3−6 美魔登場
それから数十分後、正樹は一つのドアの前に立っていた。「やっやっと着いた…ここだよな?」
目の前には古びた木製のドア、そしてすりガラスにかかれた「第5保健室」の文字。
正樹は迷いに迷ってようやく目的の場所にたどり着いていた。
そこはまるで見捨てられた廃墟のような場所だった。
歩くうちに近代的な校舎は徐々にタイムスリップするように古びた物に変わっている。
フローリングの床は木造の物に、継ぎ目のないフロアタイルは打ちっ放しのコンクリに、綺麗に片付けられていた廊下には錆びたロッカーや机が積まれ、昔の文化祭の名残だろう様々な看板や道具がざったに放置されていた。
正樹はもう一度ドアを見直す。
『第5保健室』
ペンキが剥がれかかっているが確かに間違いない、パンフにかかれた場所だ。
「失礼します」
緊張しながら建付けの悪いドアをガラリと開ける。
そこは正樹には見慣れたこぢんまりとした普通の保健室だった。
消毒薬の匂いが漂う室内には、数個のスチール棚に薬品ケース、丁寧に掃除された洗い場、白い仕切りで囲まれたパイプベッド。
今までの、この学園の異常な光景とは異なり、ここはまるっきり普通学校の保健室そのものだった。
正樹はほっと胸を撫でおろしながら窓そばの机に目を向ける。
そこには大きめの机に向かい、こちらに背をむける白衣の姿があったのだ。
「あっあの、第3保健室でここに行くように言われて来ました」
正樹は裏返った声を張り上げ机にむかう人物に声をかける。
「……」
しかしまったく反応がない。
小さな部屋にはただカリカリとシャーペンを動かす音だけが響き渡る。
気がつかなかったのかな?
実際こんな狭い部屋で気づかないわけが無いのだが、お人よしの正樹は勘違いするとさらに大声をはりあげる。
「すいません!僕第3保健室でこちらにくるように」
その時……
「わかっている、大声でわめくな」
がらんっと音をたてて椅子が回り、机にむかっていた人物が正樹の方に体を向ける。
「あっあの」
「何だ?」
椅子に座り振り向いたのは白衣の女医だった。
年の頃は薫子先生と同じぐらいだろうか?
驚くほどの白い肌に、濡れ鴉のような黒い髪が襟首あたりまでグラデーションカットされている。
そこには背筋をゾクッとさせるほどの冷たい美貌があった。
純粋な日本人ではない青みがかった翡翠色の深いグリーンの瞳に、すらりと伸びた鼻筋、そして白い肌に怖いほど栄える真っ赤な唇。
どれもが氷のような冷たい美しさをはなっている。
その美貌をさらに冷徹な印象を与える縁なしの眼鏡が彩り、フレームにつけられたれ金色のチェーンが首元へキラリと光っていた。
「あっ……あの」
正樹はそのクールな美貌に圧倒され、そしてさらに白衣に包まれていた女医の体に魅了されていた。
はだけられた白衣の間から覗く、ベージュのニットセーターと紺色のタイトスカートの質素な格好。
それだけに白衣を押し広げる原因になっている大きく砲弾のようにせり出したニットセーターの胸の部分が目立っていた。
セーターの柔らかそうな生地が丸みをおびて突き出されている。
見下すような冷たい美貌と白衣に隠されたすらりとした腰つき、セーターを押し出す豊満なバスト、どれもが静かな物腰に裏づけされた大人の女の魅力をはなっている。
だがなにより、正樹の目を釘付けにしたのはスカートから伸びる白く長い美脚だった。
椅子に腰掛けスラリと組まれた美脚はそのむっちりした太股がほとんど丸見えになり、しなやかに伸びた足先までまるで芸術作品のような美しさとエロチックな淫靡さを漂わせていた。
すごい綺麗な先生だ。
なんだか絵の中から抜け出てきたみたいだ。
肌もすごい真っ白だし、足だってあんなに長くて……
本当にこの学校は美女の先生が多いなぁ。
などとぼんやり正樹が考えているがそれは大きな間違いだった。
正確には正樹が特別美貌の先生だけとめぐり合っているのだ。
正樹の担任の沢木薫子も体育の春風弥生も、この中等科だけでも普通科、工業科、体育科、美術専攻科、芸能科などなどたくさんあるコースの教員おおよそ数百名の中でもトップクラスで名の知れた超人気の教師として有名だった。
そして正樹の目の前にいる人物も…ある意味で有名だった。
第5保健室の魔女として……
