16 島のほぼ中央より少し東、エリアでいうとE=8にあたるところには、キウイ畑が広がっていた。そのキウイ畑の地面にはキウイの皮が散乱しており、そして今また新たにぽとっと皮が地面に落ちた。 因幡誠(男子三番)は、初め南の集落の中の家に隠れていたのだが、そこで後から転校生の三村信史(男子十七番)が三軒ほど隣の家に入っていくのを見かけた。誠のとっては近くに誰かいるということ自体が耐えられなかったので、見つからないようにそっとそこを出た。 そうして今このキウイ畑にいた。ここはまさに天国だった。キウイの木というのは、かなり背丈が高く、自分を十分に隠してくれたし、何よりその実がありがたかった。ここにいれば、食べ物に困ることはないと思った。 腹がふくれたところで、誠は岩下優(男子四番)のことを考えた。誠にとって優は、もっとも仲がよい親友であった。同時によき理解者でもあった、優になら何でも話せたし、優も何でも話してくれた。 もし自分にもう少し勇気があったなら、今頃優といることができたであろう。たった四分待てば優はあの分校から出てきたのだから・・・・・。だが誠にはどうしてもそれができなかった。自分と優の間に出てくることになっていた内海幸枝(女子三番)のせいだった。クローン技術により誕生した生命、そこは誠にはぱっとこなかったのだが、問題なのはその後に訊かされた、洗脳という言葉だった。誠にとって洗脳とは忘れることもできないつらい思い出があったのだった。
それはまだ自分が中学二年生だったときに起こった。世の中オウム真理教(頭の狂ったカルト教団だ)がはびこっていた。初めはそんなに大きな問題などは起こさなかったのだが、やつらはとうとう手をだしてしまったのだ。殺人という犯罪にまで。それも大量虐殺、罪もない人たちを無差別に、サリンという薬剤を使ってだ。そのときは自分とは関係ないということで、あまり深く考えるということもなかった。 だがそれからだった、親戚の叔父の様子がどんどんおかしくなりだしたのは。父さんに訊いた話だと、家庭内暴力は当たり前のように行われていたらしい。ついにはその被害はうちにも及ぶようになった。金をよこせと尋ねてくるようになったのだ。親がいないときは、自分一人で対応せねばならなかった。金は無いといっても無理やり家の中に入り込んできた。抵抗すると殴られた、容赦なく。あざも絶えなかった。一度は馬乗りになり、何度も何度も殴りつけてきたことさえあった。そのときは歯が何本も折れた。そのときの後遺症として今は前歯のほとんどが、差し歯であった。 ある日、電話がかかってきた。警察からだった。叔父がオウムの起こしたサリン事件に関わっていたというような話だったが、実際のところは誠には分からなかった。ただ叔父がおかしくなりだしたのは、あの事件からではあったというのは確かだった。 それ以来、親は誠の前でその叔父の話をしなくなった。恐らくは警察に逮捕されたと思う。ただ、一度だけ偶然にテレビのニュースでそのとき逮捕させたほかの人間(もちろん叔父も含むだろう、名前は隠されていた)たちのことを知った。そのとき洗脳という言葉が出てきたのだ。そう、叔父はオウム真理教により洗脳されていたのだ。お金も教団に寄付するために必要だったのだろう。 こんなことがあったのだ。誠は洗脳の恐ろしさを誰よりも知っているつもりだった。この身をもって体験したのだから。洗脳される前の叔父は、それはもう優しい人だった。それがあんなに変わってしまうのだ、洗脳はもう人格改造術として立派に、その威力を発揮していた。少なくとも誠の中では――。 内海幸枝が受けた洗脳はどんなものかは知る由もないが、カルト教団でさえ立派に成功していたんだ、それが政府により行われたのだから、彼女は完全な殺人兵器と化しているに違いない、というのが誠の考えだった。 そんな人間が出てくるところにじっと留まることはできなかった。急いで分校から離れたのだった。その結果、優ともはなればなれになってしまったのである。 どうにかして合流できないだろうか? 誠はあれこれと考えを巡らせたが、いい考えは何一つとして浮かばなかった。ただ浮かんだことといえば、やみくもに探し回ることだけだった。確かにこの状況ではそれしか方法はないのかもしれない。特定の人物だけを見つけ出そうなんて、そもそもむしのいい話なのだ。それに自分には幸運には銃(Cz・M75)があった。優がいい武器を持っているとは限らない。自分が隠れている間に誰かに襲われるという可能性すらある。やはり銃をもっているこちらから動かねば、何も始まらないだろう。 決まりだ、後悔するようなことだけはしたくなかった。それで誠はその場を後にした。 [残り38人]
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