【 終章 】

唯維ちゃんを見送った後、また電車で一応市に戻り、それぞれ家路についた。
潔くん・仁くん・大くんの3人は零くん・豪くんに気を使ってか、3人で別のルートを通って
帰っていったので、豪くんは千絵ちゃんと零くんは唯ちゃんとそれぞれ照れながらも
一緒に帰路についた。
帰る途中、千絵ちゃんは豪くんと一緒に歩きながら唯維ちゃんの事を話題にするが、
最も豪くんは照れているのか終始無言で歩き続けるので千絵ちゃんは不満気な顔をする。
「ねぇ、豪くん。」
「ん?」
「ねぇ、もし唯みたいにあたしにそっくりな人がいたら豪くんどうする?」
「あん?おめぇ、何くだらねー事言ってんだよ。」
「なっ、何がくだらない事よ!唯にいたんだから、あたしにだってそっくりな人がどこかに
いたって良いじゃない。」
千絵ちゃんは豪くんに軽くあしらわれた事が不満で口を尖らす。
「あのなぁ〜おめぇにそっくりなヤツが何人いたってな、俺にはおめぇだけで十分なんだよ。」
豪くんは千絵ちゃんの顔を見ようとせず、顔を真っ赤にしながらぶっきらぼうに言う。
千絵ちゃんは立ち止まり、豪くんの言った事を反芻する。そしてその意味が解った途端、
顔を真っ赤にする。
「ちょっと豪くん。今のもう一度、言って見なさいよ。」
「ばっ、バカ野郎。そんな事二度も言えるかよっ。」
千絵ちゃんは少し照れながらも笑顔を豪くんに見せながら、さっきの台詞を
言わせようとする。豪くんは千絵ちゃんの顔を見てますます顔を赤くして、千絵ちゃんから
逃げるかの様にして早足で歩いていった。
「ちょ、ちょっと、豪くん待ちなさいよ。コラ!」
そう言って豪くんの後を追いかける千絵ちゃんの表情は笑顔で輝いていた。

零くんと唯ちゃんは2人で帰り道を一緒に歩いていた。途中、2,3言話をしたが、2人とも暫くの間
無言のままだった。唯維ちゃんと会った事でお互い相手をより意識しあっていたのかもしれない。
しばらくして、俯きかげんに歩く唯ちゃんの脳裏にふと唯維ちゃんの言葉が蘇った。
(自分の気持ちに正直にならなければいけない時が来るわ…)
「零さん。」
「な、何だい唯ちゃん。」
急に唯ちゃんが話してきたので零くんも慌てて返事する。
「零さん、この後って何か予定ありますか?」
「いや…今日はヒマだから別にないのだ」
「でしたら…これから…どこかへ行きませんか。」
唯ちゃんはじっと零くんの事を見つめながら尋ねてみたが、言い終わると頬を赤くして俯いてしまう。
心臓の鼓動が高くなっていくのを感じていた。
「いいよ…唯ちゃんと一緒なら」
「本当?」
唯ちゃんはその言葉に少し驚いた表情で零くんを見ると、零くんも顔を紅潮したまま答える。
「じゃぁ、もう一度駅まで戻りませんか?」
思わず、唯ちゃんが笑顔を見せて尋ねた。
「駅に?」
「ちょっと行きたい所があったんです。よかったら付き合って頂けませんか?」
零くんは頷くと2人は来た道を戻って駅の方へ歩いていった。
唯ちゃんと一緒に行く途中、零くんはそっと唯ちゃんの軽く手を繋ぐ。
唯ちゃんは一瞬驚いたが、すぐにその手をしっかりと握り返す。
(まだ、唯維さんの言うように積極的にはなれませんけど、少しずつ…)
そう、心の中で今、新幹線の中にいる唯維ちゃんに語りかけながら零くんと2人で
駅の方へ歩いていった。


〜大阪、某病院〜
唯維ちゃんは新大阪駅についた後、そのまま病院に直行した。
勿論、入院している零くんへの見舞いである。時計が5時前にさしかかろうとしていたが、
まだ面会時間の終了までには余裕があった。トアをノックして(失礼します。)と声をかける。
「あっ、唯維姉ちゃん。」
零くんの側でじっと看病していたロングヘアの女の子が振向いて笑顔を見せる。
「あら、こんにちは。霧ちゃん。」
唯ちゃん達には全く話していなかったが、入院している零くんの方にも霧ちゃんという妹がいた。
ただ、零くんの看病をしている霧ちゃんは零くんの3つ下の17歳。今年、高3になる。
「今日は霧ちゃんだけ来てるの?」
「ええ…お父ちゃんは来週来ますけど、今週は年度末で仕事が忙しくて来れないみたい…」
「そう…霧ちゃんも大変だね。まだ高校生なのに東京と大阪を行ったり来たりして…」
「平気ですって、もう慣れましたし。それより唯維さんがせっかく看病しているのに…
いつまで兄ちゃんったら寝てるのかしらね。」
霧ちゃんは呆れて肩をすくめるので、唯維ちゃんも苦笑した。
「唯維姉ちゃん。お兄ちゃんの面倒30〜40分くらいお願いしても宜しいですか、ちょっと色々と
しなければいけない事がありまして…」
「いいよ、霧ちゃんが戻るまでここにいるから。」
「すみません。じゃあ、お願いします。」
霧ちゃんは御辞儀をして病室を後にした。
唯維ちゃんは霧ちゃんを見送った後、静まり返った病室で零くんの側にあった椅子に腰掛ける。
零くんは事故の時と同じ様に静かに眠っている。
「零さん、今日ね…珍しい人に会ったのよ。」
唯維ちゃんは未だ眠っている零くんに笑顔を見せつつもどこか寂しげな表情で話し掛ける。
「あたしと同じ名前で『河川 唯』って言う人なの、すぐに友達になったんだけどね、その人にも
零さん…あなたにそっくりな人がいたのよ…性格まであなたにそっくりなんだから…。」
唯維ちゃんは零くんにそっと語りかけるように呟いていたが、東京から帰ってきたばかりで
少し疲れたのか軽い欠伸をし、まどろい始める。
「それで、また会う…約束…したんだ。今度は零さん…一緒に…行こう…ね…」
徐々に睡魔に耐えられなくなった唯維ちゃんは穏やかな眠りの中に落ちていった。