「何だ、と聞いている」
真っ赤なルージュのひかれた唇からハスキーな声が響く。
その声に魔性のメドューサによって意識と股間を固くしていた正樹が我にかえる。
「あっあの第3保健室でここに行くように」
「それはもう聞いたぞ、少年」
冷たい声が正樹の声にかぶる。
「あっこれを渡すように」
正樹は保健のおばさんに渡されたファイルを椅子に座ったままの保健医に手渡す。
「ふん…遅かったな」
病的に白い指先がそれをひょいっと掴むと近くのごみ箱に無造作に投げ入れる。
「え?」
すっ捨てちゃったよ?僕の身体測定のデータ。
「そっそれいいんですか?その…」
「ああ、かまわん」
白衣の美女はあっさり答えると、だるそうにポケットからタバコの袋を取り出し、細長いタバコに火をつける。
「君のことは知っている……高梨正樹だな」
フゥッと艶やかな唇から紫煙を吐き出し、正樹のほうを値踏みするように見つめる。
「えっええ、そうです、高梨ですけど…」
「2−14組に今日転校してきたな」
「はっはい」
正樹はその冷たい翡翠色の瞳にレンズ越しに見つめられ背筋を伸ばし即答する。
「家族構成は両親ともに死去、今は叔母の川奈冴子の家に下宿中」
「そうです」
まぁこれくらいのことなら少し調べればすぐわかることだろう。
正樹はそのことを特に秘密にしているわけでもなかった。
だが、その後の白衣美女の言葉は正樹の予想をはるかに越えていた。
「担任の沢木薫子と体育教師春風弥生との肉体関係あり」
「え!」
思わず顎をあんぐりと開ける正樹。
だが白衣の美女はあいかわらずの気だるげなハスキーボイスで淡々と語っている。
「沢木薫子とはB錬の校舎裏の廃棄場、春風弥生とは第4グラウンドの倉庫でそれぞれことに及んでいるな」
「そっそれは…」
正樹はあわあわと手をふり真っ赤になりながら慌てる。
どうしよう!どうしたら!
まさかばれちゃうなんて!
正樹に嬉しそうにすりよる薫子先生と春風先生の笑顔が脳裏に浮かぶ。
黒く長い髪を揺らして優しげに微笑む薫子先生
健康的な肢体を見せ楽しげに笑う春風先生。
『正樹様、薫子を可愛がってくださいね』
『まっさきぃ、あたしはお前のもんだぞ』
どうしよう!このままじゃ二人に迷惑がかかっちゃうよ。
あんな綺麗で優しくしてくれた先生達が…僕なんかのせいで…
どうしよう!
「どうだった?年上の女の抱き心地は?」
その時、はじめて白い美貌がニヤリと皮肉めいた笑みをみせた。
「違います!あれは…あれは…その」
「ほう、無理やりやられたか?」
そうか、その手があった。
正樹は斜にかまえてタバコをくゆらす白衣の美女に真っ青になりながら言い訳する。
「!!そうです、無理やりだったんです」
「ほう」
その時、白衣の女の瞳が眼鏡の奥ですっと細める。
それは今まで以上に冷たくまるで氷のような冷めた視線だった。
そう、正樹は気がつかなかったが敵意と言う名の込められた鋭い物だった。
本能的に正樹は背筋を凍らすその視線に耐えながら必死で声を絞って話し出そうとしていた。
だが、今までにない緊張に顎が動かずまるで金縛りのようになってしまう。
その時、正樹は思い出していた。
第5保健室には魔女が住んでいる。
そう目の前の翡翠色の瞳をもつ美女こそがその魔女なのだ。
しっかりしなくちゃ、先生達を守るんだ。
正樹を支えていたのはこの一念だけだった。
「僕が…僕が先生たちを無理やりレイプしたんです、沢木先生も春風先生もぜんぜん悪くないんです」
消えそうなしかしはっきりした発音で正樹はそう言うと汗ばんだ手をぐっと握り締める。
そしてもう一度、お腹の底から渇を入れて声を出す。
「僕がやりました」
これで、僕も犯罪者の仲間入りだ。
冴子さんごめんなさい。
でも…でも…これでいいんだ。
「ほう、君が沢木教諭や春風教諭を力づくで犯したと?」
眼鏡の奥の細まっていた瞳が、わずかに広げられたことに正樹は気がついていなかった。
ただ、なんとなく自分にかけられていたプレッシャーが微妙にかわった感じがしてはいたが、それが意味することを考える余裕なんて今はない。
「はい、そうです、嫌がる二人を僕が無理やりやりました」
今度は前をみて堂々と話す正樹。
さっきまでの金縛りのような緊張感が嘘のように消えていた。
