すくーるらいふ2時限目

                                                              
2時限の休み。次は3-6組は体育だった。

「手塚って綺麗好きだよねん」

ジャージに着替えている不二の襟元から香るシトラスにふんふんと鼻を鳴らしながら、菊丸がでっかい瞳で覗き込んでくる。

「そうだね。…でも不潔な手塚ってあんまり想像できないけどなあ」

テニスしてるのはきつくないけれど、このいちいちいちいち着替えるのは正直、面倒くさい。1限だったら、朝連のままでいけるのに。
体操着の袖に手を通していた途中で、ふと気が付いたように不二は左肩を何度かさすった。

「英二、ごめん肩かな?背中みてくれる?なんかちょっと痛い気がするんだけど…」

「え?怪我でもしたの?」

菊丸が慌てて半袖のシャツを捲り上げてみると、本人ではちょっと見づらい箇所にうす赤い痣ができているのが見て取れた。

「ありゃ。新人ちゃんのドジボールぶっけちゃったやつかなぁ?ちょっと赤くなっちゃってるにゃ〜」

「ああ〜あれかぁ」

朝連の時に、まだラケットに慣れない一年のイレギュラーボールがとんでもないところから飛んできた。正面むいてればまだ避けようもあったけれど、あいにくと対戦中で、後方からだった。さすがに不二も後ろに目がある訳じゃない。

「んー打ち身まではいってないかな?ここ、これ痛い?」

ショルダーの肩甲骨沿いに菊丸がそっと指診をしてくれる。

「ん、そこは平気だけど、ちょっと前、ん、そこちょっとだけ痛いかな?気になるくらいだけど…」


「ふ〜んんこれくらいなら平気かなぁ。でもなぁ…心配症の副部長が聞いたら………うわっ!別なの来た!!」

着替え中の教室に、渋い顔がみせた。その手にはさっきと同じように、ひらひらと白いボトルを持って振ってる。

「どうしたの?まさか君がなにか忘れ物でもした?」

クラスの空気が一瞬ひやりとしたが、シブさも威圧感にも慣れた不二が寄ると、手塚はスプレィボトルを渡した。
それはGATSBYならぬエアサロンパスだった。

「まさか。菊丸じゃあるまいし…。これを大石から借りてきた。大したことはないと思うが、今は大切な時期だからな」
「あ、気付いてた?」
「当たり前だ」
「参ったなぁ…」

あたった自分より先に気付かれていたんじゃバツ悪い感じがした。不二は頭をかいた。

「じゃ…。あの程度の打球だから、まあ大丈夫だとは思うが無理はするな」
「判ってる。さんきゅ」

きつい目線を緩めることの少ない、黒縁のガラスの奥で近視の目が、誰とも判らないほどに、ふと緩んだ。

「不二」
「ん?」
「すまなかったな…」
「…いや。あれは君にだって予測できないだろ?ホント気にしないで。ありがとう」

「じゃまた後でな」
「うん」


カシカシとボトルを振って不二は菊丸に渡した。袖口からエアスプレイを吹き込んでもらうと襟元から白煙がふわ…と洩れる。

「なに、これ手塚とやってた時なの?」
「そう。気にしなきゃいいけど…。手塚って心配症だからなぁ…」
「うちの部長、副部長は揃って心配しやさんだからねん。はい。御仕舞い!」

菊丸から渡された白いボトルをみつめながら、爽やかな香りと爽快感につつまれた不二はゆっくりとジッパーを襟元まで締めた。
封じ込められた痛みは、すぐにひんやりとした、でも芯は暖かい感触を残している。

部活まで、後半日。
長い休息に、不二はため息を零し、教室を出た。
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