八十三の年まで母は薬屋を営み続けました。病床に季節の文字を
かかげてまいりましたが、この「山茶花」を見ることなく、八十四年の
生涯を終えました。三年前、同じ病いを得て入院。古い町家に戻り
最初に書いたのが次の「西行」でした。自ら言葉を紡ぐ才は無く、
ひたすら先賢に倚りかかりながら字をしたためてまいりました。
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