「なるほど、君がねぇ」
白衣の保健医はニヤリと笑うと正樹の全身を見つめながら机上のコーヒーの缶にタバコを落す。
その声は先ほどまでと微妙に変わっていることに正樹は気づくよしもない。
そして翡翠の瞳から刺すような敵意が消え、かわりに興味深げな好奇心の火がともったことにも。
ジュッと火のついたタバコの消える音が沈黙が支配する古びた保健室に響く。
彼女がじっと見つめる視線の先の少年、高梨正樹。
その中性的で優しげな顔に、華奢な体つき、同年代の平均に比べれば背は低いほうだろう。
大人の女性の沢木、ましてや体を鍛えるのが趣味のような体育教師の春風をどうにかするなど到底不可能としか思えない。
なにより、目の前の少年の性格からみて無理やり女性をどうにかするとは思えない。
正樹もじっと自分を見つめる視線にその意味を悟っていた。
疑われているんだ。
「そっその、はっ春風先生が…えと…そうだ!つまずいて倒れたところに押し掛かったんです、はい、間違いありません」
「つまずいた所ねぇ」
白衣の美女はすらりと伸びた足を組み替えると、顎に手をやってクックックッと喉の奥で笑いだす。
「本当なんです、信じてください」
正樹は冷汗を流しながら必死に声をあげる。
白衣の美女の変化に気がついていない正樹は必死に頭をフル回転させていた。
ここで自分ががんばらないと先生達がやめさせられちゃう。
だが、正樹のそんな思いを無にするように白衣の女は机の引出しをおもむろに漁りだし決定的な証拠を引っ張り出す。
「これが無理やりなのか少年?」
すっと目の前に突き出される数枚の写真。
「!!」
草葉の陰から撮影したのだろう、ピントはややずれているが幸せそうに正樹に頬を寄せる半裸の沢木先生の姿。
それにトタン板の割れ目から撮られた正樹を背後から抱き締める美貌の体育教師。
さらには正樹の上に騎乗位でまたがったり、ペニスをほうばっている過激な写真まである。
「…こっこれは…なんで…」
「今朝方、薫子…沢木教諭が君を校舎裏に連れて行くところを見かけてね、あそこは彼女のお気に入りの場所だ、私と他に数名しか知らない、それでもしやと思って後をつけさせてもらった、まぁ予想とまったく逆のことが起こったわけだがな」
「こっ…これはその…違います…僕が」
正樹はあわわっと口をぱくぱくさせながら、次の言葉を探そうとするが見つからない。
そんな正樹を尻目に白衣の女医は黙って写真を引き出しに戻す。
「心配するな、私はこのことを誰かにも言うつもりも、教員委員会に報告するつもりもない」
あっさりと語るとギシッと椅子をきしませスタイルのいい体が正樹のほうを向きなおす。
「え?本当ですか!……でも、じゃぁなんで」
正樹にはわけがわからなかった、目の前の冷徹な白衣の魔女がそんな写真を見せた意図は……
「それは、君自身に興味があるからだ高梨正樹」
縁なしの薄い眼鏡の奥から覗く瞳は真剣そのものだった。
眼鏡を首にかけるための金色のチェーンがカチカチと瞬く蛍光灯を反射してキラキラと輝く。
「え?僕に」
正樹はあまりの事態にわけもわからず自分を指差す。
それにゆっくりと頷いて答える白衣の女。
「そうだ少年、君に興味がある。…ふむ、自己紹介が遅れたな「第5保健室」の主任担当医 鈴掛 麻耶だ」
ニコリともせず自己紹介をすます第5保健室の魔女。
正樹は反射的にお辞儀を返す。
鈴掛保健医はかすかに頷くと、もう一度冷静に目の前の少年を見直した。
この少年がここに来るように手配したのは彼女自身だった。
もちろんその時は少年、高梨正樹に興味なんかこれっぽっちもなかった。
そう、自分の大事な親友の薫子と同僚の春風に手を出した生徒に熱いお灸をすえるためだったのだ。
薫子と春風の様子からレイプでないのはわかっていたが、何か弱みを握ってやっていたのかもしれない、そう思い呼び出したのだが。
先ほどのこの少年の真摯な態度からするにどうも違うようだった。
たしかに現場は目撃したが声まで聞こえなかったので状況はわからない。
薫子とは長い付き合いだし、春風ともよく飲みにいく親しい友人と言っていいだろう。
だが、今回のことは二人の性格から考えてもわからないことだらけだった。
