稲葉新右衛門 天明改元辛丑秋九月發行 | |
『装劍奇賞』 | 第七巻 附録 根附師名譜の現代読み下し |
根附工 印籠巾着等すべて佩垂の墜に用るを根附と云、名物六帖に懸錘の字をよめり、近世これを刻して名を得し人少からず、今其工の巧拙にかかわらず名称を録し、間其象を図して鑒賞に便す 法眼周山 (ほうげん しゅうざん) 大坂島ノ内住 詳二下ニシルセリ すべて彩也根附也、世に贋物多しといへども能画の所為なれバ企及べからず。令嗣法眼に乞て左に図す。 雲樹洞院幣丸 (うんじゅとうしゅめまる) 姓氏未詳大坂蟹島住 此人世にいふ神道者にして、人の需あれバこれを彫刻す、甚だ上手なり、但刻せる所多くのこらざる故、知る人亦多からず。今其一二を撰び左に図してこれを廣む、すべて素刻にして、彩色の物なし、あれどもわづかに衣などヒダをきめるほどの事にて、薄彩色なり 小笠原一斎 (おがさわら いっさい) 紀州人 近来無双の名人にして、現在の人なれども得易べからず、すべて象牙鯨牙等を用て彫刻する事、至て細密にして人工の及びがたき手際なり、下に六図を寫す、象牙の色を付ざる素刻なり 三輪 (みわ)姓歟名歟スベテ詳ナラズ下倣之 江戸関口水道町 上子也、子供の獅子遊、蛸猟師など称する物あり、すべて桜木の素刻にして、紐通の穴に萌黄の染角を入る、象牙の物ハなし 和流 (わりゅう) 江戸人 此人もし三輪の弟子にや、三輪の形に倣へる彫多し 荷屋清七 (みょうがや せいしち) 大坂備後町西本願寺横二往ス 元欄間工にして、根付を兼作るに、甚だ巧に細密なるをこのめり、すべて素刻なり、色付象牙なし 九郎兵衛 (くろべえ) 大坂長町住 彩色根付師なり周山刻を偽造す、しかれども甚だおとれり 根来宗休 (ねごろ そうきゅう) 大坂京町掘住 入歯工の名人にして、根付も又上手なり 龍木勘蔵 (たつき かんぞう) 大阪天満住 此人の根付たまたま見えたり 又有衛門 (またうえもん) 紀州住 上手なり、故に今も商家にて、よき根付を見れば、紀州の又右衛門でもあらふかといふほどの上手なりし 雲浦可順 (うんぽかじゅん) 文字末詳今或人ノ云へル所ニヨレリ 大阪道頓堀樋ノ上二住ス 修験者ナリ 彩色精しからず、唐人すがたのあやしげなるを彫刻す、素刻象牙等なし 岷江(花押) (みんこう) 勢州津人 木刻に色々と興をそへたる、巧を弄す、たとヘバ、達摩を彫るに、其眼のぐるぐるとひっくりかへるなど、甚だ拙なからず、故に世にもてはやせり、現在の人なれども已に偽物あるにて、其妙を知るぺし 春周 (はるちか) 姓氏居住未詳 友忠 (ともただ) 京師人 和泉屋七有衛門と称す、牛を彫事妙に詣れり、関東にて特に賞玩す、故偽造の多き事、百をもってかぞふべし、其物ハ格別手際なり 勘十郎 (かんじゅうろう) 大坂久寶寺町谷町 顔手足を象牙にて作、衣帯に黒檀を用て、人物を彫りし人なり 田原屋傳兵衛 (たわらや でんべえ) 大坂住 勘十郎弟子なり、象牙木彫ともに作る 我楽 (がらく) 大阪人 利助と称す、田原屋傳兵衛弟子、器用なる彫也 為隆 (ためたか) 尾州名護屋本町八丁目住 喜多右衛門と称す、此人一流を彫出せり、人物などの衣紋に唐草を堆く彫上し所、尤奇妙なり、故に其名きこゆ 河井頼武 (かわいよりたけ) 京都人 佛師なり、其根附至様奇麗に模する所のもの、必一曲ありて興を添ふ、家といふべし、おもふに、此人の作、年を追て賞を加べし 草荏平四郎 (そうたか へいしろう) 博労町心斎橋筋 欄間師なり、此人草花を能彫を以て姓とす、間根附も彫れり、しかれども多からず 法眼舟月 (ほうげん しゅうげつ) 樋口氏 大坂島ノ内住 今住江戸 画工なり、画を仕て法眼位に叙す、此人細工甚だ巧なるによりて、根附を彫、もちろん手際すぐれたり 奉真 (ほうしん) 京師人 象牙にて蛤の内に宮殿などを彫れり 佐武宗七 (さたけ そうしち) 大坂内本町御秡二住 