空が秋の露に洗はれつつ次第に高くなる時節であった。余は黙って此空を見詰めるのを日課の様にした。何事もない、また何物もない此大空は、其静かな影を傾けて悉く余の心に映じた。さうして余の心にも何事もなかった、又何物もなかった。透明な二つのものがぴたりと合った。合って自分に残るのは、縹渺とでも形容して可い気分であった。
漱石「思ひだす事など」
梶井基次郎「ある心の風景」
視ることそれはもうなにかなのだ。自分の魂の一部分或は全部がそれに乗り移ることなのだ。