本来なら個人のプライベートなことに関係する気は鈴掛麻耶にさらさらなかったが、今回ばかりは別だった。
「さてと、どういう理由か説明してくれるか?あの薫子がまかりまちがっても生徒に手をだすとは思えない、よしんば、だしたとしても後悔や悩むはずだ、それが嬉しそうに教鞭をとっている……これは教職についた薫子の理念に反しているからな」
重苦しい雰囲気のなくなった第5保健室で美貌の保健医は彼女なりに優しく語り掛ける。
そこで、正樹はあることに気がついた。
「あっじゃあ薫子先生が言っていた変態教師をやっつける手伝いをした親友って」
「私だ…なんだその話まで聞いていたのか、たしかに私は薫子とは長い付き合いだ、だからこそわかる、あいつがこんなに本気になったのははじめてみた」
「はぁ」
まるで自説をとうとうとしゃべる学者のように白衣の美女は淡々と話し続ける。
「まぁ恋愛は自由だから何も言うまいと思ったが、次は春風だ、あれは単純で直情型な性格だが根はまっすぐな奴だからな、遊びで生徒に手をだすとも思えん…だからといって君が二人を骨抜きにするほど凄い魅力を持っているとは思えないな」
保健室の魔女は目の前の生徒にむかってはっきり言い渡す。
あまり世間に関心のない彼女から見ても高梨正樹という少年はそこそこ好青年といった具合だろう。
顔形や背格好はむしろ上位に属する部類だが、だからと言って大の大人を魅了するようなとんでもない美少年というわけはない。
……まぁ母性本能をくすぐると言う点はあるかもな……
その朗らかな笑顔とあたりに漂う牧歌的な雰囲気は無害な羊を連想させるものだった。
どう見ても、レイプや非道な行いをするとは思えない。
「そっそうですよね」
正樹も鈴掛保健医に同調してコクコクとうなずきながら必死に考えをめぐらす。
とりあえず、先生達のことをどうにかする気がないわけがわかり一安心だった。
どうやら目の前の冷たい美女の目的は自分の力の謎にあるのだろう。
もっとも正樹にしても今日になってそれに気づいたぐらいなのだから、自分にだってほとんどわかっていない。
確実なことは腕輪をはずすと、どうも年上の女性を魅了してしまうこと、それにSEXをすればするほど自分も相手も力が漲っていくことぐらいだ。
もしかしたら力を封じ込める腕輪をつくった母親が知っていたのかもしれないが、その秘密は今は田舎のお墓の中だ。
「何か仕掛けがあるのだろ?少年」
ぎっと椅子が鳴り冷酷な魔女が正樹のほうに顔を近づける。
病的に白い美貌に整った顔立ち、まさに高名な芸術家つくった最高の作品のような美貌。
刺さるような眼光が無い今、正樹にとってそれは尋問の形をとった甘い誘惑だった。
「え…えと…」
無意識のうちに腕輪を触る正樹。
「君が何をしたかはわからん、だが確実に薫子と春風の心を変化させた何かがある、違うか?」
全てを見透かすような翡翠色の瞳が正樹をみつめ、またしなやかに長い足が組みかえられる。
「そっ…それは」
「それは?」
正樹はクールな美貌に見つめられながらも、心の中でだいぶ悩んでいた。
自分の秘密を話すべきなのか。
薫子先生が言っていた大切な親友なのだから信頼できる人なのは確かだろう。
それになにより相手は保健の先生だ。
もしかしたら自分の体の秘密をといて正常に戻してくれるかもしれない。
正樹にとって年上のそれも美人のお姉さん達に好かれるのは、勿論文句はぜんぜんなかった。
いや、それどころか冴子さんや先生達、それに電車の中の外人のお姉さん達なんて普通なら憧れたり見ているだけの存在なのに、それを自分の好きなようにできるのだ。
凄く嬉しい能力だった。
だが、それと同時にどんどんスケベになっていくような気がして怖いと感じる物があった。
もともとそう言う方面の知識にあまり強くないのだが、冴子さんと交わってからどんどん自分の中で性欲が膨らんでいくのを確かに感じていた。
薫子先生のときは何だか暗い衝動が走って無理やりフェラチオを強制しちゃったし…
春風先生のときは友達がすぐ側にいるのに、胸を揉むのをやめようとはしなかった、いやそれどころかそれが気持ちいいって思ってた…
まるで力が増せば増すほど自分の中からモラルや禁忌と言った言葉が消えていくような感じ……このままじゃ僕……
よし!
