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 相川真一朗(男子一番)は、月明かりに照らされた幅十メートルくらいの狭い砂浜と、その砂浜に迫る林の隙間を慎重に進んでいた。支給のデイパックを肩に掛け、右手には同じく支給武器である日本刀(鋭く研ぎ澄まされているようで、きらっと月明かりに反射した)を握っていた。デイパックを受け取ったときから、何か長い棒状のものが入っているとはわかっていたが、それは日本刀であったのだ。

 拳銃などの飛び道具ではなかったものの、真一朗はこの日本刀には十分満足していた。弾切れの心配はないし、間合いさえ詰めてしまえば拳銃よりも使いやすいと思ったのだ。

 真一朗はもう決めていることがあった。今までやってきたスポーツ、勉強、すべてに関して、もちろん遊びでも、すべて全力でぶつかってきた。手加減するということは大嫌いだった。勉強に関しては結果はあまり伴わなかったが、スポーツに関しては、背が低めで小太りの体格の彼にしては、まあまあできるほうであった。それは全力でやってきた結果でもあった。そして今回も手加減する気など全くなかったのだ。

 真一朗はそのまま砂浜と林の隙間をゆっくりと音を立てないように進んでいた。そのときにそれは現れた。前方十メートル位だろうか、人影らしいものが、ちょうど真一朗とは反対側を向いて腰を下ろして座り込んでいた。誰かはわからなかったが、学生服を着ているので男ということはわかった。

 そこで一旦立ち止まった。デイパックを音を立てないようにそっと地面に置き、右手の日本刀だけはそのまま握っていた。

 一歩一歩慎重に脚を進め、距離を縮めた。相変わらずその影はこちらとは反対方向を向いたままだった。距離にして七メートルくらいに近づいたとき、その体の全体がぼんやり見え始めた。顔はこちらを向いていないので誰かはまだ判断できなかったが、その男はかなり背が高めだということはわかった。うちのクラスであれくらい背が高い男というと――草場亮か古賀弘(男子十一番)だ。まあそんなことどうでもよかった。殺してしまって確認すればいい。

 真一朗は最初の位置からするとほぼ半分辺りにまで近づき、だいたい五メートルまで距離を縮めていたが、相手は気付いている素振りさえなかった。

 ばたばたばた、と鳥が飛び立つ音が頭上に響き渡った。そしてその影も同時に後ろを振り返った。それでその影の顔がはっきりと見えた。古賀弘だった。その顔は驚きのあまり、するどく歪んでいた。

 なんでこんなときに、とも思わないでもなかったが、瞬時にして真一朗は走り出した。相手は安心しきっていた、咄嗟に動くことはできなかったに違いない、そう思った。その通り、弘はこちらに顔を向けたまま、動かなかった。

 真一朗はその弘に向かって日本刀を振り上げながら、一気に差を詰めようとダッシュし、まさに二メートルまで近づいたそのとき、両目に激痛が走った。咄嗟に目は閉じたが、その上、瞼から何かが食い込んできたのであった。そのままラリアットを食らったように、勢いのついた体だけが、前に大きく浮き上がり、顔だけはその場にとどまった。体が勢いをなくしたらそのまま、どさっと地面に落ちた。

「ぎゃああああああああ」真一朗は叫んだ。目には物凄い激痛が走り続けた。もはや何も見えなかった。ただその両目を押さえた両手に生温かい液体がべっとりつくのがわかった。

 そのまま転げまわっている真一朗の腹部辺りに両目を襲っている激痛とは別の、今度は鈍い痛みが走った。

「おまえ、俺を殺そうとしただろう! 自業自得だ!」そう言って、もう三発立て続けにケリを入れた。真一朗は両目を押さえたまま、まるでえびのように体をくの字に折り曲げて悶絶していた。そして先ほどまで真一朗が握っていたが、今は彼の幾分後方に転がった、日本刀まで歩きだそうとした。そのとき弘は言った。

「おっと危ない。気をつけないとな、自分で仕掛けた罠に自分でかかったらばかだからな」

そう言った後、今度は真一朗の方に顔を向けて言った。

「俺としちゃ首にかかるくらいに、仕掛けたんだがな、ちょうど目線の高さになるなんて背が低いやつは、だめだよな」

 そう、彼、古賀弘の支給武器はピアノ線だったのである。もちろん弘は先に真一朗の姿も見つけていた。その真一朗の武器が日本刀だと気づき、この作戦を思いついたのであったのだ。

 そのピアノ線をくぐると日本刀へと歩きそれを手にした。鞘は抜いてあった。

「なかなかいいじゃん、さあてと試し切りでもしようかな」そう言いながら真一朗へと再び近づいた。真一朗は動き疲れたかのようにぐったりしていた。もしかしたら気絶していたのかもしれなかった。だが、弘にとってはそんなことどうでもよかった。ただ生まれて初めて人を殺すという興奮で少し、腕が震えていたのだが。まあ初めだけだろう、一人殺せば慣れてしまうに違いない。それで開き直った。弘は日本刀を思いっきり振りかぶり、真一朗の首めがけて振り下ろした。

 それは凄まじいほどの切れ味だった。何かを切ったという感触すらしなかった。だが確かに切った、その証拠に真一朗の首がその胴体とぱっくりと外れ、顔の方がごろんと少し転がった。その切り口、首と胴体の両方から血がだらだらと流れ出している。刀の刃にもしっかり血が付着していた。

 そこまでやって弘は怖くなった。やってしまったのだ、自分は、もう、後には、引けない・・・・・・。

 先ほどよりもさらにひどくなった震える手で、自分が仕掛けていたピアノ線を外しにかかった。

[残り38人]




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