【 第 4 章 】−(2)

唯維ちゃんはゆっくりとした口調で淡々と自分の過去の事を話し始める。
「その写真はねあたしが高校を卒業する時に撮ったものなの。隣にいる彼の
名前は『一堂零』。あなたのすぐそばにいる零くんと全く同じ名前…。」
「やっぱり…この人も零さんと言うのですか!」
唯ちゃんは身を乗りだすようにして大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
唯ちゃんは写真を見て予想はしていたものの、実際に名前を聞かれると大きな衝撃を
受けた。自分と唯維ちゃんが互いに想いをよせていた人まで同じだったいうのだから…
「ええ、だから最初零くんに会った時はびっくりしたわ。まさか、あの人にそっくりな人まで
現れるとはね…。」
「それで、その写真の零さんとはいつ頃会ったのですか?」
「初めて会ったのは中学3年の時、中学校を転校した時にその転校先のクラスに彼が
いたの。最初は変な顔の人だなっていうイメージしかなかったんだけどね。
それで…その日のお昼休みに廊下を歩いていたらパンをくわえて逃げている彼とぶつかったの。」
唯ちゃんは彼女の話を聞きながら、自分が零さんと出会ったときの事を思い浮かべていた。

唯維ちゃんはそこで一息ついてお茶を少し口にした後、話を続ける。
「その時に彼…零さんの顔を間近で見た時にドキッとしたというか何か惹かれてしまって…
一目惚れっていうヤツなのかな?とにかく、ぶつけられた事を怒るのも忘れてしまったくらい、
その時から夢中になってしまったの。クラスのみんなは相変わらず変な顔とか見た目しか
評価していないけど、単にそれだけの人だったら好きになったりしていないし、
今でもそれは変わってないわ。」
唯ちゃんはじっと唯維ちゃんの顔を見つめながらその話を聞いていた。零さんの事を少し興奮気味に
勢いよく話すのでそれだけ零さんに対する思いの強さを感じ、それを人前ではっきり言えるのが
羨ましかった。
そして、いつか自分も自信を持ってそう強く言えるようになりたいと思った。
「その写真…高校も一緒で卒業した時にとったんだけど、その前に零さんを校舎裏に呼んでね、
自分から気持ちを全て告白したの。本当は中学で出会ってからずっと想っていたんだけど、
言う勇気がなかったし、言ってしまうと今までの関係が壊れてしまうようで怖かったから
4年間ずっと言えなかった…。だけど、卒業の時にこのままだと本当に何も言えないまま
別れてしまうし、いつかあたし以外の人に零さんを取られてしまうって思うと、とても辛かったの。
だから後悔しないように意を決して零さんに卒業式の日に自分の気持ち伝えたの…」
唯維ちゃんは自分の言った事に顔を赤く染め、俯きながら唯ちゃんに語った。
「それで…零さん、何て言ったんですか…」
唯ちゃんは何て言われたのか気になった。とても他人事ではなく唯維ちゃんが自分の代わりに
しているような思いだったので、聞きながらも顔は少し赤くなり俯きかげんになっていた。
「零さんは『良いよ、私もずっと一緒にいて欲しいと思っていた』って言ってくれたわ。
零さんもあたしと同じように4年間ずっと言えないでいたんだって…あの人、表情からだと
全然わからないからね。」
唯維ちゃんはまだ顔を赤くしたまま語った。
「ふふふ…そっちの零さんも同じなんですね。」
唯ちゃんはそう言いながら笑みをこぼした。

「ところで唯ちゃんの方はどうなの?よかったら聞かせてくれない?」
唯維ちゃんは少し落ち着こうとしてお茶を口にしてから尋ねた。
「えっ…私の事ですか…でも…」
「せっかくだから、教えてほしいな。例えば初めて零くん会った時の事とかね…」
とやさしい口調で唯ちゃんに尋ねていたが、じっと唯ちゃんを見つめるその視線に圧迫される。
そして、その視線から感じる圧迫感に観念してしまったのか苦笑いしながらも唯ちゃんは初めて奇面組に
出会った頃の事から話し始めた…初めて会った時の事、中学時代の事、高校に入ってからの時の事…と。
ただ、その中では零くんに対する想いだけはどうしても言い出す事ができず
どちらかというと淡々と起こった出来事を話していく口調になってしまった。
唯維ちゃんは唯ちゃんが話している間は時々、話の内容に笑ったり相槌を打ちながら、
何も言わずに聞いていた。
「しかし…まさか零くんがあたしより年上なんてね。」
唯維ちゃんは一通り話を聞いた後、半ば呆れた顔をして開口一番にそう言った。
唯ちゃんの話の中で零くんが中学時代に3回留年していると聞いていたからである。
現在、唯維ちゃんが唯ちゃんより2歳年上の20歳で零くんはそれより1つ年上の21歳である。
だから、話を聞くまではてっきり零くんと唯ちゃんは同い年かと思っていた。
「でも零さん達、高校はちゃんと3年で卒業しましたよ。」
「あのね〜、普通は留年しないで3年で卒業するのが普通でしょうが、何、零くんに
感化されているのよ。」
唯ちゃんがフォローをいれようとしたが、唯維ちゃんに軽く返されてしまい顔を赤くして
俯いてしまった。
「でも、あなたがすごく羨ましい。」
「私が…羨ましいですか?」
唯維ちゃんが一言呟くと急に溜息をつき表情が暗くなる。
唯ちゃんは唯維ちゃんが何を指して言っているのかわからず、首を傾げた。
「いつもそうやって零くんの事、大切に想っているんだね。あたしも彼と一緒になって
からもずっとあの時から気持ちは変わらないけど、それでもあなたには遠く及ばないな…。」
顔を横に向け遠くを眺めるようにして唯維ちゃんは呟いた。
「どうしたんですか、零さんとケンカしているんですか?」
唯維ちゃんの表情や口調から気になったのか、心配そうに唯ちゃんが尋ねる。
「ううん…むしろケンカだったら良かったかも。今まで何回かケンカした事もあったけど
彼も最後には笑って許してくれたから…けど、今じゃもうそれも出来ないから…」
「まさか…零さん…亡くなられたんですか?」
唯維ちゃんの言い方から不吉なものを感じ取った唯ちゃんは心配になる。
まだ一度も合った事の無いもう1人の零くんの事とはいえ、自分が想いを寄せている零くんにも
同じ様な事が起こるのかもしれないと考えると気が気でなく、心臓を鷲掴みされたかのような
心境だった。
「ううん…ただね、もう戻らないかもしれない。あたしと零さんとの間は1年半も前から
時が止まっているの…」
「戻らない・・・?」
「零さんね、1年半前に交通事故にあったの…。かろうじて命はとりとめたけど、それ以来、
ずっと病院で眠ったまま一度も眼を覚まさないのよ。」
「そんな…」
唯ちゃんは言葉を失う。
「本当はこの事を言おうかどうか迷ったんだけど聞きたい?」
唯ちゃんが首を縦に振って頷くのを見て唯維ちゃんは辛そうな表情をしながら高校を卒業した後の
出来事を語り始めた…

【第4章】 - (3)へ続く

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