山部昭栄(男子二十番)と森田康輔(男子十九番)は慌てて自転車を止めると、急いで下駄箱へと向かって走った。森田康輔の家は学校から自転車で五分のところのあり、そのせいか、康輔は昼休みになると家に帰ってテレビを見ながら、昼食を食べるというのが日課となっていた。山部昭栄はというと家は近くないのだが、康輔の母と昭栄の母とが昔の同級生ということがあって、家族ぐるみの付き合いがあるので、康輔の家におじゃましてともに昼食をとっていたのだ。もちろん昭栄は毎日そうしているわけではなかったのだが、今日は偶然、お昼の笑ってイイタモで今一番人気のあるアーティストが出演するということがあり、行ったのだった。その番組に熱中するあまりつい最後まで見てしまって、こんな時間に到着することになってしまった。

「康輔やべえぞ、もう完全に遅刻だ。二十分近く過ぎている」

 昭栄は走りながら後ろを振り返り康輔に向かってそう言った。

「ショウ、教室に入る前にいいわけ作ろうよっ」康輔はあっというまに差を広げ走りつづける前方の昭栄に向かって言った。差が開くのは別に昭栄の足が速いからではなかった。康輔が遅すぎたのである、彼はこの学校一背が低く、顔もとても高校三年生には見えなかった。せいぜい小学校三年ってところだろうか。しかしそんな自分をまったく気にしていないというのが、彼のいいところであった。

昭栄は上履きに履き替えるとじれったそうに足踏みしながら康輔が到着するのを待っていた。康輔がやっと到着するとすかさず言った。

「ショウ、もうこんなに遅れてるんだから今更急いでも意味ないよ。それよりいいわけ考えようよ」

 昭栄はそれを聴くと足踏みしていたまさにその足をぴたりと止め、言った。

「それもそうだな」

 昭栄という男はあまり先のことを考えて行動する男ではなかった。だから人から何か忠告されるとすぐに納得してしまうようなところがあった。単純ということなのだ。

「あのまま、教室に行ってなんて言うつもりだったの?」

「考えてなかった」と苦笑いを浮かべて言った昭栄に康輔は、やっぱり、というような笑みを浮かべてぷっ、と小さく噴き出した。

 とにかく歩きながら考えようということになって、そのまま教室に向かった。

 とりあえず階段のところまで来たのだけれど、通ってきた廊下に面した教室には誰一人としていなかった。この二人の場合は言い訳を考えるのに精一杯だったのでとくには気にも留めず、通り過ぎてきた。ここからは階段を三階まで上り、すぐ右に曲がったところが三年B組のクラスだ。

「とりあえず何でもいいから、案を出そうぜ」昭栄は自分は何も考えていないのだけど、康輔に向かってそう言った。

「まあ、保健室で休んでいたというくらいでいいんじゃない。ショウは僕に付き添っていたということで」

「康輔は頭いいなあ、それでいこう」昭栄は感心するようにいうと、康輔は答えた。

「これぐらいのことで頭いいなんて言われたら、ほかのみんなはかなりの天才ということになるね」

 そうして二人は教室のところに到着した。

 その教室はなぜか窓が閉まり外からは中を伺うことが出来なかった。二人は前の扉のほうにすり足で行くと、軽く深呼吸した。そして昭栄は戸口にかけた。

「行くぞ、康輔」

 ゆっくりと横へと動かした。

 昭栄は少し開いたその隙間へと顔を近づけた。そこで見た。みんな席についたまま、もしくは床に横たわるように眠っているのを――。その瞬間中から暑い熱気とともに、かすかにガスみたいな匂いが顔に向かって飛び込んできた。そして昭栄の意識は一気に飛んだ。少し後ろからそれを見ていた康輔は、昭栄の体がドアと水平に崩れ落ちていったので驚いた。驚きのあまり、まさにそれを支えるために体を動かすこともできなかった(まあ支えようとしても康輔の体格じゃできそうにもなかったが)。その場に立ち尽くしていると、背後に人の気配を感じた、とっさに振り返るとそこにはダースベイダー(!?)がいた。

 その顔、マスクのようなものが覆っていた。その口元から下に向けて、何かホースみたいなものが伸びている。耳たぶ上下を横切って巻きついた、幅の細いバンド。よく見ると、ホースが下から伸びていることを除けば、それは航空機の緊急用酸素吸入器みたいだった。やっぱりダースベイダーじゃん!

 昭栄の体が完全に崩れ落ちた音が、聞こえた。康輔はわけが分からないまま、再び昭栄の方に顔を向けようとしたときそのダースベイダー(まだ言うか!)が左手を振り上げかけるのがちらっと見えた。目だけを動かして、その手の先に握られているものを確認した。銃?そんなばかな? そう思ったのだけれど、ぼごっ、という音とともに康輔も崩れ落ちた。銃把で頭を思い切り殴りつけられたのだ。

 

同じころ、麻峰市内外にある彼らの家々もしくは親の仕事場を黒塗りのセダンに乗った男たちが訪れていた。彼らの親たちは、桃印の押された政府の書類の中身を見て一様に絶句したはずだった。その紙には三十年前廃止された新教育法BR法の復活に基づき、対象クラスとして福島県麻峰高等学校を選択″とあった。 

そして大抵の場合、親たちは黙って頷き、おそらくは二度とは戻らないだろう子供たちの顔を思い浮かべるにとどまった。親たちは知っていたのだ。彼らがちょうど学生だったころに行われていたのがこのBR法であったのだったから。その悲惨さも恐ろしさも。たしか二人の生徒が見事にゲームから逃れて以来、大失態を理由に廃止されたのだった。もう二度と復活することはないと思っていたに違いない。

だが中には食ってかかるものもあった。その際、彼らは特殊警棒の一撃、もしくは、運が悪ければ、サブマシンガンから吐き出されたほかほかの鉛を食らって、愛するわが子よりもひと足早くこの世界にお別れを告げたと思ってもらってよい。





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