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とりあえず先ほど確認した地図によると、今いるところが島のほぼ中央東より、ここから北に向かえば山がある、その山の山頂にはどうやら展望台らしき絵が地図には示してあった。とりあえずそこに向かうことにした、そこからだと周りを見渡せることもできるだろうと思ったのだ。ひょっとすると、優を見つけることもできるかもしれない。

誠は時計を見やった。もうすぐ六時だ。そういえば、辺りが随分明るくなりだしていた。夜のうちは幾分大胆に行動することもできたが、明るくなってしまったら、襲われる危険性も増えるはずだった。とりあえずまだ暗いうちにできるだけ急ごうと思った。

思った以上に早く周りは明るくなりだした。誠はちょうど今、山の山頂へと続く踏み分け道を通っており、その両端には木々が生い茂り、その間には比較的丈のある雑草が木々の根元を隠すように被っている。明るくなったおかげで、道の向こうの方まではっきりと見渡せることができた。運がいいことにここまでは誰にも襲われることはなかった。そしてこの道の先にも人の気配はなかった。

「大丈夫だ」自分にそう言い聞かせ、そのまま進んだ。山頂の展望台はここからでも見えていた。ただ山登りの場合は、近そうでも、比較的時間がかかるものだ。そのことは十分わきまえていた。疲れはかなりあった、だが休まなかった。一度でも立ち止まってしまったら、せっかくの決意が萎んでしまいそうだと思ったからだ。

 そうは言ってもやはり歩き詰めはつらかった。一旦足を止め、両手を膝に置いて腰を折り、顔を伏せ視線を地面に落とした。その時、自分の後方がちらっと映った――

 ぎょっとした。

 踏み分け道、自分の後方ほんの十メートル、先ほど自分が通ったその道の真ん中に、大柄な学生服姿が、立っていた。短く刈り込んだ頭、眉の上に目立つ傷痕、テキ屋のお兄ちゃんのような強顔、分校の教室で見た、転校生の川田章吾(男子七番)という男だった。

 川田章吾は、ただじっと、こちらを見ていた。その手には武器らしいものは、認められなかった。

 誠は自分の顔がみるみるこわばるのが分かった。同時に緊張感で視覚が半ば硬直していった、それはジェットコースターに乗ったときの感覚に似ていたような気もした。

 誠にとって一番会いたくなかったのが、洗脳された転校生たちであった。

 それで誠は、右手に持っていた銃を、ほとんど無意識に、持ち上げかけた。

 それが引き金となった。川田の眉あたりがぴくっと動き、誠めがけて一気に走り出した。大きなスライドだった。三歩ほどでもう、二メートルくらいまで近づいていた。

 川田の体が眼前に迫ったところで誠は銃を川田の胸めがけてポイントした。その瞬間川田の体が踏み分け道の横の茂みに飛び込んでいた。誠はもはや誰もいないそこへ向かって銃の引き金を引くことになってしまった。誠の指の動きよりも、川田の素早さの方が一枚上手だったのだ。そしてこれがこの島に響く最初の銃声となるだろう。

 ぱん、と乾いた、爆竹のような音が轟いたと思うと、銃の反動で、右手が大きく後方にはじかれたようになった。そのまま誠の体はバランスを崩し後ろに倒れそうになった。咄嗟に体を反転させ両手をついた。ただ、右手には銃を握ったままだったので、右手の指はかなり擦り剥いたようだった。

 誠はすぐに膝立ちの姿勢になり、銃を構えた。川田の姿はなかった。だがまだ横の茂みにいることは間違いなかった。怖かったが、勝てるという自信はあった。相手は武器を持っていない、持っているならそれを使って攻撃してきていたはずだ。油断さえしなければ、やられることはない、次は当てる! やつが出てきたところが勝負だ!

 がさがさという音が、左の茂みの中から聞こえた。誠は何も考えず、そこめがけて立て続けに三発撃った。今度は両腕で構えて撃った。銃弾の風圧により、茂みの草が揺れた。そこには川田の体はなかった。あったのは、川田が投げたと思える、少し太めの木の枝だった。

 くそっ、変わり身の術だ。

すぐに、そこからやや動いたところで再びがさっと音がしたと思うと、今度は川田本人の姿が現れた。銃をそちらにポイントし直して、すかさず撃った。川田の体はすっと木の陰に隠れた。そしてすぐにその木の陰から出てきた。今度はやけに無防備だった。

 観念したのか?

