうね。だから、あたしがこれから話す事を唯ちゃんにだけはちゃんと伝えようと思って…」
唯ちゃんが動揺するのをよそに笑顔を絶やさず唯維ちゃんはそう言った後、
一度、お茶を飲んで自分自身に心を落ち着かせて真剣な表情になって更に話を続ける。
「唯ちゃん…好きなんでしょ?零くんの事が。」
「ゆ、唯維さん!いきなり何を言うんですか。」
そう言われた唯ちゃんは顔を真っ赤にして思わずうろたえて、持っているお茶を
こぼしそうになる。そして、お茶を置いた後に辛うじて大声になるのを抑えながら
唯維ちゃんに向かって叫ぶようにして言った。
「まだ、零くんには告白されていないの?」
「私は…零さんとは別に…その…」
唯ちゃんは真っ赤にして俯きながらもそう言おうとしたが口ごもってしまい言葉にならない。
「ふぅ…そうやって好きな人の事になるとハッキリしない所なんか2年前のあたしにそっくりね。」
「えっ?」
「あたしもあなたと同じだった、って事。知り合って何年にもなるっていうのに結局、
進展したのは高校を卒業する時だったからね。」
と唯維ちゃんは苦笑しながら、手帳を取り出しその中から1枚の写真を取り出し
唯ちゃんに手渡す。
「零さん!?」
写真を見た唯ちゃんは驚いて、写真と唯維ちゃんの顔を交互に見つめる。
写真には紺色のブレザーを着て赤いリボンをつけた唯維ちゃん。そしてその隣には
学ランを着ている人物…髪型こそストレートに流し、特徴的な髪型を持つ零くんと
違っていたが、特徴のあるその六角眼やアゴ等を持つ凛々しい顔は一堂零そのものであった。
「唯維さん…あの…」
唯ちゃんは唯維ちゃんに写真の零くんにそっくりな男性の事を聞こうとしたが、
写真の人物の事で頭が一杯になり言葉にならなかった。
唯ちゃんはしては珍しく人前で動揺し狼狽えている。
それを見ながら、唯維ちゃんはクスクスと意地悪そうに微笑んだ。
「フフフ…その人はね…。」
そして唯維ちゃんは少し間を置いてから、ゆっくりとした口調で写真の事について
静かに話し始めた。

【第4章】 - (2)へ続く

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