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  中西恵(女子十四番)は平田亜由美(女子十五番)の斜め後ろを少し離れて歩いていた。恵は校舎を出てすぐ、林の中に身を潜めたのだった。もちろん誰かいるという可能性もあったのだが、恵には亜由美を待つという使命があったのである。恐る恐る林に踏み込んだのだが、幸いにもそこには誰もいなかった。ということは、みんなとにかく遠くへ逃げることしか考えていなかったということになるのだろうか? それでもやはり後から、武器を確認した誰かが、出てきた所を狙うために戻ってくるということも考えたのだが、亜由美とは出席番号は続いていたので、あの転校生の七原秋也をやり過ごせば、すぐに出てくるはずだった。そんなに時間がかかるわけではないので、そこで待つことにした。

恵は亜由美が出てくる前に自分のデイパックを開けていたのだが、そこに入っていたのは銃(S&WM19・375マグナム)だった。そこまで確認したら、なんだか気分が楽になった。もし誰か戻ってきてもこちらには銃があるのだと。

しかしそこには誰も戻ってこなかった。ただ、七原秋也一人だけが、戸口から出てきた。教室ではほとんどに無表情で立っていたその七原秋也だったが、出てきたとたん急に水を得た魚のようにも物凄い勢いで走りだし、校舎の裏へと消えた。まさにロケットスタート、想像もできない動きだった。もしこちらから出てきたところを、銃かなにかで狙っていたとしても、当たらなかっただろう。

その二分後亜由美は出てきた。戸口の前でいったん立ち止まり、外の様子を確認していた。亜由美はそうして、外に飛び出した、こちらへ(林の方だ)一直線に走ってきたのだった。恵は教室を出るとき亜由美に紙切れを渡していた。それには外で待ってる″とだけ書いたのであり、もちろんあのときは外がどんな風になっているかなど知らなかったし、知る由もなかった。それなのに亜由美は自分めがけて(これこそ一直線だといえるだろう)走ってきた。もちろんこちらの姿が見えていたわけではない。隠れたままだったのだから。亜由美は一瞬周りを見回しただけで、判断したのだ、あたしが隠れているならあそこだろうと。亜由美にはそのような霊的な判断力があったし、いつでも冷静な思考を保っていた。だから今までやってきたことだってばれたことはなかったのだ。その亜由美が学校ではあたしと知り合いってことは隠しておきましょう、今後支障が出てくるかもしれないから″、と言った。それで学校では(あくまでも学校ではだが)口を聞いたことはなかった。

その亜由美がほんの五メートルくらいにまで瞬く間に近づいていた。恵は思い出したよう声を殺して言った。

「亜由美ここよ!」

  亜由美は林の中にそのままの勢いで飛び込んできた。そのまま通り過ぎるかというほどの勢いだったが、ばっと恵の横でとまり、座り込んで一言。

 「ふう、疲れた」

  恵の右手にあったものに目を止めた。亜由美の顔がにやっと笑んだ。まさに悪魔の笑みで。

「銃じゃない?」それは銃なんて見慣れているという感じでもあった。そのまま続けた。

「さあて、あたしは何かな?」ピクニックでのお弁当のおかずを楽しみにしている子供のような口調だった。そのままデイパックのジッパーを開き、中から取り出したものは――こちらも銃(S&Wチーフスペシャル三八口径)だった。

「まあまあね」とだけ言った。

 そういったやり取りがあって今は、分校から見ると東に当たる山の山すその手前辺りを月明かりの下歩いていた。恵は思っていた。自分は生き残れると、亜由美と一緒だ、おまけに銃も二丁あるのだ。

 [残り40人]






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