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 藤吉文世と江藤恵は前後に注意を払いながら、南の山の山頂に向けて足を進めていた。相変わらず誰とも遭遇しなかった。

 もうすぐ山頂だった。そこまでたどり着いたら、南に広がる海も見渡せたかもしれなかった。何の問題もなくたどりつけると思った、だがそう甘くなかった。突然山の山頂から、がさっ、という音が聞こえたかと思うと、ぱんぱん、と連続して二つの銃声がこちらに向けて響いた。二人はすぐに木の陰に隠れていたので、その銃弾の餌食になることはなかった。

 すぐに恵は考えた。二発の銃声! 相手は少なくとも二人いる、それも二人とも銃をもっている。それとも二兆拳銃? 後の考えはすぐに捨てた。相手が再び銃を構えて姿を見せたのだ。はっきり二人の姿を確認できた。やっぱり二人だった。それも女の子!

 そこまでわかると少し後ろの木の陰に隠れていた文世に声をかけた。

「怪我はない?」

「大丈夫よ」姿は見えないが、声だけが聞こえてきた。

 やっかいだった、確かに自分は銃を持っている相手にも勝てるという自信はあったが、二人同時に相手するということは、訓練でもやったことはなかった。本当は自分ひとりでやろうと思っていたのだが、文世の力を借りなければ、無理そうだった。

「文世! こっちに来れる!?」恵は叫んだ。

 文世は答えるより先に動き出していた。すぐに恵の姿が自分のいる木の横に現れた。文世が動いたときに、さらにぱんぱんと銃声がしたが、当たっていないようだった。

「文世、相手は二人いる、さっきのであの子たちは計三発づつ撃ったわ。残りは二発で弾が切れると思う。そのとき一気に差を詰めるわよ」そう言うと恵はすっときの陰から飛び出した。それを見逃さなかったのだろう、再び、ぱんぱん、と銃声が響き渡った。だがそれは恵の計算通りだった。残り一発ずつだ。

この戦法は施設で育った人間なら一番初めに教わる対銃における戦法だった。そう川田も使ったように――

恵は文世の方をちらっと見た。文世は恵と目が合うと一回大きくうなずいた。よし、次が勝負だ、恵は飛び出した、ぱんぱん、やはり当たらなかった、恵は今度は横ではなく、山頂に向け駆け出していた、隣の木の陰からは同時に文世も飛び出していた。

斜面を駆け上がっているのもかかわらず、それは物凄いスピードだった、一気に山頂にまでたどり着いた。女の子二人の姿が目の前にまで近づいていた。二人いたうち、右側の女の子に向けて突進した。もう一人は文世に任せた。

勢いがついた状態から右手を上げ、掌底の構えでそのまま飛び込んだ。

普通の人間にならそれはもう気を失わせるほどの一撃になっていただろう。しかし今恵が、相手している女の子は、平田亜由美(女子十五番)だった。

亜由美は体をすっと翻し、恵の手はそのまま空を切った。

 次の瞬間には、亜由美の右手が貫手の形を取って、まっすぐ恵の顔面に向かっていた。

頭を下げそれをよけられたのは奇跡的だったかも知れない。それほどに、恐ろしく速い一撃だった。

しかし、恵はとにかくそれをよけた。よけたときには、その手首をつかみ取っていた。つかみ取った瞬間には、逆間接を決めていた。同時に、右膝を、亜由美の腹へ向けて思い切り跳ね上げた。だが亜由美は片足を上げ、その膝を受け止めた。

恵は、左手は亜由美の腕を決めたまま、ちらっと文世の方をうかがった。あちらもかなり苦戦しているようだった。

その瞬間を亜由美は逃さなかった。亜由美の脚が大きく跳ね上がり、恵の顔面に直撃した。同時に関節を決めていた腕が外れた。再びが距離一メートルまで離れた。

「ふふふ、足技なら負けないわよ・・・・・」

 そう言った亜由美の顔は笑っていた。悪魔のような笑みだった。

 恵はそれを見たとたん背筋が凍る思いがした。やばい、この子は。

 今度は亜由美が差を詰めてきた。形勢逆転とはこのことをいうのだろう。いきなり腹部に思いっきり殴られたような痛みが走った。それはもちろん亜由美の蹴りが入ったのだったが、見えなかった。恵はその場に倒れ込んだ。

 ぐふっと腹の中のものが出てきそうだったのだが、あいにく腹の中には何も入っていなかった。

 すごく重い蹴りだった。格闘技にはそれなりに自信があったのに、一発でこれだ。

 ははは――、笑いがこみ上げた。あな・た・・・・何者・・・?

 意識が遠のきかけていた。ばさっ、という音が隣の方から聞こえた。無理して顔をそちらに向けると文世が倒れていた。文世がやりあっていたのは、中西恵(女子十四番)だったのだが、見事にやられていた。

「ごめん・・・・ね・・・文世・・・・」それを最後に恵の意識は飛んだ。

 平田亜由美は自分のデイパックに向けて歩き出した。がさがさと中を探り、弾箱を取り出した。慣れた手つきで、それを自分のS&Wチーフスペシャル三八口径へと差し込むと、江藤恵の横に立ち、思い出したように言った。

「そういえば、あなたさっき言ったわよね、あなた、何者って、教えてあげる、あたしは――あなたの――敵よ」

 それで亜由美は恵の頭めがけて、引き金を引いた。

そのあと藤吉文世にも同じことをしたということは、言うまでもないだろう。

[残り34人]





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