正樹は心を決めると大きく息をすいこんで口を開く。
「鈴掛先生…実は、僕」
それから数分後、正樹は校舎裏で薫子先生に語った事を保健医にも話していた。
そして、自分の体がどんどん欲求に押し流されていることも。
「ふむ、なるほどな」
黙って話を聞いていた鈴掛保健医は一つそう頷くと、2本目のタバコをくわえなおす。
「なるほどなって……あの、僕変なんでしょうか?」
「あぁ変だね、まずは頭がな、少年、そんなおとぎ話のようなことが本当にあるとでも?」
ふぅっと吐き出された紫煙が漂い天井に伸びていく。
眼鏡の奥の瞳は面白そうに正樹を見つめていた。
「僕だって最初はわけがわかりませんでしたよ、でも本当なんです」
正樹は半泣きになりながら訴え続ける。
そう思う一方で、でもこれが普通の反応なんだよなっと納得もしていた。
薫子先生なんて力の影響を受けた後だったから何の迷いもなく信じちゃうし、春風先生に到っては……まぁいいや。
そんな、正樹を見ながら美貌の魔女は顎に手の甲をあててしばし考えていた。
現実の現象として、親友の薫子と春風の二人が目の前の一見なんの変哲もない少年に心も体も奪われているのは動かしがたい事実だ。
これは間違いない、なにせ自分の二つの瞳ではっきり見たのだから。
かと言ってこの少年が嘘をいっているようにも思えない。
会話を交えた時間は短いが、それでもこの高梨と言う生徒の実直さと「バカ」がつくほどの正直さは簡単に読み取ることができた。
だとすると……
キラリと眼鏡の奥の瞳が輝く。
「嘘じゃないんですよ、電車の時だってそうでしたし、それにぜんぜん疲れないって言うか…」
「もういい黙れ」
白衣の美女はピシリと鋭い声をだす。
その一声でいままで必死にしゃべり続けていた正樹が我にかえったようにまじまじと見つめ返す。
「あの…先生?」
鈴掛先生は真っ赤なルージュのひかれた唇から紫煙をゆっくりと吐き出し、立ち昇る濃い煙を目でおっている。
「先生?」
やがてその煙がうっすらと消えると
「わかった君の言うことを信じよう」
ボソリと気だるげにつぶやく。
「あっありがとうございます」
正樹はまだ何も解決はしていないのに深々と頭を下げて嬉しそうにニコニコ笑う。
その純真な笑顔に保健室の魔女はめずらしく恥ずかしげに目線をそらすと、ごまかすかのようにタバコを勢いよくもみ消した。
「だが、まだ全面的にじゃないぞ、私が君のことを疑っているのも忘れてくれるなよ、あくまで仮定の一つとして参考にするにすぎん」
早口にそういうと、白衣のポケットをまさぐりタバコのケースを取り出すが空になっているのに気づきぽいっとゴミ箱に投げ入れ、引出しから新しい箱を取り出す。
その一連の動作はまるで正樹の純粋な目線から逃れるような感じがあった。
「それでもいいです、信じてもらえるなら」
そんなことには無頓着に正樹は涼やかな美貌の先生にそう言うとほっと胸を撫で下ろしていた。
「ふん……まぁいい…ここに座ってもう一度詳しく思い出せるだけ話してみろ」
鈴掛保健医は実はめったにないことだが、生徒に席をすすめ自分は立ち上がると部屋の流しのそばにある冷蔵庫(ほんとは医療用の備品をいれるための物)から缶コーヒーを2本取り出す。
「詳しくって……あっありがとうございます」
正樹は缶コーヒー受け取りながら聞き返す。
この部屋に入って缶コーヒーをご馳走になれた史上初の生徒なのだが、そんなことは正樹は知る由も無い。