川田はそのまま、ゆっくりと近づいてきた。誠はぴたりと川田の顔めがけて、銃を構えていた。

「とまれ! 死にたいのか!」誠は叫んだ。

 川田は何も言わず、そのまま近づいてきていた。気味が悪かった。そのとき叔父の記憶がふっと脳裏をよぎり、誠は意を決しその無防備な川田に向け引き金を引いた。

 かちっ――

 ただむなしい音のみが響き、弾は出なかった。

 弾切れだった。この銃の一度の装弾数は五発だったのだ。そして誠はもうすでに五発撃ち尽くしていた。

 川田はそれを知っていたのだ。すべてはヤツの計算どおり、手の内で動かされていたのだ。そのときにはもう川田は一メートル以内の距離に来ていた。

 誠はあとずさった、恐怖のあまり足がいうことを利かなくて、バランスを失って倒れた。

くそ、倒れてばかりじゃないか、俺は!

だが誠にとってそれは都合がよかった。すぐに体を反転させて、地面に両手をついて(銃はもう手放していた)、陸上短距離走のクラウチングスタートよろしくの体勢になった。このまま一気に走り去る。

スタート、ですぐに立ち上がり、一歩目を踏み出したその瞬間、右肩に痛みとともに熱を感じた。それで再び誠の体がバランスを崩すハメになってしまった。だが今度は勢いがついていた分、思いっきり顔から足先まで地面ですった。道が滑り止めのためか、おうとつのあるアスファルトで出来ていたためひどい摩擦を感じた。体中がひりひりしだした。

体中に擦り傷を負ったにもかかわらず、誠はその痛みより別の痛みに絶叫した。

ちょうど右肩、天に向かって銀色の物体が生えていたのだった。それはフォークだったのだが、誠にはわからなかった。骨まで達しているだろう、フォークの先端、枝分かれしている部分は完全に体内に食い込んでいた。

それでも誠は立ち上がろうとした。右腕は痛みで感覚を失っていたので、左手のみを使って立ち上がった。もう川田の方は見ていなかった、ただその川田とは反対方向、山頂の方に逃げることしか考えていなかった。

走り出した。脚が地面に着くたびに、右肩に衝撃が走った、だが走り続けた。

川田の攻撃はなく、十メートルほどダッシュしたところで一旦後ろを振り返った。その視界に飛び込んできたものを認識したとき、誠の目は見開かれた。

川田自身はちょうど先ほどまでやりあっていたところから、まったく動いていなくて、その場にすっと立ち尽くしていたままだった。だが、その手には誠が置いてきたままにしていたCz・M75が握られていた。その銃口は一直線にこちらを向いていた。次に視界に入ったものは同じく置いてきたままだった、自分のデイパックであった。そしてそのジッパーは開けられていた。ほんの一秒も経たないうちにそれらは確認できた。だがその関連性を理解するのには少々時間がかかった。

理解できた、だがそれは川田の手にある銃から火花が飛んだときだった。

走っていた誠の体が後ろから押されたように、ぐんっと勢いをつけて吹き飛んだようになった。それでそのまま凄い勢いで倒れこんだ、これまでで一番ひどい倒れ方だった。誠はもはや起き上がろうとはしなかった、否、できなかった、すでに絶命していたのだから。学生服の腹部が大きく裂け、そこから血が溢れ出していた。

川田章吾は誠が逃げ出したほんの五秒足らずで、銃の弾を詰め替えていたのである。皮肉なことに、誠は自分の支給武器によって殺されたのだった。もし逃げるとき銃を持ったままでいたら、もう少しは生きられたかもしれない。だがそれはもう終わったこと、どうしようもないのだが。

男子委員長、因幡誠の人生はまさに洗脳という言葉から、逃れることができないまま終わったのであった。

 川田は誠の死体を見下ろして、少し苦笑いを浮かべて言った。

「五秒もかかっちゃ、桐山には勝てねえな――」

[残り37人]




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