どんっ。という机が倒れる音教室の後ろから聴こえた。

その直後少ししゃがれた感じの声が続いて聴こえた。

「あいかわあ、もうちょっと手加減しろよお」

 中髪の少し頬がこけた感じの男、立石厚(男子十四番)の声だった。それが聞こえていないかのように小柄で太め、おまけに面白いことに少し顔がブダっぽい男は、自分達が倒した机などお構いなしに、厚に第二回戦を挑んでいった。彼の名は相川真一朗(男子一番)である。本当に手加減を知らない男であった。

 その横で先ほど倒された机が突然起き上がった。草場亮(男子九番)は真一朗と厚には目もくれず机を元に戻し、机に椅子を入れると、そのまま自分の席に向かって歩いた。亮は自分の机につくと横にかけていたバッグからなにやら本を取り出して読み始めた。その本のタイトルは××ルロワイ××と書かれていた。

 亮はふと目を止め本にしおりを挟むと机の上にそれを置いた。そして少し周りを見渡した後ちょうど左手の方で顔を止め少しの間見つめていた。ちょうどその視線の先では、このクラスの男子委員長である因幡誠(男子三番)と顔中にニキビでいっぱいの岩下優(男子四番)がいた。二人はなにやら話しているのだが、見たところまじめな割にはときどき面白いギャグをいう誠が優に変なことをいったのかもしれない、優の顔は今にも吹きだしそうだった。

 亮が席を立ちそちらへ歩いていくと、二人はその存在に気づき同時に顔を向けた。優の顔は相変わらず笑い顔であった。亮はこのクラスの男子委員長である因幡誠の方を見て言った。

「なあ、インバ、先生遅くないか? もう十分近く過ぎてるぞ」

 それを聴いて初めて気づいたように、誠は黒板の上に備え付けられている時計に目をやった。

「うわっ、まじで、いつの間にっ?」

 それだけいうと誠は勢いよく席を立ち、教壇の横で立ち話をしていた、数人の女子に向かって叫んだ。

「金星さーんっ。」

 誠がそう言うと、そこで話していた、女の子たちが誠の方に振り返った。それでそこにいた全員の顔を確認できた。まず、このクラスの女子委員長であるしっかり者の金星智美(女子五番)、そして少し太っている感じはするが、不思議にそれが逆に魅力的な古賀沙紀(女子六番)、それに、こちらは沙紀とは逆に女の子にしては珍しいほど筋肉があり、がっしりした女の子の古賀奈々子(女子十番)、この子は確か水泳部(かなり速いらしい)だ。おまけにこのクラスで一番頭がいい、なーんか近づきがたいんだよなあ。

 誠は金星智美が自分の方を向いたのを確認すると、誠は時計の方を指差して、言った。

「もう十分以上過ぎてるよ。先生呼びに行かないとやばくない?」

 その誠の言葉を聴いて智美も初めてそのことに気づいたらしかった。

 

 宮崎欣治はその一部始終をずっと見ていた。心の中でほんとに間抜けな連中だと思った。あの連中は頭がよく勉強は出来るかもしれない。しかしこの事態に気づいてたのは自分と草場亮二人だけだったことを思うと、おまえらもっと周りを見る能力をもっと身に付けたほうがいいぞと思わざるを得なかった。事実、欣治自身はあまり勉強が得意なほうではなかった。だが自分にはなかなかのルックスがあると自負していた。彼はそれだけで、十分満足していたのだ。

 欣治はそれから亮のことを考えた。亮とはどっちかというとよく喋るほうだ。よくスポーツを一緒に楽しむこともあった。今はさすがに受験生なのでそういったことはなくなったのだが。そのときに自分が得意だったスポーツで対戦したことがあった。まあ最初のうちは難なく勝てるのだけど、二回、三回とやるうちに亮にとって初めてやるスポーツだったとしても、五回目くらいにはすっかりコツをつかんで、欣治を圧倒するのであった。