「いまさっきの話でぼかした所だ、叔母さんや電車の中の痴女と何回、そしてどんな体位で交わったかだ」
保健医がその白衣の上からでもわかる形のいいヒップを椅子にのせると、また見せつけるように長い足を組む。
「そっそんなこと!言えませんよ……その…恥ずかしくて!」
「こう見えても私はカウンセラーでもあるんだぞ、生徒の秘密は守る口外はせん……それに今はどんな情報でも貴重だろ」
冷徹で真面目な口調で言われれば正樹もそれを信じるしかなかった。
だれも尋ねる者がいない古びた保健室で、異性でしかも美貌の保健医相手に性体験を告白するのは正樹にとって死ぬほど恥ずかしいことだった。
鈴掛先生はメモをとりながら何度も正樹に確認しその度に正樹は「沢木先生の胸に射精しました」とか「春風先生を後ろから抱き締めて、それでキスをして…」など生々しく語らなければならなかった。
まるで拷問のような時間がなんとか終わり
「なるほどな」
鈴掛保健医は何かを書きつけていた手帳をゆっくり閉じると、こと細かに話しおわった正樹を見る。
「とうてい信じられんが……君は人間か?」
「……そうだと思いますけど」
なるべく保健医の顔を見ないようにちびちび缶コーヒーに口をつけていた正樹はぼそっと呟く。
「普通の成人男子でもこれだけの短時間でこれほどの女性を相手にすることはできんぞ、ましてや君は中学生、しかも昨日初体験ときている」
淡々と事実を述べる白衣の美人。
正樹はもう耳まで真っ赤になって下を向き残り少ない缶コーヒーを啜り続ける。
保健室の魔女は、その様子にクスリと微笑むと、自分が笑ったことに驚いたように一度目を見開き、正樹が見ていなかったことに安堵してゴホン軽く咳払いをする。
何事もなかったかのように冷徹な顔に戻ると、先ほど話を聞きながら取っていたメモ帳を再度開いて読みあげだす。
「昨日の晩から未明にかけて、叔母と最低でも12回、朝方に4回か、さらに電車の中で見知らぬ女性二人と1回、校内で午前中に薫子と2回、春風と5回射精しているな……そして、今だに元気っと」
ちらりと正樹の下半身を見てメモ帳に書き足す。
正樹はバタバタと股間の上に手をおいて椅子の上で身を縮めた。
「まぁ私も男性の生殖作用については詳しいデータを持っていないが、これは異常だな、普通ならとっくに枯れているか倒れている、本当ならギネスにのれるぞ」
「そっそうですよね…」
正樹は缶コーヒーを握り締めながら、はぁっとため息をはく。
「ましてや、ほとんど睡眠をとっていないにもかかわらずまったく疲労しないどころか、性行為によって体力が逆に増幅するとは通常ありえないな」
そうだよなぁ
僕ってやっぱり異常なのかも。
正樹は、とほほほっと頭をさげる。
「しかしこの症状…私の親友に東洋医学専門の奴がいてな、酒の席で聞いたはなしだが中国の方の房中術とよばれる男女の営みを使った物があるらしいんだが……それに似てないこともないな」
「ボウチュウ術?じゃぁ何かの呪いですか?その術ってのを解けば…」
「いや、武術や算術の術だ、まぁスキルってことだろうな、男女の交わりで精気を補完するとかそんな奴だ、ほら気とかオーラとかあるだろあれだ」
「はぁ、気やオーラですか」
ますます怪しくなってきた。
漫画なんかにでてくる奴だろうか?
正樹の頭にぱっとうかぶのはいつも読んでいる週刊マンガ雑誌でみた忍者の見習いが気をつかって水の上を歩く話ぐらいだった。
あれが自分にどう関係してくるのだろう?