(………)
眠りが浅くなり、唯維ちゃんはいつのまにかベッドの端でうつ伏せになって眠っているのに
気が付いた。時計が見えて時間が17時20分を指していたのでうっかり15分くらい転寝して
いたらしい…
まだ意識がぼんやりとしていたが、ふと誰かの手が自分の頭に撫でているのに気が付く
「起きたかい…」
かすかに零くんの声が聞こえた。まだ意識がぼんやりしているせいか夢の世界にいる気がしていた。
しかし、頭を優しく撫で続ける手の感触が唯維ちゃんの意識をハッキリさせ、ハッとなり
唯維ちゃんは顔を見上げる。
見上げた視線の先には1年半前から意識をなくしていた零くんの穏やかな笑顔があった。
「零…さ…ん」
唯維ちゃんは驚きのあまり声が出ない。
「どうしたんだ、唯維?」
「零さんこそ…一体どうして…」
まだ、唯維ちゃんは目の前に零くんがいるのが信じられないでいた。
「ん…なんか不思議な夢を見てたんだ。」
「夢?」
「うん…最初は君にそっくりな娘と変な髪形した私によく似た変な髪形のヤツが一緒に遊んで
いたんだ。そして、次にその私によく似たそいつが1人で現われて、しきりに
『起きろ、起きるのだ』って私と同じ声で言うんだ。そして終いには頭を蹴ったりするんで
怒ったところで目が覚めたんだ…一体なんだったんだろう?あれ?」
訝しがる零くんをよそに唯維ちゃんはその2人が誰なのか想像がついた。そして目の前で零くんが
目覚めたという実感が段々と湧いてきて、眼を輝かせる。
「なぁ…唯維…わぁ!!」
「バカ…零さんのバカ…本当に…心配したんだからね。」
零くんが言い終わる前に唯維ちゃんが嬉しさのあまり抱きつく、眼には涙を浮かべていた
唯維ちゃんにとって、1年と9ヶ月ぶりに感じる零くんの感触だった。
「おい・・・唯維…」
零くんが慌てて唯維ちゃんの肩を持って唯維ちゃんから離れて見向きあう。
「零さん…あたしを置いて2年近くも眠っていたんだから…これからはもう絶対に…絶対に
離さないからね。」
唯維ちゃんは見上げるように零くんを見る。そして、瞳に涙を浮かべながら甘えるような声で
零くんにささやき、そして俯いて軽く嗚咽をもらす。
「そうか、あの時からそんなに眠っていたんだ…」
零くんは唯維ちゃんの言葉から大体の事を理解した。それにしても2年くらい眠っている
というのには内心驚いたが、そう言われると眠っていたせいなのか体が重く感じるような気がした。
零くんは左手で唯維ちゃんの頬に触れると再び唯維ちゃんは涙を拭いて零くんの顔を見つめる。
それから零くんは自然に唯維ちゃんの唇に自分の唇をそっと重ね、唯維ちゃんも目を閉じて
それを受け入れる。2人の影が重なりしばらく離れなかった。

病室の外では少し前に戻ってきた霧ちゃんがいた。
2人の話し声から零くんの意識が戻った事を悟り中に入るのを遠慮していた。
病室の外の廊下で壁に寄り掛かって、フッと溜息つきながらも2人を祝福する。
(おかえり…お兄ちゃん…おめでとう…唯維姉ちゃん…)

その後、意識が戻った零くんはその後2〜3ヶ月のリハビリを得て退院する。
まだ、数ヶ月は通院の必要はあったが日常生活に支障が無い程度には完全に快復していた。

一方、唯ちゃんのもとに唯維ちゃんから零くんが快復した事を知らせる手紙が
写真付で4月の半ばに届いた。写真に写っている生き生きとした唯維ちゃんの顔を見て
唯ちゃんも嬉しくなり返事の手紙を書いて送った。「零さん、快復おめでとう。」と付けて…

その後、唯ちゃんと零くんの仲はさほど進展がなかったが6月のある日、零くんが
交通事故で足を骨折し入院する。その中で結局は勘違いだったのだが、見舞いにきた唯ちゃんが
脳腫瘍で零くんの寿命があとわずかと聞かされ、唯維ちゃんの話を思い出してしまい、
丸1日生きた心地のしない日々を送った。
しかしこれがきっかけで唯ちゃんは零くんの気持ちを漸く知る事ができ2人の仲を
大きく進展させるきっかけともなる。

また、遠い先の話になるがこの数年後に唯維ちゃんも唯ちゃんも互いに結婚する。
偶然なのか唯ちゃんは唯維ちゃんの2年遅れ、つまり同じ歳に2人は結婚した。
その相手も勿論、それぞれ同じ名前を持つ相手とである…。


【第4章 ・終章 あとがき】 へ続く

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