 まさしく天才肌の持ち主だった。今は帰宅部という立場にあり、何もやっていないのだけれど、彼が本格的に何かに取り組めば必ず日本中に名をとどろかす人物になるのではないかと思うくらいであった。欣治はそれほど草場亮という人物を評価していた。それは単に過大評価だったのかもしれない、しかし欣治はそうではないと確信していたのだ。

 

 誠と智美はこのクラスの委員長として先生を呼びに行こうと、教室を出た。廊下にはロッカーが並んでおり、そのロッカーに腰を預けるようにして、小畑修二(男子五番)と金子隆平(男子六番)がいるのが見えた。ともにバレー部で、その中でも隆平はみんなが認めているほど、すごい運動神経の持ち主だった。この前授業中に、どうしてそういうことになったのかは忘れたが、全員の目の前で彼のジャンプ力を見せてもらう機会があった。なんとかるく二メートル以上跳んでのけたのである、もちろん垂直跳びで。彼がいるバレー部はまさに安泰に違いない。修二の方もかなり運動神経はよかったのだが、いつも隆平と一緒にいるからであろう、比較されることが多く、あんまり目立たなかった。

 

その間、委員長の二人は教室のすぐ横にある階段を下っていた。授業中ということもあって、誰もいなくて静まり返っていた。しーんと静まり返った階段を踏み下りるたびに自分たちの足音だけが響いていた。

 真昼というのに何だか不気味ささえ覚えた智美は口を開いた。

「ねえ、因幡くん。先生どうかしたのかな?」

 誠もそのことは疑問に思っていたのだけれど、自分の中でいくつかの解答を出していたのであえて口に出さなかったのだ。

「自分の授業の時間だということ忘れているんじゃないの、それか、病気かなにかで学校を休んでいるかどうか。どっちかじゃない?」

 誠は智美の方を見てそう答えたのだけれども、智美が納得した様子じゃなかったので、聴いた。

「金星さんは違うと思っているようだね」

 それで智美は少し遠慮がちに答えた。

「うーん、そうねえ、その可能性もあるけど、少しおかしいところもあるわね。だってほらいつもきちんと教室にやってくるのに、今日に限って遅れるとは考えにくいわ。病気にかんしてだって、学校を休んでいるとしたら、ほかの先生が代わりに授業にくるようになってると思うし。けど因幡くんがいったように病気で休んでいて、代わりの先生が忘れているということはありうるわね」

普段から彼女はすぐに相手の意見を否定することはしなかった。たとえ相手が間違いっているという場合でも、相手を立てながら否定するようなことが多かったのである。だからこそ彼女はみんなに好かれているし、委員長という大役をも的確にこなしていた。

一方、男子委員長の因幡誠はどっちかというと無理やりならされたという印象の方が強かった。

二人は一階まで下りてから廊下へ進んだ。この先は一年生の教室が何クラスかあり、その横を通ることになる。この暑さで窓は全開になっているだろうから、恐らく教室の中は丸見えだろう、ということは逆にこちらもあちらから丸見えだということになる。そこを行くのは少し気が引けたが、反面、一年生がきちんとやっているのか見たいという気持ちもあった。

二人が、教室のすぐそばまで来たとき違和感を感じたことがあった。それは教室のすぐ近くというのにまった物音がしないということであった。外からは蝉の声は響いているものの、それ以外の人為的な音はまったくしていなかったのだ。少なくともこのくらい教室の近くまでくれば授業を行っている先生の声くらい聞こえてもいいようなものであるのに。

そこで智美は恐る恐る誠に尋ねた。

「もしかして全校集会かなにかあってるんじゃない? それだとうちのクラスに先生がきていないのも頷けるわ」

「けどそんなこと何も聴いてないよ。」

「ええ、だからその点は心配ないのよ、聴いてないんだからあたしたちの責任にはならないと思う」

 誠もそれに納得はしたが、偶然体育かなにかの授業でいないのかもしれないと思ったので、一応他のクラスも見てみようということで二人は一致した。

 それで職員室に行くのはやめにして、その隣も覗いてみた。






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