21 江藤恵(女子四番)は、木の幹の陰からそっと頭を出した。南の山の中腹近く、山頂からは東寄りの辺りだ。地図のエリアでいうとH=4とH=5の境目辺りになる。周囲は高木、低木が入り混じった雑木林だったが、今、恵が顔を向けている山頂へ向け徐々に木の背は低くなっているようだった。 恵は低い姿勢から一度、後方を振り返ると言った。 「大丈夫そうよ」 同じく低い姿勢で、後方に顔を向け安全を確かめていた女の子は、恵の方に顔を向けることなく答えた。 「ええ、後ろからも人が来る気配はないわ」 その声の正体はというと、恵と同じ転校生であった藤吉文世(女子十七番)であった。二人は約一時間前(ちょうどウージー・サブ・マシンガンのぱらららららという音が島中に響き渡った少し後ということになる)にここより少し北にある南東から北西に向かってこの島を分割するように伸びている舗装された通りを渡っているときに偶然に出会ったのだった。初めはお互いに少し疑っていたが、二人とも武器らしい武器は持っていなかったし、今まで同じ場所で育てられた仲、すぐにともに行動した方がよいだろうということで一致した。恵の武器は赤外線付きメガネ(夜動くときはよいが、とても人は殺せない)であったし、文世はというともっともはずれともいえる、釣竿だった。これで魚でも釣れとでもいうのだろうか? とにかく政府の施設で育てられた女の子のなかでは、恵と文世は仲がよかった。他のこのゲームに参加させられているものでは、内海幸枝(女子三番)とも仲がいいほうだったが、あとは話したことすらないほどだった。特に相馬光子に関しては近づいたことすらなかった。 施設ではそれなりに戦いの訓練など強制的にやらされてきた。分校の教室で坂持は洗脳とか言っていたが、私たちはそんなこと一切されていなかった。ただ脅されているだけなのである。そしてそれからは一生逃れることはできないだろう、死なない限りは。 それで恵は自分の心臓の辺りにそっと手を当てた。そこにはあるものが埋め込まれていたのだった、それはこの首に巻きついている首輪をほとんど変わらないものだともいえるだろう。――爆弾が埋め込まれていたのだった。つまり自分たちは政府の思い通りに動かなければ、遠隔操作の一発であの世行きだった。洗脳なんて甘っちょろいもんじゃないのだ、これは。 とりあえず、二人ともそれなりの戦いの訓練は受けていた。武器なんかなくてもそこらの普通の学生なんかには負けはしないだろう、例え相手が銃を持っていたとしてもだ。 問題は他の男の転校生たちに遭遇してしまうことだった。彼らは容赦なく自分たちをも殺してのけるだろう。特に川田章吾(男子七番)と桐山和雄(男子八番)にいたっては、普段から殺気というものが感じられた。具体的のどんなものだと言われると困るのだが、そう感じるからそうなのだ。自分の第六感がそう訴えかけていた。 「どうしたの?」胸を押さえてぼうっとしていた恵はそれではっと我に返った。 「ううん、別にただ考え事してただけ・・・・・」恵は文世に心配かけたくなかったので、咄嗟にそう答えた。 「で、これからどうするの」文世は少し心配そうな表情で恵に問いかけた。 恵は少し考え込んだ様子だったが、しばらくして言った。 「とにかくこのまま、南に向かって進んで行こうと思うの、もし誰かがいたらとりあえず戦うと思う。だけどね、殺しはしない。そのことだけは文世にもわかってほしい。わたし人を殺すなんてことは、絶対にしない」恵がそこまで言うと文世が口を開いた。 「それなら初めから、戦う必要もないんじゃないの? すぐにそこから離れれば――、ほら、だって、多分このクラスの生徒たちみんなあたしたちのこと怖がってると思うし」 恵はすぐに返した。 「ううん。それはだめ、わたしたちはもともとこのゲームを転がすための当て馬としてこのゲームに参加させられたのよ。それなのに逃げて回ってばっかりじゃ、いつこの首輪を爆発させられるかわからないわ」恵はあえて首輪の方を口に出した。心臓の爆弾の方を口に出すのは、施設暮らしのみんなにとって禁句だったのだ。 さらに続けた 「だけどね、もし文世がいやだっていうんなら、わたしは文世の言うとおりにする」 「あたしは恵の言ってることは正しいと思う。だっていつだってそうだったじゃない。今回だってそうよ。あたしは恵の決めたことなら、それでいいと思う」そう言った文世の顔はいつになく真剣だった。うれしかった、それは自分の考えに同意してくれたからではなかった、こんな状況においても自分を信用してくれる文世のことがうれしかったのだ。 [残り36人]
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