正樹はぼんやりとそう思いながらも無意識に腕輪を触る。
「それが例の腕輪か?見してみろ」
「あっ気をつけてください、留め金が壊れていて外れやすくなってるんです」
正樹の声を無視して保健医の病的に白い手が腕をつかみ自分のもとに引き寄せる。
そのひんやりした手の肌触りに正樹は頬をまた赤く染めていた。
「ふむ、これはだいぶこった作りだな、丁寧に編みこまれている」
まじまじと正樹の腕をとり身をかがませて覗き込む保健医。
その胸元のセーターが開いた白衣からまるで紡錘形のようにゆさゆさと揺れ、タイトスカートから覗く足が微妙に位置をかえる。
びくっんと正樹の股間がその理性とは裏腹に白衣の美女の魅力に反応していた。
あぁ、また僕は…先生がこんなに親身になってくれているのに……
正樹は苦々しい懺悔の思いにかられるが、性欲の虜になった若い下半身が収まるはずがない。
ついつい、眼前でゆれる美乳の曲線とスカートからこぼれる白い太股を見てしまう。
「ほう、幾つかの記号か文字のような物が周期的に描かれてるな、それにこれは動物の刺繍か?見たことある文様だな…ん?まてよ、たしか」
鈴掛保健医は、はっと顔をあげると手帳をしまい立ち上がり、古ぼけたスチール棚にむかう。
「どうしたんですか?」
「いやな、三年程前にここの保健係だった人物がその手のことに詳しくてな、変な奇書やら怪しげな書物を山ほど置いていったんだ、それをまとめてダンボールにしまったんだが…何処においたかな?あぁあったぞ、これだ」
白衣の美女は棚の下から大きめのダンボールをひきずりだすと、その上に積もった埃を取り払い蓋を開ける。
「手伝いましょうか?」
ダンボールから予想以上に分厚く重そうな本が次々現れる。
「いや、いい大丈夫だ」
そう言うと鈴掛先生は目的の本を探すため足元の床にダンボールから出した書籍を無造作に積み上げていく。
そのどれもが、一般の本とは異なっていた。
まるで図書館にあるような分厚い表紙や、古ぼけ黄ばんだ冊子のようなものまで様々だった。
なかには黒光りする皮でなめされた物や、何かの毛皮に書かれただけの丸まった筒状の物まである。
「う〜〜ん、どこだったかな…ボイニッチ写本、これは違うな、カレワラ、リグウェダ、ダニエル書補遺、無名祭祀書、う〜〜ん、どこにしまったかな…プリニウス博物誌、科学の結婚、エイボンの書、これも違う」
保健室の魔女は綺麗な眉をしかめ、その魅力的な白い指先を動かし次々に書物や書付をダンボールから取り出している。
正樹には保健医がつぶやく本の題名など1つもわからず、ただぼんやり眺めているしかなかった。
「え〜と、ネクロノミ…ふむ、あったぞ、三奉金丹節要、これだ」
そう言うと鈴掛保健医はダンボール箱から意外にも普通の文庫サイズの古びた本を取り出す。
「たしか、これに君の腕輪と同じ模様が載っていたはずだ…ん?どうした?」
ようやく目当ての本を見つけられ心なしか表情の柔らかい保健医が、青い顔をする正樹にようやく目をとめる。
「いえ、なんだか本を見ていたら気分が…」
「そうか?私はなんともないがな」
そう言いながら魔女の白い手が目的の本以外を無造作に箱に戻していく。
最後に取り出された大き目の黒ずんだ装飾の本がダンボールに戻されると正樹は気分の悪いのがようやく収まっていた。
なんだったんだろ今の……まぁ深く考えないほうがいいかな
「さてと、もう一度腕輪を見せてみろ」
椅子に座り直した保健医はまるで注射を打つように正樹の腕を抱え込んで体で固定する。
「あっ!」
ふにゃっと肘にあたるセーター越しの柔らかい肉の感触に正樹は気味の悪い本のことなどすぐに忘れてしまっていた。
あぅ、また股間が……
今度は顔を赤くしながら必死に耐える。
だが、鈴掛保健医はそんなことには無頓着に正樹の腕輪を観察し手元の文庫本と見比べている。
「ふむ、やっぱりそっくりだな、何々…聖王外の楽しみを制して夭折の慚有り…よくわからんな、わかるか少年?」
「そっそんなこと言われても僕知りませんよ」
わからないから恥を忍んで相談しているのに……
だが知的好奇心に満たされている白衣の美女は眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせて本と腕輪を見比べ続ける。
その姿勢はすでに最初出会った頃のけだるげで刺々しい物ではなく、いかにも研究者めいた知的な魅力に輝いていた。
「まあ、こういうことは時間をかけてじっくり調べないとな…ん?腕輪の裏にも模様が続いているぞ」
鈴掛保健医は正樹ことなど無視して腕をひっくり返し、腕輪の裏を覗き込もうとする。
「痛っ痛いですよ先生」
