14 波が岩肌に叩きつける音が響いていた。宮崎欣治(男子十八番)は島の左海岸沿いを通って今やっと北端にたどり着いたところだった。ここは海岸がなく、断崖になっておりそこに波が打ち付けていたのだ。その断崖の少し手前は茂みに覆われていて、隠れるのには絶好の場所だった。そしてそこに隠れることにした。 座りこんで、一息ついた。 ここまでたどり着く前に欣治は数人の人影を見てきて、そのたびにやり過ごしてきたのでかなり神経が参っていた。 欣治はいつも学生服の胸ポケットにしまっている、折りたたみ式の手鏡を取り出して、覗き込んだ。ほんの一時間も経たないうちにかなり老けてしまったような感じがした。疲れと気が狂いそうなこの状況で、顔がやつれてしまっている。人が見たら、おじいちゃんと思うに違いなかった。 ただそう感じたのは、ただ顔がやつれているいという理由からのみではなかった。もう一つの理由としては欣治がその手に持っている物のせいだった。それは支給武器のカマであった。稲刈りの時に使うあれである、それは欣治にとっては年寄りの代名詞という認識があったのだ。 「まったく俺はじいさんだな」そうつぶやくと右手に持っていたカマをすっと振った。 茂みに生えていた、背の高い草がぱらっと刈られた。 なんだか悲しくなってきた。老けたからということもあるが、ある別のことを考えると悲しくなってきたのだ。 欣治はほとんど最後のほうに分校を出発した。自分の名前が呼ばれるまでにはかなりの時間、教室で待たねばならなかった。だがその分、ゆとりをもって今後のことを考えることもできたのであった。みんながどんどん出発していく中で欣治の胸中には、ある期待がこみ上げていた。それは――。 自分が出発してもまだ五人が教室には残っている。それを時間に換算すると、残り全員が出てしまうまで十分あるということになる。それからこのエリアが禁止エリアになるまで二十分、合計すると三十分間はこのエリアにいることができるということだった。 もうわかっただろう? 俺は先に出発したほかのクラスメイトたち(少なくとも男子では、責任感の強い金子隆平、女子で言えば委員長の金星友実には期待していた)が、外でみんなを集めていてくれると、そう期待していたのだ。その中で運良く銃があれば、分校を急襲することもできただろう。もしできなかったとしても、みんなでここから逃げ出すための相談をすることもできただろうに。今や全員がばらばらで自分と同じように隠れているに違いない。坂持の狙い通り、思うつぼだ。 泣きそうだった。
欣治の考えは納得できるように思えるかもしれない。だが欣治のその考えと行動には少し矛盾があったともいえよう。彼は外でみんなが待っていてくれることに期待していた。その期待に反して誰もいなかったので、今ここに一人でいるのである。しかしここまで来る前に欣治は人影を見ていた。その人影に見つからないように、身を潜めてやり過ごしてきたこと自体、彼も他の人間を信頼できてないのである。同様にみんなも彼を信頼できないのだ。言うは易し、行うは難し″とはこのことであったのだ。 [残り38人]
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