欄間師なれども根附にて、其名きこゆるハ、果して上手なれバ也、彩色象牙木彫何にても彫刻せり 柳左 (りゅうさ) 江戸人 御挽物師 挽物クワラ根附の上手、蒔絵印籠に墜して蒔絵あたりても、きずつかず甚よし 廣葉軒吉長 (こうようけん よしなが) 京師人 十蔵 (じゅうぞう) 紀州和歌山湊戎ノ側 一齋の風に似たり、手際器用なり、日を遂て上達せらるべし 柴田市郎兵衛 (しばたいちべえ) 大阪堀江住 正直 (まさなお) 京師人 象牙木彫スベテ上手最賞スベシ 岡友 (おかとも) 同上 印齋 (いんざい) 大坂北久太郎町難波橋 ふたや僧兵衛と称す、象牙狙公根附師也 是楽 (ぜらく) 江戸三十軒掘住 三小 (さんこ) 大坂住 小兵衛といふ、彫刻甚だ巧にして模する所などすベてよけれども、恨くハ其品高からず 吉兵衛 (よしべえ) 住居末詳 辻 (つじ) 同上 上手木彫バカリニテ象牙ハナシ 畑友房 (はた ともふさ) 作州津山二階町住 塗師勘兵衛と称す、ぬりものの根附作人 次郎兵衛 (じろべえ) 大坂住 角彫龍の墜鞘の作人 亀肥谷後 (かめひやご) 同上 称平助 本は機関工なり、今入歯師にて、根附も刻めり 和性院 (わしょういん) 文字未詳只云博フルニマカセテココニ字ブ製ス 大坂上町二住ス修験者ノヨシ 雲浦風の彩色彫也 清兵衛 (せいべえ) 京師人 世に清兵衛彫と称し名高く、此人の作ならざれども、木刻のしほらしきを見れバなべて清兵衛といふハ、上手なれバ也、今偽物多し 牙虫 (げちゅう) 居住未詳 此銘アルモノアリ 近江屋嘉兵衛 (おうみや かへえ) 大坂島内住 玉治 (たまはる) 京師人 大黒屋藤右衛門 (だいこくとうえもん) 同五條サヤ町住 友胤 (ともたね) 京師人 此銘アルモノアリ 霞鷲 (かしゅう) 居住未詳 文字音ニテカシュウトヨムニヤ此銘アリ 長尾太市郎 (ながお たいちろう) 紀州若山新堀御城代屋敷組 小笠原一齋ノ弟子 細密にして奇麗なる事、師家に譲らぬ逸品なり 竹内彌須平 (たけうち やすへい) 同上 彩色根附師 宜元 (よしもと) 居住未詳 此銘アルモノアリ 光春 (みつはる) 京師人 同上 出目右満 (でめうまん) 江戸人 御面師 なぐさみ彫と見えたり、面の根附ハ自然の妙にて、他に及ぶものなし、又出目上満といへるあり、右満の子にや、是又上手なり、凡出目の銘ある物、而の根附のみにて、外の形ある事なし 豊島屋伊兵衛 (としまや いへえ) 大坂住 スヒガラアケ(関東にて火ハタキという)を、銀又銅の製にて一楽のくみもののごとく、くみたる根附の作人なり、又瓢箪も見えたり 唐物久兵衛 (からもの くへえ) 泉州堺人 鋳物師 クワラ、スヒガラアケの類、唐金鋳物の根附あり 一楽 (いちらく) 同上 土屋氏號望藤軒 藤又は細き藤にてくみものの腰下を作り出せし人なり、又瓢箪などの根附をも、くみものにて作れり 中山大和女 江戸住 象牙のクワラの根附に獅子龍などを至極細密に針尖にて、毛彫たるものなり 附人魚骨 好商、人魚の骨なりとて、人を欺き利をむさぼるものあり。甚だ非なり、是ハ鬼鱶のあぎとなるよし、これを識者に正せり、往々よろこびて根附に用る人あれバ、ここにこれをことわれり 根附時計 又香合時計トモ云フ 紅夷人貢するにより、すべてオランダドケイといヘど、其属國スセリヤといふ島にて作ると、此國の人、天文にくわしきを以て、これを製せり、又一種フランスといふ國にても製す。何も妙工至て巧なりといヘども、根附に用る時ハ、日久しからずして工合必そこなふ、ただ左布におき、掌中に玩びて其奇工を愛すべし 唐彫根附 唐山の人、此方の根附のごとく、佩たるにハあらず、印鈕古来印鉦の図下に出す刀柄、杖頭、冠帯の飾の、佩墜に堪たるを、孔なきハ穿て紐をとほし、或ハ紐のむすばるべきハ纏ひて用るなれば、其形の名称の詳ならざるもの多し、只其奇なる物若干種を得て、皎天齋の翁に乞て、左に図せしむ、其奇物ここに尽るにあらず、得に随て十が一を案るのみ |