「黙れ、君のためでもあるんだぞ、腕の一つや二つ我慢しろ」
何だか目的と手段がいれかわりつつある保健室の魔女。
身動きできないように更に正樹の腕を大きな胸で抱きとめ、躊躇無く手を太股でぎゅっと挟むと手首に巻かれた腕輪を観察する。
「せっ先生、痛いですって…それに」
正樹はもうブラジャーの境目まで感じられるほど押し付けられた大きな胸の感触と、指を挟む白い太腿のひんやりした手触りに悩殺されそうになっていた。
「黙れと言っている…ふむ、やはりそうか…ふむ、ふむ」
何を納得しているのか、頷くたびに甘い息が赤いルージュの唇からもれ正樹の腕を刺激する。
正樹がその痛みと官能に耐えていると。
やがて、腕輪がぐいぐい引っ張られだした。
「先生!」
慌てるが白衣の美女はあいかわらずのクールな声で答える。
「腕輪の内側にも模様があるみたいだ…つけたままではよく見えん、はずすぞ」
あっさりと危険なことを口する。
「だっ駄目ですよ、説明したじゃないですか」
「大丈夫だ、先の先例通りなら腕輪を解除しても君と視線を交えなければ問題ないはず……だろ?」
「それはそうですけど…でも…」
確かにいままで全て腕輪がはずれた後に視線を合わせていた。
「さらに言うなら、電車の中には君より年上の女性がたくさん乗っていたはずだ、にもかかわらず目の前の外人女性二人だけが魅了された……目線を合わせる事が条件の一つなのは確かだな」
鈴掛は魔女と呼ばれるだけあり落ち着いた声で淡々と自説を唱える。
その堂々とした自信溢れるハスキーな声に正樹はしぶしぶ返事をかえす。
「でも、すこしの間だけですよ」
「わかっている、じゃあ外すぞ、目をつぶっていてくれ少年」
「はい」と正樹が答える間もあけず仮止めされていた輪ゴムがはずれ、腕輪が簡単に手首からはずれていた。
「!!」
ぎゅっと目をつぶる正樹。
真っ暗な視覚の閉ざされた状況になるとますます腕におしつけられた膨らみと、指先の太股の感触がいやでも意識される。
それにさっきまで感じなかった、タバコの匂いにまぎれてただよう大人の女性の甘い香り。
ドキドキと正樹の心臓が脈をうちだす。
あぁどうしよう…意識すればするほど…
血液が股間にむけて轟々と音をたてて集まるようだった。
まっくら目蓋の奥には先ほどまでの、白衣の保健医鈴掛 麻耶のクールな美貌が浮かんでくる。
真っ赤なルージュの唇がゆっくりと開き。
驚くほど白い手が幻惑的に蠢く。
白衣では隠しきれない魅惑の体のラインがくねり。
セーターを押し上げる豊かな胸、タイトスカートから伸びた白く長い美脚が絡みつく。
そして、正樹だけを見つめる翡翠色のトロンとした瞳。
そうだ、今目を開けば……
!!!!
だめだ!僕は今何を考えていたんだ。
正樹はぎゅうっと目蓋に力をこめ、クラクラするほど目を閉じる。
…今、僕…目を開こうとしていた…
正樹は自分の中でマグマのようにたぎり続ける性欲を必死で押さえつけようと、うんうん唸る。
その時間は数秒だったのだろうか、それとも数十分だったのだろうか。
どちらにしろ正樹には非常に長く感じられた。
やがて、ふっと正樹の腕を抱き締めていた誘惑の美体が遠のき、手のひらに腕輪が握らされていた。
「先生?」
「ああ、もういいぞ」
いままで通りの淡々とした口調が聞こえる。
正樹は心底ほっとしながら、目をあけるとチカチカと残像の瞬くのに顔をしかめながら腕輪を取り付ける。
しっかり輪ゴムで固定すると、ほっと肩の力を抜く。
「先生、それで何かわかったんですか?」
こちらに背を向け机に開いた手帳に何かを書き込んでいる白衣の背中に声をかけた。
「うむ、腕輪の裏側の文様は見たことがないものだな、まぁスケッチしておいたから今後調べれば解るだろう」
「はぁ」
正樹は眉間を揉み解しながら、ため息のような返事をだす。
結局なにもわからないままか……
「まぁそう落胆するな少年、確実に一つわかったことがあるぞ」
「え?なんですか?」
正樹はかすかな希望を込めてそう聞くと、白衣の後ろ姿がペンを動かすのをやめ手帳をパタンと閉じる。
昼休みの保健室に一瞬走る静寂の時間。
やがて、保健医はゆっくりと話し出した。
「どうやら、目線を合わせないでも魅了できるらしい」
「え?」
グルリと椅子を回して振り返る美貌の保健医。
「その証拠にほら……私も君の虜になってしまったようだ」
正樹を見つめる翡翠色の瞳はトロンと欲情に濡れていた。
誤字脱字指摘
10/9 TAK様 12/2 mutsuk0i様 2/1 TKX様 2/1 あき様
ありがとうございました。
10/9 TAK様 12/2 mutsuk0i様 2/1 TKX様 2/1 あき様
ありがとうございました。